「なんかさ、常闇大人っぽくなったくない?」
ぐいと肩を抱かれ下から顔を覗き込まれる。相変わらず距離感が近いが慣れたものだ。視界の広い常闇は目玉だけを動かし元級友の顔見た。何故だが少しばかりワクワクした様子に困惑し、真意を図ろうと押し黙った。
「ウチらだって今年二十歳なんだから少しは名実共に大人でしょ」
固まる常闇に、助け船が入った。上嶋の質問はさながら高校生のようだが、呆れたように突っ込みを入れる耳ろうもまた高校時代を彷彿とさせだ。懐かしさと共に、妙にまた鋭いものだと気取られないように苦笑いをする。こんな時は表情の分かりづらい顔立ちで良かったと思う。
「いや、そうなんだけどさ。そうじゃなくてさ、なんつーの?大人の階段登った的な?」
「なんだ常闇!全然興味ございませんみたいな顔してやがんのに、いつの間にかエロいことしたのかよ!」
およそ大人とは思えない峯田の喚きたてにちょっと黙れと耳ろうが叫んだ。そういう話だったか、とようやく合点がいった。確かに峯田が好むような会話にはさして参加をしたことはなかった。だが、別に潔癖ではないし、思春期の男が集まれてそういう話出るのはある意味自然だった。だから、全く興味がないかどうかでいえば、年頃の青少年なのだからあるにはあった。ただ、その興味の先が峯田とは違っていただけだ。もっと言えば、趣味嗜好そうだったわけではなく、気づけば同じ人をずっと見ていた。
「そうだな、お前が思うものと合致するかは分からないが、深淵に足を踏み入れたぞ」
メディア論で培ったポージングと表情で、峯田の期待に応えて回答をした。
「それ登ってんじゃなくて落ちてんだろ!てか、やっぱりなんかあったのかよ!」
「もうウッサいな!別にあってもいいでしょ!そろそろブリーフィング始まるよ!」
セロにテープで全身を巻かれ、じろうがずるずると引きずっていく。対戦から4年も経てば、表面上の復興はほぼ終わってきた。しかし、まだまだ手付かずの場所があるのも事実だった。広範囲での作業に複数の事務所がアサインを受けた。当時も常闇たちは復興作業に従事していた。あの頃は、人手が足りなかったことと再会できない授業の代わりでもあった。自分たちでは戦力のつもりだったが、プロになってみれば、当時は手伝いの領域を出ていなかったのだと理解できる。だが、今はもうプロとして現場にきている。卒業後、同級生とチームアップで会う機会はそれなりにあったが、一度にこんなに集まったのは初めてだった。卒業して、まだ2年経っていないいないのだから、高校時代を懐かしむには早い。しかし、こうやって昔のような雰囲気に戻るのは、それはそれで楽しいものだった。
峯田たちと少し距離を取りながら、ブリーフィング会場に向かった。瞼を閉じると、微笑むホークスの顔が浮かんできた。またか、と目を開け、ため息をついた。ブリーフィングはこれからで、雑談に弾んでたとはいえ、もう仕事の時間だというのに不甲斐ないと感じる。
まったく嘘はついてはいない。彼らと会わない間に、恋人ができた。峯田の思うところの『大人の階段』は登る前に自ら降りた。その意味で、恋愛経験が増えたとカウントするのは微妙なのかもしれないが、好意を伝え、相手に承諾をされて交際をしたのは事実だ。
恋仲の相手は、師と慕うホークスだった。そして、その交際期間は、たった三か月。それこそ、まるで高校生のような短さだ。順当な交際中、ホークスから度々そういった行為を予感させる接触があった。性的な接触を恋仲で必須とは思わない。だが、明確に友人知人との違いの特別な行為でもあると思えた。ホークスもまた、積極的に接触する人間ではないだろう。だからこそ、どこか無理をしているのでは、と常闇は感じたのだ。
いや、その無理は、行為に限ったことではなかった。常闇の想いと、同等とは感じられなかった。薄々と気づきながら、常闇は受け入れてもらった幸福を享受してしまった。だが、それはすぐに綻びが生じ、苦しくなった。そして、常闇から別れを切り出した。ホークスは何も言わず、承諾をした。
