チョコレート ころころ。ころころ。
飴玉のような音を立てながら、類は口の中でチョコレートを転がしていた。帰りに立ち寄ったコンビニで買ったそれを、ずっと口の中で弄び続けている。一つ溶けきればもうひとつ。粘りを帯びた甘さを唾液で薄めて飲み込んで、さらにもうひとつ。いくら食べてもどこか口寂しくて、先ほどから手が止まらずにいる。破かれた個包装の袋がゴミ箱の中に積み重なって、かさかさと音を立てた。
「類、それくらいにしておいたらどうだ? 体に悪いぞ」
目の前にノートと教科書を開いたまま、司はちらりと類の方を見遣って苦言を呈した。
「……うん、そうだね」
未だ口寂しさは残るものの、敢えて逆らうほどのことでもない。まだ幾つか中身の残った紙箱を閉じて、類はそれを通学鞄の中へと放り込んだ。
宿題でわからないところがあるのだとぼやく司を、教えてあげるからと家に誘ったのは今日の昼休みのこと。解説は終えたものの、司はたまにケアレスミスをしたり引っ掛け問題に見事に引っ掛かったりするものだから、あまり目を離すのも躊躇われる。他の作業をし始めれば自分はそちらに没頭してしまうだろうからと司を眺め続けることにした類は、暇を持て余し、チョコレートばかりを口に含んでいたのだった。
目の前に菓子が無くなればいよいよ手持ち無沙汰になる。ここまで面倒を見てきた甲斐あって、司も自分で問題を解けるようになってきた。類が指摘してからは小さなミスにも気を付けているようだし、そろそろ別のことをしても構わないかもしれない。
「お前、そんなにチョコが好きだったか?」
口の中の塊が小さくなっていくのを感じながら考えていると、司がぽつりとそんな疑問を口にした。
「一人で食べ続けているのは珍しい気がしたんだが」
「確かにそうだけど……司くん、そんなことより宿題は終わった?」
「うっ、すまん。あと一ページ残っている」
「宿題って何のためにあるんだろうね」
「お前はもう終わらせてるくせに」
つまらないの。そんな思いを隠さずに類がぼやけば、司は拗ねたように唇を軽く突き出した。そのまま課題に目を戻し、考え込むようにシャーペンのキャップを口元に軽く押し当てている。ふにりと柔らかく形を変えた司の唇を見て、類はつられるように己の唇に触れた。
どうして普段は買わないチョコレートを買ったのか。どうしてこんなにも、口寂しいのか。
その理由に見当がついて、類は頬をじわりと熱くした。気恥ずかしさに視線があちこちを彷徨う。なぜ今まで気がつかずにいられたのだろう。
類が買ったチョコレートは、つい先日、司がクラスメイトに貰ったからと食べていたのと同じものだ。あの日、司の口元から香る甘やかな匂いに誘われるようにして、類は。
──いくら食べても物足りないわけだ。本当に欲しいのは、チョコレートではなくて、その甘さから連想されるものだったのだから。
舌に纏わりつく甘みを飲み下して、類は口を開いた。
「司くん、早く終わらせてよ」
「そう言われ……ても……、…………」
そう催促する類の方を見て、司は言葉を切り、顔を真っ赤に染めた。
「……しゅ、集中できるわけないだろう、そんな顔されたら……」
震える司の手から離されたシャーペンが、ノートの上に落ちる。その音が鳴るか鳴らないかのうちに、類は身を乗り出して、司との間にあった距離を埋めた。
宿題はあとで、答えを教えてあげればいいだろうか。それでは頭に入らんだろうがと怒る声が容易に想像できたけれど、どうにももう、我慢ができそうになかった。