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    #フォロワーが5秒で考えたタイトルであらすじを考える
    で梢ちゃんからいただいたタイトルを元に書いたお話。
    ありがとうございました!
    まほやくのファウリリ
    約28000字あるのでめちゃくちゃ長いです。

    プルメリアの花束に敬礼 品質のいいポースベリーが入荷したと聞いて東の国の街に行った帰りだった。箒に跨って飛んでいると誰かがやってきて隣に並んだ。スピードが出ていたようでその人の運んできた風に少し煽られる。
    「リリーさん!やっぱりリリーさんだった!」
    「ルチル」
     確かルチルはオズ様たちと共に魔法舎に舞い込んだ任務に行っていたはずだ。確かあれも東の国だったっけ。出かける前に買い付けの話をしていたから早めに任務が終わったらどこかで会うかもしれないって話していたのだ。帰りにそっち方面を回って帰ったらもしかしたらバッタリ帰りが一緒になるかもしれない。会えたらいいなくらいの気持ちでいたけれど、本当にタイミングが合うなんて。
     ルチルと話をしていると後続の魔法使いたちが追いついてきた。遠くに私が見えたからルチルが先行して呼び止めにきてくれたのだという。朝も早めだったから可能性は低いと思ってたんだけど。
    「実は任務に行った村の近くの街で祭りが開催されると聞いて、そちらに寄ってから帰ろうということになったんだ」
    「お祭り?」
     アーサーの言葉に首を傾げるとカインが傍にやってくる。パチンと手のひらを合わせるとニッと笑いかけられる。
    「兵隊と花の祭りっていうらしい。兵隊に見立てられた男たちが知恵と腕を競う祭りなんだってさ」
     大分賑やかなお祭りらしく、若い魔法使いたちが祭りの見物に乗り気だったために引率であるオズ様とファウスト様が遅くならない内に帰るならと許可を出したのだそうだ。割と伝統があるらしく、街内外から参加者が集まるらしい。
    「腕の見せどころだな」
    「まだ参加できるって決まったわけじゃないし……」
     やる気満々のシノと苦笑いのヒースクリフに参加の可否を訊ねると、会場に着いてから確認するのだという。祭りの話を聞いてきた村では大人も子供も楽しみに出かけていくということらしいのでシノが活躍する姿が見れるかもしれない。
    「ふふ、楽しみですね」
    「見てろ。俺が一番を取ってきてやるからな」
     胸を張るシノに頼もしいなと思いながら祭りが開催されるという街に向かった。

    「は?参加できない?」
    「申し訳ありませんが参加は成人男性のみとなっておりまして……」
    「なんで」
    「なんでと申されましても規定ですので……」
     受付の女性に詰め寄るシノをヒースクリフがどうどうと宥め、カインやファウスト様たちがなだめている。会場で話を聞いてみると、どうやら参加できるのは大人だけらしい。
     仕方がないから祭りの見物だけして帰ろうとルチルを交えて話を持ちかけているところ、街の人らしき数人に囲まれた。似てる、そっくりだと口々に言われ、状況が飲み込めないままに「ちょっときてください」手を掴まれて連れていかれる。
    「あ、あの、ちょっと……っ」
    「すみません、詳しい話はあちらで!」
    「あっ、リリーベル!?」
    「リリーさん!?リリーさん!!」
     誰に助けを求める間もなく連れていかれる。遠くでミチルとリケが私を呼んでいる声がしていた。



    「えぇっと……」
    「強引にお連れして申し訳ありません。行楽の方」
     あちらと言われて連れてこられたのは坂の上のお屋敷だった。予想外に遠くまで連れてこられたようだ。開口一番に謝罪はあったし、強引ではあったけど手荒ではなかったし、害する目的ではなさそうなのでとりあえず説明を求める。私をここまで引っ張ってきた人たちは皆申し訳なさそうな、切羽詰ったような顔をしている。
    「実は祭りの要である領主様のお嬢様が体調を崩されまして、代役の方を探していたのです」
    「……とりあえずお祭りのことを詳しく知らないので教えていただいてもよろしいですか?」
     侍従長らしき男性に訊ねると、その人はハッとした顔で頭を何度も下げた。よっぽど焦っているように見える。その人が落ち着く前にベテランと思われる体格のいい女性が口を開く。
    「あなたはお祭りは初めてなのね。説明が足りずに申し訳ないわ。この街の祭りはね……」
     地方領主の治めるこの街は城壁の中に築かれた街だ。かつて戦いがあった頃、戦いに参加する兵士の中で一番武功を上げたものに領主の娘から花束を贈り検討を讃える慣習があった。平和になった後も兵士を称える伝統は残り、街民たちの中から優れた者が選出されて領主家が栄誉を称える祭りとして今では一年に一回開催されているらしい。
     現存するのは武具を用いない種目だというし、参加者も城下町出身の者だけではなく旅行者などからも参加を募っているらしいし、領主に娘がいなければ跡取りでもいいということだというけれど、その領主様の一人娘が体調を崩して人前に出られないらしい。領民から人気のあるお嬢様の穴を開けたくなくて必死に代役を探していたとのことだった。
    「さすがにお腹を壊して祭りを欠席とは発表できなくて……」
    「お腹を壊して……」
     致命的でないとはいえ、欠席の理由としては不名誉極まりなかった。それは必死に代役を探すのも無理はない。症状を聞くに日頃の疲れも出たようで、薬を飲ませたところで即時回復というわけにもいかなさそうだった。日中の優秀兵の表彰さえ無事に済めば後は何とかするとのことだった。メインイベントを乗り切れば後は何とかできる算段はあるらしい。お祭り自体は夜まであるらしいけれど、そこまで引っ張られないのであれば協力してあげたい。相当困っているみたいだし。
    「ご協力はしたいと思いますが仲間に事の次第を伝えさせていただいてもいいですか?さすがに何も言わずに手を貸すのはちょっと……」
    「構いませんよ。こちらこそ無理を言って申し訳ない」
     恐縮しきりの侍従長さんに気にしないでくださいと返事をして私は屋敷を後にした。


     ◆◇


    「……というわけでお嬢様の代役を引き受けたいのですがいいですか?」
     連れ去られた後、魔法使いたちは総出で私のことを探してくれていたらしい。屋敷の使用人さんと共に広場に戻ったところ、ちょうど戻ってきていたカインと合流できた。続いて戻ってきた仲間たちにお伺いを立てる。事情を話すとアーサーは街の人達のために協力出来るならそうしたいと言ってくれた。それに若い魔法使いたちの同意が続く。ファウスト様はどこか気の進まない顔をしながらオズ様に決定を委ねた。皆の視線を受けてしばらく黙っていたオズ様は最終的に「リリーベルの望むように」とお言葉をくださったので、代役を引き受けたい旨を伝えた。渋面気味だったファウスト様も皆の総意ならと了承してくださった。
     頑張れと応援してくれる皆に笑顔で答える中、じっと見つめる視線を感じてそちらを見るとファウスト様だった。わずかに眉を下げて口を結んでいる。もしかして心配してくださっているんだろうか。これは自分で引き受けると決めたことだし、無理をしているわけでもない。大丈夫ですと込めてニコリと笑みを浮かべて見せれば、眉を下げたまま小さく笑みを浮かべてくださった。応援してくれている。ほわりと胸が温かくなって自然と笑みが浮かぶ。
    「皆さん、いってきます」
     小さく手を振りその場を後にした。子供たちの応援の言葉を背に受けながら。

     正式にお嬢様の代役を引き受ける旨を伝え、病床のお嬢様のお見舞いもさせていただいた。薬の代わりになるからと自分のシュガーを渡して食べてもらった。すぐに復活とはいかなくても午後から復活できれば御の字だろう。
     実際に顔を見たお嬢様は確かに鏡で見る自分と雰囲気が似ていた。パッと見ではごまかせるかもしれないと思うくらいには。お嬢様の髪色のウイッグを被り、お祭り用の衣装を身に纏う。後は特別席から競技を観戦するだけでいいらしい。
     仲間たちはお祭りを楽しんでいるだろうか。露店もたくさん出ていたから食べ歩きを楽しんでいるかもしれないし、観戦者用に簡単な競技風のゲームの用意もあるから挑戦しているかもしれない。競技の観戦自体も楽しみにしていたから見物もしているだろうし満喫していたらいいなと思う。一緒に回れなかったのは残念だけれど、楽しく過ごしてくれていたらいい。着飾られてお祭りに参加している私の姿を見られるかもしれないのは少し恥ずかしいけれど。
    (……あれ?)
     第一競技の参加者の中に見覚えのある姿を見つけて目を瞬かせる。しっかりした体つきに赤みがかった茶色の髪を後ろで一つ括りにしているのは間違いなくカインだ。選手の衣装である軽装の兵隊衣装に身を包んでいる。確かに参加資格は満たしているし腕試しに参加してみたいと思っても不思議じゃない。驚いたのは近くにルチルもいることだった。せっかくだから一緒にお祭りに参加してみようとかそういうことだろうか。意外だけれど仲間が参加するとなれば応援にも熱が入るだろうし楽しいだろう。微笑ましく見守っていると、ふと目に入った姿に目を瞠る。

    (―――えっ!?)