別れてから四か月経つ。別れを願い出たのに泣きじゃくる常闇をホークスは柔く抱きしめながら、元の師弟関係に戻ろう、と言ってくれた。泣き疲れて寝落ち、とまるで子どもみたいな行動を取った。明け方、ふと目を覚ました瞬間、ホークスは意識無くなる前と同じように常闇を抱きしめて寝ていた。もう二度とこの温もりを味わえないと思い、起きてないふりをしてもう一度目を閉じた。朝になったホークスは、いつも通りだった。ホークスは仕事だったから、早々の退散をした。また連絡するね、とふわと笑ったホークスの顔を、未練がましく何度も思い出してしまう。
言葉通り、ホークスと連絡は取っていた。しかし、いくら師弟関係だと当人同士が言ったとて、今の常闇とホークスは立場が全く違う。ホークスは公安委員会会長で分刻みのスケジュールで動いている。かたや常闇は、いくら世間で大戦の功労者と言われようと、ただの駆け出しヒーローだ。覚えることも多く、簡単にホークスに会えるわけでもない。そうなると、恋仲以前から、ホークスがどれだけ自分のために時間を調整してくれたのかと理解した。そして、今も時折なんでもないやりとりを、約束を守るために、してくれているのは紛れなく彼の優しさだった。
「常闇ちゃん考え事?」
声を掛けられ、はっとなる。気遣いの視線を向けられ、小さく首を横に振った。
「すまない、最近ちょっと業務が立て込んでたんだ」
「常闇ちゃんは飛びながら夜の任務につけるから、重宝されてるものね」
無理をしないでね、とにっこりと微笑まれ、感謝を口にする。高校時代から、彼女は相手を観察し、よく気づいてくれる。業務外のことを考えるだなんて未熟も良いところだが、図らずも彼女のおかげで身が引き締まった。
「でも、峯田くんのお話しとは違うけど、常闇ちゃん来月お誕生日だものね。当日はお仕事かもしれないけどみんなで会えるのを楽しみにしているわ」
寮生活の頃は、誰かが誕生日なら、その日は談話室でパーティーが行われていた。さすがに今は当日や全員で行うのは難しい、誕生日に近い日程で集まれる人で食事をしていた。10月は三人いるが、おそらく11月か、もしくは忘年会と集約されるかもしれない。
「そうだな」
二十歳か、と心の中でつぶやいた。
そういえば、交際期間の三か月、誕生日はもちろんイベントは何もなかったな、とふと常闇は思った。
夜明けが近くなってきた頃が勤務終了時刻だ。とはいっても、まだ10代だから、という理由でまだまだ夜間勤務の回数は多くなかった。夜の方が能力が発揮できるのは周知の事実だったが、それとこれとは別問題だった。ヒーローでなくてもあれゆる職業で夜勤は存在している。それこそ警察官だってそうだ。それでも、成人はしても法律上、酒やタバコが禁じられている年齢ゆえに回数制限をされていた。モラルというか監督者側の管理の事情だ。だが、それももう今日、正確には数時間前に終了した。
手近なビルの屋上に降り立って、業務用スマホで特段問題なかった旨を連絡する。交代で早番勤務についている先輩から、了解と返事がきた。降り立った場所から家が近いので、そのまま帰宅をしていいと連絡がきた。スーツの替えはまだあるので、ならば事務所には立ち寄らなくてもいいか、と常闇自身も決定した。
では、と私用スマホを手に取ればメッセージアプリに通知が溜まっていた。開ければ元同級生のグループに大量の通知が乗っている。それ以外にも個別に『おめでとう』のメッセージが並ぶ。常闇は本日、二十歳の誕生日を迎えた。職業柄、勤務体系はみんなバラバラだが、律儀なものできづいてかつ勤務中でないものが日付が変わった直後に誕生日のメッセージやスタンプを送ってくる。そして、みんな次々と続くのだ。お祭り好きの上嶋や足戸、葉隠あたりは一番最初に送ることに必死になるが、大抵は誰かに先をこされいる。驚くのは、あの爆轟もきちんと参加していることだ。スタンプ一つではあるが、根のまじめさがよくわかる。ただ、メッセージを皮切りに話題がどんどん移り変わっていっているのも容易に想像がつく。メッセージがきていることだけ確認をして、返事はゆっくりしようかと思い、スクロールをしていた。
