染色「あ……っ」
飛び出た枝に腕を引っ掛けて盛大に傷を作ってしまった。次々と流れ出る血に溜め息を吐く。時間がないのに皆の足を止めるわけにはいかない。今日は薬草採取のために若い魔法使いたちを連れて薬草の宝庫である山林に来ていた。手早く止血をして消毒を施す。外側からぐるりと包帯を巻いて……と動かす手を掴まれた。
「きちんと回復魔法をかけなさい。傷口からばい菌が入るとシャレにならない。君はただでさえ回復魔法がかかりにくいんだから」
そのかかりにくい回復魔法と通常の裂傷の手当の回復具合とこの後の行程を考えて物理的な手当を選択したんだけどなと思いつつ口を噤む。余計なことを言えば更に叱られそうだったから。
「採取する薬草の特徴は押さえているな、ミチル」
「はい、バッチリです!」
「ならば先に行って採取を進めてくれ。リリーベルの治療が終わり次第追いかける。子供たちの見守りを頼んでいいか、レノックス」
「お任せください」
目の前でどんどん進められる話に口を挟む間もなくレノックスは子供たちを連れて山林の奥へと行ってしまった。残されたのはやや怒り気味のファウスト様と私。傷口の様子を改めてから手が翳される。
「サティルクナート・ムルクリード」
傷口が魔力で覆われて染み込んでいく。自分とは異質なそれが体に浸透していく様はいつ誰にかけられても不思議な感覚がする。自らの自我を染められるような違和感。
「次からはもっと注意を払うように」
「はい、気をつけます。お手を煩わせてしまい申し訳ございません」
ファウスト様は返事をせずに行こうと声をかけて先へと進まれる。置いていかれないように急いでその背を追った。
◆◇
リリーベルはその特性故に他者の魔力に染まりやすい。それを発見したのは僕らの師であるフィガロだった。対象者の魔力の補填のような魔法を使っていると指摘されてはじめて本人もその性質に気付いたようだった。リリーの魔力は他者に馴染みやすいが裏を返すと他者の魔力に染められやすい。だから他者からの治癒魔法は効きづらく、馴染みにくいのはわかっているけれど。
そのまま放っておけなかった。傷口の対処が完璧だろうと切り傷というには大きく、感染の心配があった。周りの状況も合わせて総合して考えての判断だろうということもわかる。けれど君はあまり人を頼らず自分で何とかしようとする人だから。
「サティルクナート・ムルクリード」
半ば強引に治癒魔法をかける。他の者より浸透の遅い魔法を眺めながらかつてフィガロに教わったことを思い返していた。リリーベルは他者に自身の魔力を馴染ませやすい。逆に……
その先を考えて口を噤み、リリーベルに背中を向けると行こうとだけ声をかけて歩き出した。彼女の顔が見れなかった。自分の中に浅ましい感情を見たからだった。
傷口からかけた魔法が君を僕の魔力に染めてしまったならなんて、なんて馬鹿なことを考えたんだろう。