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    rinne_bl

    @rinne_bl

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    rinne_bl

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    原神リオセスリ夢
    稲妻出身の元忍者の部下が初めてリオセスリにお茶を入れる話

    時系列はリオセスリ管理者就任~公爵位授爵あたり
    魔神任務、伝説任務のネタバレは(多分)ありません
    現時点で恋愛要素はありませんが、リオセスリ×夢主に繋がります

    #gnsn夢
    #リオセスリ
    Wriothesly
    #男主
    maleLead
    #not旅人
    notTraveler

    「その時はまた、僕にお茶を入れさせてください」 かつてのメロピデ要塞の地獄のようだった体制をひっくり返した新たな管理者、リオセスリは要塞の全てを掌握していると畏怖されているが、本人曰く「目も耳も2つずつしかないのだから全てに目を光らせるなど出来るわけがない」と笑うのである。
     しかし、彼の元にメロピデ要塞を見張るもう1人の目と耳が居ることはあまり知られていない。


      
    「失礼します。リオセスリ様、依頼のあった調査の件で報告に参りました」

     執務室の螺旋階段を上がってきた看守がきびきびと挨拶をする。

    「ああ、ご苦労。今紅茶を入れるから少し待ってくれ。だがその前に……」

     看守を一瞥したリオセスリが立ち上がる。紅茶を入れるためかと思いきや、は茶器の仕舞ってあるキャビネットに向かうのではなく看守の前に立ち塞がった。

    「あんたはじゃないだろう?」

     張り詰めた空気の中、探り合うような視線が交差する。わずかな沈黙の後、動いたのは看守だった。

    「…………はぁ、降参です。また僕の負けですか……」

     ため息をついた看守が俯いて顔を拭い、制帽を脱ぐと髪ごと外れ、その下から異なる色の髪が現れた。気に食わないといった表情で制帽を弄ぶ姿は、顔立ち、髪、肌のすべてが全くの別人だった。
     
     彼の名前は夜一やいち。稲妻出身の元忍者である。
      
    「ははっ、これで三連勝だな。明日のアフタヌーンティーは……そうだな、カフェ・ルツェルンの日替わりスイーツにしてもらおうか」
     
     なんのことは無い。これは執務室にやってきた夜一の変装を見破れるかどうか、というちょっとしたお遊びである。そして負け越している夜一は次のアフタヌーンティーのために水の上まで使いっ走りをさせられるのが続いている。

    「肌の色まで変えたのになんでわかるんです?」
    「それを言ったら勝負にならんだろ」
    「それはそうですけど……ほら、後学のために」
    「心配しなくても普通の人間にはわかりゃしないさ。それより報告があるんだろう?」

     リオセスリが喋りながら準備をしていたティーセットを応接テーブルに置いてソファに座ると、夜一もその対面に腰掛け報告を始めた。

    ――

    「ではこれで。僕は引き続き調査を進めます」
    「ああ、頼んだ」

     カップをソーサーに戻した夜一は、一足で高く跳び上がったと思ったら音もなく姿を消した。気配すらなくどの方向へ行ったかもわからない。

    「……やっぱ忍者っておっかねえな……」

     あれが味方でよかったとリオセスリはため息をつき、残りの紅茶を飲み干した。


     
    ――――――――――

      

     フォンテーヌ人にとって忍者とは精々が空想小説の存在で、空を飛んだり地面に潜ったり、はたまた他人に化けるとか数十人に分身するとさえ思われている。まさか本物が存在して、それが水底で囚人の監視をしているなど誰が思うだろう。
     そんな空想生物に等しい忍者の夜一がフォンテーヌにやってきたのは、最初は任務のためだった。

     夜一は稲妻幕府に仕える忍で、罪を犯しフォンテーヌに亡命した役人の抹殺を命じられていた。その標的がメロピデ監獄に居ることを突き止め任務を遂行したが、リオセスリに制圧されその場で取り押さえられたのである。
     しかしこの時点で稲妻は鎖国しており、それを知った夜一は帰ることを諦めた。実の所夜一の海外任務は上層部の都合の悪い事情を知りすぎた彼を追放するための罠だったのである。祖国に裏切られた夜一はメロピデ要塞に留まり、その後紆余曲折あってリオセスリの部下となったのだ。

