本命アウトサイダー 高校生になって、初めて玲太くんに手作りのバレンタインチョコを渡した。玲太くんはわたしのチョコを喜んで受け取ってくれて、翌月のホワイトデーにはチョコのお礼に手作りのアイシングクッキーをくれた。
「ありがとう、玲太くん。来年のバレンタインも玲太くんにチョコ作るね」
「ああ。来年も期待してまーす」
その言葉通り、高校二年生のバレンタインも勿論玲太くんに手作りチョコを渡した。一年生の時以上にはりきって作った分、玲太くんも喜んでくれたのが嬉しかった。
そして、迎えたホワイトデー。少しドキドキしながら家を出ると、いつもの坂道に大きな紙袋を持った玲太くんがいた。
「おはよ」
「おはよう、玲太くん。どうしたの? それ」
手に持っている紙袋について玲太くんに聞く。もしかして、それは……。
「ああ、ホワイトデーだからな、今日」
やはり紙袋の中身はホワイトデーのお返しらしい。随分たくさん入っているように見えるが。
「そっか、玲太くんは、たくさんチョコもらってたもんね」
先月のバレンタインに玲太くんが女の子からたくさんチョコをもらっていたことを思い出す。当然お返しもたくさん必要なのだろうがちょっとモヤモヤしてしまった。それが顔に出ていたのか玲太くんはニヤリとする。
「おお、いいな。おまえにもそういう感情があるってことか」
「ええ? あっ、何か落ちたよ」
紙袋からメモ用紙のようなものが落ちたので拾い上げた。そこには女の子の名前が数十人程書かれていた。
「えぇと、これは……」
「ああ、それ、ホワイトデーのお返しリスト」
「えっ! お返しってこんなに?」
お返しリストに書かれていた人数に驚く。二年生になった今年は、玲太くんは後輩の女の子からの人気が特にすごくて、去年以上にたくさんチョコをもらっていたなとは思っていたけれど、こんなにたくさんの子からもらっていたなんて……リストが必要なのも納得な人数で、思わずリストを見入ってしまった。
(あれ? わたしの名前がない……?)
玲太くんのお返しリストの中にわたしの名前は無かった。わたしもバレンタインに玲太くんにチョコあげたけれど……。見落としているのかと思い、リストの隅々まで探すがやはり見つからない。
「いつまで見てんだよ?」
「あっ、ごめんね。返すから」
どうしてわたしの名前が無いのか気になったが、そんなことを聞いたら、お返しを要求しているようで図々しいかと思い、何も聞かずにリストを玲太くんに返した。
(まさかそんなことないよね……)
リストに名前が無かったからホワイトデーのお返しが無いなんてことは……きっと何かの間違いだと思うことにして、玲太くんと一緒に学校へ行った。
だが、嫌な予感は的中した。学校に着くなり玲太くんはホワイトデーのお返しに追われて、ほとんど話せる機会はなく、放課後になってもわたしのところには来なかった。
(あのリストに名前無かったし、やっぱりわたしの分は無いのかな……)
お返しリストが必要なくらい玲太くんがホワイトデーのお返しを用意するのを大変なことは分かっているし、わたしもホワイトデーのお返しが目当てで玲太くんにバレンタインチョコをあげたわけではない。だから、仕方ないのかもしれないけれど――。
「きゃーっ! 風真先輩からホワイトデーのお返しもらっちゃった!」
「私もー!」
玲太くんからホワイトデーのお返しをもらったらしい後輩の女の子たちを見ると、穏やかな気持ちではいられずモヤモヤしてしまう。わたしだって、玲太くんに頑張ってバレンタインチョコ作ったし、玲太くんもあんなに喜んでくれたのに……何も無いなんてやっぱり寂しいよ。
(はぁ、ホワイトデーなんて……)
