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    neno

    たまに腐向けの奴あげます。
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    neno

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    完成!全部まとめました!①②③全部まとめて!
    類司だよ!視点突然変わるよ!
    ご了承下さい!

    #類司
    Ruikasa

    甘えたがり司くんのことが好きだ。
    この想いを彼に告げたら拒絶されるだろうか。
    彼は優しい。そういった偏見はないだろうが、その対象が自分に向けられたらどうだろう。
    嫌悪感があっても、きっとなにも言わずに受け入れてくれるんだろうな、なんて、容易に想像できてしまう。
    僕は彼に無理をさせてまで受け入れて欲しいとは思わない。だから、この気持ちは胸の奥にしまっておくことにした。
    「っ、神代くんのことが好きなの。…こ、恋人になってくれませんか…!?」
    そんなときに告白をされた。相手は確か、同じクラスの可愛いと評判の女子生徒だ。どうやら彼女は僕に本気らしい。その赤く染まった頬が物語っている。緊張しているのか指先まで震えていた。
    「どうして?どうして僕が好きなの?」
    間髪入れずに聞けば彼女は真っ直ぐに僕を見た。そして言葉にしてくれた。きちんと僕の内面を見てくれていることがわかる。
    この人なら、司くんを忘れさせてくれるかもしれない。
    「…いいよ。付き合おうか」
    「!…っぅ、嬉しい…っ!」
    承諾すれば彼女は嬉しそうに声を弾ませた。よほど嬉しかったのか、目は涙で潤んでいる。その様子は恐らく誰から見ても可愛らしい。普通は自分をそれほど想ってくれているのだと、感激でもするのだろうが、そんな健気な彼女に対して、僕はなんの感情も抱かなかった。驚くほど心は静まり返って平坦だった。
    ——これから、好きになっていけばいい。
    そう自分に言い聞かせ続けた。最初は、順風満帆に、うまくいっていたのだ。しかし、いつの間にか彼女がつらそうな表情で僕を見つめていることに気が付いた。
    彼女と付き合ってちょうど一年目になる記念日。もう慣れ切ってしまった、何十回目のデートで彼女が僕に告げた。
    「別れてほしい」
    別段、ショックではなかった。振られるって、こんなものか、そんな風にどこか俯瞰して物事を見ている自分が居た。
    「…僕のこと、好きじゃなくなった?」
    「そんなわけない…類くんの方こそ、最初から、わたしなんて好きじゃなかったでしょ?」
    彼女からしてみれば、僕はとても分かりやすかったらしい。
    話題を振るのも、デートに誘うのも、手を繋ぐのも、いつも彼女からだった。
    「分かりやすかったなぁ。もう一年たつのに、キスもしてないし。…名前すら呼んでもらったことないんだよ?」
    「……ごめん」
    「ふふ、別にいいって」
    彼女が面白がるように笑う。その表情の奥には切なさが潜んでいる。彼女はうすうす勘づいていたが、本当に僕が好きだったからこそ、別れられなかったらしい。もしかしたら、いつかは好きになってくれるんじゃないかなんて、期待を捨てきれなかったと、彼女は言った。せめて一年間一緒に居て、それで好きになってもらえなかったら別れよう、そう決めていたらしい。
    「でも、やっぱり類くんには、別に好きな人が居るんだね」
    「そんなことは…」
    「今まで、わたしのわがままに付き合わせてごめんね。でも、もういいから。…楽しかったよ、ありがとう」
    「…っ」
    彼女の気持ちを踏みにじってしまったことに申し訳ない気持ちになった。すると、きっと情けない顔をしていたのだろう、笑っていた彼女が呆れたような表情をした。彼女の目には、堪えきれなかったのであろう大粒の涙が溢れていた。
    「……もう、カッコつかないな。そんな顔しないでよ。…っ、このわたしを振ったんだから、しあわせになってくれないと、許さないからね!」
    振ったのは君の方じゃないかと軽口を叩くと彼女はケラケラと笑いながら、そういえば、そうだったね、と言った。彼女の言葉の意味が、分からなかった訳ではない。でも、そう言わないと、自分の気持ちを認めてしまったようなものだ。
    僕が別の人が好きだから、彼女が別れを告げたのではなく、彼女が僕と別れたがっていたから、それを受け入れただけ。
    そういう建前が欲しかった。そういう建前がないと、僕は彼の影にいつまでも惹かれてしまう。
    そうやって自分の保身にばかり走るから、彼女を傷つけた。
    結局、彼女の優しさに甘えたまま、終わりがきた。
    「…貴方とはもう別れたいの」
    それが分かっているのに、また繰り返す。
    「ごめんなさい、もう別れて」
