氷室先生お誕生日SS 今日はわたしがはばたき学園を卒業してから初めての氷室先生、零一さんの誕生日だ。
「今日も遅いなぁ……」
十一月上旬のこの時期は文化祭準備期間だ。零一さんが顧問を務める吹奏楽部も毎日遅くまで練習している。勿論、折角の誕生日だから一緒に過ごしたい気持ちはあるけど、去年まで零一さんの生徒として吹奏楽部三年間過ごしたから、零一さんにとって今が大事な時間なのも分かっている。完全な調和を目指して妥協せず生徒達と真剣に向き合う、そんな零一さんだから、わたしも尊敬している。
料理もすっかり冷めてしまい、一度冷蔵庫に戻そうとしたそのとき、外からバタバタと騒がしい音がした。何事かと思い、玄関に向かうと、
「ただいま」
「零一さん!」
零一さんが息を切らせて帰って来た。こんなに息を切らせている姿は初めて見た。
「すまない、遅くなってしまった」
零一さんは帰りが遅くなってしまったことを謝るが、
「いえ、いいんです。あの、零一さん、もしかして、走って来てくれたんですか?」
出会ってから一度も零一さんが走る姿を見たことなんてなかった。どんなに急いでいても廊下も決して走ることのない人なのに。もしかして……?
「……走ってなどいない。早歩きだ」
零一さんはあくまで早歩きだと言う。
「そうですか……料理温め直しますね。飲み物も。喉渇いてますよね?」
「ああ、先に飲み物を貰おう」
零一さんを食卓につかせてレモネードを用意した。
「どうぞ」
「ありがとう……ったから」
「あの、何か言いましたか?」
ありがとう、の後に何か言ったような気がするけど。
「そんなことはどうでもよろしい。それより乾杯だ」
「そうですね。お誕生日おめでとうございます、零一さん」
レモネードが入った二つのグラスの音が響いた。