新規通知が誰からなのかすべて確認が終わったところで、少しだけがっかりした。メッセージがないのは当たり前かもしれない。それでも、期待をしていた。関係が元に戻ったのなら、普通に誕生日のメッセージくらいきてもいいはずだ。だが、そういえば前も日付が変わるぴったりなんてきたことはなかった。日中どこか、多忙ゆえに翌日になる直前に慌てて電話がかかってきたこともあった。あと三分じゃん、と電話口で大笑いをしていた彼がいた。あれは会長になって一年ほどだったか。まだ常闇が高校生だった。慣れてきたからこそ、就任した年よりも彼は多忙になっていた。日付間隔がなくなってた危なかった、などとと笑っていたが、誕生日を覚えていてくれたことに常闇は胸の高鳴りが抑えられなかった。むしろそのまま、いつもより長電話をした。電話を切り際、明日ちゃんと起きてね、という響きがやけに柔らかく聞こえたものだ。眠気で思考がふわふわしていたからかもしれないが、なんだか機能よりも彼の声が耳に柔く響いたのだ。いま思えば、もうあの頃から、常闇は自覚なくともホークスに恋慕を抱いていたのだろう。
懐かしいな、などと思ったところで新しい通知がきて、操作する指がぴたりと止まった。
『仕事終わった?』
瞬きを繰り返して名前を確認する。間違いなく、ホークス、とあった。既読にできずにもう一度メッセージを確認する。これだけなら、仕事の要件かもしれない。開いてみれば、本当に一言だけだった。期待は捨て、冷静に返信をする。
『今しがた勤務終了した』
『おつかれさま。今から、ここまで来れる?』
メッセージとともに位置情報が送られてくる。示された場所に思わず眉間に皺が寄る。たしかにすぐ行ける。しかし、常闇がいるのは福岡でメッセージの主は東京にいるはずだ。なぜと思うが、本当に本人がいるのであれば直接聞けばよいこと。飛べば三分もかからないので、すぐに、と返信をして飛び立った。
指定の場所は開けた場所で、夜明けの今は誰もいない。返送もせず、会長に就任してから戦闘服に変わったらスーツ姿のホークスが一人佇んでいた。護衛がいる様子もなく、護身用の刀は背中にあるが、思わずため息が出る。
「お、ほんとにすぐだったね」
「なぜ、ここに?」
「視察して、海外と会議があったらか東京に戻らず福岡の別宅で参加したんだよ。移動のが面倒だったから」
九州に視察の予定があっただろうか、と頭を巡らせたが、会長のスケジュールを常闇の立場で全て知ることはできない。前は、それとなく言える範囲でホークスが教えてくれていたから知っていただけだった。
「まだ時間平気?腹減ってるよね」
「帰宅するだけなので、時間は問題ない。食事も帰宅後の予定だった」
じゃ、ついてきて、とスタスタと歩き始めた。慌てて追いかけていく。こんな早朝になんの店が、と周りを見渡した。ファミリーレストランのようなものも近くには見えない。スーツ姿のホークスの背を、常闇はじっと見つめた。少しばかりやせただろうか、と思う。時々連絡は取っていたが、対面で会うのは別れの日以来、もう五か月近くたつ。聊か緊張気味の常闇とは逆にホークスの態度は何も変わらないように見えた。その様子に、常闇の旨が少々傷んだ。
何回か角を曲がったところで、ホークスが立ち止まって振り返った。
「そこ」
指さした先には屋台があった。
「ラーメン?」
「そ、穴場だけど、めっちゃ美味いの。よく夜勤明けにきてたんだよ」
