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    リリーベルが魔法舎に呼ばれる話。
    1部終了直後。

    燻想 中央の国で賢者とその魔法使いの叙任式を終えてすぐのことだった。気紛れで部屋から出たところ、南の魔法使い達の会話が聞こえてきた。
    「賢者様に確認を取ってからだけど、リリーを魔法舎に呼ぼうと思ってるんだ」
    「リリーさんをですか?」
    「この間の戦い、完全には無事にすまなかっただろう?誰か俺の他にも治癒に長けた魔法使いにいてもらった方がいいんじゃないかと思ってね」
    「リリーの治癒の力は折り紙つきですからね」
    「うん、今まで出会った魔法使いの中でも一番なんじゃないかな」
    「そういうことならリリーさんがいれば百人力ですね!」
     フィガロが親しそうに呼ぶ名前。聞き覚えのある愛称。まさかと思う。あの男がそんな風に優しく名を呼び、治癒の魔法が得意な魔法使いなんて一人しか心当たりがない。それはかつて共に戦場に立った魔女だった。とびきり優しく、とんでもなくお人好しな娘だった。彼女は周囲に重責を負わされ、その重圧に耐えきれず勝利を目前に仲間の前から姿を消した。その後の消息は知らない。ただ無事であってほしいと願っていた。その後自分達も人間達に命の危機に曝されたから余計に。
    (無事でいてほしいとは思っていたが……)
     それ以上は彼らの会話を聞く気になれなくてそのまま自室へと戻った。

     夜、夢を見た。炎に灼かれる忌まわしい記憶。全てに失望し絶望した、あの時に脳裏に過ぎったのはあの子のことだった。誰にも頼れず一人で苦しんだ果てに姿を消したあの子に僕は声を掛けなかった。声もなく助けてほしいと叫んでいたあの子のことを見て見ぬ振りをした。声を掛ければよかった、話を聞いてやればよかった。そうしていたらもしかしたら君はもう一度僕に笑いかけてくれていたかもしれないのに。
     あの子に笑っていてほしかった。陽の光の元でのびのびと過ごしてほしかった。彼女が願った故郷の平穏を守り、そこにあの子を返してあげたいと思っていた。戦いなど似合わない、心の優しいあの子を。……馬鹿だ。今更気付いた。もう手遅れだ。もう顔を見ることも声を聞くことも叶わない。なんて滑稽なんだろう、こんなことになるまで自覚しなかったなんて。
     ……リリー、僕は君を―――

    「……最悪の目覚めだな……」
     目覚めてのそりと体を起こし、額に手をやる。頭を振り、肺の中の空気を残らず吐き出して肩を落とした。本人かどうかも分からない魔女の話を立ち聞きしたくらいで夢に見るなんて未練がましいにも程がある。彼女の無事な姿を一目見たいと望んでいたことは認める。でもそれだけだ。会うことも会話することも望んでいない。自分の存在を認知されることですら避けたかった。落ちぶれてうらぶれた僕の姿をあの子に見せたくない。あの頃の面影なんてまるでない偏屈な自分の姿を見せて失望されたくない。あの子が慕ってくれた僕はどこにもいない。……もう、どこにもいないんだ。



     自室に籠るのはいつも通りだが、ぼんやりしていると考えるのは件の魔女のことだった。
     中央の都で行われた叙任式での民衆へのお披露目の際、知った顔が見えた気がして目を疑った。見間違えるはずのない、懐かしい顔を直視出来なくて思わず視線を逸らした。何故、どうしてそこに彼女が。心を落ち着けようと深呼吸をする。緊張してるのかとシノに問われてそうじゃないと返すものの、胸に引っかかった詰まりは取れない。本当にあの子だろうか。あの子は今も無事で賢者の魔法使いの姿を見に来たのだろうか。過去を思えば用もなく中央の国の、しかも都に足を踏み入れたりしないだろう。それくらい彼女は中央の国に関わりたくないはずだ。
     ……確かめたい。本当にあの子かどうかを。胸の辺りを掴み、上擦る呼吸を整える。もう一度と先程彼女がいた辺りに視線を向けるものの、さっき彼女を見付けた場所にもその周辺にもその姿を確認することは出来なかった。
    (……いない……僕の見間違いだったのか……?)
     どんなに目を凝らしても彼女は見つからなかった。眩しそうに嬉しそうにこちらを見上げる彼女の顔は穏やかで、それだけで胸が締め付けられるようだった。あんな風に笑えるようになったのだと思うとそれだけで胸が苦しかった。昔のように笑う彼女の姿にただ無性に泣きたくなった。