     紆余曲折と一言で表すものの、リオセスリと夜一の関係構築は用意ではなかった。なにせ方や罪人を御する監獄の主、方や人を欺き闇に葬るのが仕事の忍。相性が悪いなんてものじゃない。
     しかしリオセスリは『信用できないが利用する価値はある』と夜一の能力を評価し、牽制や腹の探り合いをしつつ要塞内の調査を依頼する殺伐としたビジネスパートナーとなった。
     そこから長い時間をかけて腹の底まで探り尽くして、それでも残った誠意を確かめ、ようやく信頼関係と呼べるまでになったのだった。



     ――――――――――



    「…………これは……?」

     リオセスリの執務室に呼び出された夜一は、目の前に置かれた茶缶をきょとんとした顔で見つめた。それはフォンテーヌではあまり見ない意匠の、むしろ夜一に馴染みさえあるもので、つまるところ稲妻の茶葉だった。
     それもご丁寧に化粧箱に収まっており、印字されたブランド名は幕府の上級役人が好んで送りあっていた高級品だと記憶している。

    「褒賞さ。あんたのおかげでロシの大規模な流通ルートを潰せたからな。流していた連中も揃って懲罰房にぶち込めた」

     このところ要塞内でロシが出回っており、その調査を任せられたのが変装や話術に長けた夜一だった。夜一はロシを求める囚人を装って売人に接触し、そこから売人グループの拠点、ロシの倉庫、便宜を図った看守、仕入れルート、更には取引をしていた水上の密売組織まで特定してみせた。
     その働きにより問題のあった囚人グループと一部の看守を一掃し、要塞にばら撒かれるロシの大元を断つことができたのだった。

    「報酬ならすでに特別許可券を貰っていますが……」

     怪訝そうに首を傾げる夜一に、リオセスリは呆れたように頭を搔く。
     
    「はぁ……あんたときたらいつもこうだ。いい働きをした奴には褒美をやるべきだ。なのにあんたときたら欲しいものは無いというし、特別許可券もモラもいくらやってもろくに使っていないだろう?だからこっちで勝手に選ばせてもらった」

     確かに夜一は『任務遂行を第一とすべし』という忍の教えに従い趣味や嗜好品に関心を持ったことはなく、欲しいものを聞かれてもピンと来ない。報酬として特別許可券の上モラも貰ってはいるが、生活必需品以外は装備品を新調するくらいで貯まる一方だ。
     欲しいものがないのだからわざわざ与えるなんてしなくても良いのに、そんな自分にくれてやるには過ぎた品だと思う。
     
    「しかし、こんな高価なものを……」

     夜一の目が狼狽えて手元の茶缶とリオセスリをいったりきたりするが、リオセスリはずっと仕方の無い奴とでも言いたげな表情のままである。

    「あんたがあれだけの成果をあげたのに、何も褒美がないなんて広まったらそれを聞いた奴らはやる気をなくすだろ?褒美ってのは平等に与えられるべきだ。わかったら何も言わずに受け取ってくれ」
    「……そういうことであれば、ありがたく頂戴します」

     丸め込まれたような気がしないでもないが、体面上必要というのであれば受け取らないという訳にもいかない。
     夜一は礼を言って自室へと引き上げた。


      
     ――――――――――



     食堂から借りてきたケトルで茶を入れる。潜入任務で高官に接することも多かったので入れ方は覚えている。もっとも暗殺のために覚えた技術だが。
     こぽこぽと注がれる薄緑の茶から香り立つ匂いはずいぶんと久しい。口に含むとまろやかな甘みとすっきりとした苦味が広がる。瑞々しい青葉の香りが鼻の奥を抜けるが、それは青臭さとは違いただ初夏の風のように爽やかであった。 

    「おいしい……」
     
     茶の味など覚えていないと思ったが、馴染み深いその味はするりと心に入り込み、記憶に染み付いた情景を思い出させた。
     
     陽の当たる昼下がりの縁側
     眠れぬ夜に微睡みの外で鳴っていた遠雷
     風に巻き上げられる無数の紅紫の花びら
     遠くに聞こえた祭囃子と提灯の明かり

