そういうところが 魔法舎の中庭で猫と戯れるファウスト様を見かけた。ふと見えた少年のような気の抜けた顔に思わず零れた言葉に返事が返ってきた時は心臓が飛び上がるほど驚いたのだ。
「かわい……」
「は?」
間髪入れずに返ってきた声音が剣呑だったのと険しい顔に縮み上がってその場で鋭く「ご無礼をお許しくださいッ!」と返事をした後脱兎のごとくその場を逃げ出したことがあった。その後しばらくは極力顔を合わせないようにして逃げ回っていた。
「確かにそんなこともあったな……」
ふと思い出したようにその話題を出されて口を引き結ぶ。今にして思えばそんなに目くじらを立てることではなかったし、気の抜けた瞬間を目撃されて気恥ずかしかったから過剰反応しただけなんだと分析もできるが、如何せんあの頃は余裕がなかった。周りにも信頼が置けずにピリピリしていた時期でもあったし、誰かに侮られることを酷く警戒していた。特にリリーに対しては毅然とした態度で接しなければと息巻いていた頃でもある。だがそれを抜きにしたって思うところはあったんだ。
「四百年も生きてる男が可愛いなんてカッコがつかないだろう」
「あら、歳をとってもお茶目なおじいさんだっていますしむしろそれすら魅力的な方だっていらっしゃいますよ?」
「例えばスノウとホワイトみたいな?」
「お二人は規格外というかもっとその……見た目おじいさんな人のつもりだったんですが……」
関わってきた相手の違いからかリリーの言わんとしていることは上手く想像がつかない。何となく、シワまみれでも可愛らしく思えるような人間がいるんだということなんだろうけれど。タダそれはそれで老人と並べられるのは微妙な気分だ。
「ふふ、でもファウスト様でもカッコつかないとか気になさるんですね」
「……君、バカにしてるだろう」
「そんな、バカになんてしてませんって。ちょっと可愛いなぁとか思ったくらいで」
くすくすとおかしそうに笑うリリーに溜め息をつく。また可愛いだ。そう評されることに反発心はあまり起きなくはなったけれど釈然とはしない。自分ではとてもそうとは思えないし、むしろ子供っぽく思えてならない。それに可愛いと言うなら。
「……それなら君の方がよっぽどか……、」
言いかけてハッとして口を噤む。リリーは目を丸くしてこちらを見ている。返事と共に小首を傾げる姿が愛らしくて、直視出来ずに顔を逸らす。気まずさも相まって言葉が出てこない。
「……いや……」
今、何を言おうとした。何を口走りそうになった。何の気もなくうっかり口から零れ落ちるところだった。他意なんてまるでなかったけれど、易々と女性にかけていい言葉ではないだろうに。変に期待を持たせるわけにはいかないのに出かけた言葉は宙ぶらりんなまま、もう回収することができない。こんな時、フィガロの口八丁がわずかでも自分にあったらよかったのにと思わずにはいられない。
リリーの視線は既に膝の上に乗っている猫の姿をした使い魔であるドロップに向けられている。その柔らかな毛並みを撫でるリリーの表情は伺いしれないが、髪の間から覗いている耳が赤く染っているのが見えた。ああ、勘づかれた。失態だ。そんなこと口走るつもりなんて毛頭なかったのに。
なんとも言えない気持ちでドロップの頭を見つめているとふと顔が上がってこちらを見上げる。たっぷり三秒眺められて、それから「知らないわよ」とばかりに大欠伸をしてリリーの膝に戻るドロップに益々居たたまれない気持ちになるのだった。
それはある麗らかな昼下がりのことだった。