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    燻想の続き。
    ファウスト+オーエン

    ナイフ リリーベルが魔法舎に来てから数日が経った。僕は部屋から出ることはなかったし、彼女が再び部屋を訪ねてくることもなかった。誰かから今の僕の状態を聞いたのかもしれない。部屋は同じ階だがタイミングを計ればかち合うこともない。厄災と戦うわけではないから彼女は炊事洗濯など細々とした作業を手伝っているようだった。陽が登ってから中庭を見下ろすと、時折彼女が花に水を遣っている様子が見えた。鼻歌交じりに水を遣る彼女の手にはアミュレットの銀のジョウロがある。故郷に立派な花畑があるのだとかつて仲間に話していたことがある。仲間のひとりとお互いの故郷を訪ねていつか花畑を見せ合えたら嬉しいと笑いあっていた日々が懐かしい。リリーはあれから故郷に帰れたのだろうか。
     優しく花に笑いかける姿は穏やかそのもので、厄災と戦う魔法使い達の中に身を置くには不似合いに思えてならなかった。賢者の魔法使いに選ばれたわけでもないのにここに留まる意味が分からなかった。厄災に近ければその分命を落とす危険性も高まる。わざわざ好き好んで首を突っ込む事案でもないだろうに。フィガロも止めなかったレノックスも一体何を考えているのか。
    (何にせよ、僕には関わりのないこと……、)
     無駄に考えを巡らせる必要はないと言い聞かせるも、どうにも落ち着かなくて僕は席を立った。



    「今日のところはこんなものでしょうかね……」
     花壇の所々に生える雑草を視認出来る範囲で抜き取って額の汗を拭う。一応中央の国の職人さんが定期的に手入れをしてくれているようだけど、出来る範囲で仕事は減らしてあげたいし花には少しでも長く綺麗に咲いていてもらいたい。魔法使いの中にはお花の世話を進んでやりそうな人はあまりいなかったから、家事のお手伝いの合間に勝手に手入れをさせてもらっている。この間はルチルが、その次の日にはクロエが手が空いた時間に手伝ってくれた。未だ全ての魔法使いに会えたわけではないけれど、付き合いづらい人はそんなにいなかったような気がする。
     除去した雑草を入れた袋を纏めようと身を屈めた時だった。いつの間にか日陰に立っていた男の人が壁に凭れかかってこちらを見ていた。体全体を覆う衣服の隙間からこちらを睨み付ける視線に開きかけた口を閉じる。
    「ファ……」
    「君、いつまでここにいる気だ」
     刺すような視線と温度を感じない声音に体が強ばる。体全体から拒絶と不満が溢れていた。かつて笑いあっていた頃の面影などない、陰鬱な気配が私を遠くに追いやろうとしている。
    「賢者の魔法使いでもない魔法使いが魔法舎をうろつくなんて前代未聞だ。こんないつ死ぬかも分からないような奴らに混ざろうだなんて気が知れない」
    「……賢者の魔法使いの皆さん達には感謝するばかりです。世界を守るために戦う方々に私も何かお力になれることがあるのではないかと……」
     瞬間、目の前の人の表情が歪んで嫌悪が浮かぶのが見えた。
    「そんなものはないよ。君に出来ることなんかないからさっさと南の国に帰ったらどうだ」
    「それは……っ、……ですがどんなに小さなことでもお役に立ちたいのです。もう目の前の脅威から逃げたくはないし、大切な人達が苦しむのを見たくはないので……」
     ぐっと顔を上げ、ピタリと視線を合わせた。かつての同志は苦々しげにこちらを見ている。剣呑な視線に怯みそうになるけれど、退きたくはなかった。
    「どうせ君なんて石になるのがオチだ。分かったらとっとと魔法舎から立ち去ることだ」
     鼻を鳴らしてその人は行ってしまった。中庭に一人、残された私は胸の前で握った拳に力を込めて俯いた。力を緩めれば涙が零れそうだった。無事を夢見て念願の再会を果たしたファウスト様は人が変わられていた。かつて穏やかで優しかったのが嘘のように他人を寄せ付けない、疎ましく思うような気配を身に纏っていた。かつて思い慕っていた頃の姿なんて幻だったのではないかと思うほど。……それでも。
    (それでも私は貴方のお傍にいたいのです……)
     どんな姿だっていい、どんな風に思われたっていい。この四百年、罪に塗れた私があの方に報いれる何かがあるならそれを果たしたかった。