     思わず自分の目を疑う。だってそこに見えたのは……



    「参加受け付けそろそろ締め切ります!まだお手続きされていない方は早めにお願いします!」
     受付の女性の声に振り返る。実のところ、ちょっと競技が気になっていた。せっかくの機会だし参加してみたい気もするけど自分だけがわがままを言うわけにもいかない。それに参加したがってたシノは年齢制限で出場不可だし、気が咎める。
    「カインは参加しないのか?」
     当たり前のようにかけられたアーサーの言葉に目を瞬かせる。そりゃ、気にはなってるが一人で参加するのは忍びない。
    「あ、じゃあ一緒に参加しましょうよ!それでリリーさんを迎えに行きましょう」
     ポンと手を打ってルチルが言う。ルチルの言葉にミチルやリケの応援の言葉が続いて、シノがニヤリと笑う。
    「出るからには優勝しろよ」
    「!……ああ、もちろんだ!」
    「カイン、ルチル、頑張って!」
     ヒースの声援に背を押されてルチルと共に受付に小走りで向かう。ペンを渡されて名前を記入してると後ろから声が飛んできた。シノだ。
    「ルチル!ファウストの名前も書いておいてくれ!」
     ファウストだって?予想外の展開に目を丸くする。ルチルも不思議そうな顔をしてファウストの方を見ると必死にミチルがファウストに詰め寄っているようだった。その周りでリケとヒースが戸惑った顔でミチルをなだめようとしている。ファウスト自体は渋ってるようだが……どうする?とルチルの方を窺うように視線を向けると「わかった!」と声がした。え、わかった?わかったってまさか。理解が追いつかない俺の前でルチルがサラサラと申し込み用紙にファウストの名前を記入していく。ちょっと待て、本人の了解が取れてないんじゃ……止める間もなくルチルはさっさと書き上げて受付の女性にお願いしますと提出してしまった。あまりの手際の良さに呆気にとられてしまう。
    「申し込みました!」
     声を張り上げるルチルにファウストが愕然とした顔をするのが見えた。え、よかったのかこれ。ファウストの服をシワができるほど握りしめたミチルが何かを呟くと、ファウストは溜め息をついてミチルの頭に手を乗せた。どうやらファウストの方が折れたようだ。一体何がどうなってるんだ?


     ◆◇


     カインとルチルが競技の申し込みに向かうのを見送る。ミチルとリケは街で配られていた祭りの概要を記した冊子を読んでいた。ミチルがリケに内容を教えながら一生懸命読み込んでいるのが微笑ましい。子供にも分かるように簡単な言葉で書かれているらしい。オズと二人で子供たちの見守りを担当すればそう問題も起きないだろう。そう思った矢先のことだった。紙のひしゃげる音がして、次いでミチルが真っ青な顔で掴みかかってきた。突然の様子の変わりように戸惑う。一体何があったって言うんだ。
    「ファウストさん、お祭りに出てください!!」
     予想外の懇願に混乱する。先程まで持っていた祭りの要項は大きくシワが寄って地面に投げ出されていた。リケが要項を拾ってミチルに理由を尋ねているが、まるで耳に入っていないようだった。そこに何が書かれていたというのか。リケにせがまれてオズが要項の内容を読み上げさせられている。
    「……一番の武功をあげたものには領主の娘に求婚する権利が与えられる、と」
     リリーは領主の娘の代役だ。彼女自身が求婚されるわけじゃない。お嬢様の意に沿わないなら断れば済む話だ。シノとヒースもそう説明しているがミチルの顔は晴れない。
    「だって、もしも本当のお嬢様が優勝した人のことを好きだったらリリーさんはお嬢様の代わりにいいですよって返事をしなければいけないんですよね?リリーさんは他に大切な人がいるのに……」
     そう言われるともう何も返す言葉がなかった。リリーがずっと胸にただ一人を想い続けているのは南の魔法使い皆の知るところだ。ミチルはその相手が僕であることは気づいていないようだったが、それでも尚役目を果たすためにリリーの心を曲げるようなことをさせたくないと思っている。確かに他の男性の求婚を受けるのも断るのもリリーは気が進まないだろう。それを僕の前でやるのは余計に。もっと早く知っていれば代役を引き受けることなんて……
    「祭りに出ろ、ファウスト。二人より三人だ。お前らの誰かが優勝すればリリーベルは求婚を受けなくて済む」
    「は?」
     割り込んできたシノの言葉に一瞬理解が追いつかなかった。確かに仲間の内の誰かが優勝すればそんな心配をする必要もなくなるが、参加するのとこれは話が別だ。そもそもたくさんの若者に混じって優勝を目指すなんてことは僕はやらない。人目に晒されるなんてごめんだ。
    「待て、シノ。僕は……」
    「ルチル!ファウストの名前も書いておいてくれ!」
     ハッキリと否定の言葉を口にする前にシノはルチルに打診してしまった。シノの行動にヒースが困惑している。
    「待てよ、シノ。ファウスト先生は出るなんて一言も……」
    「人数は多い方がいい」
    「そういう問題じゃないだろ……取り消すなら今のうち……」
     ヒースがルチルの方に向かおうとすると向こう側から「わかった!」と返答があった。慌てたヒースが僕の方を振り返る。ミチルは必死に僕を見上げたままでリケは困惑したままアーサーとミチルを見比べていた。リケに助けを求めれていたアーサーが不意に僕の方を見る。憂いを帯びた表情が僕を見つめ、一瞬呼吸を忘れた。
    「気にかかるなら参加した方がいいと私は思う」

     ―――お前はそんなことを言う奴じゃないだろう、

     そう言いかけて目の前に見えていた陰がふっと消える。目の前にはいつも仲間の様子を気にかけ、働きかけてくれる少年の魔法使いがいた。止めていた息を短く吐く。今のは一体何だったんだろう。
    「申し込みました!」
     遠くからルチルの元気な声が聞こえ、気が遠くなった。申し込みは完了してしまった。直前で辞退というわけにもいかないだろう。必死に懇願しているミチルのこともある。助けを求めて服を握りしめる小さな手を払い除けるのも気が咎めた。
    「お願いします、リリーさんを……」
     観念して溜め息を吐く。できるだけのことはするが勝利は約束できない。それすらも口にすることがはばかられるような思い詰めようだった。何がこの子をそうさせるのだろう。けれど、きっとそれはリリーとミチルの何か大切なことなんだろう。
    「僕らの中の誰かがリリーのところまで辿り着けばいいんだろう?」
    「はい……、お願いします!」
     なだめるようにミチルの頭に手を置けば、力強く頷いた。できれば目立つことはしたくないが、小さな仲間の頼みを無碍にすることはできない。まあ、カインやルチルもいるし何とかなるだろう……なるべく結果のことは考えないようにしようと小さく息を吐いた。


     ◆◇


    「すみません、勝手なことしちゃって」
    「もう済んだことをとやかく言う気はないよ」
    「それにしても何でミチルはあんなに必死だったんだ?」
     競技用の衣装に着替えて開始の合図を他の参加者と共に待つ間、ルチルから謝罪を受けた。考えなしにそんなことをするような子じゃないとは思ってはいるんだが実際のところはどうなんだろうか。不思議そうにするカインの言葉と共に視線でルチルに問えば、ルチルは苦笑を浮かべた。
    「リリーさん、この数百年ずっと忘れられない人がいるんですって。とても大切な人で、その人のことが好きだから誰の気持ちにも答えられませんってずっと色んな人の申し出を断っていて……」
     ルチルの話にそっと目を伏せる。リリーに想われている自覚がある。何百年も前に偶々買ってあげた髪飾りをずっと身につけているらしいという話は聞いているし、実際に自分の目でも見ている。それが揺るぎないリリーの意思表示だった。直接言葉にされたことはないが、言葉の端々に、表情の数々に向けられる思慕の気配が滲んでいた。
    「……だからミチルなりにリリーさんの心が痛むようなことをしてほしくなかったんだと思います」
    「それでファウストに頼み込むなんてチャレンジャーだな。しかもそれで引き受けてくれるんだもんな」
    「別に引き受けたわけじゃない」
     渋い顔をしながら答えた僕にルチルが苦笑混じりにすみません、と謝る。
    「でもファウストさんがいてくださるなら百人力ですね!」
     買い被りすぎだと返した後にルチルが一瞬見せた遠慮の表情に合点がいく。ああ、この子はきっと気づいているんだ。きっと気づいていたから確認も取らずに強行した。
    「でもま、三人いるなら何とかなるだろ。皆でリリーベルを迎えに行こう」
     胸を反らせて拳をあてるカインにルチルが頑張りましょうねと言葉を重ねる。
    「できる限りのことはするよ」
     そうこなくっちゃとカインに背を叩かれた瞬間、周りにざわめきが起こる。祭りの主催である領主一家が貴賓席に姿を見せたのだ。
    「見ろよ、ソフィー様だ」
    「公の場ではやっぱりおしとやかだな。話すと結構気さくなんだぜ」
     誰もお嬢様に扮したリリーがそこにいるとは気づいていないようだ。そこらじゅうが一気にお嬢様の話題一色になる。
    「あのお嬢様の婿になれたら幸せもんだよな」
    「俺が優勝したら絶対に求婚するね」
    「優勝出来たらだけどな」
     薄く微笑みを湛えたリリーが選手たちを見渡している。端から端まで、ひとりひとりの顔を確認するように。それが一点で止まって真ん丸に見開かれる。それから辺りを見回しているように見えた。カインかルチルを見つけたんだろう。なるべくなら僕は見つからない方が都合がいいが……もしかしたら人に紛れて運良く見つからないかもしれない、そう思った瞬間に視線が交錯する。そう上手くはいかなかったか。一方的に目を逸らすわけにもいかず、気まずい思いをしながら見つめる前でリリーの目が瞬く間に光に満ちていくのが見えた。ああ、こんな。こんなものを見せられたら。
    (適当に手を抜いて済ませるつもりだったのにな……)
     周りでは自分と目が合った、いいや俺だと言い合いをしている選手たちがいる。お嬢様の人気ぶりはすごいものだ。本気で優勝と求婚の権利を求めて選手たちがひしめき合うのだろう。それを越えていくのは至難の業だと思う。だが。等しく目の前の景色を映していた瞳に生気が溢れるのを見なかったことにはできなかった。
    (……きっと。きっと迎えに行くから)
     参加者たちの手に袋に入れられたなにかのセットが配られる。全員に行き渡ったことを係の者が確認して開始の合図が送られる。
    「では、始め!!」