     にわかに下の階が騒がしくなって、人の出入りする気配がした。そろそろフィガロが呼び寄せたという魔法使いが魔法舎に到着する頃合いだった。顔を合わせる気はなかった。彼女だろうと、別人だろうと関わるつもりはなかったし、挨拶する必要性を感じなかったから。
     魔法使い達の声が賑やかになって、やがて静かになっていった。一通り挨拶を済ませたのかもしれない。アミュレットのキャンドルの灯の向こうに見えるのはかつてのあの子の笑顔だった。屈託のない、全幅の信頼を寄せた心からの。

    「『ファウスト様』」

     ノックと共に聞こえた声に心臓が鷲掴みにされる。記憶の中の声と掛けられた声が重なる。感じる気配はかつてと変わらない、優しさに溢れた草花の瑞々しいもの。頬杖をついていた体を瞬間的に起こして、椅子から立ち上がり掛けて……椅子の上に戻った。彼女の目の前に立とうなんてどうして一瞬でも思ったんだろう。そんな資格、僕にはとうに無いのに。浅く息を吸い込んで吐き出す。吐息は震えていた。
    「本日よりこちらにお世話になります、リリーベルと申します。ご挨拶に伺ったのですがお休みのようなのでまた後日参ります。これからよろしくお願いいたします」
     リリーベルと名乗った魔女のが扉の前を離れる気配がした。少しずつ遠ざかる気配を追うように席を立つ。ドアノブに手を掛け一瞬躊躇い、けれど扉を開く。階段を曲がろうとする後ろ姿が見える。その後頭部に留められている髪飾りを目にした瞬間、息を呑んだ。まさかそんな、そんなはずはない。あれは何百年も前に渡したもので、耐久力を考えても現存するはずがない。なのに今目にしたものは確かにあの時リリーに贈ったものだと記憶が訴えかけてくる。

    『あっ、ありがとうございますファウスト様……っ。大切にします……!』

     かつて革命軍で共に戦っていた頃。買い物のついでに買った髪飾り。かつて身に付けている姿は見れなかった。平和になったら使うんだと言っていたリリーの笑顔が甦る。その姿を見たいと思っていた。そんな日が来ることを夢見て戦場に立ち続けた。自分の手でそんな未来は掴むことが出来なかった。己の失態で仲間たちに悲惨な結末を迎えさせ、リリーにも苦渋の決断を強いたのに。
    「……なんで……」

     何で今なんだ。もうその想いに応えることも報いることも出来ないのに。何もしてやれることなどないのに。なぜそれがそこにある。どうして今身に付けている。もう君を守ることも笑わせることも出来ないのに。

     ―――もう、失望などされたくないのに。
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    mgn_t8

    DONE診断メーカー「三題噺」より
    「不機嫌」「言い訳」「昼下がり」
    フォロワーさんとワンドロ(+5分)

    リリーが魔法舎に来てすぐ後くらい。ファウスト語りで主にファウスト+レノックス。リリーはチラッとな革命軍組の話。
    胸に隠したそれは 再会してからずっと気になっていることがある。レノックスのリリーに対する呼び方だった。昔は敬称付けでリリーベル様と読んでいたが、今はリリーと愛称で呼んでいる。ここに至るまでどんな経緯があったのかは知らないが、共に南の国から魔法舎にやってきて親交もあったというから僕の知らない間に親しくなったのだろうということは考えなくても分かる。分かるけれど、レノックスとリリー、時にはフィガロを加えた三人の様子を見ていると胸の奥がざわりと騒ぐのを抑えることができなかった。

     ある日の昼下がりだった。東の魔法使いたちの午前の実地訓練を終えて食堂で皆で昼食を取った後だった。図書室で今後のカリキュラムを考えようと足を向けた時だった。廊下の向こうから歩いてくる人影を認識した瞬間、口を引き結んだ。レノックスとリリーだった。和やかに会話をする姿は親しみに溢れていて信頼に満ち満ちていた。未だここにいる魔法使い全員に慣れていない様子が窺えるリリーの朗らかな笑顔が向けられているのは微笑を浮かべたレノックスだった。何となく彼らから視線を逸らして黙ってそのまま歩を進める。
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