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    kasounokuma

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    kasounokuma

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    ご都合呪いで後天性にょたすぐとさとるのラブコメ①
    一緒の任務でご機嫌編

    (ついったで呟いていたネタをゆっくり書いていけたらと思ってます)
    (7月原稿始めるのでほんとのほんとにのんびり書きます)
    (そのうちにょたエロになる予定なので苦手な方はご注意ください)

    #五夏
    GoGe

    ラブコメディは突然に1


    容赦のない日差しは眩し過ぎて、頬を撫でていった風はいつの間にかむわっとむせ返るような温い匂いを孕んでいる。あぁ、夏がやって来ているな、と学生服の下がいつの間にかしっとりと汗をかいて、シャツが濡れて張り付く感触で実感する。木陰を選んで携帯電話を確認していると、傑、と耳によく馴染んだ声に名前を呼ばれた。
    「遅いよ、悟」
    「オマエが置いていくからだろ」
    「武具を取りに先に行くねって言ったじゃないか。そんな私より後から来るってどういうことなの」
    「大して遅れてないんだからガミガミ言うなよ」
    待ち合わせ時間は少し前に過ぎたというのに相変わらず悪びれた様子もなく飄々としている五条に「私だって小言を言いたい訳じゃない」とはっきり言うとまた話がややこしくなって長くなる、というのはこの二年間でよくよく学んだ夏油は、今から任務だと思うとはぁ、と小さく溜息を吐いただけで済ませることにした。まぁ、そうなるだろうと思って補助監督が指定してきた時間より十分早い時間を伝えてあるので問題はないのだけれど。
    「君と一緒の任務なんて久しぶりだね」
    「つまりそんだけやべぇ現場ってことだろ、オッエーッ」
    「まったく、すぐそういう面白い顔しない」
    これまで夏油が出会った人間の中で誰よりも綺麗な顔立ちをしているというのに、五条ときたら躊躇いもなくんべっと舌を出して、真っ黒なサングラスの下から覗く大きな瞳で白目を剥くだなんてとんでもない顔をしてみせる。せっかくの綺麗な顔はすっかり台無しで、その下品な仕草を夏油は「コラ」と嗜めた。
    そもそも入学当初から特級術師である五条は原則として単独任務が許されていたのだが、一般家庭出身である夏油の呪術師としての勉強の為に、はたまたこれまで集団行動をしたことがない五条の教育の為に、一年生のうちは二人コンビで連れ立って任務に行くことが多かった。夏油が二年生で早々に特級術師まで上り詰めてしまうとその機会もぐんと減って、三度目の春を迎えた頃にはぱたりとなくなった。命の危険がつき纏い、常に人手不足の呪術師なので、階級外に位置づけられる特級術師は貴重な重戦力である。全国各地で発生する呪いをいち早く祓除する為には分散するのが当然で、こうして二人一緒に任務に行くのはもはや何ヶ月ぶりか分からないほどだった。
    「でも嬉しいな」
    「そんなに喜ぶことか?」
    「そりゃあそうでしょ」
    「お、俺だって傑と一緒なのは……」
    「だって悟と一緒ってことは久しぶりにいい呪霊が手に入るかも知れないし。最近小さいものばかりで辟易としてたんだ。あ、くれぐれも勝手に祓ったりしないでくれよ」
    「そっちかよっ」
    「さっきから何をぷりぷりと怒ってるの?」
    「オマエのせいだよっ……ったく、遠足じゃないっつーの。目に見えてウキウキしてんじゃねぇーよ」
    「遠足みたい、はそっちだろ。大量にお菓子持ち込んでるの分かってるからね」
    「えっ」