     ◆◇


    「これが一個目の競技のオモチャですか?」
    「競技を簡単に遊べるようにしたものだと言っていたな」
     リケが開けた袋の中から出てきたのは正方形を連ならせてできた形の違うパズルのようなものだった。欠片はそれぞれ形が違い、それを上手く組み合わせて台紙に書かれた図面に当てはめるもののようだった。正方形の一個一個にはそれぞれ文字が書いてあり、台紙のマス目と連動しているようだ。
    「台紙の色のついているマスと、パズルの対応しているマスの文字を順番に並べると答えが出るみたいだ」
    「回りくどいことをやらせるな」
    「そういう競技だから……」
     会場の周りには座れるようにシートが敷かれていて、あっちでもこっちでも座って観戦している人たちがいる。アーサー様に説明を受けながらリケとパズルを並べてみたりひっくり返して並べてみるけれど、全然台座の形と重ならない。後ろからヒースクリフさんとシノさんが覗き込んでいるけど、シノさんの方はお手上げみたいだった。
    「オズ、オズも考えてください。中々の難問ですよ」
     黙って僕たちの様子を眺めていたオズ様の袖をリケが引っ張る。オズ様はじっと台紙を見た後、杖を取り出して口を開こうとした。
    「ヴォクスノ……」
    「魔法はだめですよ、オズ様。己の知恵で解くものですから」
    「……そうか」
     アーサー様に注意されてそれっきりオズ様は黙ってしまった。欠片を交換して並べてみたり台紙の上で回転させてみても一向に答えは出そうになかった。会場の方はさっきから何度か笛が鳴っている。何人かクリアした選手がいるみたいだ。
    「お」
     完全にパズルを解くのを諦めた様子のシノさんが声を挙げる。何があったのかと顔を上げるとシノさんが会場のテーブルを指す。
    「見ろ、ルチルだ」
     選手の人たちの間を小走りに抜けるのは兄様だった。中央のテーブルには何人か係の人がいて、提出された紙を受け取っている。係の人が受け取って兄様の答案をチェックしている。兄様の前の人は紙を返されていたからきっとやり直しだったんだろう。答えを待つ間、ドキドキしながら見守る。

     ピーッ

     笛がなった。
    「ルチルさん、クリアです!」
     響き渡る係の人の声にわっと声を上げる。何人か前にクリアした人たちがいるみたいだけど、大分早そうだった。これで兄様は次の競技に進める。パズルの競技と次の競技は時間で区切られるもので、ポイントを付けられるらしい。そして両方のポイントの合計で最終競技に反映される。つまり早くクリアできればそれだけ有利だ。
    「やったぁ!」
    「後はカインとファウストですね」
     二人はまだ問題を解いている。まだかなまだかなとソワソワしつつ、自分たちのパズルをいじる。
    「こういうのは当てはめづらい形から並べていくと上手くいったりするんだよ。例えばこれとか……」
     ヒースクリフさんが階段の形をした欠片を持ち上げて台紙の上に置く。くるくる回して上手く台紙と形の合うところを探していく。
    「ここら辺とかどうかな?」
     端の形の合うところに置いて周りを埋められるような形の欠片を探す。シノさんが何気なく拾った欠片を隣に並べて組み合わせていく。
    「皆、ファウストだ!」
     アーサー様の声がしてテーブルの方を見る。早足でファウストさんがテーブルに向かうのが見えた。ファウストさんだ!まだまだ時間も残ってる!係の人のチェックも早くてすぐにクリアの笛が鳴る。
    「やったな、ミチル!」
    「はい!」
     手を出すアーサー様とハイタッチをする。ヒースクリフさんはホッとしたように、シノさんはふふんと鼻を鳴らしている。
    「時間がかかりすぎたくらいだ」
    「お試し用を投げ出したお前には言われたくないよ……」
    「今やってる」
    「完成が見えてきたからだろ」
     ヒースクリフさんが言うように選手の人たちは僕たちが挑戦してるものよりずっと難しいパズルをしている。僕たちは皆でやってるから答えまで辿り着けそうだけど、選手は自分の力だけで解かなくちゃいけない。後はカインさんだけだけど……
    「カインは大丈夫でしょうか……」
    「考えるより体を動かす方が得意だが……まだ負けると決まったわけじゃない。クリアすることを信じて見守ろう」
     不安そうにしながらもリケはアーサー様の言葉に頷いた。

     僕たちのパズルはあの後ちょっともたついたけど無事に完成した。キーワードは「プルメリア」。お祭りの最後にお嬢様から優勝者に渡される花束の花の名前だった。選手のパズルの答えもお祭りにちなんだものなのかな。パズルの制限時間はあと少しだった。カインさんは頭を搔いて考え込んでいる。あと少し、もう少しだ。締め切りのカウントダウンが近付く。ハラハラしながら見守っていると、ハッと閃いたような顔で台紙に書き込んでいる。それからバッと立ち上がると中央のテーブルに向かって走り出した。
    「カイン、行け!」
    「急いで、カイン……!」
     僕たちは声を張り上げてカインさんを応援した。カインさんが採点のテーブルに辿り着く。ちょっと時間はかかったけど答案用紙は受け取られて笛が鳴った。その直後に笛が三回続けて鳴る。競技終了の合図だった。
    「ヒヤヒヤさせるな」
    「危なかったね……」
    「やりました!やりましたよ!見ていましたか、オズ!」
    「ああ、見ていた」
     僕も興奮してアーサー様と手を取り合ってぴょこぴょこ跳ねた。皆クリアした。次の競技に進める。競技はまだ二つある。この後も頑張ればきっと優勝できる。そしてリリーさんを迎えに行くんだ。


     ◆◇


     二つ目はリボンの争奪戦だった。両側の肩にそれぞれ一本ずつ、腰から一本のベルトを下げて対戦相手たちから三本先に集めた選手が勝ち抜ける競技だ。ちなみにリボンを三本手に入れる前に自分のリボンが全部取られてしまったら失格だそうだ。選手はいくつかのグループに分かれていて、先程のパズルの成績順でグループに分けられるらしい。グループごとに番号が割り当てられて、くじ引きで順番が決まる。くじはグループで代表を決めてその人物が箱から引く。箱に差されたくじをひとりひとり引いていく。カインのグループが二番、ファウストのグループが五番、ルチルのグループが七番。二試合が同時に行われ、それぞれに数人ずつ審判がつく。少し休憩を挟んでカインの試合だ。
    「いや、焦った。間に合わないかと思った」
     試合までの時間、私たちの元に戻ってきたカインが頬を掻きながら言う。
    「もう、本当に心配したんですからね!」
    「ほんと悪かったって」
     頬を膨らましてカインを怒るリケにカインは降参の姿勢だ。真剣に応援して心配した分を全てぶつけているようだった。
    「お前なら何とかすると思っていたよ」
    「いや、実を言うと俺も間に合うか自信なかったんだよ」
     労いの声をかけるとカインが苦笑する。ガッカリさせずに済んでよかったとの言葉に眉を下げる。そんなことで私がカインに失望することなどないのに。
    「でも、主君の前でカッコ悪い姿は晒せないだろ?」
     茶目っ気たっぷりに言うカインの言葉にふっと笑う。お前はいつもよくやってくれているよ。
    「とはいえ、知略というよりは閃きと勘の良さの試されるような競技だったな」
     パズルの組み合わせに気付くかどうかで合否が分かれるような内容だったとファウストは言う。毎年競技は変わるらしいから、偶々今年はそういう年に当たったのだろう。ルチルは挑戦してすぐに閃いたと言っていたから大分個人差が出たということか。
    「子供たちのことを君だけに任せてすまない、オズ」
    「問題ない」
     首を振ってオズ様が答える。皆、オズ様に迷惑をかけることなく観戦していたし心配ないと伝える。残りの競技も頑張ってくれと伝えるとファウストは薄く笑って答えた。
    「最善を尽くすよ」