     昔からリリーベルは頑固だ。自分でこうと決めたことに関してはちっとも譲る気のない娘だ。今回のこともフィガロに入れ知恵でもされて、それを自分の使命とでも思い込んでいるんじゃないか。考えれば考えるほどリリーベルに対してもフィガロに対しても苛立ちが募っていく。苛々した気持ちで廊下を歩いていると、目の前の壁に寄り掛かる人影が見えた。縞模様のスーツに身を包んでいるのはオーエンだ。よりにもよって人に会いたくないタイミングで出てきたことに眉根を寄せた。この男はそういう気配をどこからか感じ取ってやって来る。
    「ねぇ、この間フィガロが連れてきた魔女ってお前にとって何?」
     ああ、これだ。一番触れられたくないタイミングで避けたい話題を捩じ込んでくる。それを愉悦の表情でやってのけるこの男には心底辟易する。
    「なんだっていいだろう。君には関係ない」
    「じゃあさ、あの魔女殺していい?」
     お菓子食べていい?くらいの感覚で簡単に放たれた言葉にざわりと全身が総毛立った。北の国の魔法使いには何の感慨のない発言だと分かっている。強者こそ正義である北の国の魔法使いが弱者を亡き者にするのは有り得ない話じゃない。ギッと睨み付けるも、オーエンはニヤニヤと食えない笑みを浮かべている。
    「なんでそんなに怒るの?だってさっき、あの魔女のこといらないってお前が言ってたんじゃない。邪魔なら僕が代わりに殺してあげるって言ってるんだけど」
     無性に癇に障る猫撫で声のオーエンに拳を握り締める。分かっている。安い挑発だ。だがそれを受け流すほどの余裕はなかった。
    「彼女に手を出すな。さもなければ……」
    「さもなければどうするの?僕を殺す?千年も生きてないお前が僕に勝てると思ってるの?」
    「……ッ」
     正論を返されて歯噛みする。当たり前だ。僕がオーエンに敵うはずもない。だけど言われっぱなしになるのは我慢がならなかった。リリーに手を掛けると言われたことに黙っていられなかった。嘘でも知らないフリなんて出来なかった。それが自分の甘さだと分かっていても。
    「ふふ、まあいいや。面白いものも見られたし今日のところは見逃してあげる」
     ひらりと手を振ってオーエンの姿が煙のように消える。知らず張っていた緊張の糸が切れて大きく息を吐いた。最悪の気分だ。もう何もトラブルに遭いたくないから今日のところは部屋に戻ろう。もう一度脱力したように息を吐いて歩いてきた廊下を振り返る。

    『お前があの魔女のことをいらないって言ったんじゃない』

     オーエンに突き付けられた言葉に胸が軋む。確かにそう言ったのは自分なのに、自分でその言葉を選んだはずなのに苦しくて堪らなかった。
    (リリー……)



     本当のことすら正直に言えない。君を傷付けるだけだと分かっているのに。
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    DONE診断メーカー「三題噺」より
    「不機嫌」「言い訳」「昼下がり」
    フォロワーさんとワンドロ(+5分)

    リリーが魔法舎に来てすぐ後くらい。ファウスト語りで主にファウスト+レノックス。リリーはチラッとな革命軍組の話。
    胸に隠したそれは 再会してからずっと気になっていることがある。レノックスのリリーに対する呼び方だった。昔は敬称付けでリリーベル様と読んでいたが、今はリリーと愛称で呼んでいる。ここに至るまでどんな経緯があったのかは知らないが、共に南の国から魔法舎にやってきて親交もあったというから僕の知らない間に親しくなったのだろうということは考えなくても分かる。分かるけれど、レノックスとリリー、時にはフィガロを加えた三人の様子を見ていると胸の奥がざわりと騒ぐのを抑えることができなかった。

     ある日の昼下がりだった。東の魔法使いたちの午前の実地訓練を終えて食堂で皆で昼食を取った後だった。図書室で今後のカリキュラムを考えようと足を向けた時だった。廊下の向こうから歩いてくる人影を認識した瞬間、口を引き結んだ。レノックスとリリーだった。和やかに会話をする姿は親しみに溢れていて信頼に満ち満ちていた。未だここにいる魔法使い全員に慣れていない様子が窺えるリリーの朗らかな笑顔が向けられているのは微笑を浮かべたレノックスだった。何となく彼らから視線を逸らして黙ってそのまま歩を進める。
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