    補助監督が回してくれた車の後部座席に二人一緒に乗り込むのももちろん久々のことだ。口ではそう言いながら、五条の細身のパンツではぱんぱんに膨らんだポケットに何が入っているのかなんて夏油にはまるでお見通しだった。新車で買えばウン百万円とするセダンの皮張りのシートの上にキャンディーやチョコレート、それから最近五条がすっかりハマっている駄菓子がぽろぽろと零れるように転がっていって、五条は途端にバツの悪い顔をして視線を逸らした。ぷいっと窓の外を向いてしまった五条の耳は隠しようもなく真赤に染まっていて、夏油はくすり、と小さく笑みを零した。
    呪術界の要である御三家がひとつ、五条家の次期当主を約束され、生まれながらに相伝術式の「無下限」と「六眼」を併せ持った男――五条悟。この世に二つとない六眼はただ美しいだけでなく、呪力を分子レベルで見通し、扱いがひどく難しい無下限を最大限に利用することを可能にする。この類稀なる二つの術式を抱き合わせた術師の出現は数百年ぶりらしく、五条がこの世に生まれた瞬間、呪術界の均衡は崩れ、勢力図が塗り替えられたとまことしやかに囁かれている。美しい容姿だけでなく、その身に宿る特別な術式も実力も権力さえも兼ね備え、まるで何も持ち得ぬものなどないように見えた。五条悟とはそれほどまでに神に愛され、特別に誂えられた呪術界の寵児であった。
    一方で、ごく普通のどこにでもある中流家庭の、呪力のじゅの字も持たない両親から生まれ、中学校までは非術師と生活を共にし、何食わぬ顔で育ってきた夏油の生い立ちはともすれば真逆と言えた。しかし、夏油の体の奥、外からは逞しく鍛えられ程よく陰影の付いた腹筋にしか見えないぺたんこの胎の中には、呪霊を無限に取り込むことが出来る特別な領域が拡がっていて、呪術師にとって百害あって一利なしの呪霊をまるで自分の指先のように意のままに操り、百騎とする「呪霊操術」という稀有な術式が刻まれている。
    そんな二人が同じ年に生まれ落ち、呪術高専という場に引かれ合うかのように出会ったのは、果たしてどんな因果であろう。宇宙のありとあらゆる事物は互いに反する性質を持った二種の気、陰と陽にカテゴライズされ、相互作用して万物が成り立っている。例えば男と女、火と水、太陽と月。五条悟という生まれながらに特別な個体がいれば、逆に何もかも持ち得ない個体が生まれるように、この世はそうやって上手に差し引きされている。五条と夏油の生い立ちも考え方もまるで正反対であったのに、それこそパズルのピースがぴたりとはまるかのように息が合った。一緒にいることが自然で、そうなる為にあるとさえ思えるほど。
    (とは言っても、最初から仲良しこよししていた訳じゃないけど)
    エリート術師の家系に生まれ育ち、一般的な義務教育なども受けていない五条にとって非術師なんて存在は背景であり、己の術式以外の呪術の知識がない夏油なんぞそんな有象無象のひとつでしかなく、出会い頭から態度の悪さを1ミクロンも隠すことのない五条、ににこやかな笑みを湛えながら実のところ沸点は人並み以下の夏油がぶちギレるまで5分とかからなかった。入学して数時間で机をなぎ倒し、壁に穴を開け、顔がぼこぼこになるまで殴り合った二人が担任の夜蛾から長い説教を受けたのはまだそう遠い昔の話ではない。そんな最悪の出会いと手酷い痛みを経験したというのに、不思議なもので今ではまたこうして一緒に任務に行ける日を喜ぶようになった、だなんて当人たちですら思っていなかっただろう。
    (正直嬉しくないと言ったら嘘になるな)
    生い立ちだけでなく、五条の顔や体は夏油のまるで正反対だった。初冬にこの世に生まれ落ちた五条はまるで雪の妖精のごとき白銀色の髪をしていて、きっとその日のどこまでも澄み渡る青い空を切り抜いたかのような瞳で、精巧に造られた人形ですら平伏しそうな圧倒的な美を体現していた。日本人らしい黒髪と涼やかな顔立ちをした夏油には五条の何もかもがきらきらと眩く見えた。これほどまでに美しく、そして誰よりも強い男が自分だけを「親友」と呼ぶのはどこかむず痒いが嬉しくもあった。まるでそうして周りを威嚇しないと生き延びられない過酷な生活を強いられた野良猫、というには多少デカくて凶悪すぎるのでユキヒョウと呼んだ方がよさそうなほどであったが、が心を開いて、すっかり懐かれたかのような心地を夏油はしみじみと感じていた。