大人になって、早朝の飲食店には需要があることを知った。客層は、ホークスのように何かしらの夜勤明けや夜間工事の作業員、それから繁華街の夜の店の従業員。この場所も福岡の繁華街の外れだった。ホークスが手慣れた様子でのれんをくぐったので、常闇もならって屋台に入り、ホークスの横に座った。
「あれ、ホークス久しぶりじゃねぇか」
「ご無沙汰してます。仕事で近くにきたんすよ。期待の若手ヒーローにお勧め紹介しようと思って」
親指でホークスに刺され、常闇も小さく頭を下げた。
「ツクヨミと申します」
旧知の仲のようで、二人は軽快に会話を続けていく。インターン時代もそういえば屋台にも連れてきてもらったが、ここは始めてだった。ラーメンでいいね、という店主にホークスは頷いた。
「それと瓶ビール。グラスは2つね」
常闇はぎょっとしてホークスを見た。ホークスも常闇を見て、悪戯っぽく笑った。目の前に置かれた瓶ビールを取り、目線でグラスを取れと合図した。慌ててグラスを取るが、常闇は作法が分からない。記憶の中の、先輩たちの飲み会の席を思い出しながら、両手で持ってホークスに向けた。
「飲めるでしょ、今日から」
ホークスの言葉に、どきりと心臓が鳴った。
「…覚えていたのか」
「そりゃもちろん。毎年お祝いしてたじゃん」
グラスがいっぱいになると、ホークスが自分の分を注ごうとしたので、あ、と常闇が手を伸ばした。
「俺がやります」
「お酌してくれんの」
「注ぐだけなら職場でもやりました」
「わ~大人」
そうは言ってみたが、緊張からか上手く注げなかった。バランスよく泡ができている常闇のグラスと比べて、ホークスのグラスには泡がほとんどなかった。すみません、と謝れば、ホークスが笑った。
「大人になっちゃってって思ったけど、慣れてなくて安心したよ」
大笑いの後に、すうとホークスが笑顔を整えた。
「二十歳、おめでとう。ますますの活躍を期待しているよ」
目の奥が、ツンとした。
「ありがとうございます。ご期待にそえるよう、変わらず精進します」
チンというグラスの音が、耳に響いた。
「ごめんね、せっかくの誕生日なのにこんなところで」
「こんな店で悪かったな」
悪態をつきながら、誕生祝いだ、とつまみ用のチャーシューが目の前に置かれた。
「いえ、とんでもないです。ホークスの馴染みの店を教えて頂いて光栄です」
「聞いてくださいよ、ツクヨミ良い子でしょ~」
現役時代を彷彿とさせる軽快な口調での店主とのやりとりに、インターンの頃を思い出して常闇の口角が上がった。
「ほら、笑ってないで早く飲みなよ。あ、本当にお酒初めて?」
どこから取り出したのか、ホークスは常闇のグラスに短めのストローを指した。あんまり気分出ないかもしんないけど、と言いながらもそのままだと飲みづらかったので、礼を言った。
「幼少期にお屠蘇を舐めたことはありますが、ちゃんと飲むのは初めてです。未成年で飲んで何かあっても大変でしたから」
ただでさえ雄英高校ヒーロー科は目立つ存在だ。入学後、5月の体育祭の時点で全国に顔が割れる。加えて、常闇たちの学年は、ちょっとした有名人だ。もとより未成年で禁じられていることに興味はなかったが、生真面目に守っていたのも事実だ。プロになって、酒席に同席する機会は増えた。どんな味だろうかと考えたことはもちろんある。一口吸ってみれば、苦みが口の中に広がった。
「変な顔してる」
自分のグラスはさっさと煽って、ホークスがニヤニヤとしながら常闇を見ている。
「せっかくの祝いの酒なのに、すまない、その」
「苦い?」
「…はい」
素直に頷けば、またホークスは楽しそうにゲラゲラと笑った。すると客が数人入ってきた。ホークスじゃないか、と一様に反応し、ホークスもお久しぶりでーす、と返していく。横にいるツクヨミにも当然が視線が映ったところで、ホークスが常闇の肩を腕で引き寄せた。
「ツクヨミでーす。期待のニューヒーローで、今日から二十歳なんで、これからバンバン夜の街の取り締まりするようになるんで、よろしくお願いしますね」
