021_大雪(12月7日頃) 暦の上でも本格的な冬が到来していた。今週に入ってから、平均気温が十度を割るようになった。ハロウィンの終了後、世間は速やかにクリスマスの準備を整えつつあったが、いよいよ聖夜間近という空気が漂い始めていた。
風見はコンビニで購入したホットコーヒーのカップを片手に、駅前広場の中央に飾られたツリーを眺めていた。そこそこの大きさで、しかし、これでもかと電飾が施されている。待ち合わせにはちょうど良い目印だ。風見がここにいるのは、イルミネーションを見る約束がある訳ではなく、上司に物品を渡すためだ。
先日、薄手のカーディガンが欲しいと降谷から連絡が入った。何かの暗号ではないかと一瞬考えを巡らせたが、折り返してみると彼の持っている服では、涼しいか暑すぎるかになってしまうとのことだった。確かに冬に備えて、厚手のセーターやら裏起毛のトレーナーやらを購入した覚えがあったが、体温調節に適した物を買っていなかった。というのは、冬物の備品を渡した際、彼はちょうど薄手のカーディガンを着ていたからだ。降谷のことなので、何らかの理由で汚すなり破くなりしたのだろう。
冷めかけたコーヒーを口に含んで周囲を見渡すと、帰宅途中のOLに、これから飲みに行くのだろうサラリーマン、別れがたそうに手を握り合っている高校生のカップルが目に入る。風見のように誰かと落ち合う予定らしき人々もいた。目当ての彼は、まだ見当たらない。駅から姿を現すのか、通りの方からやって来るのかも見当がつかないため、隣にたたずむスーツの男に倣って、スマホの画面を見始めた。
「お待たせ」
予想外の言葉を掛けられたのはコーヒーをちょうど飲み終わった頃だった。声の方に目線をやると、風見の見覚えのないコートを着た降谷が立っていた。まさか、正面から来るとは思っていなかった。最初から二人で動いているならともかく、外で落ち合う際は基本的に他人の振りをしているのだ。
「いえ、それほど待っていません」
降谷の意図が読めず、無難な返事をする。
「寒くなかったか?」と聞かれたので、そのまま会話を続けることにした。正直、寒かったのだが、わざわざ寒かったと言うのも気が引けて「いいえ」と答える。降谷の方も、本当に心配していたわけではないらしく、適当な相槌を打つと、街の方へ歩き始めた。風見は、新品のカーディガンが入った紙袋を渡せぬまま、降谷の後を追った。
「やっぱり十二月になると急に寒くなりますよね」
無言のまま歩くのも変な気がして言う。
「まあ、立冬もとうに過ぎているし。大寒はもう少し先だが」
小さく笑って、降谷が答える。行く先を言わぬまま先を進んでいくため、表情が見えないが楽しそうだ。
「飛田と飲むの、久しぶりだな」と言われて、なるほどこれから飲み屋に連れていかれるのだなと理解した。そして、これが忘年会だということも。かなり早い気がするが、毎年年末には何かしらの会が催され、部下を労おうとしてくれるのだ。
「そうですね。楽しみです」
緩やかな坂道に並ぶ店々を通り過ぎていく。ほどなくして路地に入ると、辺りが急に暗くなったように感じる。軒先の行灯が石畳を照らしていた。
息が白い。