    (まぁ、お陰様で裏ではいろいろ言われている訳だけど)
    呪術界の要である御三家の人間とお近付きになりたい術師は後を絶たない。その中でも若く、最強を恣にする五条はなおさらで、だというのに唯一隣にいることを許されたのが一般家庭出身の夏油とくれば、四方八方からやっかみを受けるのは当然だった。「金魚の糞」「腰巾着」「虎の威を借りる狐」と悪意を持って呼ばれ、「一体どう媚びたのか」「似つかわしくない」と離れさせようとしたり、「その若い体を使ってどんな奉仕をしているのやら」「具合がいいのは上の口か下の口か」と下世話な視線で吐きかけられるなんてこともあった。根も葉もない阿呆たちの妄言に付き合ってやる気は夏油に毛頭なかったのだが、それを知った五条が怒り狂って大暴れしたものだから、羽交い締めにして押し留めるのにどれほど苦労したか、語るだけでも一晩を要するだろう。
    結局、反論するよりも実力で黙らせる他はないのだ――と呪術を学んで丸一年が経った頃、五条と並んで特級術師を与えられ、名実ともに最強となった夏油のにっこりと優しい笑みを前に、自分たちは一体誰を敵に回してしまったのか、ようやく気が付いたらしい間抜けたちはその口を閉じた次第だ。仏の顔も三度までという。生憎自分は仏ではないので一度で十分だろう。全員の顔は覚えた。当人たちはこれからひとりきりの夜道にはせいぜい気を付けていただきたいところである。
    「ねぇ、悟、怒ったの?せっかく一緒の任務だし、機嫌直してよ」
    青々とした山並みはいつしか消え、いつの間にか高速道路に乗っていたらしく、景色はアスファルトの灰色に染まっている。久しぶりに一緒の任務だというのに、五条ときたらまったく代わり映えのない窓の外の景色ばかり見ているし、夏油はそんな五条のまろやかな後頭部ばかり見ている。せっかく久しぶりに一緒の任務だというのにこのままずっとだんまりなのも、顔を合わせないのもつまらない。特級術師二人がセットになる任務だなんて今後もう二度とあるかどうかも知れないというのに、今とてももったいないことをしている気分になった。
    「………ン」
    「うん?」
    夏油の心を正しく理解したのであろう。いや、もしかすると五条も同じ気持ちだったに違いない。ずっとそっぽを向いていた五条がちら、と視線を寄越したかと思うと、すっと差し出してきたのは普段夏油がよく口にしているミントタブレットだった。辛みや苦みといった刺激のあるものが苦手で、砂糖丸齧りした方が早いのではないかと思うほど大の甘党である五条が決して口にすることはないそれに夏油はぱちくりと目を丸くした。
    「……傑の分」
    普段は天上天下唯我独尊、憎まれっ子世に憚るを体現した男の口から零れたとは思えないほど小さな弱々しい声がして、夏油のただでさえ小さな目はいよいよ豆粒みたいになった。それからたっぷり間を取ってから、あははっと声を立てて笑った夏油に五条は真っ黒なサングラスの下からでも分かるほどぐっと眉間に皺を寄せた。
    「なんだよ」
    「ふふっ、ごめんごめん、バカにした訳じゃないよ。だって私もなんだ」
    「……どういうこと?」
    訝し気にこちらを見てくる五条の手の上に夏油は自らのそれを重ねる。そしてぽんっと乗せられたものに五条は思わず身を乗り出した。
    「これ」
    「覚えてる?前に悟が美味しいって言ってたチョコマフィン。コンビニで見つけたから買っておいたんだ」
