金色が重なる(仮)「お前、なんなの」
静かなのに、その一言で空気が変わったようだった。
何か、言わなきゃ。だけどなんて?
そもそもなんで煉獄さんがここに来たのかも分からないのに?
「善子のことさらいたくなるほど気に入ったのか?
どこを?身体?」
「君と話す気はない」
「…へぇ、抱くうちに情が湧いたんだ?」
「…さぁな。君がそうならそういうことにしておいたらどうだ」
顔を歪ませた天元さんは、吐き捨てるようにその言葉を口にした。
「んなわけねーだろ。
俺は『穴』でしかねーやつに情なんか湧いてねぇけど?
お前と違って一途だからな?」
―心臓が、止まりそうだった。
だって、…だって。それが、煉獄さんが一番怒る言葉だって私は知ってる。
今、炭子のために怒る煉獄さんを見たりなんかしたら―。
もう、自分がどうなるかも分からない。
「…そうか」
でも、静かにそう呟いて。
驚く天元さんの横を通ってしゃがんだその人の、純真な眼差しが真っすぐ見つめてくる。
あぁ、どうか。その目をずっと外らさないで。
「―善子」
初めて呼ばれた名前に涙が出そうだなんて、こんな感情初めて知った。
「俺と、一緒に来るか?
…どうか頷いてくれたら嬉しい」
涙で目の前が滲む。
それでも分かるように、今の言葉を取り消されないうちに必死に頷き涙を拭った。
甘えたりしないから。試すような真似も、裏切ることもこの人には有り得ない
。
ただ、そばで笑ってくれたならそれで。
泣きそうな表情で、小さく微笑んだ。
その手をとってゆっくり立ち上がる。
…たとえ、幸せになんてなれないとしても。
「善子…?なん、で…。お願いだ、待って―」
☆
『別に、本当にどちらでもいいんだ。
君のそばで眠って君といられるならそれだけでいい』
歳をとって性欲も衰えてきたんだろうか。
「…今失礼なことを考えなかったか」
「いや、別に」
慌てて視線を逸らそうとしたのに、存外素早いその手に顎を掬われてしまう。
燃えるような真っ赤な瞳が何を懸想しているのか、最近やっと分かるときが増えてきたのに。
「そんなにお望みなら応えなくもないつもりだが?」
そのまま彼の下半身へと持っていかれた手に触れたそれに、驚きすぎて心臓がまろび出そうになってしまった。
「な、なな…ッ!あんた、そん…っ、え?いや、…っは?!」
「なんだ?何かおかしいことを言っただろうか」
「な…っ、だって…っ!最近、そんな…、そぶり…っ」
「君に心の中で年寄り扱いされてたなんて心外だ。
衰えるにはまだ早すぎると思うんだが?」
…全部、全部顔に出ていたらしい。
久しぶりに見る心底楽しそうな顔が憎らしくてたまらないのに、嬉しいと思ってしまうこの気持ちはせめて隠し通したい。
「それはごめんなさいね…っ!
…でも、」
本当は、私も同じ気持ちなんだって―。
その美しい顔に語りかけるよう目を見つめたら。
そうしたら、きっとこの気持ちも届くのだろうか。
「それは、…嬉しい、な」
ポツリと、からかう表情がなりを潜めて寂しげに変わる。
まるで小さな子どもみたいに。
「おいで」
彼の『一番』が聞けるその優しい音を、できるならこれからずっと私だけが独占したい。
まだ素直に甘えるのは難しいけれど、
それでもこの特権を糧にするべく彼の逞しい腕にお揃いの金髪をすりつけ、その胸の中眠りについた。
☆
「きょう?それか、名字からとってれん、とか?…でも名字からとるっているのも…」
一人でブツブツ言っていると、頬杖をついていた彼の細められた目に気がついた。
「フッ」
…しかも笑われてしまう。
もう、なに!?なんか馬鹿にしたような笑い方だったし…!
「れん、がいいな」
ちょっと!って今まさに口を開けようとしたタイミングで降ってきた言葉が予想外すぎて、怒りを忘れて見つめてしまった。
半分冗談で上げた候補だったのに。
「君だけの呼び名ってかんじで、好ましい。名前でよばれることが多かったから。
それに名字であだ名をつけるなんて変わった奴は周りにいなかった」
すみませんね、変わった奴で。
でも続けられた言葉はさらに予想外で。
そんな、そんなこと言われたら余計に怒れなくなってしまう―。
おそらく赤くなってしまっている頬を包み込まれて珍しく甘い瞳で溶けてしまいそうな視線を向けてくるから、いたたまれなくて何も考えず言葉が出てきてしまった。
「そりゃ、炭子は名前で呼んでましたしね?!杏って呼んでたのも聞いたことありますよ、情事のときだけ!」
言ってから後悔するなら言わなきゃよかったのに。
言ったそばから自分の言葉にダメージを食らって泣きたくなる私はなんて馬鹿なんだろう。
それでも、そうやって二人で約束してたのか、とか、そんなところを可愛いと思ってたのか、とかどんどん考えたくないことが頭の中に溢れてくる。