(スケッチ) 焚き火は煌々と燃えていました。
気がつけば、森はすっかり夕暮れの奥まったところにありました。シフランが自らこしらえた夕食は、とっくの昔にからっぽです。残っているものといったら、ナッツやチーズの細かなかけら、あとはちょっとのパンくずがマントにくっついてる程度のものでした。
シフランはため息をつきました――まだちょっと、なにか食べたい気分がおさまりません。それこそだいぶ前の彼でしたら、こんなさもしいひと粒さえも、丁寧に丁寧につまんで、またつまんで、それこそマントがすっかり綺麗になるまで食べ尽くしていたかもしれないくらいです。でも今のシフランは、ちょっとだけ迷ったあと、ぱたぱたと裾をはたいて全部森にくれてやりました。なんでそうしたかは、彼自身分かりません。ただなんとなく、そうしたくなったからとしかいいようがありませんでした。
目の前では、焚き火が煌々と燃えています。それこそ星のかけらでも落ちてきたみたいに。
シフランは懐に手をやりました。こんな時は、何かの手入れをしてやるのが一番でしょう。とはいえダガーやナイフを研ぎにかかるのは、多少の不安もあるし、まだ少しはいい気がします。髪もまあ、そういう気分でもないのでそのうちで。
ああ、馬鹿だなあ。じゃあ何の面倒を見ておこうって言うんだい?
そうやってわがままな手慰みにさまよっていると、こん、と指先が小ちゃな箱に行き当たります。おっと?
『――そう。めんどうくさいんだ、それ。出来の良し悪し以前にな』
そうだ。これがあった。
シフランは箱と、それから柔らかい布を取り出しました。ハンケチやタオルではありません。正真正銘、何かの手入れに使うためだけの綺麗な布です。
そんな布越しに箱の中身をつまみあげると、カチンとかたい音がします。シフランの口元からは、ふっと小ちゃな声が漏れました。そういう音がするとは知っていても、やっぱり、何度聞いても妙に笑えてきてしまうんです。
なぜならそれは、一対の四角い耳飾りでした。誰にもらったものでもありません。自分で買った、割れたべっ甲を熱と銀とでむりやり繋いだ耳飾りです。
なんとなく、シフランはそれをそのまま耳に当てました。耳飾りは手の中で、なおもまたカチンと鳴り響きます。けれどそのままじっと、じいっと耳を澄ましていると、本当にたくさんの音が聞こえてきました。森の梢のざわざわ言う音。焚き火のぱちぱちと踊る音。それにどこからともなくやってくる、とくとくと続く静かなリズム。
シフランは目を閉じました。それからじっと、しばらくの間、そうやって耳を澄ましていました。それらはひょっとすると、貝殻を耳に当てた時にだけ聞こえる、あの遠い遠い海の音にも似ていたかもしれません。でもそれとはまるで違うことも、もちろんシフランは分かっていました。
シフランは笑いました。静かに静かに微笑みました。今手のなかにある寂しさは、あんな寒くて底の抜けたようなものではありません。それは夏の透き通った夕暮れに吹き抜けるような、なんとも気持ちの良い寂しさでした。