    もう何度目の別れ話か分からない。もう何度、彼の代わりを作ろうとしただろうか。高校を卒業して、大学生になった今でも、僕は好きでもない人の告白を受け入れて、別れを告げられて。もう何人も傷つけた、甘えてしまった。
    自分は未だ、想いに囚われ続けている。
    「類、また振られたのか?」
    一方で、司くんとは疎遠になるわけでもなく、高校生のときとなにも変わらなかった。しいて言うなら、話す内容が、普通の友人が話す内容に近付いただろうか。大学生になってから、フェニックスワンダーランドのショーキャストを辞め、あまりショーについて話すことがなくなった。否、今でも話題になることは多いのだが、当事者側として話さなくなった。あくまで観客側として話題に出すことが殆どである。
    「うん…やっぱり、僕のことを受け入れてくれるのは司くんぐらいかもしれないねぇ」
    冗談めかしてそう言うと司くんは心配するような顔つきから一転、呆れた様子で心配して損した、というような顔になる。その表情の変わりっぷりに、思わず笑いをこぼした。こういう分かりやすいところも好きだなぁ、なんて、未練がましく思う自分が憎らしかった。そんなことを考えていると、司くんから意外な言葉が出てきた。
    「しかし…類のなにが気に食わないんだろうな?」
    「え?」
    「いや、素直に褒めるのはなんとなく癪だが、エスコートはスマートにこなせるだろう?」
    てっきり、司くんにはそういった、僕の恋人としての態度を知られていないと思っていた。逆にどうして知っているのか、気になってしまうくらいだった。
    「おや、司くんにはエスコートをした覚えはないけれど、どうしてそう思ったんだい?」
    想像でもした?
    ほんの、悪戯心から言った言葉が、思いの外彼を動揺をさせてしまったみたいで。
    僕と司くんのなかで妙な間が空いた。ちらりと彼の顔を見れば顔を赤くしていて、彼の思っていることがよく分からなかった。
    「司くん?」
    「っ、ち、違う、オレは…」
    一体なにが違うというのだろう。僕はすっかり彼に自分が冗談のつもりで言った言葉を忘れてしまっていた。だから、彼の取り乱した姿を不思議に思った。その先の言葉を待っていると司くんが自分の顔を手で覆うようにして頭を抱えている。そのまるまった姿は未来のスターというものからかけ離れていて。
    なにも取り繕っていない、本来の"天馬司"に触れた気がした。
    だからかは分からないが、
    「…かわいい」
    「え?」
    「あ」
    驚くほどあっさり、長年しまい込んでいたものを吐露してしまった。完全に無意識に口が動いていた。呆然とした表情をした後、司くんは一回目を見開いて、僕の顔を凝視してくる。その司くんの視線が痛かった。
    「る、…っむっ!?」
    「ごめんちょっと一旦待って」
    司くんが意を決したようになにかを言おうとしたので、思わず彼の口を手で塞いだ。彼の言おうとした続きの言葉が怖かった。なにを言おうとしたのか予想をしようにも、情報が少なすぎる。
    「悪いが待つことはできん!」
    「え、ちょっと待ってって!」
    司くんは不満そうな顔をしながら僕の手を掴んで自分の抑えられた口を離させた。司くんの予想外の行動に思わず僕は声を張り上げた。
    「待たない!類、お前——」
    「っ!」
    聞きたくない、そう思った。しかし、彼は躊躇う素振りさえ見せずに、いつものようなはっきりとした口調で言い切ってしまった。
    「オレの恋人になってくれないか?」
    「え、……っえ!?」
    予想の斜め下というか、期待の斜め上というか。なんとも形容し難い気持ちになった。言わずもがな、この恋は叶わないものだとずっと思ってきたからこそ、素直に喜ぶことができずに疑って、再度確認してしまう。
    「恋人って、僕と?」
    「ああ」
    「正気なのかい?」
    「だから、そうだと言っているだろうが!」
    司くんが肯定の言葉をはっきりと言い放つ。
    どうやら都合の良い己の勘違いや妄想ではないらしい。僕は舞いあがって調子の良いことを聞いた。
    「僕のことが好きなの?」
    「……それは、わからん…」
    「そこには言葉に詰まるんだねぇ…」
    正直に言ってしまえば他の言葉を期待していた。がっくりと肩を落とす。その様子を神妙な顔つきの司くんに見られているとは思いもしなかった。
    「もしかして、類は……」
    「…?…何か言ったかい?」
    「いいや、なんでもない」
    「…そう、まぁいいけれど。…いいよ、付き合ってみようじゃないか」
    司くんはなぜか言葉を詰まらせた後、押し黙った。気になって聞いても、なにを言おうとしていたかは分からないままである。無理に聞き出すことでもないので大人しく引き下がったが、少し胸に引っかかってしまう。多少強引にでも聞き出せばよかったかもしれない。後悔が自分が話題を戻した途端に押し寄せてきた。仕方がないと自分に言い聞かせながら司に話題をふった。
    「そういえば、好きかも分からないのにどうして僕と?」
    「あー…高2のときのメンバーで、同窓会があったんだ。それでな——」

