🍊育つ雑草「それじゃあみんな、お休みなさい」
夜明けからまたよろしく、と手を振りつつマスターはテントの中へ消えた。休眠を必要とする人間の娘が吸い込まれていった入り口のすぐ近くへ、盾兵の少女がいそいそと腰を落ち着け直すのを見たビーマはすっくと立ち上がった。
「……さて、ちょっくら行ってくるかね」
この場所をこの日の野営地と定めるまでに、近隣を彷徨いていた雑魚はあらかた掃討済みだが、時間が経ってまたどこからか湧き出しているとも限らない。夜間のうちに何度か交代で出る哨戒の、まずは第一陣だ。
お願いしますと律儀に頭を下げるマシュの笑顔に応え、幾分勢いを落とした焚き火の横をぐるりと巡る途中で、ビーマはふとあらぬ方へ足を向けた。
「……おお、おまえ暇そうだな」
「んぉ?」
「よし付き合え」
素知らぬ顔で優雅に茶を啜っていたドゥリーヨダナは、このずいぶんと一方的な宣言にはぁ??と眉を吊り上げ目をまん丸に見開いたが、時はすでに遅い。一見してその巨躯に見合わぬ俊敏さで、ビーマは枯れ木の幹に腰掛けた生前の旧敵を軽々と肩に担ぎ上げ、そのまま何事もなかったように鬱蒼と繁る林の奥へ向かっていく。
「ぶ、は……! げほ……きっさま、突然何しやがるクソビーマ!! わし様の番はまだだろうが!! 降ろせ! おい! 降ろさんかこの……!!」
「あ…………ええと……あの、お二人とも、お気をつけて……!」
ドゥリーヨダナが取り落としたマグが中身をぶちまけながら転げる音と、茶に咽せながらもぎゃんぎゃん異議を唱える男の声、状況を飲み込めていないだろうマシュの温かな()激励とが、ビーマの背後で奇妙な三重奏を鳴らした。
突如観測された微小特異点の調査が、今回の任務だ。
カルデアからマスターに随行したのは、レイシフト適性が認められた三騎──マシュの他は、何の因果かビーマとドゥリーヨダナであった。その後行動開始した現地で数騎ほど召喚に成功しているので、今こうして二騎が離れたところでマスターの守りが手薄になりすぎる恐れはないと言っていい。
ヴァーユの加護を借り、文字通りの神速で野営地から距離を取る。肩の上のドゥリーヨダナは、篝火の明かりがぐんと遠ざかりだしたところで喧しい口を噤み、無言のまま両の拳でどかどかとビーマの背中を容赦なく殴りつけていた。もっとも、不安定な体勢から繰り出される程度の攻撃でビーマの足取りが揺らぐことはまったくなかったのだが。
適当なところで足を止め、担いできた男を地面に下ろす。地面に足先がつくが早いか、ドゥリーヨダナはまだ腰をかがめていたビーマの胸倉をねじり上げた。
「な ん の つ も り だ」
くっきりと青筋を浮かせたむさ苦しい髭面が、すぐ鼻先で歯を剥く。何がいるかしれない夜闇の中で、声量こそぐっと抑えてはいるものの、間近に見せつけられる表情が五月蝿いことこの上ない。一瞬でうんざりした気分にさせられ、ビーマはドゥリーヨダナの胸元を押し返した。
「おまえこそ……何があった」
「ぁ?」
「何を隠してやがる、ってんだよ」
さて、一体いつからだったか。
数度あった会敵の後……飯の支度の最中……はたまた作戦会議を兼ねた食事の間──視界の端にとらえる挙動に、言いようのない違和感を覚えていたのは。
塵のように降り積もるものそれ自体がとにかく不快であるのが半分、ただ近くにいるだけで、こいつの"らしくなさ"を知覚せずにいられないことへの苛立ちが半分。低めた声に乗せて問うが、ドゥリーヨダナは変わらずシラを切った。
「は……わし様はこの通り、何ひとつ変わりなく高貴にして美麗なままだが? その節穴の目ん玉をよぉく洗ってさっさと見回りに行かんかこのバカ。あ、その前にわし様を野営まで丁重に送り届け」
「……言わねえなら」
「あ?」
「勝手に探らせて貰うだけだが」
ちょうど真後ろに生えていた名も知らぬ樹木の幹へドゥリーヨダナを追い詰め、空いた片腕を振りかざす。ほんの少し前まで平然としていた割に、ビーマがその淡い色の眼に鋭い怒気……あるいは殺意を込めた途端、ひ、と喉を引き攣らせた。腹の真ん中へ手を当ててやると、そこがびくりと強張るのがわかった。