     リボンの争奪戦は白熱した。試合前に出場選手とスキンシップを取っていたのか、カインは危なげなく勝ち抜けした。視界にハンデがあるなどとは微塵も感じさせることなく、あっという間にリボンを集めた。
     まず向かってくる相手に腰を低くして懐に潜り込み腰から垂れるリボンを引き抜く。混戦になりそうなところを身を翻してすり抜け、一番外側にいた選手の背後から手を伸ばして一本。さすがの身のこなしだ。気付いた選手があっと声を上げている間に飛びかかってきた別の選手をかわして肩からリボンを引き抜いて勝利。鮮やかな手際に観客たちから拍手が湧く。カインは三本のリボンを手に持って高く掲げた。危なげない試合だった。係の者にリボンを手渡し、フィールドを抜けて帰ってくる。
    「すごいよ、カイン!」
    「やるな」
     シノとヒースクリフに迎えられてカインがニッと笑みを浮かべる。
    「あっという間でしたね!」
    「カイン、素晴らしい戦いでした」
    「さっきの汚名は挽回できたか?」
    「汚名だなんて言っていません。でも素晴らしかったです」
     気程のやり取りを茶化しながら軽口を叩くカインに頬を膨らませながらも、リケが賛辞を送る。ミチルも興奮していた。
    「今回はいい所見せられたか?」
    「さすがカインだ。私も鼻が高い」
     オズ様に同意を求めると厳かに頷かれた。
    「良い出来だった」
    「ありがとな!」
     屈託なく笑うカインにつられて笑顔になる。残りの試合もすぐに決着がついて次の試合のアナウンスがされていた。


     ◆◇


     どの試合も緊迫感に溢れる試合だった。第五試合はファウスト先生の試合だった。初めはお祭りの参加を渋っていたけど、競技に臨む頃にはそんな様子も消えていた。それどころか控えめながらも前向きな発言が所々に聞こえた。ミチルは強引にファウスト先生に参加をお願いしたことを気にしているようだった。いくらリリーベルのことを心配していたとはいえ、無理強いをしてしまったんじゃないかって。
    「気にするな。ファウストだって第一競技が始まる頃にはそんな素振りもなかっただろ」
    「さっき試合に向かう時も気にするなって言ってくれたし、大丈夫だよ」
     争奪戦に向かう前、ファウスト先生に頭を下げるミチルに肩に手を置いてそう言っていた。リリーベルは大事な妹分だからその心を守ってやることも大事なことだって。かつてレノックスたちと戦場にたっていた頃、リリーベルを妹のように思っていたのだと聞いている。その彼女が心を痛めるような事態は起こらないようにしてやりたいとの言葉通り、競技に真剣に取り組んでいる。
    「ファウストがああ言っていたんだ。私達に出来ることは彼を心配することではなく、信じて応援することだ」
    「ミチル、ファウストに声援を送りましょう!」
     アーサー様がミチルに笑いかけ、リケが体の前で両手に拳を作る。二人の言葉にミチルはそうですよねと頷いてフィールドに向けて声援を送る。その輪に俺たちも加わる。

    「オレの代わりに出場するんだ。勝ってこいよ」
    「ファウスト先生のカッコいい姿、見られたら嬉しいです」

     そう声をかけて送り出した先生はちょっと困ったように笑って手を挙げていたけど、否定的なことは言わなかった。代わりに「生徒たちの前で無様な姿は見せられないからな」って答えてくれた。
     たくさんの声援が飛び交う中、試合か始まる。フィールドの奥の方で相手をじっと見据えるファウスト先生が見えた。開始の掛け声で走り出した姿は選手の波ですぐに見えなくなった。
     一人抜け、二人抜け勝ち抜けた選手が出る中、ファウスト先生の姿が見つけられずにいた。今どうなっているんだろう。あっちを見てもこっちを見ても選手は似たような衣装を着ているために見分けがつかない。ミチル達もファウスト先生の姿を見失ったようでキョロキョロと見回している。数人勝ち抜けた後は中々次が続かなかった。実力が拮抗してるってことだろうか。
    「身のこなしが上手い奴が多い。でもどいつもこいつも決め手に欠いてる」
     隣で観戦していたシノが次が一人出たら何人も続く、そう言った時だった。急に肩を掴まれる。
    「!?なに……」
    「ファウストだ!一本握ってる!」
     シノの指差した方に必死に目を凝らす。他の選手と組み合って注意の疎かになっている選手の右肩からリボンを引き抜く。
    「「あと一本!!」」
     ミチルとリケの声が重なる。シノとアーサー様が声を張り上げるのに合わせてファウスト先生の名前を叫んだ。
     相対するのは体つきのしっかりした若い男の人だった。互いにリボンに手を伸ばすものの、決着がつかない。横槍を入れた選手をかわすのにファウスト先生の注意が一瞬逸れた。
    「ああっ!!」
     突っ込んできた選手が腰から垂れるリボンを掴む。ミチルの悲痛な声が響いた。他のリボンは無事だ。これが取られても他の選手から奪えればまだ勝機は……
    「まだだ!」
     アーサー様の声が飛ぶ。重心が横に流れていたファウスト先生の足が力強く地面を踏んだ。体を捻り、左手を相手の肩のリボンに向かって突き出す。
    「相打ち……」
    「ふん、中々だったな。どっちも勝ち抜けだ」
     口角を上げるシノの言葉に大きく息を吐いた。体からごっそり力が抜けるような心地だった。緊張が解けて全身から力が抜ける。
    「緊迫した戦いだったな!」
    「すごくドキドキしました……見ていましたか、オズ?」
    「見ていた。だが騒ぐほどのことではない」
     なぜ、と詰め寄るリケをオズ様は口を閉じて視線を注いでいる。アーサー様が二人の間に入って取り成している。
    「ファウストならば問題なく達成できる試練だったということですよね、オズ様」
    「……ああ」
     重々しく放たれた返事に何だかむず痒くて顔を俯けた。肘で小突いてきたシノの方を見ると上機嫌に口の端を持ち上げていた。
    「やったな」
    「うん、やっぱりファウスト先生はすごいな」
    「当たり前だろ。オレたちの先生だぞ」
     当然だと言わんばかりの態度のシノにちょっと笑って素直に頷いた。



    「最後はルチルの試合ですね!」
    「はい!えっと、兄様は……あそこだ!兄様!」
     観覧席から近い場所に兄様は待機していた。ぼくたちの声に気付いて手を振ってくれる。近くの選手に話しかけられてにこやかに会話をしている。緊張はしていなさそうだった。
    (兄様、頑張って……!)
     すぐに笛が鳴って試合が始まる。一斉に選手たちが動き出してあっという間にあっちでもこっちでもリボンの取り合いが始まる。兄様は周りの選手の動きを見ながらどこで動くかを考えているみたいだった。
     兄様がハッとした顔をして足に力を入れた。踏み出して背中を向けている選手の左側で揺れているリボンに手を伸ばす。
    「やった!一本とっ……「あっ!!」
     喜んだのも一瞬のことで、その直後すれ違いざまに別の選手に兄様の左肩のリボンが引っこ抜かれた。思わずリケのショックを受ける声が聞こえた。まだだ、まだだと思うものの中々周りの選手に隙が生まれない。段々と選手の数が減ってくる。
     正面で向かい合った選手とジリジリ距離を詰めているものの、中々リボンに手が届かない。覚悟を決めて一歩踏み出した瞬間。
    「ルチル!後ろだ!」
     ハッと振り返る兄様の腰のリボンを別の方向から来た選手に奪われる。シノさんの警告も間に合わず、兄様のリボンは右肩の一本だけになってしまった。前から突進してきた選手のことは何とかギリギリで避けて他の選手の方へ向かう。どんどん勝ち抜けノの選手の出る中、何とか一本確保して最後の一本を狙う。
     どの選手も最後のあと一本を狙ってチャンスを狙っている。何人かと奪い合いになるけど決着がつかない。
    「ルチル……ルチル、頑張れ……」
     ヒースクリフさんの祈るような声に胸の前でグッと拳を握った。決着はまだつかない。ハッとする場面も、ヒヤッとする場面もたくさんあった。でも最後が決まらない。合格の残り人数はもう少ない。あと数人の中に入れなければ兄様は脱落だ。
    「兄様、頑張って!」
    「頑張ってください、ルチル!」
     リケと一緒に声を張り上げる。すぐ傍にいた選手のリボンに手が届きそうになったその時、足場が滑って兄様の体が傾く。
    「ああっ!!」
     瞬間的に絶望的な声が出た。リケは口元を覆っている。ヒースクリフさんが息を呑む。オズ様はただ静かに目の前の光景を眺めている。
    「まだだ!」
    「根性見せろ、ルチル!」
     後ろからアーサーさんとシノさんの檄が飛んだ。兄様は倒れ込みながらも目の前のリボンに手を伸ばして―――


