怖いものなんか無かった。
弱点は何かと聞かれれば、静電気だと答えるくらいには。多くの人が恐怖の対象とする幽霊やグロスプラッター映画にビクともしない可愛げのなさを貫いてきたのだ。この先も弱点なんてものが生まれることはなく、完璧と賞賛されながら生きていくのだと思っていた。
「北さぁん、一緒に風呂入ろ〜」
この男に捕まるまでは。
「一人でさっさと入り」
「えー」
「えーやない。明日トレーニングやろ」
「じゃあ連休やったらええんすか!?」
「喧しい。早よ入らんと湯冷えるで」
「ちぇ」
天邪鬼なこの口は、素直な気持ちをひた隠す。本当は毎日一緒でも構わないと考えているなんて、言えない。大人ぶった生き方しかできない俺にはとても言い出せない。そんな甘えたことを言うなら潔く腹を切るくらいの覚悟だってある。あくまで例えだが。
5898