Recent Search
    Sign in to register your favorite tags
    Sign Up, Sign In

    kosimettyaitai

    @kosimettyaitai

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 3

    kosimettyaitai

    ☆quiet follow

    2023年4月22日 降風ワンドロ「ゆっくり」

    15分のデート、恋人の時間 悲願だった黒ずくめの組織一斉検挙に成功した。僕は潜入捜査官の任を解かれ、警察庁に復籍した。
     潜入捜査官でなくなった僕に、連絡役は必要ない。僕と風見は正式に上司と部下ではなくなった。
     風見を手放すことは、半身を引き裂かれるような痛みを伴った。よく馴染んだ部下を手放して、また新しい部下ともう一度関係を構築することが煩わしいからではない。
     影に日向に、僕のために生きてくれた風見裕也を、愛してしまったからだ。
     思いを伝えるつもりはなかった、本当になかったんだ。最後の日、これで終わりだからと、深夜の会議室で二人きり、不良警官だって笑いながらコンビニで買った缶ビールで祝杯を挙げて、「落ち着いたらのみに誘うから、僕のこと忘れないでくれよ」と、戯けてみせた僕に「あなたみたいな強烈な人忘れたくても忘れられるわけないじゃないですか」といって僕との別れを惜しむように涙を流すから。風見も僕と同じ気持ちなんだとわかってしまったら、もうだめだった。押し殺して墓場まで持ってくつもりだった気持ちが溢れてしまった。


    風見は、僕の最愛の恋人になった。


    「ありがとうございました」
     店員の声に一礼して店の外に出ると、冷たい風が頬をかすめた。 日が昇っている時間が長くなって、日中は汗ばむようになってきたが、日が落ちた夜はまだまだ涼しい。小脇に抱えていたスーツのジャケットに腕を通した。
     僕の後に出てきた風見は思わずといった感じで身震いをして、くしゅんと小さなくしゃみをした。筋肉量の問題か、僕よりも強く寒さを感じるようだ。
     寒そうにしている恋人をあっためてやりたい。腕をさすって暖を取ろうとしている風見の手をとって両手で包み込んだ。
    「ふ、ふるやさん」
     驚いた風見が上擦った声で、僕の名前を呼ぶ。
    「寒そうだから」
    「でも」 
    「この辺りは街頭も少ないし、夜になると人通りもほとんどないから、大丈夫だよ」
     戸惑う声を無視して、手を掴んだまま歩き出す。僕が言い出したら聞かないのを、よく知っている風見は、観念したように、一歩踏み出した。

     今日は前から決めていた食事の約束だから、お互い車は置いてきている。最寄り駅まで5分程歩いて、そこからは電車で移動だ。
     情報の受け渡しで、指先と指先が触れることはあっだが、こうして手を繋ぐのは今日がはじめてだ。
     立派な体躯に見合った大きな手は、少しかさついている、中指指の第一関節の皮膚が固いのはペンだこかな。指の形、爪の形を確かめるように、指の腹でなぞると、風見の指がぴくぴくと跳ねた。
    「くすぐったいです」
    「ふふっ、すまん」
     横目で風見の表情を窺うと、唇をとがらせて、むくれた顔をしている。でも、耳が赤くなっているのも見えてしまっているから、照れているだけだとわかってしまうから、そんな顔しても可愛いだけだ。

     僕と風見が恋人に関係に変えてから、6ヶ月が経ち、季節が2回変わった。
     多忙を極める僕達の、恋人として過ごせる時間は少ない。したことといえば、早めに仕事を切り上げて飲みに行くか。食を疎かにしがちな風見を自宅に招いて食事を振る舞うか。
     頻度が増えただけで、上司と部下だった頃となにも変わっていない。
     もっと、恋人らしいことをしてみたいと思う。
     細い腰を抱いて、唇を重ねてみたい。ネクタイもシャツもすべて取り払って、素肌の感触を味わってみたい、体温を分け合って、そのまま眠って、朝を迎えてみたい。
     風見、気づいているか?
     今日、ビールを煽った時にさらされた白い喉仏、唇についた泡を舐める舌、濡れた唇、そんな一つ一つに僕が目を奪われて、どうしようも無く欲情していたことに。
     自宅で食事を振る舞った後、明日も仕事だからと帰ろうとする君を、仕事に理解のある恋人の顔で送り出している僕が、朝まで留めておくための口実を探していることに、気づいているか?
     
     風見の体に刻みつけて、わからせてやりたい。
     僕が、君に恋をしている、だだの男だってことを。

     あぁ、そうこうしている間に、あと数メートルで駅に着いてしまう。駅の周辺は人通りも多いから、手を離さなくてはいけない。
     もう一度手を伸ばしてしまわないよう、離した手をズボンのポケットに突っ込んだ。
    僕たちの関係に後ろめたさを感じていて、隠したいわけでは断じてない、だが、職業柄目立つ行動はさけなくてはいけない。
    「あの」
     名残惜しさを振り払うように、歩き出した僕を風見が呼び止める。
    「どうした?」
    「その・・・」
     開いた口を閉じて、また開いて閉じて、瞳をうろつかせては、また口を開いては閉じて。すごく言いづらそうな様子だ。
     
     でも、なぜだろう、このまま待っていれば、風見が腹を括って今思っていることを話してくれたら、きっとそれは僕に幸福をもたらしてくれるような気がするんだ。
     
     言ってくれ、風見。
     大丈夫、僕も君と同じ気持ちだから。

    「もう少し、あなたと一緒に、いたいです、だから…」
     ポケットに入れていた手が、風見の手で引き出された。
    「一駅分歩きませんか?」
     離れた手と手がもう一度重なって、隙間を埋めるように指と指が絡まった。
     どくんと心臓がはねて、頬に熱が溜まっていく。

    「うん、いいなそれ。すごくいい。」
     
     風見が伸ばしてくれた手が離れていかないように、しっかりと繋ぎなおして、歩き出す。
     焦る必要はない。亀の歩でも牛の歩でもいい、確実にゆっくり、恋人の時間を歩んで行こう。
     僕も男だから、ずっとこのままでいいとは、口が裂けても言えないけど、いまはこれでいい。
     こうしてわずかな時間でも恋人と共有するだけで、僕の心は幸福で満たされる。
     
    街頭もまばらな薄暗い路地裏に、ぴったりと寄り添った、2人分の足音が響く。
    ゆっくり、ゆっくり、と。

    おわ
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    ❤👏❤👏
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works