     ◆◇


    「どうだったかね、午前の競技は」
    「とても緊張しました。どうなるかとてもハラハラして……」
     競技を二種目終えて休憩時間になった。昼休憩の後少し領民たちの出し物があって、その後最後の競技を行うらしい。全身をソフィーお嬢様の格好で固めた私が自由に出歩けるわけもなく、領主様のお屋敷で昼食をご馳走になっていた。美味しそうな食べ物の出店やワゴンが並んでいたからちょっと残念だ。皆は今頃お店を回って楽しんでいるだろうか。
    「いや、すまない。君も友人たちと楽しみたかっただろうに」
    「いいえ、せっかくの楽しいお祭りが上手くいかないのは悲しいですから」
     領主様に微笑みかけると軽く頭を下げられた。慌てて顔の前で手を振る。恩人だなんて言い過ぎだ。ただ私はお嬢様の格好をして観覧席で座って選手たちを眺めているだけなのだから。
    「元々ソフィーは今年の祭りに乗り気ではなかったのだ。今年は結婚できる年齢になったから結婚の申し込みもあったかもしれなかったのに」
    「期待されていたのですか?」
    「多少はな。まあでも申し込まれたからと言って必ず結婚するわけでもないし儀礼的なものだ。ソフィーに好きな相手がいるならそちらを優先したい」
    「そう言ってますけど、本当は優勝した方と結婚してほしいのよ」
     奥様にこそりと耳打ちされる。儀礼的なもののある領地では珍しい話じゃないだろうなと思う。伝統を重んじる人なら尚更だ。今の領主様もお祭りで優勝して奥様を射止めたというし。
    「後でソフィーに会ってあげてくださいな。貴女にお話があると言っていたわ。貴女のおかげで随分と体調がよくなったみたいで」
    「かしこまりました」
     お礼を言いたいならわかるけど話をしたいと言われる理由がわからない。会えばわかるだろうかと考えながら領主様たちとの昼食を終えた。

    「ソフィー様、失礼いたします」
     奥様に言われた通り部屋を訪ねるとソフィーお嬢様はベッドで体を起こしていた。顔色も大分いい。先程渡したシュガーが効いているようだ。
    「お加減いかがですか?」
    「ありがとう、大分いいわ」
    「では午後のお祭りには参加できそうですか?」
     何気なく尋ねるとお嬢様は言葉に詰まって視線をウロウロさせた後、指先をいじりながら俯いた。自信なさげに呟かれた声にああ、と納得する。
    「その……贈呈式まではお願いしたいわ……」
     贈呈式の舞台に上がりたくない理由があるのだとわかる。その胸に何を抱えているのか見当がつく。家族の期待に応えたい気持ちと、自分の心に嘘をつけないと思う気持ちの間で不安定に揺れ動いている。
    「好きな人がいるんですね?」
     お嬢様はハッと顔を上げて、それから小さくこくりと頷いた。叶わない願いなのだろうか。それとも口にできないだけなのだろうか。私が舞台に代わりに立っていて支障はないのだろうか。
    「その人は……その、競技には参加しないから……」
    「ではどなたが贈呈式に現れてもお断りしてよろしいですね?」
    「はい……お願いします」
     了承の旨を伝えると、お嬢様はホッと表情を緩めた。それから少し口を噤んで、遠慮がちに問いを投げかけられた。
    「お祭りにはリリーベルのお友達も参加すると聞いたわ。もしもその中の誰かがあなたに求婚したら?」
    「それはありえませんよ」
     困ったように笑って返してもお嬢様は心配そうにしている。彼らにとって私はただの仲間だし、友人だ。それ以上でもそれ以下でもない。それにどんなに想っても、きっとこの恋は実らないから。
    「……でも、その中に好きな人はいるんでしょう?」
     どうやら読み取られてしまったらしい。そんなに顔に出ていたのか、それとも恋する乙女の勘か。
    「簡単な話ではないのですよ。……それにきっとあの人は一番なんか取りにはこないですよ」
     お嬢様のどうして、の言葉の続きが発されることはなかった。部屋のドアがノックされたからだった。落ち着いた男性の声がして入室の許可が求められる。お嬢様の顔に緊張が走る。ひとつ呼吸をしてお嬢様が入室の許可を与える。
    「失礼いたします。……ソフィーお嬢様、具合はいかがですか?」
    「クロード……リリーベルにお薬をもらったから少し回復してきたわ」
     黙礼で挨拶をする青年に黙礼で返す。礼儀正しく丁寧な物腰の青年は柔和な笑みを浮かべてお嬢様のベッドサイドまでやってくる。大分親しいようだった。邪魔をしてはいけないと席を立とうとすると、ソフィーお嬢様に引き止められる。
    「おや、お嬢様は随分とリリーベルさんに懐いているようですね」
     くすくすとおかしそうに笑うクロードさんにお嬢様はもごもごと言い訳をしている。最初穏やかにお嬢様を見つめていたクロードさんだけれども、やがて溜め息をつく。
    「まったく、お祭りの主役なんですから体調管理はしっかりされてください。俺たち運営委員も大変なんですよ。今回はリリーベルさんにもご迷惑をおかけして」
    「それは……ごめん、なさい……」
     呆れた様子のクロードさんに小さくなるお嬢様の気持ちはきっとクロードさんは気づいていないのだろう。話題転換も兼ねてクロードさんにお祭りには参加しないのかと話を振ってみると、目を丸くした後に苦笑いで返される。
    「俺ですか?俺はダメですよ、全然運動神経もよくありませんし運営委員の仕事もありますし。今年奥様に勧められたんですが、優勝もできないのに出ますなんて軽々しく言えないですよ」
    「でも、推薦ではないのでしょう?」
    「そりゃそうですよ。俺なんか推薦したら領主家の面目丸潰れですよ」
     肩を竦めるクロードさんを切なげに見上げた後、ソフィーお嬢様は俯いて言った。
    「迷惑をかけたことは申し訳ないと思っているわ。夕方からの催し物にはちゃんと自分で出席するから……」
    「頼みますよ。皆お嬢様とお話ししたくてウズウズしてるんですから。では業務に戻りますので俺はこれで」
    「クロード……夕方からは傍についていてくれる?」
    「業務があるので全てはお約束できませんが、できる限りお傍に控えるようにしますよ」
    「……ありがとう」
     控えめにはにかむお嬢様に優しく笑いかけてクロードさんは退室した。後に残されたお嬢様が小さく溜め息をつく。
    「ずっとあの調子なの。きっと私のことなんてきっと何とも思っていないんだわ」
    「全然望みがないってことはないんじゃないですか?」
     そうかしらと物憂げに溜め息をつくソフィーお嬢様の手を握って笑いかける。私の諦めないでの言葉にお嬢様はそっと握り返した。
    「……リリーベル、あなたもよ。私にそう言うならあなたも諦めないで」
     縋るような目に何も言えなくなって困ったように眉を下げて口元だけで微笑んだ。


     ◆◇


     最終種目は障害物競走だった。坂の上の領主の屋敷に続く坂道を駆け上がるどのことだったが坂は傾斜が大きく、それだけで難解だと分かるのに所々に障害物があるという。ただ走るだけではダメなのかとげんなりする。出走順は第一競技のパズルと第二競技のリボン争奪戦の合計点数から割り振られ、出走の間隔も細かに分けられていた。ルチルは争奪戦の成績が、カインはパズルの成績が響いてやや離れた後方にいた。二人の身体能力なら多少のハンデはものともしないだろう。誰かがリリーの元に一番に辿りつければあの子の心は守られる。僕が必死に頂点を目指す理由はない。人に注目されるのは鬱陶しいし、賛辞を受けたいわけでもない。だが、僕の姿を見つけた時のリリーの瞳が頭から離れない。あの瞳が曇るのはあまり見たくなかった。
     スタートの合図がなって第一走者が走り出した。軽快に坂を登っていく。次々に後続が出走していく。考えている余裕はない。行けるところまで行けばいい。リリーには悪いが、競技に参加しただけでも大分譲歩したんだ。これ以上は……表彰台に自分が上がる像が結べない。僕はきっと辿り着けない。あの子の想いにはきっと応えられない。出走順になった。石畳の道路を蹴る。そう思っているのに、心の中で本当にそれでいいのかという疑問が浮かんで消えなかった。

