時計の針に願うように「一歳年上の先輩だから、気が引けちゃって……」
「二歳も年齢が上なせいか、相手も年下の自分をそういう対象に見てくれなくて……」
今流行りの漫画があると聞き、ポケスタで上げる話題づくりのために読んでおくかと開いただけのものだった。
学園ものの恋愛メインだったらしく、一年生が三年生の先輩に恋してアレコレ悩むお話だった。
「二歳とか、誤差じゃねえか」
そう唾棄するのは簡単ではあるが、共感できるところはとても大きい。
たった一歳や二歳差であっても、
「やっぱ、年齢差ってのは、ひとつの壁になるよなあ……」
ひとりぽつりと呟きながら、何もない自室の天井を眺める。見上げながら思い浮かべるのは、ひとりの赤い、想い人。
日々鍛えているから、体力や筋力については同世代よりはるかに高いが、かつては黒かった髪もグレーになり、顔にも年季の皺が刻まれた壮年と言われても差し支えないひとだ。
一歳二歳どころか、自分と同じくらいの年齢の子供がいると言われてもおかしくないくらいの年齢差。
「オレのことなんて、それこそメロンさんの子供を見るくらいのレベルにしか見てないよな」
漫画の主人公が吐いた悩みの言葉が、オレの心にも深く沈んだ。
「同じ年で生まれたら、よかったのに」
◆
「カブさんとキャンプ、久々ですね」
「そうだねえ」
カブさんに話しかければ、へにゃりと笑った顔で返事をされ、オレも笑う。
夏の暑い日差しもなくなり、冬に向けての季節がやってきた。幸いにもキャンプ地にしたエリアは快晴だった。見晴らしのいい草原に吹く少しの冷たい風と、柔らかく当たる暖かい日差しが心地良い。最高のキャンプ日和だ。
それぞれでテントを立てている間、互いの手持ちは自由にさせていた。久々に外で遊べるということで早速じゃれあっているものもいれば、それに干渉せず昼寝する子もいる。
家の中でも自由にはさせているが、やはり屋外で伸び伸びするのでは違う。あの子らが楽しく過ごしている様子を見るだけで嬉しくなる。
「みんな、楽しそうだ」
カブさんの言葉に、オレも頷く。カブさんはあまり表情豊かな方ではないが、あいつらを眺める眼差しは優しく、慈しみに満ちている。それを近くで見れている幸運と、そんな風に見てもらえてるあの子たちが少し羨ましく思ったりして。
(でも、本当に向けてほしい気持ちは……)
一瞬膨らみかけた欲に蓋をして、カレーを作りましょうかあと朗らかに声を出した。
「そうそう、今日はちょっとしたデザートがあるんだ」
カレー用の薪に火が灯り、火力が出てきたあたりでカブさんがふふんと(かわぅい)鼻息強くして袋を掲げた。袋の形的に木の実でも入っているのかと思って袋の中を覗けば、
「芋……?」
「そう、さつまいも。ホウエンの実家から送られてきてね。せっかくだからみんなで食べようと思って」
紫色の皮をした芋は、見た目からはどんな甘さになるのか分からない。デザートと言うからにはそれなりに甘いのだろうとは想像できるが。
「焚き火の中にこれを入れて蒸し焼きにするんだけど、カレーを作った後くらいが熾火(おきび)になってるだろうから、その時にまた焼こうか」
「オレ、これ食べたことないから楽しみです」
「へえ。キバナくん何でも携帯で調べるし、物知りだから、もう知ってると思ってた」
「流石にオレさまとはいえ、知ってたとしても食べたこととかないものはありますよ」
「じゃあキバナくんの初体験か。大事に焼かないとね!」
ふんっ! と握りこぶしを作って意気込むカブさんに、オレは単純にも心が満たされた。
カレーを食べ終えると、カブさんが手慣れた手つきで湿った紙とアルミホイルで芋を巻き、焚き火の中へと放り込む。
出来上がるまで時間がかかるからと手持ちたちと遊んでいる頃には、カレーでいっぱいだったお腹にもデザートを食べる余裕が空いてくる。
「どうですか?」
「いい感じっぽいよ」
カブさんが焚き火に座り込んで芋の様子を見ているのを、オレはポケモンたちと一緒にその後ろを眺めた。カブさんの手持ちたちは芋の美味しさを知っているからかそわそわするし、オレの手持ちたちも何ができるのか気になってそわそわしている。そしてオレも一緒の気持ちだ。
「そろそろいいかな」
カブさんが串で芋が柔らかくなったのを確認すると、おもむろに芋のひとつを真ん中からポッキリと折った。固かった芋はすっかり柔らかくなっていたらしく、あっさりとその中身を晒した。
「へえ、中身は黄色なんですね」
「種類によっては中まで紫色なのもあったりするけどね」
ほかほかと湯気を立て、香る匂いはいい匂いだ。
「どうぞ」
熱いから気をつけてと手渡しされた芋を、まじまじと眺める。未知なる体験は、新しい知識の泉だ。何より、カブさんがオレ(たち)のために焼いてくれたもの。不味いはずがない。
「イタダキマス」
