恋とはどんなものかしら(浜三木編)①「恋、か」
田村三木ヱ門は、考え込むように呟いた。と、いうのも、他でもない自分の大事な同室の友人こと浜守一郎がそのことについて尋ねていたからである。
所謂男女交際やら、おそらくずっと共に進級してきた同級生が思いを通わせたであろう直近の出来事やら、彼が興味を持っていたのはそういう事だというのは分かっている。
(火器のことならば、いくらでも話してやれるのにな。)
初めて、火器に出会った時の感動や胸の高鳴り、興奮から熱くなった自分の頬の感覚など、それは世間で一般的に言われている恋の症状に近しいものだった。けれど、それが本当にそうかというと、違っていることも理解していた。
(守一郎の力になりたいのに。)
そう思いながら、日課であるユリコを磨く手はいつの間にかとまっていた。
いわずもがな、自分がそこそこ浮いている、という自覚はあった。けれどそれを問題にしたこともなかった。自分の好きなものも、自分のことも信じていた。
だから、理解されなくとも寂しくもないし、それで平気だった。ひとりでも。
(でも、守一郎はそうじゃないだろう。)
自分に関しては、自分の好きと協調を天秤にかけて、孤独の方を選んだ。間違えた選択だったと思ったことは無いし、滝夜叉丸も喜八郎も同じようなタイプであったため、三つの孤独はなぜだか寂しさを麻痺させてもいた。
でも、守一郎には選択肢はなかった。彼が生まれてから、目の前に横たわる環境はあまりにも理不尽で冷たかった。真面目で、優しくて、従順で、だからそこにあり続けるしかなくて、ひとりぼっちの籠城をして、南蛮鉤を片手に誰かと繋がりたがっていた。
しかも、それを苦にすることはなく、「俺は恵まれてるよ」と自身に話していた。
「どうしてそう思う?」
「だって、それがあったから出会いがあって、今、忍術学園に通えているんだから」
だから、三木ヱ門、泣かないでくれ、そう守一郎が困った顔で笑っていた。その時に初めて自分が彼の話を聞いて泣いてしまっていることに気づいた。そして、孤独だった彼が、残りの人生でとびきり幸せであるようにと強く願った。
だからこそ、全てを叶えてやりたいと思った。
「それにしても、困ったな」
ユリコ、どうしたらいいと思う?と尋ねても、石火矢は応えてくれはしなかった。今日は少しご機嫌が良くないのだろうか、と思いながらも手に持っていた布巾が黒ずむほど磨き続けた。
「話や、教えてやることも出来ない。それに体験させるったって…」
くのたまの誰かと、なんて有り得ないと思った。だって「恋」とはそういうものでは無いし、ごっこ遊びのようなものをしてもらうにしても「恋人ごっこ」をしてくださいなんて不躾にも程がある。
それに、きっと守一郎はとびきり素敵な人であるため、女の子は「本当に」好きになってしまうに違いない。でもその時に、守一郎がその子を好きにならなかったとしたら余計に拗れてしまうだろうし、自分もそれを解決してやれる気はまったくしなかった。
ふむ、ともの思いにふけっていると、ふと、ピカピカのユリコの体躯に自分の顔が反射して
あることを閃いた。しかし、そのためには第一に守一郎に確認しなければならないことがあった。
「ただいま」
「三木ヱ門、おかえり!」
長屋の戸を開けると元気のいい挨拶が聞こえた。この声が聞こえる度に胸の当たりが暖かくなるような感覚がして、自然と口角が上がる。そしてつい、自分も少し大きな声でもう一度「ただいま」と繰り返してしまうのだ。
例に漏れず、今日もそう返事をして、それから善は急げ、と守一郎の前に話をするべく座り込んだ。
「守一郎、話がある」
「話?どうしたの、三木ヱ門。」
「守一郎はさっき、恋はどんなものかと尋ねていただろう?」
そう切り出すと、守一郎はまるで火が移った炭のようにみるみると赤くなった。そして頭から湯気が出ているようにみえるほどだった。