    初夏とはいえ、じっとりと肌にまとわりつくような暑さのせいで汗が噴き出る季節に足を突っ込んだ今、小振りながらどしりと重みのあるチョコたっぷりのマフィンはどう見ても似合わない。シーズンを終えたがゆえに街中探したところでなかなか見つからなかったのだが、東京らしからぬ田舎全開の高専近くのコンビニだからこそ残っていたのか、たまたま飲み物を買いに行って見つけた夏油は迷わず手に取った。菓子を選びながら頭の端で夏油のことを思い出している五条とやっていることはまったく一緒で、まるで顎の下を擽られたかのようにお互いこそばゆい心地がした。
    「ぶはっ、よく覚えてたな、これ。傑、俺のこと好きすぎじゃね?」
    「そっちだって、ふふっ」
    「あー、おっかし」
    「お菓子だけに?」
    「馬鹿、おっさんくさい冗談言うんじゃなねぇよ。笑いが止まらなくなるだろぐふっ」
    思わず吹き出した五条がゲラゲラと笑うので夏油も堪え切れず笑い出す。その振動でぽろぽろとお菓子が革のシートの上を滑っていって、それにまた新たな笑いが込み上げて止まらなくなった。ついには息も絶え絶えになり、ひぃひぃ言いながらお互いの肩に凭れあうまでになった。
    ルームミラーでちらっと後部座席の二人を確認した補助監督が(本当に大丈夫かなこの二人)と怪訝そうな顔をしていることにも気が付かないほど、久しぶりに二人一緒の任務でどちらも同じぐらい浮かれていた。


    高専から一時間ちょっとで到着したのは曲がりくねった峠道の向こう側、山奥にひっそりと佇んでいる小さな山橋だった。元は赤いペンキで綺麗な色に染まっていただろうに、長い年月雨風に晒され続け、すっかり錆びて赤茶けてしまっている。人々に忘れられたが一部では非常に有名だった――自殺の名所として。
    「取り込むほどでもない低級ばかりうじゃうじゃと、よくもまぁ、ここまでたくさん集まったもんだね」
    呪いは人の負の感情から生み出され、学校や病院といった人が多く集まる場所もさることながら、こうした山奥でひっそりと命を投げ捨てるような場所も例外ではない。死んだ人間がいかほどのものを抱えていたのか、残された人間が何を思うのか、夏油にはまるで想像がつかない。ただ、目の前の景色を埋め尽くす、二級にも満たない低級の呪霊たちの数の多さがその残留思念の強さだけを物語っている。
    「怖い怖い、死んでもなお何かに執着する姿がこれだなんて……」
    びゅうっと夏油の体を包むように風が巻き起こり、ひと房垂れ流した長い前髪がふわっと浮かんだかと思ったら、その手からぶわっと音もなく現れた巨大な呪霊が谷底から這い上がって来た呪霊をひと飲みにしたところだった。
    道中、補助監督から渡された書類にさっと目を通したが、自殺志願者だけならまだしも、この侘しい山中を通りかかっただけの車まで橋の下へ転落する事件が多発している。命からがら生き延びた証言者が言うには「女の声がして、まるで谷底から引きずり込まれるみたいに落ちた」ということだった。
    山奥で街灯が少ないとはいえ、まっすぐな橋である。何もしていなければ運転を誤るような場所ではない。引きずり込まれた、というのはきっと正しい。車ですらいとも簡単に引きずり込めるほどの呪霊がここにはいる。いくら低級の呪霊を祓ったところで、そいつを祓わなければこれからもここで死者は絶えない筈だ。
    「悟の六眼でも視えなかった大物、出現条件があるのかも知れないね。時間か、場所か、手順か……」
    補助監督に帳を下ろさせるなり、「どっちが先に大物を見つけるか勝負しようぜ!」といつものように勝負を仕掛けた五条は何か感じるものがあったのか川上にまっすぐ向かって行った筈だが、まだ大きな呪力が現れた気配はない。橋の手摺りにひょいっと乗り上げると、夏油は真っ暗な谷底を覗き込む。高さ4、50メートルほどの橋の下にはすっかり干からびかけているが一応は細い川がちょろちょろと流れているらしい。ダイブするには夏はまだ早いし、川の水位は圧倒的に足りていない。