     道具に徹して感情を殺していた頃の記憶はただの情報であり、そこに感情は伴わない。だというのに、魂に焼き付いているかのような情景に胸が締め付けられるようにキュウと痛む。きっと人はこれを郷愁というのだろう。
     胸に感じる甘やかな苦しさを味わうように、一口、また一口と茶を飲み下し、気づけば杯は空になっていた。高級品とはいえたかが茶と侮っていたが、非常に満たされた時間を過ごせた。
     
     これを味わうには借り物のケトルとひび割れたカップでは申し訳が立たない。きちんとした茶器の1つでも揃えるべきだろう。どうせモラは有り余っているのだから、水の上でふさわしい茶器でも探してみようか。

     勢いのまま次の休みに珍しく水の上に向かい、フォンテーヌ邸を歩く。正式なリオセスリの部下となり自由な外出を許されてからそれなりに経つが、私事で水の上を歩くのは初めてかもしれない。
     
     訪れた店で見つけたのは青白磁の茶器で、柔らかい白色にほんの少し青みがかった淡い色合いが目に留まった。きっと稲妻茶の柔らかい緑色が映えることだろう。価格はそれなりだったがこれまで溜め込んだモラからしたら特に問題はない。むしろ今使わずいつ使えというのか。

     満足のいく買い物にほくほくとした気持ちで要塞までの道を歩く。そんな中ふと横切った考えに足を止めた。
      
    (リオセスリはこれを飲んだことがあるのだろうか)
     
     無類の紅茶好きの彼だが異国の茶に興味はあるだろうか。この茶を送ってくれたのは彼だが、鎖国状態の国の品をいくつも買えるとは思えない。ぜひ彼にも味わってもらいたい。

     リオセスリは夜一にとってかけがえのない恩人だ。

     どうせ誰も彼も己を道具として使うのだと人間不信に陥っていたとき、対等な取引を持ちかけ尊重を示してくれたたこと。感情を殺し殺人の道具となった夜一に人としての在り方を思い出させてくれたこと。過去に起こした罪の重さに潰れそうになったときに寄り添ってその背を支えてくれたこと。挙げればキリがないほど、彼がしてくれたことは多くある。
     リオセスリがいなければ夜一は今頃、ろくでもない組織に拾われて末端として使い潰されていたか、もしくはどこかの裏路地で野垂れ死んでいただろう。

     アフタヌーンティーに出してみようか。お茶会で出すなら茶菓子も必要だろう。ああでも稲妻が鎖国してるから食べ物を買うのは難しいかもしれない。レシピがあれば作れるだろうか。
     あれこれと発想を巡らせ、笑みをうかべながら夜一は軽い足取りでメロピデ要塞へのリフトに飛び乗った。



     ――――――――――



     夜一は浮かれていた。

     久しぶりに味わった祖国の茶があまりに美味しくて。嫌な思い出を抜きに感じた郷愁があまりに心地よくて。
     
     でなければリオセスリに茶を入れるなど、ましてや自作した茶菓子を添えようなどと思うはずがない。

     リオセスリは大胆なようで用心深い男だ。その賢さと用心深さがあったからこそ、罪人のひしめくメロピデ要塞で生き延び、管理者の座まで上り詰めることができたのだろう。否、そうならざるを得なかったのだろう。
     対して夜一といえば、人を欺くのが仕事で、リオセスリの領域に入り込み、殺人を犯して捕まった。今は部下となっているが、かつて敵対していた要注意人物と言ってもいい。
     
     そんな人間が差し出したものを口に入れられるか?……確実に無理だ。

     試作を重ねて満足のいく出来になった茶菓子を前に、ふと冷静になってしまった。持っていく前に気づけてよかったと胸を撫で下ろす。作った菓子は自分で消費するとしよう。

    「夜一くん」
    「っヒャイッ!?」

     背後から声を掛けられ、持ち運び用に紙袋に入れていた茶菓子を咄嗟に隠す。

    「はは、こんな簡単にあんたの後ろを取れるなんてな。何か考え事か?」
    「り、リオセスリ……いえ、その、そうですね、少しぼーっとしてました」
    「へえ、そうかい。ところでその隠してるものは何だ?」
    「別に、何も……」

     隠しているものを見透かしているかのように距離を詰めるリオセスリに思わず後ずさってしまう。動揺を隠せなかった時点でこちらの負けである。いや、気配に気づけなかった時点で終わっていた。

