Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    kyosato_23

    @kyosato_23

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 💗 🍺 🌟
    POIPOI 36

    kyosato_23

    ☆quiet follow

    (OP)エースが怪我の痛みにうなされて世界中の人間から針を刺される夢を見る話。
    サボも出ます。
    薄暗いです。

    この体に実るもの*


    夕刻、サボと互いの稼ぎを見せ合ってエースは表情を曇らせた。今日は自分の稼ぎがずいぶんと少ない。サボはいつもより多く金を集めてきたのに、これでは自分の力不足をサボに補わせてしまう形になる。
    焦心をあらわに立ち上がるエースをすぐさまサボが宥めた。
    「気にするなって、一週間前はエースの方がたくさん稼いできただろ?」

    エースとサボが稼げる額は日によってまちまちだった。多い日もあれば少ない日もある。
    それは理解しているしサボの慰めを突っぱねるつもりはないのだが、それにしたって今日は自分がヘマをした結果だという自覚があるエースは割り切れなかった。

    左腕を押さえる。今日のヘマの原因である痛みが俄かにひどくなった。昼にサボと合流した時にはじくじく疼く程度であったその傷が今や焼けつくようにエースを苛む。

    山からグレイ・ターミナルまでの道で毛虫に刺されたのだ。ダダンの子分たちから以前聞いた、なんだったか、大層な名前の巨大な毛虫だ。強い毒を持っているくせに警告色でなく保護色で、知らぬ間に近づかれて刺されたら大変だぞと凄まれた。奔放なエースを脅して足止めするつもりだったのだろう。
    しかしそれで怖気づくほどエースは弱虫ではない。いつも薄着で山を駆け回っているから虫に刺されるのにも慣れている。ダダンや子分たちの言葉などすぐに忘れて毎日颯爽と森を駆け抜けていた。

    いつも通り町へ向かう道中、鉢合わせた虎に応戦した。身を隠した木の外皮が妙に柔らかいと感じた時にはもう遅い。エースの左腕と左脇腹は硬い木肌ではなく、そこに這っていた巨大な毛虫の上をざりりと擦った。驚きに目を見張ると、大人の腕ほどの太さのある毛虫が地面へ転がり落ちてのたうっていた。

    町に着いた頃には接触した箇所が赤く腫れていた。サボにバレたら心配させるだろうと合流の前に適当な布を見つけてぐるぐると巻きつける。薬は塗らなかった。子分たちの言葉を忘れていたエースはこの時点ではただ巨大なだけの普通の毛虫だと思っていた。
    それがこのザマだ。痛みのせいで動きも思考も鈍り、いつもなら簡単にこなせる盗みに失敗した。

    「……エース、顔色が悪いぞ。体調が良くないんだろ?」
    「……、……すまねぇ。来る途中にやっちまったんだ」
    「手当てはきちんとしたのか?」

    巻かれた布で察していたのだろうサボが左腕の様子を案じる。エースがいつも自分の手当てを雑にすませてしまうのを知っているので気遣わしげだ。

    「いや、虫に刺されて腫れてるだけだから特には何も」

    蜂か、毛虫だ、ああ痛いよな、なんて会話をしているうちに痛みは加速的にどんどん増していく。いい加減平然としたふりをするのにも限界だ。

    「……悪ぃ、今日はもう帰る」
    「わざわざ戻らなくてもこっちで寝泊まりすればいいのに」

    サボと共にグレイ・ターミナルに住めともう何度も促されているが、エースはそれをずっと断っている。その理由はいくつかあるが、サボに話しているのはその中でも比較的前向きな内容だった。

    「俺の修行がわりだ。修行は毎日やってこそだろ」
    「怪我した時くらいは休めよ」
    「……そこまで酷い怪我じゃねぇよ。じゃあな、」
    「おい、エース」

    何か言いたげに追い縋るサボの声を背に、エースは二人の秘密基地として利用している大木の枝から身を躍らせた。
    いつも通りの数メートルの落下だったのに、着地した瞬間足裏から伝わる衝撃が左腕と左脇腹の痛みにとんでもなく響く。悲鳴が出そうなのを咄嗟に口を塞いで飲み込んだ。サボからはエースの後ろ姿しか見えていないはずだ。大丈夫だ。
    焼けたナイフで皮膚を抉り続けられているような激痛に目の前が滲む。口を覆った右手で頬に爪を立てて耐えた。

    そのまま振り返らず、一心不乱に森の中を走った。地面を蹴る衝撃、振動。それらが体の左側面に絶え間なく生まれる痛みを増幅させ、脳へ伝達する。脳から発せられる危険信号は全身の筋肉を強張らせ、肺を締めあげた。息が詰まって苦しい。体の全ての器官がエースの足を止め、挫けさせようとしてくる。
    けれど今足を止めるのはまずい。今止まってしまえば、おそらくもう走れない。そのまま痛みに屈して倒れ伏してしまうかもしれない。
    森の中は猛獣の棲家だ。動けないまま夜になればその牙の餌食になる。獣たちにこの体を貪られるのは嫌だった。

    エースにはこの体しかない。ヘマをしてうまく金を稼げない役立たずな体であろうとも、これひとつしかないのだ。他には何も持っていない。人に与えられるような何かを。
    どうせ死ぬにしたって獣の腹に収まるより、サボの為になにか残してやれるような死に方がいい。こんな体ひとつきりで何が残せるのか、それは皆目見当もつかないけれど。

