ぜんぶきみがいい「かざみぃ、まだいけるかぁ」
「はい、よろこんでぇ」
風見が僕の呼びかけに応える。居酒屋かよ。
ふにゃふにゃと締まりのない笑顔を浮かべる顔は赤らんでいて、呂律も回っていない。足元もふらふらよたよたと危うげで、店を出てすぐによろけて転びそうになるものだから、肩に手をまわして支えてやった。
自分よりも慌てているやつを見ると、少し冷静になるのと似たようなもので、立派な酔っ払いと化した風見が早速やらかしたから、僕は少し酔いが覚めたように思えただけで、僕もそこそこ酔っ払っていて、風見のことを支えてやった時、実はバランスを崩してたたらを踏んでいた。
立派な酔っ払いが二人。立場上、こんなことは決して許されることではない。
でも、今日だけはいいとしよう。僕と君の、二人だけのお疲れ様会なんだから。
*
悲願だった黒の組織を壊滅させることができた。
死ぬつもりは毛頭なかったが、死ぬ気で挑んだ作戦だった。作戦終盤、取り押さえていた組織の男の自爆に巻き込まれて意識を失って、目が覚めたら僕は病院のベッドの上だった。
起き上がろうにも、体はあちこち痛いし、体中に繋がれた管がじゃまで難しい。なんとか起き上がれないか格闘していると、部下が驚いた顔をして駆け寄ってきた。そいつに今日は何日かを聞くと、答えた日付は作戦から1ヶ月以上経過しているものだった。
爆発に巻き込まれたことにより、広範囲熱傷、内臓損傷、エトセトラエトセトラ。生きているのが不思議なくらいの大怪我だった。実際、意識が戻らなかった1ヶ月と少しの間、僕の心臓は何度も止まりかけたらしい。
内臓と骨が元通りになるまでは絶対安静、その後はリハビリ、職場復帰は早くて半年後だろうという医者の見立てを、そんなに休んでいられないと蹴り飛ばして、半分の3ヶ月に縮めて職場復帰した。
そして来る日も来るも、朝も夜も関係なしに、残党共と書類の山をちぎっては投げちぎっては投げ、後片付けをしているうちに、気がつけば季節が一周していた。
疲労と睡眠不足が限界に達して、何も考えられなくなり、タイピングをする手が完全に止まってしまった。
顔を洗ってこようとトイレに向かったはずなのに、どういうわけか僕は喫煙所いた。喫煙所なんだから当然だが、あまりのヤニ臭さに顔をしかめていると、喫煙所の扉が開いて、死にそうな顔の風見が煙草を咥えながら入ってきた。
風見は僕が喫煙所いることに驚いて、咥えていた煙草をポトリと落とした。
そして「ひどい顔ですね」と僕の顔をみて笑った。
確かにここ1週間くらいまともに寝てないから、今の僕は酷い顔をしているだろうな。でも、君だって、目の下の隈すごい、唇ガサガサだし、なのに額はテカテカしてるし、スーツヨレヨレだし、僕のこと言えたものじゃないだろう。
そんな意味を込めて「君もな」と返すと、「そうですね」と言い返してきたから「そうだよ」と返すとなにが面白いのか、風見はケラケラと笑いだした。
僕が目を覚ました時、そばにいたのは風見の部下で、風見は僕が復帰するまで、1度も病院に顔を出すことはなかった。
復帰した後現場で顔を合わせることはあったが、それは極わずかな時間で、会話らしい会話もなかった。
こんなふうに会話をするのも、リラックスした顔をみるのも本当に久しぶりだった。
ようやく一心地つけるよな、体の強張りがとれていくようなそんな気分だった。
そうしたら僕も、どうにもこの状況が面白くなってしまって、笑いが込み上げてきて、しばらくけらけら笑った後「腹減った。飯食い行こう」と風見を食事に誘った。風見も「そうですね」とのったから、久しぶりに早い時間に退庁して食事に行くことにした。
「組織壊滅…、そしかいお疲れ様会ですね」と風見が訳のわからないことを言うから、引いた笑いがまたぶり返してきた。
美味い飯と美味い酒を堪能しながら、1年間の空白を埋めるようにたくさんの話をした。
「あなたの心臓、何度も止まりかけて。病院に待機させている部下から着信が入る度に、今度こそダメかもしれないなんて思ってしまって、私の心臓が止まってしまいそうでした。目が覚めたと連絡が入った時、本当は全部放りだしてあなたの元へ走っていきたかった。でも、そんな私をあなたは許さないだろうから。私は私にできることを精一杯やることにしたんです。本当に帰ってきてくれてよかった。」なんてことを風見が涙を浮かべながら言うから、僕もつられて泣きそうになって、おしぼりで顔を拭くふりをしてこぼれそうになる涙を拭った。
そうして、寝不足と疲労が溜まっている体にアルコールが入った僕達は、飲むペースが早かったこともあり、強かに酔っぱらってしまった。
河岸を変えるにも、帰るにも、少し酔いを覚ましたくて、夜風にあたろうと夜の東都を歩いている。
「わぁ」
風見が感嘆の声を上げて立ち止まる。僕もつらてれ立ち止まって、風見が見ている方を向いた。
「青の洞窟だな」
12月からクリスマスまでの約1ヶ月間、渋谷公園通りから代々木公園ケヤキ並木を約600,000球もの青色の電飾で彩るイベント。
青色の電飾は地面のタイルに反射してほんとうに洞窟のようで、訪れた者を幻想的な世界へと誘っている。
「パスタソースですか?」
「違う。いや…協賛がそこの会社だから、違うんだけど、違うとも言い切れないな
だいたい12月初旬からクリスマスくらいまでの期間やってて…」
