ココイヌデート② 通称「DQNカップル様」と言われているお客さまがいる。どんな新人バイトでも、一目で「あ、あれがDQNカップル様ですね」と分かる。なにせ方や花柄マカオカラーシャツ、方や極彩色ジャージの二人組なのだ。どっからどう見てもDQNですと言わんばかりだ。まぁ、お友達という可能性がなくもないが、醸し出す雰囲気がカップルなので、たぶんカップルなのだろう。もちろん本人たちから聞いたことはないけれど。
さて当店はコーヒーチェーン店である。たいてい駅前にある。インスタ映えするようなおしゃカフェではないので、お客さまも、まぁそんな感じだ。どんな感じかはニュアンスで察していただきたい。なので、DQNカップル様はちょっと異質なお客さまだった。
もっともDQNカップル様は当店から歩いてすぐの総合ディスカウントデパート及び総合スーパーマーケットが目的である。ぶっちゃけて言うならドンからはじまり、キホーテと続く店である。
彼らはそこでお買い物をして、当店で休憩をとるというのが恒例のようだった。なぜなら。
「イヌピー、足、いたいんじゃねぇの」
極彩色ジャージの彼は常にハイヒールである。私など一度も履いたことのない10㎝ヒールでさっそうと歩く姿は格好がいいのだけれど、その実態はなかなか大変なようだ。
「その靴、今日おろしたばっかだろ。あ、靴擦れしてんじゃん」
マカオカラーの彼がハイヒールを手に取る。あのレッドソールは私でも知っている某ブランドショップのハイヒールでは。ひぇぇと呟いた私にバイトちゃんは「いまごろ気づいたんですか」と冷めた視線だ。すいませんねぇ。ブランドにうとくって。
マカオカラーの彼は「絆創膏買ってくる」とさっと立ち上がった。
「あっ」
思いのほか大声だったようで彼が気づく。
「あの、もしよろしければ」
ぶっちゃけ飲食業である。水仕事は多く、絆創膏はポケットに常備している。していたつもりだった。
「あっ、ああっ、これはその、娘用で」
ポケットに入っていたのは、三歳の娘用の絆創膏。ネコとウサギの絆創膏だった。娘のお気に入りである絆創膏を見て、マカオカラーの彼は「ふはっ」と笑った。意外にも顔が幼い。もしかしたら私が思っているよりずっと若いんじゃ。
「ありがとうございます。イヌピー、これ貼っとけよ」
そのとき私は初めて彼らの顔を間近に見た。今まではその服装が派手で、そちらに気を取られていたのだ。
あれ。もしかしたら君は、九井さんの。じゃあ、あっちにいる彼は。
脳裏にご近所様の顔が浮かぶ。彼らの不幸は地元では知らない者はいない。どちらの家のご両親とも、私とは世代がひとまわり違うけれど、擦れ違えば挨拶くらいはするのだけれど。
戸惑う私の目の前で、ジャージの彼が白い踵に絆創膏を張っている。目が合うと、ぺこりと頭を下げられた。つられて私も頭を下げる。
彼らはコーヒーを飲むとすぐに店を出て行ってしまう。トレイを受け取って「お気をつけておかえりくださいませ」と見送った。
「なんだかんだ仲良しですよね。DQNカップル様」
「そうね。ずっと仲良しよね」
わたしも彼氏欲しいな、と呟くバイトちゃんに、そろそろお皿でも洗いますかと促した。またのご来店をお待ちしております、と心の中で呟いた。