教えてもらった言葉を口にして、ほくほくな芋にオレは齧り付いた。
「うおっ、めっちゃ甘めえ!」
「だろう?」
まるでカボチャのような、でも野菜とは思えない優しい甘さが口の中に広がる。
手持ちたちもその美味しさにすぐ夢中になり、芋に貪りついていた。
「カブさん、これハチミツか砂糖でも入れました?」
「ふふ、全く何も入れてないよ。そのままの味だよ」
「すげー……」
「でも、ホウエンではこれを素揚げした上でカラメル状にした砂糖醤油をまぶして食べる料理もあるね」
「何すかそれ。カロリーの暴力じゃないですか!」
「でも、美味しいはカロリーでできてるからねえ……。昔、メロンくんにそれを作ってあげた時は怒られながら褒められたよ」
(あ)
ちくり。
「ピオニーくんからは、ド・うめえからオレの嫁にも作ってくれよ! なんて言われた時はどうしようかと思ったよ」
ちくり。ちくり。
「……二人とは、昔から仲良しなんですよね」
「そうだね。マイナー落ちする前からの、貴重な友人だ」
ちく、ちくり。
「こっちに来た頃は友人なんていないから、全部が手探りでね。色んな人に教えながら過ごしてきたよ。逆にぼくの方でもホウエンの話をしたりしてね。食文化の違いではいつも相手を驚かせていたよ」
ちくちく。
ああ、自分の狭量さに胸がムカつく。
(オレにとってこれを食べることは初めてだけど、カブさんにとっては何度も誰かと体験していることなんだよな……)
違う土地に生まれ、違う人生を歩んでいるのだから、そんなことは当たり前なのだ。
だけど、邪な感情がそれをよしとしない。
オレがまだ生まれていない時間を、この人は別な誰かと過ごしていた事実。どんなに足掻いても、その時間差を埋めることなど出来はしないのだ。
だから……やはり、よぎってしまう。
「……同じ年に生まれたかったなあ」
「へっ?」
「あっ」
心の中で呟いたつもりが、口に出してしまったらしい。
キョトンとした顔でオレを見上げるカブさんに、慌てて言い訳を口にした。
「い、いや、その、カブさんと同い年だったら面白かったろうなーって! きっとすぐカブさんがこっちきた時に友達になったりしてさ! 一緒にポケモンバトルして、一緒に食事に行って、一緒に買い物とかも行って、…………」
一緒に。
「たくさん、過ごせんだろうなって」
なんとまあ、幼稚なことか。
甘さに満たされていた口の中に、苦いものが広がる。この人の前では、余裕ある大人を演じていたかった。年齢が埋められないのなら、せめてこの人と釣り合う人間でありたいと。
(なのに、ガキみたいな願いを……)
月が欲しいとねだる子供のように。
オレの言葉にカブさんは少し驚いていたようだったが、すぐにそれは優しい笑みに変わった。
「キバナくんにそう思ってもらえて、嬉しいな」
「いや、馬鹿なことを言いました。オレがもっと早く生まれていたらなんて」
「確かにぼく達の年齢は埋められないもんね」
ズキ。
分かっていてもカブさんに言われるとクるものがある。
が、
「でもね」
カブさんの言葉が、続く。
「ぼくはキバナくんと今会えてよかったって思えるんだ」
「え」
「ここにきたばかりのぼくは、見た目も若かったこともあって結構子供扱いされててね。それが悔しくてかなり尖ってたんだ。言葉も乏しかったし、おかげでゴシップネタの的によくされてた。きっとあの頃にきみと会っていたら、毎日のように喧嘩してたかも」
「そんな馬鹿な」
想像ができないと言えば、カブさんはやんわり笑った。
「ぼくは、きみが思っているよりもきみを眩しく思ってる。こうしてお話しできるのも、それなり年齢を重ねてその眩しさを受け入れられる余裕ができていたからだと思う。きみは……とても魅力的だから」
視線を下にして穏やかに語るカブさんとは対称に、オレの心臓は早鐘を打っていた。
カブさんは基本的に相手を尊重する。だから相手を下に見るなんてことはしないとは知っていたが、オレ自身に対してこんなに評価していてくれたことに驚きを隠せない。
「だからね」
まるでオレにとどめを刺すように、カブさんが見上げ、
「“今“のきみと、こうして一緒にいることがぼくは嬉しいよ」
ああ、この人は本当に……。
「オレも……オレもです」
あなたといられることが、出会えたことが、
「すごく、好きです……」
「っ──、ンンッ、そ、そうか」
カブさんが喉に芋が詰まったのか、急に咳き込んだ。水ボトルを渡せば、少し頬を赤く
したカブさんがどこか照れ臭そうにそれを受け取った。
「カブさん、また遊びに行きましょうね」
「うん、もちろん」
そう言って、お互いに芋を齧る。
不思議と、最初に食べた一口よりも、それが甘く美味しく感じれた。
透き通る青い空を眺めながら、オレの腹に黒く澱んだ気持ちが消え、それは決意へと変わる。
また、次に会うときは。