    「ほう?あんたが俺に隠し事ができるとでも?」

     壁際まで追いやられ、顔のすぐ横に手をついて上からのしかかるように覗き込まれる。縫い止めるように鋭い薄氷の瞳がじっと見つめてくるのに耐えきれず、後ろ手に持っていた紙袋を突き出した。

    「う……っ、わかりました言います言いますから!」 
     
     夜一がリオセスリには隠し事をしたくないというのをわかって言ってくるのだから、タチが悪いとしか言いようがない。

    「……これは?」
    「栗ようかんという……稲妻の菓子で…………僕が、作りました」

     紙袋を受け取ったリオセスリはその中を覗き込み、怪訝そうな顔をしている。それもそうだ。フォンテーヌでは馴染みのないそれは板切れか粘土板にしか見えないだろう。罪を認める罪人のような心持ちでそれが何かを答えた。

    「菓子?」
    「あなたから貰った茶があまりに美味しかったので、あなたにも飲んで欲しいと……次のアフタヌーンティーにどうかと思い……」
    「ほう?」
    「……茶会にするなら菓子も必要でしょう?稲妻は鎖国中で菓子の輸入などないので、簡単なものなら作れるかと……」
    「なるほど?」
    「…………しかしあなたは慎重な人ですので、僕のような怪しい人間が用意した茶など飲みたくないだろうと無かったことにしようと思いました!以上です!」

     淡々と先を促すリオセスリに、羞恥に駆られ顔に血が上るのを感じながらヤケクソ気味に経緯を述べる。忍の癖に顔色の一つも取り繕えないなど、なんて情けない有様だろうか。

    「つまり夜一くんは、俺にお茶を入れてくれようとしていたと」
    「いえ、茶葉は分けますのでご自分で入れていただければと。見合いそうな菓子も見繕ってお伝えしますので……」

    「っ、くく……あんたってやつは」
    「……何か」

     いたたまれなさに俯いて早口で答えると、くつくつと笑いを堪える声にむっとなる。顔を上げるとリオセスリはいつも通り飄々と笑っていた。
     
    「そうか、それは残念だ。今日のアフタヌーンティーは夜一くんの入れたお茶が楽しめるとおもったんだが」
    「へ……飲むん、ですか?というか今日?」
    「ああ、もちろんその茶菓子もつけてくれよ」
    「食べるんですか?僕が作ったものですよ?」
    「何か問題が?毒や自白剤なんか仕込んじゃいないだろ?」
    「当たり前でしょう」
    「じゃあ美味しくないのかい?」
    「いいえ、会心の出来です」
    「なら問題ないな。15時頃に執務室まで持ってきてくれ。よろしくな」
    「は」

     菓子入りの袋を返され、すれ違いざまにポンと肩を叩かれる。何が何だかわからない内に、今日のアフタヌーンティーで茶を入れる約束をしてしまった。颯爽と立ち去るリオセスリの背を見つめながら、夜一はあっけに取られた表情で立ち尽くしていた。



     ――――――――――



     リオセスリがメロピデ要塞の管理者になった当初、トップが替わりルールをいくつか制定したところで状況はそう簡単には変わらなかった。目立つ場所で行われなくなっただけで、暴力も不正も変わらない。
     
     そんなときに転がり込んできたのが夜一である。自分の領域で好き勝手されたことは腹立たしかったが、それ以上にその才覚は喉から手が出るほどに欲しい逸材だった。
     人を丸め込み情報を引き出す話術も、気配を消しあらゆる場所に身を隠す技能も、影で行われる悪事を暴くのにこれ以上ないほどに適した能力である。彼を手懐けることができれば自分が求める理想への道がより短くなるだろう。

     しかしそれは諸刃の剣である。隙があれば気付かぬうちに機密情報を抜き取られることも、最悪首をかき切られるまで裏切りに気づかない可能性だってある。リオセスリは夜一を有用だと評価すると同時に、同じだけの警戒心も抱いていた。
     一方で夜一も利用されるのを恐れ、警戒していたのだからお互い様である。

     それでも年単位でとことんまで疑い、警戒し、腹の底まで探って、その根底にあったのがささやかでありふれた願いだったのだから警戒などどうでも良くなってしまった。
     リオセスリはその願いが神の視線を受けるほどに強い、心からの望みであることを知っている。なぜならそれが夜一に授けられる瞬間に立ち会ったのだから、疑いようもない。
     