     木箱の上を乗り越えさせられたり、ぶら下がった旗のカーテンをくぐらされたりしながら頂上を目指す。ただでさえ勾配が早い坂は歩いたり、足を止める選手が相次いでいた。予想外に足を止めている者が多い。
    「意外にいけそうじゃないか」
     声をかけられてそちらを向くとカインがいた。後からスタートしたはずなのに易々と追いつかれた。さすがに日頃から鍛えているだけのことはある。
    「ルチルは?」
    「もう少し後ろだ。俺より少し前にスタートしたんだが、追い抜いてきた。でもまだいけそうな感じだった」
    「そうか」
    「あんたもまだ余力あるだろ?」
     自分の発言を微塵も疑わずにカインが笑顔を向けてくる。正直今すぐにでもリタイアしたい気分だったが、ゴール前に子供たちが陣取って待ち構えていると言ったことを思い出して口を引き結んだ。カインがこのまま先頭を目指せば僕が走る必要もないんじゃないか?
    「じゃあ、先に行ってる。あんたが来るのを先で待ってるよ」
     カインはそう言い残して僕の前に出るとぐんぐんスピードを上げた。さすがにあれに追いつけっていうのは無理があるだろう。それにあれだけ余裕があって優勝が狙えるなら後は任せた方がいいんじゃないか。少し先のカーブを曲がっていったカインの姿はもう見えない。とりあえず坂を登りきってゴール目前までいけば子供たちにも及第点は貰えるだろうか。それまでに投げ出したらシノあたりがうるさそうだ。リリーは誰かが迎えに行ければそれでいいだろう。彼女だって僕が途中で足を止めても「そんな気がしていました」と言って眉を下げて笑うだけだ。それが僕らだ。その先を目指すことなんて……
    「おい、大丈夫か!?」
     先の方で声がする。嫌な予感を感じながらカーブを曲がりきったその先、道路の端でぐったりと座り込む選手とその青年に声をかけるカインの姿があった。青年の方は顔の色がなくて呼吸が荒い。早く係の人間に預けた方がよさそうだった。あちこちに待機はしているから先にいる誰かに声をかけに行った方がいい。だというのにカインはその青年を抱え上げている。
    「カイン、君なにを……」
    「係の人のところまで運んでくる!ファウスト、後預けたらすぐ後を追うから!」
    「は!?」
     言うなり坂を駆け下りていくカインをぽかんと見送る。冗談だろう、こんな時に人助けなんて。お人好しが過ぎる。だがこれで僕らの中でリリーに一番近いのは僕になってしまった。ルチルの姿はまだ見えない。
    (勘弁してくれ……)
     もう何人も前にいなかったはずだ。だからといって追いつける保証はない。だが。
    「くそ……」
     悲しいのに必死に取り繕う笑顔が脳裏を過ぎった。リリーはきっと仕方ないですよと言う。本音は幾重にも隠して大変でしたもんねと口にする。そういう子だ。そんなこと始めからわかっていたのに。他人のためなら平気で自分のことを後回しにする子だと知っていたのに。
     地面を踏み締め、駆け上がる。主催にと用意された豪奢な椅子に座ってきっと待っている。他の選手を振り切って僕らの誰かがあの子を迎えにいくのを。

     見える範囲に選手を牽引する姿が見えた。あと少しだ。直前の選手を抜かそうと奥歯を噛み締める。呼吸を荒くしながら見上げた民家の窓がふと目に入った。窓辺に置いてある壺がぐらりと揺れて傾く。このまま落ちれば目の前の選手の脳天に直撃する。
    「ッ、危ない!!」



     眼前の選手に飛びかかってその上に被さる。すぐ脇に壺が落下して砕け散った。あちこちの民家の窓から口々に悲鳴が上がる。競技の様子を中継していた係の人間の切羽詰まった声が響いた。
    「あんた……」
    「君、無事か?」
    「あ、ああ……あんたのおかげで……でも、あんたは……」
    「問題ない」
     起き上がろうと地面に手をついた瞬間、声が降ってくる。後方から来たルチルだった。
    「ファウストさん、大丈夫ですか!?」
    「大丈夫だ。僕のことはいいから行ってくれ」
     ルチルが痛みを堪えるような顔をする。
    「後は任せた」
    「はい!」
     全てを飲み下したような顔をした後の振り払うようにルチルが鋭い返事をする。振り返らずに駆け出していく背中を見送る。これでよかったはずなのに、自分の選んだ行動だったはずなのに胸につかえて取れないものがある。しこりのように胸に蓋をしている何か。わかっている。これは後悔だ。誰かに役目を譲ることをこんなにも口惜しく思う日が来るなんて。
    「あんたは行かないのか?」
     助けた選手が衣装の誇りを払って立ち上がる。その瞳にはまだ闘志が燃えていた。諦めることを知らない不屈のそれ。
    「おれは何がなんでも優勝する。今日のお嬢様は特別素敵だった。おれはあの人に絶対求婚するんだ。絶対諦めない」
     そう言いきった選手は呆然とする僕に礼を言って走り出した。僕にはあれほどの情熱は持てない。そんな柄じゃないし、人前で晒し者になるのはごめんだ。だが胸が悲鳴を上げる。あの青年がもし万が一にでも優勝に手が届いてしまったら。

     ……僕は。僕は―――――


     ◆◇


    「俺、リリーに求婚するよ」
     その言葉を聞いた時、「そうか」の一言すら出なかった。頑張れよも幸せになれよも何も言えなかった。ただただ呆然とあいつを見送った。あいつがリリーを想っていることは知っていた。その時の僕は自分の気持ちに鈍感で、或いはなかったことにして危うい関係を保っていた。二人が大事だった。ずっと三人でいられると思っていた。そのために答えを出すことをせずに自分の気持ちをハッキリさせようとしなかった。もしも、もしもあの時僕が自分の気持ちを形にしていたらあんな結末は迎えなかっただろうか。リリーは苦しまずに笑っていられただろうか。

    「ファウスト様」

     また笑いかけてくれるようになったのに。言葉を交わせるようになったのに。僕の姿を見つけて目を輝かせたあの子の期待を裏切るのか。期待を持たせるだけ持たせて無様な姿を晒すのか。もしも今からでも間に合うのなら。あの時のやり直しができるのなら。
     立ち上がって地面を蹴る。去っていった背中を追う。なりふりなど構っていられなかった。前に、ただ前に進むんだという意思だけで足を動かした。ヨロヨロと走る選手を追い越し、膝に手をついて息をする選手を避けてひたすらに先頭を目指した。
     見慣れた髪が見える。肩の少し上で切り揃えられた亜麻色の髪。ルチルだ。前を目指して走る彼のその先に、さっき僕に決意表明をしていった選手の姿を捉えた。まだ間に合う。一段スピードを上げてルチルを追い抜く。
    「ファウストさん!お願いします……っ」
     答える余裕もなかった。表情も確認せず抜き去ったのに、ルチルがホッと表情を和らげたような気がした。先に見える背中を追いかけて速度を上げる。もう何人抜いたのかも覚えていない。ただ優勝を目指してひた走る背中を追い続ける。あと少し、もう少し。坂の頂上が見えると同時に競技の行方を見守るリリーの姿が見えた。両手を胸の前で握り合わせ、唇を噛み締めて見つめている。
     ゴールのテープが張られているのが見える。あと少し、目の前の背中が近いようで遠い。背後にピタリとつく。もう間もなく手の届きそうな距離だった。なけなしの力を振り絞って踏み出す。



    「優勝はフェルビィ選手、たっちのさで二位がファウスト選手、遅れて三位が……」
     係のアナウンスが流れる。敗けた。間に合わなかった。あと一区画、或いは家屋一軒分の距離があればあの青年を抜かせていた。だがそんなことを言ってもどうにもならない。全てをかなぐり捨ててゴールを目指したのに何も掴めなかった。すぐ目の前にあったのに届かなかった。所詮はその程度ということか。惜しみない拍手を贈られても、止まない賛辞を伝えられても何も耳に入らなかった。顔を上げることすら叶わない。リリーは今どんな顔をしているのか確かめるのが怖かった。勝利を目前にして今一歩及ばなかった僕の姿を見て、あの輝いた瞳から光が失われて乾いた目をしていたら。
    「ファウスト!」
    「ファウストさん!」
     両側からガッチリと肩を抱かれる。カインとルチルだ。口々に惜しかった、頑張ったと興奮した声で話しかけられても何も返せなかった。託されたのに、任されたのに応えられなかった僕なんて失望されても文句は言えないのに。
    「ほら、リリーさんが見てますよ!」
    「せっかくここまで来たんだ、顔見せてやれよ」
     二人の口振りからしてリリーは負の感情を浮かべてはいないのだろう。そっと窺うように顔を上げた瞬間、リリーと目が合った。愛想笑いでも表情の薄い顔でもなかった。薄く涙を浮かべて微笑んでいた。零れ落ちる何かを堪えるように結ばれている。その表情を見た瞬間、胸が詰まった。苦しくて苦しくて堪らない。誰もいない場所だったら音の塊をごろりと丸ごと吐き出していただろう。なんで、どうしてもっと早く踏ん切りがつけられなかったのか。どんなに悔やんでも結果が変わることはないのに。君に手が届かなかった事実は変わらないのに。

