光つか既刊おまけ ──類はたぶん、オレのことが好きだ。
そんなことを司が思うようになったのは、割と最近のことだ。名前を呼ぶ声のやけに甘いこと、やけに距離が近いこと。他にもあれこれと察する理由はあったのだが、まあ、色々と重なった末の推測であるとだけ。
まったく見る目のあることだ。目の付け所がさすが天才である。
ただ、本人がどうにも無自覚らしいというのは問題だった。なにせ無自覚で、その無自覚を周囲に察されるほどなので、好意が露骨なまでに行動に現れるのだ。つまるところ、ものすごく距離が近いのである。
距離が近いだけであれば、まだいい。いや、これはどうなのだろうと寧々と一緒に頭を抱えることもあるのだが、それはそれだ。
時期が、問題だった。類の体格で至近距離まで寄られてしまうと、暑くて暑くて仕方がないのだ。
「司、ちょっと類に甘すぎるんじゃない? もう夏なんだしアレはしょうがないでしょ」
気温の高さに加わる体温に耐えかねて距離の近さに苦言を呈してみたところ、類がしょげてしまい、司が折れることになった。そんな場面を見た一座の歌姫から、後になって送られたのがこの一言である。
「オレもそう言うつもりだったんだが、あんなにショックを受けられてはなあ……」
「……? いつも通りに見えたけど。司相手だとすぐ駄々捏ねて甘えるんだから」
歳下の幼馴染にこうまで言われては形なしというものじゃないだろうか。苦笑だけを返して、司は自分が折れた瞬間を思い返した。
……呆然、というのが当てはまるような顔をされたのだ。ほんの一瞬のことだったから、間近にいた司以外は気が付かなかったかもしれない。すぐさまいつもの調子で「ひどいよ司くん」と大袈裟に落ち込み、えむを味方につけてからふざけたように泣き真似をしていたけれど、あれは絶対にとんでもないショックを受けていた。それに気がついてしまえば、「しょうがないな」と返すよりほかなかった。
(オレに否定されるとは思ってもみなかった、みたいな)
そんな顔だ、と思い至ったそのときの胸のこそばゆさを、何に例えたものだろう。
少し離れた場所で、屈んだ類の耳元にえむが何か囁いている。「いいねえ」「でしょ!」という無邪気なやりとりに、司は笑みを浮かべた。
「……早く、自分で気がついてくれるといいんだが」
司自身がどうするかは、未だ決まっていない。それでも、その想いを否定することだけは、絶対にないから。
(類の、本気の想いを見たい)
本気になったときの類の目に灯る真摯な光を思い浮かべる。ショーに関することでたびたび自分に向けられるその光を、司は好ましく思っていた。
ショーの外でも、あれが己に向けられる日が来るのだろうか。そうなれば、自分がどうしたいのかもわかるような気がするのだが、それはさすがに類に色々と任せすぎだろうか?
ふわふわと考えていると、隣に腰掛けていた寧々が大袈裟なため息を吐いて立ち上がった。
「ん、どうした、寧々」
「なんでもない。……さっさと自覚すればいいのに、鈍感なんだから」
なぜだか司をじっと見ながら、寧々は呆れたように言う。
「そう……だな?」
「うん、ほんとにそう」
寧々は頷くだけ頷いて、類とえむの方へと歩いていってしまった。
しばらくは変わりそうもないあれこれにもどかしさを覚えながらも、それがどこか心地いいのはなぜだろう。
とくとくと脈打つ胸に軽く触れて、まったく、と一言呟く。結論が出ないのなら、この気持ちは胸で温めていてもいいだろうか。ゆるやかに首を振って、司もまた、三人の方へと足を向けた。