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    kyosato_23

    @kyosato_23

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    kyosato_23

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    金カム、潔癖症の鯉登とそれを気にしない月島の話。
    潔癖症の男が性癖なので、鯉登の潔癖症設定が好き!!の気持ちと、あと月島お前鯉登のことめっちゃ好きだな…?という気持ち詰め込みました。

    汚れた積み木を積んでいく*




    窓に指紋がついているだけで顔を顰める青年だった。
    何不自由なく育ってきた故のわがままな気性と同時に月島がはっきりと否定の言葉を投げてもそれで臍を曲げないおおらかさと自信も備えており、良くも悪くも尊大な良家の子息といった体の鯉登が随分と潔癖症であったのは予想外だった。
    悪臭にうるさい、他人が使った後の手ぬぐいを使えない、ちょっとした食器の汚れを気にする。口論で飛んできた相手の唾に引き攣った声を出す。
    そんな鯉登をボンボンだと揶揄する声は少なくなかった。
    戦争ともなればそんな軽微な汚れで騒いでいる余裕などない。あそこは汚れしかない場所だった。砂埃、汚物、体液、臓物。そんな中を這いつくばって生き延びる場所だ。
    第七師団はほとんどがそれを生き抜いてきた者たちばかりだ。猛者たちにとって鯉登の潔癖症はずいぶんと可愛らしく、愚かしいものに見えただろう。
    補佐として長く一緒にいて最もそういった言動を見聞きしている月島だったが、そんな声には同意の声を上げず、淡々と一瞥するのみだった。自分への陰口に賛同しない月島に対して、鯉登はわかりやすくすぐに信頼を寄せた。
    その信頼を月島は嬉しいとは思わなかった。ひどく筋違いだったからだ。


    月島は鯉登がまだ少年であった頃、彼が暴漢に拉致された際の様子を知っている。
    まず声を出さないように顔に布を被せられ、それから手足を拘束された。その際にあまりに抵抗するものだから暴漢たちは彼の体を強く押さえつける他なかった。酷く興奮していた上に体へのその圧迫のせいか彼はごぶ、と少量ではあるが胃からものを吐き戻した。顔を覆う布は吐瀉物と唾液に濡れた。滴り落ちたそれらは仕立てのいいブラウスの襟元を不衛生な色に染める。
    鯉登は最初こそすえた匂いに顔を顰めたが、雑に口元を拭ってから別の布を口に詰め込まれると文句を言いたげな目線だけ暴漢に向けて寄越し、おとなしくされるがままになった。
    彼のこめかみには重くて冷たい銃口が押し付けられていた。
    それ以降も鯉登は汚れた服に言及するでもなく、口を濯がせろとも言わなかった。

    排泄するところも見た。逃げ出さないように見張っている必要があったし、いちいち厠へ連れていくのもリスクがある。見張っていた二人の暴漢の前でだった。少年とはいえ確か既に十六歳だった。屈辱だっただろう。けれど歯噛みして耐えていた。

    誰とも知らない男が洗ってもいない手で掴んで差し出した食べ物を咀嚼した。

    汚れた器に注がれた水を飲んだ。

    五日も風呂に入らず、体を拭きもしなかった。

    暴漢たちはロシア語を話していて、ロシア語のわからない鯉登が何かを欲しがっても伝える術がなかっただけかもしれない。
    それでも鯉登は何も言わなかった。軍人の息子としての佇まいが今の自分の責務であると、拘束されたまま泣きもせず耐えていた。

    責務であればいかに汚れるのも厭わない青年だった。

    月島はそれを知っていたので平時の言動には何とも思わなかっただけだった。決して鯉登から信頼を寄せられるような立派な心意気でもって彼を受け入れていた訳ではない。

    任務で傷を負った者がいれば血や涎を気にもせず大丈夫かと声をかけた。血や涎に塗れた兵たちを汚らわしく扱う素振りはなかった。

    旭川に現れたという犬童典獄の偽者を躊躇いなく射殺し、その皮を剥いだ。あまつさえ鶴見の真似をしてそれを服にして身につけていた。

    網走監獄では狭い場所でひしめき合う多くの人間が殺し合ったものだから、誰もが皮膚や衣服に夥しい返り血を浴びた。互いが互いに殺した囚人の体液をひっ被るような乱戦だった。鯉登の苛烈な自顕流の太刀筋も、銃剣での刺殺も、床尾での撲殺も、大差はない。等しく全員が汚れた。
    頬に付着した血液を拭うこともなく、鯉登は手本のような直立不動で鶴見の横に立っていた。誇らしく胸を張っているようにすら見えた。
    終わった後で身を清めている際には何人斬り伏せたか途中から数え忘れてしまった、と品の良さが滲み出る笑いと共に自慢げに月島へ語ってみせた。



    月島から見れば鯉登はまだ若い。鶴見への過剰なまでの憧れと信奉で落ち着きなく騒ぐ様を見ていると、少年だった頃を知っているからかもしれないが、幼くすら感じる。
    鯉登が潔癖症の坊ちゃんの顔を任務の功でもって払拭していくのを、幼い子供が得意げに積み木を積み上げていくのを見守るかのような心地で見ていた。
    血に塗れた積み木だ。
    いずれは高く積み上がったそれを得意げに誇り、月島の補佐が不要となる立場になっていくのだろう。
    月島には何も言うべき言葉はない。口にすべき言葉は、何も。



    「あの覆面の中にはお前もいたのか?月島!!」
    鯉登がまたひとつ積み木を積んだ音がした。
    否、これは積んでいたそれらが崩れる音だろうか。
    積み木が崩れて、遮るものがなくなり、月島は本当に久しぶりに鯉登の顔を真っ直ぐ見た気がした。
    十六歳の少年ではない、二十一歳の青年の顔だった。拉致監禁された自分の状況に耐える少年ではない、不信に声を荒げ欺瞞に憤る、潔癖な青年だった。

    これまで何とも思っていなかった鯉登のその潔癖な性質が、今、ひどく、月島の癇に障った。

    汚れを厭うその潔癖症が何をもたらすのか、鯉登は理解していない。自分が汚されるのには敏感だが、人に手を汚させる可能性に対しては鈍感だ。
    今更新しい汚れがひとつやふたつ増えたところで、月島の血濡れの手がどう変わることもないが、潔癖症であるならば、少しは自分の血が他人を汚すのにも気を配ったらどうなのだ。
    表情を変えず、少しくらいは残念そうに振る舞ってみせるかもしれないが、結局は何も躊躇う事なく鯉登を殺すよう命じるだろう二人の上官の顔が頭をよぎった。血と臓物の雨の中を走り続けてきたあの上官の前では鯉登の潔癖症など、口を塞いで黙らせる赤子のぐずりのようなものだ。

    目についた汚れに喚くのをやめるよう、月島は諭した。
    鯉登にはそれができる筈だった。責務であれば汚れるのを厭わない青年だった。
    どうぞ、部下に手を汚させるような真似はしないでくださいと、上官の自覚の芽生え始めた青年に願った。



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