     そして夜一が自身を信頼を得ることが難しい存在であると自覚し、可能な限り誠実であろうとしていることも知っている。  
     今だってこれでもかという程念入りに茶器を洗い、稲妻茶の入れ方についてうんちくを語るフリをしながらリオセスリの目の前で実演して見せている。そしてひと塊だったクリヨーカンとかいう菓子を等分し、迷うような素振りで「自信がないので最後の味見を」と一口食べ、そのまま流れるように茶も飲む。その上で「あ、すみません先に頂いてしまいました」とへらりと笑いながら謝罪するのである。
     いとも自然に不審な動きが無いことをアピールして毒味までしてみせたのだ。

     もうとっくに警戒など解いているというのに。その誠意がきちんと届いていることをどうしたら伝えられるのだろう。

    「ほう……確かに紅茶とは全然違うな。だが茶葉の品種は同じなんだろ?」
    「ええ、加工の仕方が違うだけだとか」
    「なるほどな。ふむ、紅茶のような華やかさはないが、爽やかでスッキリとしたキレがある。悪くない」

     ほっとした表情から誇らしげな表情で頷く夜一を見て、栗ようかんにも手を伸ばす。口いっぱいに広がる濃厚な栗の風味と甘みに目を見開いた。

    「ん……なんというか、凄く栗の味が強いな」
    「ふふっ、なんたってシンプルに栗を潰して固めただけですからね。稲妻人は食材本来の味を楽しむのが好きなので。……今更ですが栗は嫌いじゃないですか?」
    「ああ、平気さ。しかし、ふむ……なるほどな」

     茶を飲めば舌に乗った甘さが洗い流され、濃厚な栗の甘みをまた味わいたくなる。茶と菓子が互いを引き立てるのを味わううち、カップも皿もすっかり空になっていた。

    「もう一杯いかがです?」
    「貰おう。栗ヨーカンももうひと……いや二切れ頼む」

     にっこりと頷いた夜一が茶を入れ直し、栗ようかんをリオセスリの皿に二切れ、自分の皿に一切れ置いた。

    「お気に召したようで何よりです」
    「ああ、定期的にお願いしたいくらいだ」
    「ありがとうございます。まあ、稲妻が鎖国している限りは難しいでしょうね」

     そう言って夜一は残り少なくなった茶を惜しむようにちびちびと口に運ぶ。その目は見たことの無い色をしていた。寂しそうな、それでいて愛おしそうな。

     夜一は稲妻の鎖国が解けたら帰るのだろうか。

     ふと浮かんだ考えにリオセスリの胸はざわついた。夜一が起こした事件はメロピデ要塞内でのことであったが、囚人ではなく水の上の一般人が起こした事件ということで裁判が開かれ、きちんと刑期が課せられた。
     しかしそれもとうに明けており、夜一がメロピデ要塞に留まっているのは稲妻が鎖国していて帰れないからだろう。もし鎖国が解除され、夜一が帰国を望むならそれを拒むことはできない。
     
     (人として扱われない祖国なんか帰らなくていいだろ)

     とは思うが、それはリオセスリの一方的な価値観であるし、日の当たらない場所で罪人と変わらない暮らしをするよりマシと言われたら返す言葉もない。
     
     隙を見せれば囚人どころか看守すら足を掬ってくる水の下で、長い時間をかけて見定めて築いた信頼関係はどれほど得がたいものだろう。
     それがいつか離れていくと思うと稲妻茶のすっきりとした風味もわからなくなり、胸にもやもやとわだかまるものがあった。



    「夜一くんは、稲妻の鎖国が解けたら帰りたいか?」

     唐突に聞かれた質問に夜一はリオセスリを見つめ瞬きを1つ返した。質問の意図を理解しかねていると、ずいぶん懐かしんでいるようだったから、とリオセスリが続ける。

    「嫌ですよ。まあ多少感傷に浸りはしましたが……というか厄介払いされた身ですよ?最悪殺されます」
    「そうかい?あんたなら顔も名前も変えてやり過ごせるんじゃないか?」
    「……もしかして、遠回しに退職勧告されてます?」
    「いやいや、むしろ逆さ。あんたが辞めようとしたらどう引き留めようか考えてたんだ」 