空いている手でコートのポケットからスマートフォンを取り出して、今日の日付をとイベント期間を確認すると今日がイベント最終日であることを示していた。
「風見、今日が最終日だ。12月25日で、クリスマスだ」
最近はずっとカイシャに缶詰で書類をやっつけていたから、季節感覚も曜日感覚もすっかり失ってしまっていた。
「せっかくだから見てきましょう」
風見が僕の腕を掴んで公園通りを歩いていく。酔いはだいぶ覚めてきたようで、足取りはしっかりしてるが、さっきまでふらついていた男に腕を引かれて歩くのは少し不安が残る。
「そんな急ぐな、転ぶぞ」
来場客は、イルミネーションが目的で、思い思いにイルミネーションを楽しむのに必死で、僕たちのことなんて気にもとめていないが、転んだら流石に目立つ。
風見の手をやんわり解いて、風見の隣に並んだ。風見は歩くスピードを緩めて、目線を上げながら歩き出した。
「イルミネーションなんて見るの何年ぶりでしょうか」
「僕もだよ」
「ポアロの皆さんやコナン君たちとは見に行かなかったんですか?」
「あぁ、行ったよ、毎年」
ポアロの営業終わりにあずさんとマスターと、少年探偵団の引率で。東京駅、六本木、表参道「東都 イルミネーション」と検索して、出てくる人気スポット何選みたないなところはほとんど網羅しただろうな。
「でもそれは、僕じゃない」
東都の街を彩る電飾に感嘆の声を上げてたのは、降谷零ではなく安室透だ。
「そう、ですね」
あぁこんな言い方をするつもりじゃなかったのに。気まずい沈黙が僕と風見の間にながれる。
どうしたらいいかわからなくってしまって、黙り込んでいると、頬に濡れた感触があった。見上げるとわかりずらいが、小さな白い塊がポツポツと空から落ちてきている。
「雪だ」
風見は手のひらを際し出して、空から落ちてきた雪を受けとめた。体温で雪がじんわり溶けていくのを見送ったあと、僕に向き直って、しっかり目を合わせた後、口を開いた。
「これから何度だって見れますよ
あなたは闇の中から光の元へ帰ってきてくれたのですから」
どこへだって行けますよ。
「ぜんぶきみとがいいよ」
他人と時間を共有して、喜びも悲しみも分かち合う尊さを僕は昔教えられた。
そでもそれは、一つまた一つと手のひらからこぼれ落ちていった。だから、これは僕には必要のないものだったんだと忘れることにした。
もういい大人だし、自分のことは自分でできる。僕は、一人で生きてける、これからもそれは変わらない。
「君の言う、僕が僕の思うままに生きていくこれからには君が必要だ」
風見に出会って、僕が忘れようとしたものが、どんなに尊くて、手放しがたいものだったことまで思い出してしまった。
「他に誰がいるっていうんだ?これかれ見つけろって言うのか?僕はモテないんだぞ」
頑固だし、こだわり強いし、蘊蓄長いし。降谷零のことを、完璧すぎるなんて評価してるのは風見裕也くらいだ。
「自分の役目は終わりだみたいな顔して、僕の前からいなくなるなんて、そんな真似絶対許さないからないからな」
風見のことをただの部下と認識していたのなら、食事を疎かにしているからって、作りすぎた料理を差し入れたしないし、わざわざ忙しい合間をぬって食事に連れて行ったりなんかしない、部下の健康面の世話なんかしない。
「っ君が好きなんだよ」
そうだ、風見のことが好きだから、時間を共有したかったんだ。
僕の告白に風見は、瞳を右に左に上に下に忙しなく動かして、唇をもにょもにょうごかして、なんて返したらいいんだろうと言った様子だ。
「これからの人生のそばに置いていただけるなら、それ以上の幸せはありません」
風見が沈黙を破って喋り出した。
鼻の奥がツンと痛み、瞳に涙が溜まっていく。
「あなたの隣は私の場所だ。誰にも譲りたくない、いいえ、譲らない。
降谷さんが、好きです。」
涙ポロリと落ちた。
「かざみ、ぼくのことすき?」
「はい」
「ほんとのほんとに?」
「はい。だいすきです、ふるやさん」
風見の頬には、酔いでも寒暖差でもない赤みが差していて、瞳は潤んでいてとろけていて、年上の強面の男に抱く感想ではないが本当に可愛かった。
「っ〜〜〜、かざみ!」
「わっ」
込み上げてくる愛しさが抑えきれなくて、僕は風見の腰に腕を回して抱き上げた。
「ちょっ、あんたなにしてっ」
足が地面から完全に離れてしまったことが怖いらしい風見は、おろしてくださいと不安そうな声をあげながら、身をよじって僕の腕から逃げようとする。けれどすぐに僕が下ろす気がないことを悟ったようで、諦めて僕の肩に手を置いて落とされないようバランスをとることを選んだ。
これ幸いと腕にしっかりと力をこめて、その場でくるくると回った。
抱き上げた風見は、羽のように軽いなんてことはなく、しっかりと重たい。
これが幸せの重みだというのならなんて、愛おしいんだろう。
絶対に、絶対に、離すもんか。
さて、両思いだったことが判明した酔っ払い2人は、今日がクリスマスで、ここは都内屈指の人気イルミネーションスポットであり、それなりの人間がイルミネーションを楽しんでいたことを忘れている。
そう、当然はじまった告白劇は、多くの観衆に見守られていたのだ。
ぱちぱち、と最初は小さな音だったが、1人つられ、2人つられ、それは次第に大きな喝采に変わる。
終いには「おめでとー」「お幸せにー」「キスしろー」なんて野次まで飛んでいる始末だ。
2人がそれに気づくまで、あと...
おわり