    「では、優勝したフェルビィ選手にソフィーお嬢様から花束の贈呈です!」
     司会の高らかな宣言に応えるようにお嬢様の格好をしたリリーが花束を手に優勝者の前へと静かに、しっかりとした足取りで歩いてくる。優勝者はその様を高揚した様子で見つめている。よりにもよって彼からリリーへの求婚の現場をすぐ間近で見ることになろうとは。上位三位までは壇上に、と言われて渋々上がらざるをえなかった。こんなことならあんなに必死にゴールを目指すようなことなんてしなければよかった。優勝者が愛を語る光景を見ていられなくて目を逸らす。リリーはゆっくりと花束を差し出し、口を開く。その語り口に目を見開いた。
    「困難に見舞われながらも奮起した貴方の姿は賞賛に値します。奮励努力家した貴方に敬意を評して伝統あるプリメリアの花束を贈呈します」
     本物のお嬢様のことは知らないが、その語り口調を知っている。花束を差し出された青年は頬を紅潮させ、何を言っていいかわからなくなっているようだった。言葉を詰まらせ、何度か口を開閉させた後、バッと右の手を敬意を現す姿勢を取った。体にガチガチに力の入った敬礼だった。
    「みっ、身に余る光栄でありますッ」
     フッと微笑む気配にリリーに視線を遣る。何となく予想をしていた。目にした彼女は何者にも汚されない清浄さがあった。微笑みは穏やかなものの、簡単に触れられない清らかさを纏っていた。他の誰かの格好をしていても滲み出る、神聖な気配。聖女の気を纏ったリリーベルがそこにいた。
     青年が震える手で花束を受け取る。愛を訴える言葉はついぞ出てこなかった。


     ◆◇


    「ありがとう、リリーベル。その、私にしては大分カッコよかったけど」
    「すみません、つい……」
    「いいえ、私もあれくらい強くならなきゃいけないのよね」
     表彰の後、ソフィーお嬢様から感謝の言葉を贈られた。体調も戻ったし、この後は自分で頑張るという。
    「お嬢様はお嬢様らしく、頑張ってくださいね」
    「ええ、精一杯頑張ってみる。公務も、その他のことも」
     明るく前向きな姿を見せるお嬢様に微笑む。何かお礼を、と言われたけれど特に欲しいものがあるわけでもない。ただ、そう。ちょっと早く街に戻りたかった。仲間たちと合流する前に買いたいものがあるのだ。それを告げるとお嬢様は着替えずともすぐにそのままの格好で店に向かった方がいいと力説する。人気の品だから売り切れる前に手に入れた方がいいと。
    「クロード、お願い。リリーベルを案内して」
    「かしこまりました、ソフィーお嬢様。参りましょう、リリーベルさん」
     運営の仕事で忙しいだろうにと遠慮しようとするとクロードさんはくすりと笑った。
    「お嬢様のお願いを叶えるのも俺の仕事なので」
     冗談めかして言うクロードさんに頬を膨らませたお嬢様に追い立てられるようにして屋敷を後にした。私が見たのは通りのお店だったけど、クロードさんは一本隣の道の方に進んでいく。何でも地元の人しか知らない知る人ぞ知る素晴らしい品物を置いているお店があるのだそうだ。

     年季の入った看板のかかったお店に案内される。店内に他のお客さんの姿がないことを確認して、クロードさんが中に招いてくれる。店内をざっと軽く案内して、後は店主さんに引き継いでお店の外に出ていく。他にお客さんが来ないか見ているという。
    「ゆっくりご覧になってください。お嬢様の方は屋敷の使用人達もいますし、俺の同僚も優秀なので。それに貴女の買い物を急がせてしまったらお嬢様にこっぴどく叱られるでしょうから」
     クロードさんの気遣いに頭を下げると恩を受けたのはこちらですからと笑って、クロードさんは扉の向こうに姿を消した。店内に行儀よく並ぶガラスケースをざっと見回す。通りの方で見掛けてこれはと思った品はあるだろうか。端から順番に眺めていくと、棚の中ほどで目的のものを見つけた。絶対に譲れないもの。どうしても手に入れたかったもの。
    「……こちらをいただけますか?」
    「もちろんでございます」
     その並びの似たような商品をひとつひとつ眺め、これだと思ったものを購入する。別の棚に並べられている商品を見回して何点か選び、それぞれ透明な袋に詰めてもらう。
    「求めの品はありましたか?」
    「はい、とても素敵な品に出会うことができました。これ以上ない贈り物です」
     お店のご主人が優しく笑う。商品のひとつひとつを愛してるのが伺える職人さんだった。
    「お嬢さんに幸いがありますように」
     商品をまとめた袋を渡す時にご主人はそう声をかけてくれた。今までたくさんの人の幸を祈ってきたことはあったけど、そう声をかけられるのは新鮮でどこかむず痒かった。

     お店の前で待つクロードさんにお礼を言ってお屋敷に戻ろうとした時だった。少し離れたところからお嬢様の名で私を呼ぶ男の人がいた。さっき花束を渡した優勝者の青年だった。青年は緊張した様子で私の元まで来ると胸に手を当てた。熱っぽい瞳が私の姿を捉えている。
    「今日のあなたは今までよりも一層輝いて見えました。おれでは役不足なのはわかっています。でも、それでもどうか聞いていただきたいことがあります」
     目の前に膝まづいてそう口にする青年と私の間にクロードさんが割って入ろうとした。それを手で制して私は口を開いた。
    「残念ですがお聞きすることはできません」
     そう言うなり呪文を唱え、魔法を解く。ふわりと浮かんだ髪がバラバラと現れ、重力に従ってサラサラと下りてきた。用のなくなったウイッグが地面に落ち切る前に手で掴む。呆然とする青年に向かって薄く微笑みを向けて告げる。
    「貴方が今日一日見ていたお嬢様はまやかしなんですよ」
     呆然とあなたは、と青年の声がその場に落ちる。柔らかに微笑んで答える。そう、私は。
    「植物が好きなただの南の魔女ですよ」


     ◆◇


    「リリーベル様、よくカッコいいって言われません?」
    「えぇ?言われませんよ?……というかクロードさん、驚かれないんですね」
    「いえ、そもそもお嬢様の不注意の腹痛なんかで中央の国建国に携わった聖女様に身代わりをさせるなんて不敬を働き、領主様に代わりましてお詫び申し上げます。グランヴェル王家の方々に知られたらなんて言われるか……」
     その王子様は観戦席で楽しんでいただろうことは黙っておいた。きっと本当のことを知ったらクロードさんは五割増しで溜め息を吐くだろう。領主様たちを説得して総出で謝罪を、なんて言いかねない。
     どこで気付いたのか尋ねると、業務の一環で一時期中央の国の都に研修に行っていたことがあるらしい。その時に私の祀られているブラン大聖堂を訪れたのだと。
    「飾られてた壁画そのままのお姿でしたし」
     以前大聖堂を見に行った時、大聖女側の人間に見つからなくて本当によかったと思わずにはいられなかった。大分危険な橋を渡っていたのだと思うと乾いた笑いしか出てこない。あの時助けてくれた修道女の女性には感謝してもしきれない。見つかっていたらきっとただでは済まなかった。あそこはいつかどうにかしなければならないだろう。少し前に大聖女側の貴族に身柄を狙われた件に関しては調査を進めてもらってはいるけれど。一旦それは置いておいてクロードさんの体験話に耳を傾ける。勉強熱心な情熱に溢れる人でソフィーお嬢様が想いを寄せるのもわかる気がするなと思った。