     やけに故郷について突っ込んでくるのにハッとして恐る恐る尋ねるが、とんだ杞憂だった。よかった、追い出されたら罪人として帰ってくることになってしまう。

    「そんなこと考えてたんですか?少なくとも、あなたがここの管理者いる内は出ていく気はありませんよ」
    「……俺?」

     ふっと笑って答えたが、それはリオセスリにとって想定外だったらしく、きょとんと目を瞬かせている。彼のそんな表情はあまり見たことがなく、少し気分がいい。

    「ええ、あなたは僕を道具として扱わないでしょう?」
    「……真っ当な扱いをしてくれる人間なんて水の上にいくらでもいるさ」

     リオセスリの言葉に夜一は自嘲気味な笑みを浮かべて首を振った。

    「生まれてからずっと裏社会で生きてきた人間が、今更陽のあたる場所で真っ当に生きていける訳がないでしょう?水の上は僕にとって少し眩しすぎます」

     例えば、水の上に生きる普通の人々は突然刃物を渡されて人を殺せと言われても応じることはないだろう。夜一はそれができてしまう。そうやって生きてきた。そういったことを考える度、夜一は自分が表社会的では生きていけない異常者であると感じるのだった。

    「何より、あなたは僕に人として生きて罪を償うよう言ったじゃないですか。そんな人は道具として使い捨てるようなことしないでしょう?」

     夜一の根底にある願いは『人として生きること』というありきたりで、切なるものだ。
     もう二度と誰かに意志なく従わされるようなことはしたくない。自分の意志でもって成すべきことを選び取りたい。嫌だと感じることに抗いたい。
     
     そういった人として生きることを夜一に説いたのはリオセスリであり、シグウィンであり、一部の善良な看守や囚人だった。「罪人であれど人である」ことが大前提において彼らが接してくれたからこそ、夜一は人として新生できたのだ。殺人の道具ではなく、善良な人々の中で自身の異常さに怯えることもなく。

    「このメロピデ要塞だからこそ、僕は人として生きていける。そしてここをそういう場所にしたのはあなただから、あなたに着いていきたい。……上手く言えないんですが、伝わりましたかね?」

     そこまで話してリオセスリの反応を伺うと、渋い表情をしているが、耳の縁が赤くなっている。

    「ずいぶんとまあ、信頼されたもんだな。今ならあんたにどんな命令をしてもいけそうだ。ひとまず俺の事は『ご主人様』と呼んでくれるかい?」
    「おや、おやおや?もしかして照れてます?お耳が赤いですよ?指示の際は必要性をきちんと説いたり、僕の意思を確認したり、意見を求めたり、そうやって人間性を育てたのはあなたじゃないですか。さすがに今更道具扱いしてやるっていうのは無理がありますよ。『ご主人様』」

     悪そうな笑顔で皮肉をいうが、照れ隠しなのが丸わかりである。ここまでリオセスリがわかりやすいのは珍しく、面白くなり赤くなった耳をつんつんと突いた。クソッ!と苛立った声で強めに手を払われるが、持っていた杯の中はとっくに空なので問題ない。

    「ふふふ、こうしてあなたと個人的なお茶会をするのは初めてでしたが、なかなかいい物ですね。あなたの珍しい表情も見られましたし」
    「そうかい、お気に召したなら何よりさ」

     やれやれだ、とでも言いたげに肩をすくめるリオセスリだったが、ふっと柔らかい笑みを見せた。

    「稲妻茶、美味かったよ。鎖国が明けたらぜひストックしたいね」

     牽制のための圧がある笑い方ではなく、ただ純粋に次を楽しみにしている笑顔。それもまた、夜一が初めて見るリオセスリの表情だった。
     それを聞いた夜一はもまた、晴れやかな笑みで答える。
     
    「ええ。その時はまた、僕にお茶を入れさせてください」

     

     ――Fin.――



     おまけ

    「美味いが、すこし甘みが欲しいな」ポチャポチャ
    「えっ……砂糖入れたんですか?緑茶に?」
    「何かおかしかったか?紅茶にはいつも入れてるだろ?」
    「いや、そうですが……まあ、楽しみは人それぞれですので、ね。いいんじゃないでしょうか」

     後に夜一はこう語る。
    「リオセスリのことは頼りになるし尊敬してますが、稲妻茶に砂糖を入れる所だけは無いなって思ってます」

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