電源、オン 白い手が、小さな青を丁寧に触る。綺麗だと手塚はそれを見る。周囲はぼうっと霞がかって、舞台がどこかはわからない。ただ、隣には不二がいた。伏せられた長いまつ毛の先が、夢のさなかにけぶっている。
彼が操作しているのはワイヤレスイヤホンだ。手慣れた様子がさすがは不二だ。旧いものにやわらな眼差しを向けながら、新しいものもちゃんと楽しむ。今は携帯電話でなにか設定をしているところらしい。
手元の画面をちょんとつつき、明るい瞳が手塚を見上げた。はい、イヤホンに触ってみて? そう、指先で、ちょんって――。
気づけば手塚は耳にイヤホンをはめていた。見えないが、不二の手にあったものと同じだと手塚は知っていた。できるだけそっとつついてみる。
「こうか? ――……なんだ?」
彼に確認した耳元から、自分の声が聞こえてきた。不二がこくんと首肯する。
「ふふ、すごいよね。みんなの声があるんだよ」
嬉しそうな顔がかわいい。かわいいが。
「俺はこんな声か?」
「あ、言うよね。自分の声って違って聞こえるって。いい声だよ。」
「そうか」
ならばいいが、最良ではない。さあ油断せずにいこう――それはそうだが、そうではなくて。
「不二、お前の声がいい」
きょとんと不二は手塚を見上げた。視線がぽんと空中に小花の枝が咲いたようにはにかみ揺れて、それからゆっくり細い指が――じれったい。
「これか」
「え、あ、そうだけど」
薄い機械を覗きこみ、不二の名前をタップする。またイヤホンに触れてみると、耳元で彼がひそめいた。これが市井に広まるのか。それは――ありなのか――?
うんうん悩んで、手塚は目覚めた。馴染みの天井にまばたきがばと起き上がり、携帯電話に手を伸ばす。不二の名前を呼び出し根気強く待つ。
「てづか? ……おはよう」
「おはよう。すまない、起こしたか」
詫びつつも、急く気持ちのまま口早に、今日は一緒に登校すると約束した。それから――そのとき耳元で、青学って強いやと、彼に言ってもらうことも。いや、どうせなら、誰も聞けない言葉がいい。
「不二、やはり俺の名前を呼んでくれ」
「いいけど、手塚、……なにか夢見が悪かった?」
悪くはないと手塚は応えた。この現実には及ばぬとしても、夢の中でも不二といたから、悪いはずは断じてないのだ。