012_大暑(7月23日頃) 信号待ちをしていると、青いプランターを抱えた小学生が何人か横断歩道を横切った。黄色いランドセルカバーを付けているので一年生たちだろう。
「もう夏休みの時期なんですね」
風見は助手席に座る降谷に話しかけた。街路樹からはアブラゼミの鳴く声が聞こえてくる。
「朝顔の観察日記か。僕もやったな」
「自分もです」
夏休み中に朝顔を育てて観察する宿題は昔も今も変わらず、降谷が安室透として接する小学生たちも皆あの青いプランターを持ち帰っているらしい。あの頭の切れる眼鏡の少年も年相応に朝顔に水をやるのかと思うと少し不思議な気分になる。風見の近所に住んでいる子供たちも同じようなプランターを持ち帰っているらしく、玄関先に置いてあるのを見かける。持ち帰った直後と思われるのに、すでに葉が黄色く変色してしまっている家もあり個性が出ているようで面白い。自分の責任で面倒を見ずに植物を枯らしてしまうのも、一つの経験として考えてもいいのかもしれない。
「降谷さんは、昔から栽培とか園芸とか、お好きなんですか」
降谷の部屋のベランダ菜園を思い出しながら聞いてみる。あの忙しさの合間を縫って何種類も野菜を育てていることを考えるとお好きでないわけがないのだが。
「土いじりは好きだよ。成長が目に見えるし、工夫しがいがあるし」
窓の外を眺めながら降谷が言う。
「朝顔の観察もやる気が出てしまって、一日に一回水をやるのと二回水をやるのとで葉の萎れ具合が変わるのか実験してたな」
風見も夏休みの宿題をきちんと終わらせるタイプで、朝顔の観察日記も毎日つけ、成果として収穫した種を学校に提出するところまでやっていた。が、やれと言われたからやっただけで、自分で何かを実験しようという気になるほど朝顔に興味はなかった。
「それは……なかなか優秀なお子さんですね」
「優秀というか、ただの好奇心だよ」
そうやって色々と吸収して今の降谷が出来上がっているのだろう。
「ほら、子供向けの図鑑に載っているような実験とか、観察の方法とか、試したくなるじゃないか」
風見は基本的に自ら進んでやってみたいとはあまり思わない子供だったが、「そうですね」と相槌を打つ。数秒の間に、何か積極的にやっていたか記憶を探ってみると一つだけ思い出した。
「自由研究でザリガニの飼育記録をつけたり」
夏休みに近所の公園にザリガニを釣りに行き、育てていた記憶がある。子供の情操教育のために生き物を育てさせようとしただけだと思うが、親に促されてやってみれば面白いもので、しっかり名前まで付けていた。しかし、その肝心の名前は思い出せないし、脱皮の様子を観察したこと自体は覚えていてもどのようだったかは覚えていなかった。
「それ以外は思い浮かばないですが……」
「まあ興味関心はそれぞれだからな」
そこで話が終わるかと思いきや、降谷は風見の昔話に興味をもったらしく、目的地に着くまで小学生の頃の話が続いた。今まで聞く機会がなかったが、風見も幼い頃の降谷についてほんの些細なことであるが知ることができた。
降谷を車から降ろして風見は思った。幼い降谷は腕白小僧で、今でもその性質がしっかり残っている。