    五条のような特別な力を持っているわけではない普通の三白眼にはただの闇の中に何者も捉えることは出来ないが、胎の中に溜め込んだ千近くの呪霊たちがほんのわずかぞわっと気を逆立てた気がした。どう見ても今から投身自殺する寸前なのに、その口元はまるで初めてのデートにわくわくしているかのようににんまりと笑んでいる。
    そうこうしているうちに先ほど祓ったばかりだというのに谷底からまた大きな塊がひとつ、ふたつと這い上がってくるのが見えた。さっき相当な数を祓ったばかりだというのにまるで湧いて出てくるかのようだった。それだけここにいる呪いに引き寄せられているのだろう。
    「さて、どんないい女がいるんだろうね」
    呪霊のことなどさして気にもせず、夏油は立っていた手摺りからさらに一歩踏み出してふわっと空に身を投げ出すと、そのまま谷底へと落ちていった――ように見えたが、ふわっと左右に大きく羽根を広げて飛行する己の呪霊に捕まって谷底へと足から着地したところだった。
    『グ、ギィィィ……ッ、………ッ』
    「――当たり。勝負は私の勝ちみたいだね、悟」
    地から這い上がるような薄気味悪い唸り声がして、夏油はニッと口角を上げた。谷底は山の影に入ってすっかり真っ暗で、辛うじて降り注いだ月夜の光がうっすらと辺りを照らしていて、顔貌はすっかり異形なそれに成り代わった呪霊が暗闇からおどろおどろしく姿を現す。橋の上からの投身がトリガーになるとは、さすが自殺の名所と言われるだけある。
    『オトコォ……、ニク、イ、ニクイ………オトコ、ミンナ、ニクイ………』
    「男に裏切られた女の怨念……?」
    夏油の姿を認めると同時に金切り声が耳をつんざく。その声の高さでようやく女っぽいと分かるレベルで、他の呪霊と同じく知能レベルは高くはなさそうだがはっきりと明確な憎悪が強く感じられる。
    『……オマエ、オトコ……ッ、クル、コナイィィ………ッ』
    「もしかして永遠に迎えに来ない男をずっとここで待ち続けているのかい?」
    『ニク、イ、ニクイ……ッ、オトコ、ミン、ミン、ナ、コロ、殺、コロスコロスコロス……ッ!』
    「……健気に待っている、って訳じゃなさそうだけど」
    夏油にはまったく信じられないことだが、女をいい様にこましてボロ雑巾のように扱う男もいれば、目に見えてわかるクズにころっと騙される女もいて、世の中にはよくある話なのかも知れない。この世は男か女かしかなくて、星の数ほどいい男はいるというのに見る目がなさすぎる、と夏油はひとつ肩を竦めた。
    「そんな男のことはもうすっぱり忘れて、私のものにおなりよ」
    男に騙されて命を落とし、死してなおこれほど強く呪うほど執着しているらしい呪霊の膨大な呪力量は魅力的だ。夏油が誘うように嘯くが、火に油を注いだかのようにまるでこの世の男をすべて呪う声が谷底に響き渡ったかと思うと、一気に膨張した呪いが前後左右一面にぐあっと大きくその体積を広げた。
    「っ!」
    報告では二級レベルと言われていたが、不完全ながら生得領域を展開できるほどの呪霊、つまりは一級レベルの呪霊の登場に夏油は大きく舌打ちをした。今に始まったことではないが、相も変わらず窓の報告は精度に欠ける。もしここに派遣されたのが自分と五条ではなく、まだ実戦経験の少ない二級術師の後輩たちだったら、と考えるとぞっとするを通り越して怒りが湧き上がる心地がした。
    先手を打たれたものの、軽やかに後ろに飛び退って領域から逃れた夏油だったが、背後にはいつのまにか集まっていた他の呪霊たちが迫っていて手持ちの呪霊を呼び出してそれらを一瞬で祓う。しかし、川岸には大小さまざまな石が転がっていて、バランスを崩した夏油は細く流れる小川の底の泥濘に足を取られた。その瞬間、びしゃり、と呪霊から吹き出した何かが吹きかけられる。
    「わ……っ」
    体液?吐息?なんだ――頬にべたり、とくっ付いたそれを袖で乱雑に拭った夏油の視界がくらっと眩んだ。体の奥が沸騰するように熱くなって、思わずその場に膝をつく。まさか毒性があるのか、と油断していた自分自身にひとつ舌打ちすると、足元からごごごごと地響きのような振動が伝わってきてハッとした。