仕方なく帰るかと教室を出ようとすると、玲太くんが教室に戻ってきた。ホワイトデーのお返しを渡し終えたらしく、朝はお返しでいっぱいだった紙袋も空っぽになっている。
「やっと見つけた」
「玲太くん、どうしたの?」
玲太くんはわたしを探していたようだが、ホワイトデーのお返しも全て渡し終えた後で一体わたしに何の用があるのだろうか。
「一緒に帰ろうぜ」
「えっ……う、うん」
一緒に帰ろうと玲太くんに手を引かれると、そのまま教室を出て、帰り道の途中にあるいつもの土手へ連れて行かれた。玲太くんにここへ連れて来られる時は大体何か話がある時が多いけれど……。土手に二人並んで座ると、玲太くんは鞄からオレンジ色のリボンがついた小さな箱を取り出した。
「遅くなって悪い。これ、先月のお礼」
玲太くんはホワイトデーのお返しだと箱をわたしの掌に乗せた。
「えっ……? わたしに……?」
後輩の女の子たちが玲太くんからホワイトデーのお返しにもらっていたものとは全く違うもので、お返しだと言われてもきょとんとしてしまう。
「なんでそんなに驚くんだよ?」
「だって、あのリストにわたしの名前、無かったから、てっきりわたしの分は無いのかと……」
「そんなわけないだろ」
玲太くんは真っ先に否定した。
「あれはただの義理。おまえのは他のとはちょっと違うからさ、去年もそうだっただろ?」
「えっ……あっ、そうだった」
そう言えば、去年のホワイトデーに玲太くんから手作りのアイシングクッキーを貰った時もそんな感じで、他の子に見つかったら面倒だろうとこっそり呼び出されてお返しをもらったことを思い出す。今年も玲太くんはわたしの分のお返しは他の子とは別に用意してくれて、だから、あのリストにわたしの名前を書く必要が無かったのだろう。
(そうだった、玲太くんはわたしのこと……)
昔からわたしとのことを大切にしてくれる玲太くんが、わたしを除け者にすることなんかあるわけないのに。あのリストに気を取られ過ぎて、勝手にモヤモヤしていたことが恥ずかしくなった。
「ごめんなさい、わたし……」
「俺の方こそ。おまえに不安な思いさせたな。それで許してくださーい」
と、去年と同じように玲太くんは言い、ホワイトデーのお返しをわたしの手に握らせた。
「ふふっ、仕方ないな」
除け者どころか特別だったなんて。さっきまでモヤモヤしていた気持ちなんか、もうどこかへ飛んで行ってしまった。玲太くんがわたしをそんなふうに思ってくれていたことが嬉しくて仕方ない。
「ありがとうございました」
玲太くんはそう言ってぺこりと丁寧にお辞儀をする。こういう時に丁寧にお礼を言うところも彼らしいなと思わずふふっと笑ってしまった。
「わたしもありがとう、玲太くん。ね、開けてもいいかな?」
と、玲太くんに尋ねてからオレンジ色のリボンを解いて箱を開けると、中からスノードームが出てきた。
「わぁ、かわいい……!」
「当たりみたいだな。おまえ、こういうの好きだと思ってさ」
「うん、帰ったらお部屋に飾るね」
玲太くんと一緒にスノードームをじっと眺める。
(かわいいな。外国の街かな? 雪が舞っていて素敵。あ、手を繋いでるカップルがいる……)
もしかして、これは……何となくドキドキしてしまい、頬が赤く染まるのを感じると、玲太くんはわたしを抱き寄せておでこにチュッとキスをした。頬がさらに赤く染まる。
「えっ、玲太くん……今おでこに……」
「これもおまえにだけ特別。な?」
そう言ってちょっぴり気障っぽくふっと笑う玲太くんにまたドキドキさせられた。玲太くんからもう一つ、ホワイトデーに特別なしるしをもらっちゃった。
「ふふっ、素敵なホワイトデーをありがとう、玲太くん」
スノードームのカップルのように玲太くんの手に自分の手をそっと重ねた。