    毎日行き来している山道であるのが幸いした。痛みに目が眩み朦朧としていても足は無意識に見慣れたダダンの棲家へと駆け込んだ。
    自分の寝床にあてがわれている片隅に倒れ込んで、エースは気を失った。



    左腕と左脇腹が、痛い。
    焼け爛れるように痛むそこにおそるおそる目をやると、花と見紛うほどに無数の針が突き立てられいた。自分の皮膚の上で鈍く光る針の花弁にエースは凍りつく。
    エースは体を強く縛られていた。十字の形に組み上げられた磔台に両腕を広げた体勢で、手足も胴体も括りつけられている。
    青ざめるエースの目の前に人影が立った。青年だった。見覚えのない顔だ。その目は爛々とぎらついてエースを見下ろしている。

    ーーーーロジャーの息子め
    「いッ……!」
    憎々しげに呟いた青年がエースの左腕に針をゆっくりと、しかし力を込めて突き刺した。熱く灼かれた針はエースの肉の組織をじわりと焼いて、ただ刺される以上の痛みを与える。

    「うぅ、うぁ、ああ……!」

    身動ぎひとつしただけで、埋め込まれた大量の針がエースの肉の中で擦れあう心地がする。
    顔を歪ませるエースの前にまた別の男が立つ。先ほどの青年より少し歳が上だった。

    ーーーー俺の妻と子は疑われて、海軍に殺されたんだ……
    「……ッ!!」
    やめろ、という言葉は男の怨言でかき消された。男の手は同じく熱く灼けた針をエースの脇腹へと突き刺す。

    「うぐ、うぅ……!」
    ーーーーロジャーの息子に、ロジャーに恨みを持つ人間の数だけ針を刺してやるのはどうだ
    いつだったか、街のゴロツキに嘲笑まじりに投げかけられた言葉だった。
    エースは今、そうしていくつもの針を身に受けているのだ。
    ふざけるなという罵倒も、やめてくれという懇願も、口にする資格はない。ロジャーの息子、つまりエースはこの世界ではそういう存在だった。憎まれても当然の、何をされようが反発するのを許されない、絶対的な悪だった。

    悲鳴を押し殺した代わりに、体から冷や汗が噴き出す。噛み締めた口の端からは荒い息と涎が漏れ出た。息が吸えない。酸欠で頭がガンガンと痛む。
    よくよく見ればエースの周囲をおびただしい数の人間が取り囲み、指差していた。誰もがエースを責めていた。

    ーーーーお前が償いに差し出せるもんなんて、その体しかないだろう?

    そうだ、エースにはそれしかない。何も生み出せない非生産的で幼く役立たずの体ひとつしかない。
    エースの心に諦念が巣食った。
    世界中の人間が自分を責め、死を願っている。何千、何万もの人間がエースの体に針を刺し、隙間ひとつなくなった針まみれの体を火炙りにされ、笑い物にされるのだ。

    体から力が抜けていく。腕と脇腹の痛みは変わらずエースを苛んでいるが、痛みに呻く気力すら朧げになる。

    体が酷く熱い。火炙りにしようと足元から燃やされているのだろうか。
    しかし待てども待てども熱さが増すだけで、一向にエースの体は燃え落ちない。簡単にエースを死なせないつもりなのかもしれない。




    やばいぞこいつ、息が浅い
    解毒剤はないのか!?
    そんな高価なもんありゃしないよ!
    今の時期なら解毒剤代わりになる薬草が生えてる、誰か取ってこい!
    こいつこのままじゃ肉が腐り落ちるぞ!




    自分を取り巻く憎悪と嘲笑の渦の向こうでうっすらと聞き覚えのある声が騒いでいるような気配を感じたが、エースの意識は火炙りの刑場から抜け出すことはなかった。



    その後ダダンから聞いたところによるとエースはそのまま三日も意識を失って眠っていたらしい。
    覚醒してすぐだと言うのに、よそで野垂れ死ぬならともかく棲家で死なれたら自分がお前の祖父に殺されるとダダンに泣き喚かれた。クソババア、とだけ掠れた声で返事をした。


    サボにはそれはもうこれでもかというくらいに怒られた。
    サボも例の毛虫のことは知っていたらしい。これまでは毎日会っていたのに急に姿を現さなくなり、もしやと気を揉んで過ごしていたそうだ。三日後にようやく訪れたエースから事情を聞いて、サボにしては珍しいほどに我を忘れて怒り狂った。

    「だから帰る前にどんな毛虫に刺されたか聞こうとしたのに!! どうしてお前はそう人の話を聞かないんだよ!!」

    次からはもっと簡潔に話してやるからちゃんと聞けよと何度も念押しされる。
    完全にエースの落ち度であるので何も言わずに正座して頷くほかない。エースは嘲笑や高圧的な強制には反発できるが、自分のせいで悲しませた相手から叱られるのにはとんと弱い。


    祖父であるガープがエースより三歳年下の少年を連れて山を訪れるのはこの翌日のことだった。



    *
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💖💖😭👏❤❤❤❤❤🙏🙏❤❤👍💗💖💖💝👏
    Let's send reactions!
    Replies from the creator