    「もう、外でウイッグ取っちゃったの?」
    「えぇと、雲行きが怪しかったので致し方なく……」
     苦笑いで答えるとお嬢様はしょうがないわねと息を吐いた。クロードさんが思いっきり目を泳がせてるのが見える。何も気にしないなら額に手を当てて天井を仰いでいただろう。
    「……お嬢様、そもそもお嬢様が体調を崩されなければ色々と気を揉むこともなかったんですよ。そう、色々と」
     情感のこもった物言いにお嬢様がうっと言葉に詰まる。お小言にもごもごと言い訳をする姿が微笑ましくてこっそり笑みを浮かべる。
    「いやでもカッコよかったですよ、リリーベルさん」
     私がただの村娘でいたいというお願いを聞いてくれたクロードさんには感謝しかない。少し渋られはしたけれど、思ったよりすんなりと受け入れてくれた。中央の国でも身分を明かしていないと伝えたことに配慮してくれたようだった。
    「お嬢様、リリーベルさんをお友達の所にお連れしませんと」
    「そ、そうよね。ありがとう、リリーベル。今日は本当に助かったわ」
     両手をしっかりと握ってお礼を言うソフィーお嬢様ににこりと笑いかける。素直でいじらしいお嬢様にはぜひとも頑張ってほしい。
    「お嬢様の助けになれたならよかったです。ご自分の心に正直に、頑張ってください」
     挨拶にしてはヘンテコな発言だったけど、クロードさんが気に留めた様子はなかった。お嬢様にお願いされたクロードさんが屋敷の門まで案内してくれて、そこから先は自分で仲間を探すからとその先の同行を断ろうとした時だった。
    「リリーさん!」
    「リリーベル!」
     坂の下から名前を呼びながら駆け上がってくる若い魔法使いたちの姿に笑顔になる。その後ろに他の仲間たちの姿も見える。ファウスト様とカインとルチルは祭りの衣装から着替えていつもの服装だ。お祭りの衣装を着ている所を間近で見てみたかったけれど、わがままは言えない。それにファウスト様は渋りそうなのは予想がついた。お祭りに参加してくださったというだけでもありがたいのだから、それ以上は求められない。でも、カインやルチルはともかく、お祭りになんて出たら注目されるしファウスト様は絶対参加なんてしないだろうと思っていたのに。
    「シノとルチルに嵌められたんだ」
     帽子を目深にかぶってふいとそっぽを向く姿に目を瞬かせる。二人が結託してそんなことをするようには思えないのだけれど。
    「ミチルもどうしてもと頼み込んでいたな」
    「そうですね、それはもうものすごく必死に……」
    「だって!リリーさんがお嫁にいっちゃうって……」
    「その可能性もあったというだけの話だ」
    「そういえば求婚されませんでしたね」
     アーサーとヒースクリフの補足にミチルが慌てて、呆れた様子のオズ様と不思議そうなリケが続く。わいわいと賑やかな姿に自然と笑みが浮かぶ。半日離れていただけなのに、この温かい空間がとても懐かしく思えた。
    「お、いつものリリーベルだ」
    「表彰の時のリリーさん、とてもカッコよかったですよ」
     カインとルチルの言葉に苦笑いが漏れる。聖女の仮面を被るのは気が進まなかったけれど、私にはああする以外に方法が思いつかなかった。ファウスト様の目の前で他の誰かの求婚を受けるなんて耐えられなかった。だって私が想うのはこの世界でただ一人だけ。
     ふと視線を感じてそちらを見る。目元をほんの少し和ませたファウスト様と目が合った。
    「ご苦労さま、リリー」
    「ありがとうございます。ファウスト様もお疲れ様でした。改めてお祭りに参加してくださってありがとうございます。カインとルチルも」
     カインは誇らしそうに、ルチルは柔らかに笑った。素敵な仲間に囲まれて私は幸せだ。応援してくれたり、気遣ってくれる素敵な魔法使いたち。
    「リリーベルさん、では私はこれで。皆さん、残りの祭りも楽しんでいってください」
    「はい、クロードさんも色々とありがとうございました」
     お互いにぺこりと頭を下げてお別れの挨拶をする。これからもクロードさんはその手腕を振るい続けるのだろう。願わくば、ソフィーお嬢様の思いが伝わりますようにと祈りを込めてその背中を見送った。


     ◆◇


    「皆さんにお礼があるんですよ」
    「お礼……ですか?」
     手から提げた袋から中身を取り出す。私のわがままを聞いてくれたお礼。付き合わせてしまったお詫びの品。若い魔法使いたちとひとりひとりの手に順番に乗せていく。
    「わ!ピンズだ!」
    「カッコいいです!一人ずつ柄が違うんですね」
    「この街の特産品などで作られているのだな」
    「ふぅん、悪くない」
    「これ、すごい細工が細かいな……」
     それぞれ気に入ってくれたようでよかった。彼らの様子を眺めるオズ様にも差し出す。
    「私はいい」
    「せっかくですから今日の記念に……皆の見守りもしてくださったようですし」
    「……私は」
    「オズ様!オズ様はなんの柄でしたか?」
     オズ様に無理強いはできないと引っ込めようとしたところ、アーサーがひょこりと現れた。興味津々のアーサーにオズ様は返答に窮している。今一度差し出すと、手のひらを返して受け取ってくださった。その手の上に乗るピンズを眺めてアーサーが目を輝かせ、笑いかけている。二人のところに興味津々のリケとミチルが加わる。オズ様も子供たちには敵わないらしい。微笑ましい光景にくすりと笑みこぼす。
    「参加してくださった皆さんにはこちらを」
     手のひらくらいの大きさのガラスケース。カインは楽しそうに、ルチルは嬉しそうにそれぞれ受け取る。カインには鮮明な赤い花のドライフラワーと金に彩色された枝の詰められたドームを、ルチルには優しい黄色と緑とオレンジの花々の敷き詰められたドームを。そしてファウスト様には。
    「……これは……」
     渡した瞬間、ファウスト様の目が見開かれる。その後の言葉が続くことはなく、食い入るようにドームの中身を見詰めている。中心の黄色い、白い花。今日、この街で一番価値のある花。プルメリアの収められたフラワードームだった。興味を引かれてフラワードームを眺める子供たちと笑い合っていたカインがおもむろにピシリと手を上げる。敬意を表す綺麗なそのポーズに目を瞬かせる。
    「栄誉を称えていただき光栄です、魔女様」
     カッコよく決めた後、破顔したカインに続いてルチルも同じ手の動きをする。
    「わぁ、カッコいい!じゃあ私も。……お褒めに預かり嬉しいです、魔女様!」
     若い魔法使い二人の敬礼の姿勢にじっと子供たちの視線がファウスト様の方を一斉に向く。期待の籠った視線にファウスト様は閉口し、やがて小さく呟いた。
    「これは僕もやらなければならないのか……?」
     キラキラした五対の瞳を前にファウスト様は少しの間黙り込んだ。それから諦めたように息を吐いて。
    「誉れをいただき感謝いたします……魔女様」
     どくりと心臓が脈打つ。すぐに返答が思いつかずに言葉に詰まる私を子供たちが、保護者の魔法使いが、お祭りに参加した魔法使いたちが私のことを見ている。何か、何か言わないと。
    「えぇと……わたくしを迎えに来るため、力を尽くし素晴らしい雄姿を見せてくれた魔法使いたちに感謝と祝福の祈りを捧げましょう」
     手を組み、目を閉じる。精神を集中させる。身体中に魔力が満ちる感覚がして言葉を舌に乗せる。ありがとうの気持ちを込めて。祈りが形になる。

    「コーム・オリーヴァ」

     魔法が発動した瞬間、子供たちの口からわあっと歓声が上がる。フラワードームが輝いていた。カインのドームには花火のように爆ぜる光が。ルチルのドームには優しく明滅する陽だまりのような光が。そしてファウスト様のドームには空から降り注ぐ月の欠片のような優しい光が。時間の経過と共に消えていってしまうかもしれないけれど、しばらくは今日この瞬間を大切な思い出として記憶に甦らせることができるだろう。大切な仲間たちとの素敵な時間を噛み締めるように微笑んだ。
    「そうだ!リリーさん、あっちに面白いものが売ってたんですよ!」
    「リリーベルが来たらもう一回皆で見に行こうと話していたんです。ほら、行きますよ!」
     ミチルとリケに手を引かれて駆け出す。他の魔法使いたちの声が後ろから追いかけてくる。優しい仲間と、温かい時間の中にいられて私は幸せだ。幸せ者だ。願わくばこの優しい時間がずっと続きますように。
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    mgn_t8

    DONE診断メーカー「三題噺」より
    「不機嫌」「言い訳」「昼下がり」
    フォロワーさんとワンドロ(+5分)

    リリーが魔法舎に来てすぐ後くらい。ファウスト語りで主にファウスト+レノックス。リリーはチラッとな革命軍組の話。
    胸に隠したそれは 再会してからずっと気になっていることがある。レノックスのリリーに対する呼び方だった。昔は敬称付けでリリーベル様と読んでいたが、今はリリーと愛称で呼んでいる。ここに至るまでどんな経緯があったのかは知らないが、共に南の国から魔法舎にやってきて親交もあったというから僕の知らない間に親しくなったのだろうということは考えなくても分かる。分かるけれど、レノックスとリリー、時にはフィガロを加えた三人の様子を見ていると胸の奥がざわりと騒ぐのを抑えることができなかった。

     ある日の昼下がりだった。東の魔法使いたちの午前の実地訓練を終えて食堂で皆で昼食を取った後だった。図書室で今後のカリキュラムを考えようと足を向けた時だった。廊下の向こうから歩いてくる人影を認識した瞬間、口を引き結んだ。レノックスとリリーだった。和やかに会話をする姿は親しみに溢れていて信頼に満ち満ちていた。未だここにいる魔法使い全員に慣れていない様子が窺えるリリーの朗らかな笑顔が向けられているのは微笑を浮かべたレノックスだった。何となく彼らから視線を逸らして黙ってそのまま歩を進める。
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