    「悟!待て……ッ」
    「傑?!」
    その姿を認めるよりも早く叫んだが間に合わない。チッと小さな舌打ちをひとつ零すと、夏油は後ろに飛び退った。――瞬間、弾き出されたかのような大きな呪力の塊が夏油のすぐ隣の地面ごと抉っていった。
    川上から低級の呪霊をなぎ倒しながら戻って来た五条が呪霊の気配だけを頼りに放った強力な赫が、狙っていた呪霊を祓うと同時に夏油と対峙していた一級レベルの呪霊も巻き込んだのだ。もちろん、そこには呪霊の影すらも残らない。
    「~~~っ、相変わらず、バカみたいな破壊力だな……っ!」
    「悪い!大丈夫か、傑!逃げた呪霊を追いかけるのに夢中だった」
    「もう……っ、すっかりびちゃびちゃだよ」
    今の衝撃で乾いた地面が思いっきり吹き飛んでしまい、もうもうと土煙が巻き上がり、細々と流れていた小川は盛大に弾けて、夏油の剝き出しの額や頬、着ている学生服までを遠慮なくぐっしょりと濡らした。巻き上がった砂を思い切り吸い込んでしまい、げほげほっと咳き込みながら、今が暖かい季節で本当によかった、と夏油は濡れて張り付いた前髪を払った。
    「あーぁ、どんないい呪霊だったかもわからないうちに祓っちゃって……」
    「だから悪かったって。……っかしーなぁ。赫はまだ威力の調整がうまくいかねぇーの」
    思っているとようやく晴れてきた土煙の向こう側から聞き慣れた声がして五条が手を合わせながら現れる。
    いくら呪術界の寵児であっても、原子レベルの緻密な呪力操作が必要な無下限術式のコントロールはその真っ黒なサングラスの下に潜んだ六眼をもってしても難しいらしく、これまで得意としていた術式順転だけではなく、逆に呪力を流し込む術式反転なんて離れ業を習得したばかりの五条はその放出レベルの調整に苦労しているようだった。
    「呪霊の呪力感知だけで適当に術式をぶっ放すなといつも言ってるだろ。私じゃなかったら仲間の術師だって巻き込まれてたぞ」
    「弱ぇ奴とは組みたくねぇーのよ」
    「後輩と組むことだってあるかも知れないだろう」
    「傑以外は嫌だね。その点、傑ならさっきみたいに自分で避けられるって信用できるもんな」
    「そうだけど、そういうことじゃなくて、それに取り込むから祓うなと言っておいただろ」
    「まさかさっきのが今日の目玉だとは思わなかったんだよ」
    「まったく……」
    土煙に汚れ、小川に濡れるなんて今どき小学生でもなかなかしない。呆れたように肩を竦めた夏油は、先ほど呪霊に吹きかけられた液体のことを思い出した。今や川の水で濡れていて判別もつかないレベルだったのですっかり忘れていたのだ。五条によって祓われてしまったからか、あの時に感じた体の熱はすっかり収まっていた。祓除が聞いたのか、それとも一過性の大したことのない毒だったのか、内心ホッとしたところで、いつまでも膝をついている夏油に五条が「ん」と手を差し出してきた。
    (……あれ?悟の手ってこんなに大きかったっけ)
    甘んじて自らのそれを重ねた時、おや、と夏油は片眉を上げた。五条の大きな手の平の上に自分の手を重ねてみると、その大きさの違いは一目瞭然だった。
    人形みたいに綺麗な顔立ちをしている五条の、モデルのように長い手足のお陰でぴたりとした制服姿では着痩せして見えるが、その体は細すぎたり、なよなよしている訳ではない。呪術師として鍛えられた体にはしっかりと筋肉がついているし、大きな手は鍛錬を重ねて皮が厚くなっていたり、ごつごつと節くれだっていたり、しっかりと男のものだと分かる造りをしている。とはいえ、いくらなんでもこれほどまでに逞しく、大きな手をしていただろうか、とその違和感にはじめて気が付いた。
    (――いや、悟の手が大きいんじゃなくて、自分の手がいつもより小さいような……?)