「ホークス?!」
突然の紹介に常闇は目を白黒とさせる。何人かは、大戦の思い出したのか、ああ、あのなどと盛り上がり始めた。彼らとホークスは軽妙にやりとりをする。そして、ツクヨミが誕生日という話に戻り、ホークスと同じようにこんな店で、と大笑いをしている。目の前の光景に眺めていると、不意にホークスの口が耳元に近づいた。
「左端の人がこの辺のホストクラブの元締め。横は一応カタギの仕事してるけど、あっち方面との人脈がある」
それから、と、密やかな声で人物紹介が続けられていく。ようやっとホークスがどうしてここに来たのか、常闇は理解した。ホークスを見れば、にっこりと笑った。
「夜を主戦場にするんでしょ?残念だけど、夜の街はキナくさい話が絶えないからね。彼ら違法なことはしてないけど、色んなルートをもっている。言って意味はわかるね?」
「人脈、それから情報、ですか」
「正解。どんなに自分の実力が上がっても、情報収集ができないとやれることはできない」
ぱっとホークスが離れていく。つまり、ホークスはこの場で自分が懇意にしていた裏社会に繋がりのある人物たちを常闇に引き合わせたのだ。二十歳を超えた常闇が、ようやく本来の実力が発揮できる夜間の活動が増えると見越してのことだ。
「じゃ、とりあえずグラス一杯は頑張ってみよっか?」
忘れかけていたグラスのことを思い出され、ぐっと息を詰めた。その様子に周りもまた一緒になって囃し立て、ついでにホークスがそこそこに飲まされていた。
「本当に送らなくていいのか?」
「平気平気。これくらいで酔わないし、酔っ払い飛行怖いし」
「それこそ、あれではさすがに酔わない」
「A組に子たちとお祝いはしないの?」
「酒席は、全員が二十歳になったらやろう、と約束している」
「そっか。相変わらず君たちは仲がいいね」
登り始めた太陽が、並んで歩く二人の長い影を作っていた。あのあと、なんとかグラス一杯を飲み干し、ラーメンを食べた。味の濃いラーメンが夜勤明けの身体に染みわたった。ホークスもまた横でよく笑いラーメンを啜っていた。リラックスして楽しそうな様子は、やはり4年前、インターンの頃のホークスを彷彿とさせた。あの時は、業務の後、ホークスが訓練に付き合ってくれていた。本場のラーメンを知らないのか、と連れていかれたのだ。同じように、疲れた体に塩気が丁度よかった。そして、ならんで飛んで帰った。
何度見ても、ホークスの背には羽がない。羽があった頃も、並んで歩いたことはある。全開の翼はホークスの身体より大きく、影はホークスだけでなく常闇の身体もすっぽりと隠していた。その大きな翼で作られる影に、黒影が喜び、昼間でも腹から出てきていた。日傘じゃないよ、と笑いながらもホークスは黒影が纏わりつくのを許していた。
「記念すべき二十歳の誕生日の席が屋台でごめんね?もっと洒落た店にするべきだったんだろうけど」
「いや、俺の顔を売るためだったんだろう。感謝する。それに、忙しいところ時間を調整してくれたのだろう」
「はは、まじで良い子だ、ツクヨミは」
笑うホークスは、あの頃と一見代わりないように見える。ぴたりと常闇は足を止めた。三歩先に進んでいたホークスが止まったことに気づき、常闇を振り返った。
「それに」
ぐるぐると色んな思いが交錯した。
「これまでで最上誕生の祝いだった」
まっすぐに前をホークスを見た。伸びた影は僅かに逸れて、重ならなかった。
「おおげさ」
眩しさにホークスが顔を歪めた。
「お酒たってさ、もっと飲みやすいのもあるじゃん」
ホークスが太陽から逃げるように目を閉じた。
「君の好きなリンゴ味のカクテルとかさ。今度、機会があったら、バーとか行こうね」
ぜひ、と去年の自分なら言えた。4年前の自分なら、被せ気味に承諾し、いつならいいのかと迫ってホークスに笑われた。
貴方の誕生日ではダメですか。
その一言は、どうしても口に出せなかった。