その先の何処かへ「……お前は、何処を見ている……」
不意にそう問われて、私は声の主のである隣に立つ鍾離先生へ顔を向けた。
「俺には見えない何処を、お前は見ている?」
お昼過ぎに璃月の街中で買い物したりして、時間が久しぶりにあるな~なんてぶらぶらしていたら偶然鍾離先生と出会って、天気がいいこの時期は特に景色が綺麗だから、と、時間もあるならと誘われて一緒に来たところは、璃月でとても高い頂の上。
丁度、オレンジ色の空と海とが繋がって水平線を色の中に溶かし込んでいる時間帯だったこともあって、私はオレンジが溶けたその先の遠くを眺めていた。
あのオレンジ色が続いている何処かに見つけなければいけない何かがあるはずなのに、私はそれを思い出せなくて、でも、そこに辿り着かなければいけないのにそこが何処なのかわからない焦燥感が時々私を包み込もうとして来るのを振り解きながら、それでも、確かにそこに近づいているささやかな実感しかなくて、ちゃんと目に見える形として成せていないのがもどかしい。
青い空と海がオレンジ色に染まっている風景を眺めながら、そんなことを考えていたのが伝わったのだろうかと、私は少しだけ目を見開いてから、パチパチと瞬きをした。
「お前の瞳の先が潰えた……のかと思ったが、違うな。何を見ている。そこには何がある? 何を選ぼうとしている? 溶けて消えた視線の先には何が。俺にはわからない」
鍾離先生がじっと私を見つめてくる。
いつもの、天然的なお惚けとかじゃなくて、ちゃんとした、真摯なその瞳がオレンジの光を受け入れて、いつも以上に金色がもっと溶けた飴色のように濡れた感触を携えている。
綺麗な、色。
ずっと、長く生きて、色々経験して、知っていることもたくさんあるはずの鍾離先生でもわからないことがあるのかということよりも、何故、気にするのだろうかという方の驚きが大きかった。
私は少しだけ頭を振った。
閉じていた唇を開いて声を出そうとしてみるのだけれど、自分自身でもわからないものを言葉にすることは出来ないから、答えられない意思表示しか出来なくて、唇を閉じた。
「…………そうか」
ふわりと風が吹いて来て、鍾離先生の前髪のひと房ひと房が静かになびいて、鍾離先生の両の瞳を隠してしまうように揺れた。
あっと思った時には、鍾離先生の右手が静かに上がって、私の頭頂部に乗せられる。
急にそんなことをされて、なんだろうかと私は不思議顔になって、鍾離先生を見返した。
「?」
「…………お前はいつか……」
鍾離先生の顔が翳っているのか、辺りのオレンジ色が暗い群青に色を変えていっている所為なのか、鍾離先生の表情が見えなくなってしまった私は足を少しだけ踏み出して距離を詰める。
何か鍾離先生が言ったはずなのに、言葉が良く聞こえなかったから、距離を詰めたままで爪先立ちになって耳を傾けようとしたら、私の頭頂部にあった鍾離先生の手が髪を伝い滑り落ちてきて、項へと移動するとそのまま引き寄せられた。
「……いくの……だろう、な。……――」
呟くような鍾離先生の小さな声と言葉が、私の耳に届いたときには、私は鍾離先生の腕の中で強く抱き締められていて、続く言葉までは耳に届かなかった。
「……――俺は靉靆というのに…………」