    何年も見てきた自分のそれがいつもとどこか違う気がして、夏油は目をぱちくりと瞬かせた。
    そして違和感があるのは手だけじゃなかった。自分の手を見ようとすると途端にすべてが隠れてしまうほど袖が長い。カスタマイズが可能な制服は、それぞれの好みに合わせてセミオーダーしていて、ぴったりサイズで作ってもらっているはずなのにやたらとぶかっと緩く感じられた。
    「ん?なんかオマエいつもと違う……、声もなんか変だし………」
    「え?もしかして何か匂う?実はさっきの呪霊に何かかけられてさ、やだな、あんまり嗅がないでよ」
    「いや、そうじゃなくて……」
    「うわっ」
    どうやら夏油が覚えた違和に五条も気が付いたのだろう。くんっとひとつ鼻を鳴らしながら、握った手で夏油を引っ張り起こした五条が次の瞬間、大きく目を瞠った。――軽い。これまでの付き合いの中で、身長は自分よりも低いのに骨太で筋肉質のどっしりとした体格をした夏油のウェイトは同じぐらいあることを五条はよく知っている。だというのに、今助け起こした夏油はまるで猫でも抱き上げたかのように軽くて、思いっきり込めた力が空回りするほどいとも簡単に引き起こされたからだ。
    「何っ、悟、勢い良すぎだよっ。びっくりするじゃないか……って、あれ………?」
    「えっ、わ、悪ぃ……っ」
    余りに勢いよく立ち上げられたせいでたたらを踏んだ夏油が目の前いあった五条の胸に倒れ込む。すると、いつもであれば五条の肩を横目に見ることが出来るのに、立ち上がったはずの夏油の視界はちょうど五条の胸の下あたりにあった。ぶつかるように触れ合った体の間で、ぽよんっと柔からな感触がしてお互いに目を瞠った。
    サングラスを外した五条はすっぽりと抱き込んだ夏油の頭の先から爪先まで何度も繰り返し見やって、それからもう一度その顔に焦点を合わせると食い入るようにまじまじと見入る。切れ長の細い目、榛色の瞳、すっと伸びた鼻筋はいつも通りなのに、だけどその輪郭はいつもよりほっそりとしていて、唇はぽってりと厚く、どこか鮮やかな赤で艶やかに見えた。何より、倒れ込んだ夏油を支えるように伸ばされた五条の手が掴んだ肩は細くて、すっぽりと包み込めるほどあまりにも小さい。
    空を切り抜いたかのような青い瞳はまるで信じられないとばかり瞠られていて、目の前にあるものが魂レベルで「何」かを知っているのに、「何」ということがとても信じられないと言わんばかりだった。
    「………傑?」
    「あれ、声が、高い……?」
    「体も小さくて、軽くて………」
    いつになく間の抜けた声をした五条に名前を呼ばれて、返事をしながら夏油が小首を傾げる。かすかに身動ぎした瞬間、着ていた上着がその肩からずり落ちて、明らかにいつもより細い首筋が露わになる。
    違和感が確信に代わる。明らかにいつもとは違う姿形に、先ほどの弾むような柔らかな体の感触を思い出し、カッと目を見開いた五条は夏油の制服をぶち破る勢いで思いっきり左右に引っ張った。
    「おっぱい!!」
    細い身体には有り余ってしまうぶかぶかの白いインナーの下から、先ほどまでは絶対になかった筈のたわわな胸の膨らみがふたつ、てっぺんにはあざやかなピンク色のぷっくりとした乳首がぽろりと零れるように溢れている。
    そこには男物の制服を身に纏った、女の姿をした夏油があった。



    (次回、なんだそのデカパイは!しょうこ先生の手技にむせび泣く編です!※誇張されています)
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