「サッカー部なんだね」
転がったボールを取りに行くとストライプのニット帽をかぶった少年が立っていた。
「あぁ、そうだけど」
「君たちのキャプテン、円堂だっけ?よくやるよねー」
たまに廊下ですれ違うその少年の噂は聞いている。
「お前、松野?」
「あれ。僕のこと知ってるの?」
「そりゃ知ってるさ」
どこの部活に所属するわけでもなく人手が足りないときに試合に出るピンチヒッター。
「そういえばサッカー部の試合にはまだ出てないなぁ」
「試合もなにも……」
「あ、そっか。できないのか」
七人だもんね、と笑う松野。
多分悪意なんてものはないと思うけど、その無神経さに少し苛立った。
「あ、怒った?」
「別に。他の奴らにも言われてるし、慣れた」
部員は足りないし、グラウンドも使えない。試合以前の問題だ。
「ふぅん、大変だね」
「そう思うなら入部してくれ」
「いいよ」
「だよなー……、え?」
思わず松野を見つめる。
「なんか飽きなそうだから」
「お前、選ぶ基準って飽きるか飽きないかなのか?」
「そうだよ」
何かおかしいのかと言わんばかりの松野。
「なんか変わってるな」
「そう?だってどんなものか気になったからさー」
「ならどうして1年のときに入部しなかったんだよ」
「違うよ、サッカーじゃなくて」
「え?だってお前、入部してくれるんじゃないのか?」
「うん、入部するよ」
「……?」
噛み合わない会話に混乱していると、松野はにっこりと笑って俺にボールを差し出した。
「これからよろしくね、半田」
「なんで俺の名前……」
「さぁ、なんでだろうね」
松野はそう言って楽しそうに笑っていた。
----------------
松野空介。
半田はその名前を何度か聞いたことがあった。
運動部ならその名前を知らない人はいないだろう。
器用な彼はどんなスポーツも簡単にこなすため、さまざまな運動部からスカウトを受けている。
だが飽きっぽい性格のため入部と退部を繰り返して今はどの部活にも所属していないという。
そんな松野がこのサッカー部に入部することになって半田は少し複雑な気分だった。
器用な松野のことだからすぐにサッカーというスポーツを理解して、あぁこんなものかと思ったらすぐに退部してしまうに違いない。
半田にとって好きなサッカーが、松野にとってはただの暇つぶしなんだと思うとなんだか悲しく感じた。
試合直前、半田は思い切って松野に話しかけてみた。
「松野」
「マックスって呼んでよ」
くるりと振りかえった松野が笑いながら言う。
「……、マックス」
「なぁに?」
「サッカー部も飽きたら退部するのか?」
「んー、どうかな」
その言葉を聞いた途端、半田は胸がズキンと痛んだような気がした。
----------------
西日が窓から差し込んでいる放課後の部室。橙色の夕焼けが桃色と水色のストライプを照らしていた。
「……まぶしい」
松野はそう呟くとパイプ椅子から立ちあがって日の当らない床に座った。
近くに転がっていたサッカーボールを手にとって見つめる。
サッカーはやったことがなかった。ただ、面白そうだった。
毎日のように部員集めに励む熱血なキャプテンを見ていたら、サッカーは良い暇つぶしになるんじゃないかと思ったのだ。
入部すると早速帝国学園との練習試合が行われた。
結局帝国学園が棄権して雷門が勝ったわけだが体はボロボロだった。
いつもの自分なら飽きていたはずだ。やっぱりつまんないから辞める、そう言って去っていただろう。
でも何故かあんなになってもサッカー部を辞めなかった。自分自身も驚いている。
辞めないのには理由があった。
もちろん、サッカーが楽しいっていうのも理由のひとつだけど、サッカーより何より気になる存在を見つけたからだ。
得意不得意がはっきりしてる自分に対し彼は曖昧というか中途半端というか。
良く言えばバランス型なんだろうけど半端の方がしっくりくる。
こちらからしたら珍しいタイプの人間だった。
そんなことを考えていると部室のドアが開いて誰かが入ってきた。
「あ、半田だ。やっと片付け終わったの?」
「やっとって……、明日はお前が片付ける番だからな」
「わかってるって」
半田は小さくため息をつくと松野の隣に腰をおろした。
「今ね、半田のこと考えてたんだよー」
「何だよそれ」
困惑している様子の半田。初めて会話したときもそんな感じだった気がする。
「あのさ、」
「うん?」
「僕、サッカー部に入って良かったと思ってるよ」
そう言うと半田は僅かに目を大きくさせてから数回瞬きをした。
「そっ……か、……」
そう小さく呟いて椅子に座り直す。
「明日さ、一緒に片付けるよ。その方が早く終わるし」
「あー、確かにそうだね。っていうか、」
「?」
「明日だけじゃなくて、これからもね!」
笑いながらそう言うと半田は一瞬驚いた顔をした後、嬉しそうに微笑んだ。
窓から差し込んでいた夕日は、いつの間にか二人を照らしていた。