しかし、三木ヱ門も三木ヱ門で、その様子を気にとめることもなく、自分のしたい話をつづけることにした。
「なんというか、それについては、もう大丈夫で……」
「気になっているなら大丈夫ではないだろう!それは、なんだ、定義のようなものが知りたいってことなのか?」
「いや、そういう難しいことじゃないっていうか……」
ゴニョニョ、と言葉を濁そうという守一郎の意志をまったく汲まず、三木ヱ門はじっとその言葉の続きを待っていた。その様子から引く気がないらしいというのを察した守一郎は頭を搔きながら言葉を捻り出していた。
「俺、はさ、ほら、三木ヱ門も知ってるように、恋とかする相手に出会う環境じゃなかったから、全く分からないし、初恋とかもまだで。」
「うん、ちゃんと聞いてるぞ。」
時折、不安げに三木ヱ門を見てくる守一郎に相槌を返すと、少しだけほっとしたような表情が見えた。だから、彼が目を上げた時に安心出来たらいいとじぃっと見つめたままでいた。
「感覚、というか…さっき三木ヱ門が言ったみたいな難しい話とか急いで恋したい!みたいなことじゃなくてさ、どんな感じなのか知りたかっただけなんだけど……」
「うん…ん?」
話しかけで、言いたいことが終わったのかと思ったが、何故かさっきまでこちらを伺うようだった守一郎の真っ黒な虹彩が、じっと自分を見たままで止まっていた。反射して自分の姿が映る様はまるでユリコみたいだな、なんて思いながら首を傾げると、守一郎も不思議そうな三木ヱ門の様子に気づいて「ごめん」と照れたように笑った。
「なんか、俺をみてる三木ヱ門の目がおっきくてこぼれそうだなって思って。」
そうか、と返した後に、三木ヱ門は名案を閃いた。「はっ!」と派手に声が出たため、今度は伝染ったように守一郎が不思議そうに目を丸めている。
「守一郎、目が大きいのは好きか?」
「ん?うん、三木ヱ門らしいよね。」
「いや、今私の話はいい。いや、よくはないんだが。それで守一郎、タイプは?綺麗な方がいいのか?かわいい方がいいのか?」
「えぇ?まだその話だったの!?」
「大事なことだ!答えによっては良いことを思いついたかもしれない!」
「えぇ……えっと……」
一度はひいていたけれど、三木ヱ門の質問のせいで再度赤くなった頬を掻きながら、守一郎は考える素振りをみせて、「まだよくわからないけど」と前置きをしてから三木ヱ門へと返事をした。
「かわいい、方が、好きかも」
「やったー!!」
守一郎の返事を聞くやいなや、三木ヱ門は両手を天にあげて大きな声で喜んでみせた。その様子に困惑と驚きを隠しきれない守一郎は思わず同じぐらいの大声で「三木ヱ門!?」と呼びかけたが、当の本人はルンルンとした様子を隠すこともなく守一郎に向き直った。
「百聞は一見にしかず、だろう」
「そう、だね」
「だからだ、恋ってやつを聞くってより実践をして理解すべきだと私は思ったのだ」
「実践!?いや、そういうのは違うんじゃないかな?ほら、好きってなろうってなるものじゃないっていうかさ…」
「そう難しく考えるな守一郎。私が言いたいのは本当に男女交際をしろって話をしてる訳じゃない。生半可な気持ちでは女性にも失礼だからな。」
「じゃあ何が言いたいの?」
本当に分からない、という表情をした守一郎に向かって、三木ヱ門はふふふ、と得意げに笑ってみせた。
「私はな、忍術学園のアイドルであり、忍術学園一プリチーだと言っても過言ではない。」
「?そうだね、三木ヱ門はかわいいと思うよ」
「そこでだ、守一郎。ちょうどいいとは思わないか?」
「何が?」
まだ意図に気づいていない様子の守一郎の両手を握ってみせた。けれど彼はまだ目の前で首を傾げている。お前のタイプの「かわいい」人、はこんなにも近くにずっといたというのに。
「私と付き合おう。恋人ごっこだ、守一郎!」
「はあ!?」
なんだ、ユリコはきっとずっと教えてくれていたんだ。やはり、守一郎にとって一番頼りになるのは他の誰でもなく、田村三木ヱ門、自分なのだと。