おみくじを引く話「さっむー!」
ぶるりと震えた白い髪から散る様に雪が舞うのを横目で捉えて、ほらな。と傑は笑った。
「だから言ったじゃないか。寒いよって」
「予想より全然寒いわ」
物質の干渉を受け付けない無下限呪術によって、外気温も防げばいいと考えていた悟は自らの手元に視線を落とし、また寒さに震える。
しっかりと繋がれた寒さに赤くなった手を離すことが惜しく、くそうと小さく呟く姿。だから言ったのに。と傑はもう一度声に出さずに思いながら、繋いだ手をダウンジャケットのポケットに押し入れて目的地はそこだと長い階段を見上げた。
正月休みなど呪霊には無い。つまり呪術師にも休みなど無い。
そして新年の挨拶と称して信者が訪れ金を落とす時期でもある為、信仰団体の教祖にも休みなど無い。
そんな二人が年明け早々に時間を捻出し共に過ごすのは変わらない習慣のようなもので、一種の意地でもあった。
「せめて出店くらいあればなー」
「出てたことないでしょ」
一見すれば見落としてしまいそうな小さな神社には、ポツポツと人が居るだけで盛況とは程遠い。出店など十年以上通っているが、昔から見た事などないだろうと急な階段をゆっくりと登って行く。
二人が通い青春を共にした高専から歩いて行ける場所であるここに、初めて来たのはまだ学生時代。
本分である学校が冬休みへと入っていても、術師として十分に名を馳せていた二人に帰省の概念など存在しなかった。
それでも学業が無い分、いつもよりも自由な時間が増えた事を喜び、若者らしくゲームで深夜まで過ごしていた時。
どこかから聞こえる鐘の音に、年が明けたのだと気づいた傑が声を掛けた。
「初詣行かない?」
「初詣ぇ?」
面倒くさい。と書いたような表情を浮かべ、怠そうな声を出した悟。
「神様とか信じてんの?」
「さぁ。呪いがあるなら居るかもね」
肩を竦め笑う姿は決して信心深いとは言い難い態度に見え、怪訝そうに悟は眉を寄せた。
「大体どこにあんだよ、初詣できる場所なんて」
寝転がっていた上半身を起こし向き合った状態になって、それらしき場所を思い浮かべようと斜め上を見遣る蒼い瞳へと映り込んだ傑が、ピッと人差し指を上げる。
「何言ってるんだ、あるじゃないか。あそこに」
そうやって向かったのが、今ここに居る神社なのである。
あの時も寒いだの、階段が長いだのと文句を言いつつ、結局二人で来たのだ。
そして翌年も同じように寮から歩いて行き、更に翌年は高専を辞め教祖として活動していた傑の元へと、家族も寝静まった深夜に突如として現れた悟が当然のように傑を連れ出した。
その翌年は悟が任務を終えて高専へと戻る車内へと、わざとらしく呪力を流して階段下へと待つ自らの元へと傑が呼び寄せた。
そんな風に毎年一月に初詣という名の逢瀬を続け、今年も疲れきった身体で境内へと進む。本壺鈴をがらんがらんと響かせると、二人の吐く息が白く色づき空に溶けていく。
「あ、小銭ないわ」
ポツンと置かれた小さな御神籤箱からみくじ棒を引くのが恒例なのだが小銭が無く、社務所には誰も居ない。忘れてたと呟く悟へと、傑が銀色に光る硬貨を二人分取り出して賽銭箱へと入れた。
「貸しね」
「利子やばそー」
「特別にトイチでいいよ」
「やっぱやばいじゃん」
くだらない掛け合いをしながら、順番に引いていき。備え付けられた棚から番号の引き出しを開け御神籤を取り出す。
「俺五番だ。傑は?」
「七十二」
違う番号をそれぞれ取り出して手元の紙へと目線を落とせば。
「「大吉だ」」
大吉と書かれた御神籤を手に、二人で顔を見合わせた。大吉を二人揃って引いた事が無かったのだ。
「良い事書いてある?」
「んー……」
頬を寒さで赤くした傑にそう聞かれて、簡潔に書かれた項目を読んでいく。願い事は叶うと書かれているし、失せ物は出てくる。
「へぇ。良い事ばかりじゃないか」
「そう言う傑は?」
横から覗き込むように身を寄せた悟へと手元を見せやすいように傾けて。
「旅行もいいんだって」
「へぇ、あったかい所とかいいんじゃない?」
「南だといいんだ」
悟の手元の紙に書かれた方角を見て、くすくすと笑った傑がそっと一つの項目を撫でた。
「これだけ毎年一緒なの笑っちゃうね」
——良い人倖せあり。恋愛の項目に書かれた文言はずっと変わらない。
毎年二人揃って同じだなんて中々無い確率で、もうこの文言しか書かれてないのでは?と傑は疑ってしまっている。
「俺らの相性は最高ってこと神様が認めてんだよ」
「神様なんて信じてるの?」
「呪いがあるんだから居るかも知れないでしょ」
いつか自らが放った言葉を返されて、ハハハ!と大きな笑い声を上げた。神なんてそんなもの。
「自分がなればいいんだよ」
「お前まだ根に持ってんの?」
「さぁ?」
教え子との壮絶な戦いを経て教え子は覚醒し、隣の男はかつての母校をビジネス相手として任務を幾つか引き受けている。
「そろそろ皆育ってきて僕もゆっくりできそうだ」
「君は働きすぎだからね。ほら、健康に注意って」
悟の健康の項目に書かれた適度な休憩を。の文字を指差してやれば、日付が変わる前に任務を梯子した悟は確かにと頷いた。
「お前が居てくれたら、もっと楽なのに」
「手伝ってるでしょ、偶に」
報酬が高すぎて上層部が渋っている所為で本当に偶にしか手伝わないくせに、と呟けば静かだった境内に人の気配が増えてきた。
「そろそろ行こうか」
拡げていた御神籤を小さく畳んでポケットに入れた傑が、来た時と同じように冷たく悴んだ手を繋げばヒヤリとした冷たさが伝わってくる。
「あったかい物でも飲みたいね」
「お前酒飲む気じゃない?」
「正月だからね」
こういう時だけ良いように言うよな。と、空いている手をポケットに突っ込めば、無造作に押し込めた御神籤に指が当たる。
それは俺もかと悟は小さく笑って、願い事も叶うと言われたし旅行の計画でも立ててやろうと階段を降りたのだった。