    司くんの説明を要約すれば、こんな状況だったらしい。
    同窓会の会場である店に入ると、それはそれは懐かしい顔ぶれが揃っていて、皆なにも変わらなかったという。まるで高校生の頃に戻ったかのように、楽しく談笑をしていた。そんなとき、ある同級生が少し遅れてそこへ登場した。
    「久しぶりだな!元気そうで何よりだ!」
    「おう、久しぶり司!…あれ?神代は来てないんだな、ちょっと意外」
    「類?意外もなにも、あいつは違うクラスだったじゃないか。今回の同窓会には来ないに、」
    決まっているだろう、そう司くんが続けようとすると、その同級生から耳を疑うような発言が飛び出した。
    「いや、あいつ束縛酷そうじゃん。単なる偏見だけどさ」
    「束縛?…どういうことだ?」
    「え?…っあ、え!?お前らまだ付き合ってないの?」
    「付き合う…って、はぁ?なぜそんな誤解を生んでいるんだ!?」
    司くんは驚いて同級生を問い詰めた。その際にさらに驚くべきことを言われたらしい。
    「だって、やたらと距離近かったし。てっきり司は神代のことが好きだと思ってたんだよ」
    それは僕が司くんを好いていて少しでも司くんの近くに居たかったからである。どれだけ距離を詰めても司くんはなんの反応も示さなかったので、どこまでが許容範囲なのかを検証した。結果は計測できなかった。それは何故か?司くんの許容範囲を測る以前に、自分の限界が来てしまったのだ。流石に自分でもかなり近いと思っていた数センチの距離感で数秒顔を見つめていたら「類、どうしたんだ?」と、司くんからさらに顔を近づけられたときには流石に目を剥いた。あれはもう、2センチほど距離を詰めれば口と口が触れていたのではないだろうかと今では思う。自分の他人との距離感が広いだけだと、おかしいのは自分なのだと思っていたがどうやら他人の目から見ればやはりあの距離感はかなりバグを起こしていたようだ。

    「それで、どうやって僕と付き合う話まで繋がるの?」
    「あいつが、"てっきり司は神代のことが好きだと思ってた"だなんて言うから、考えてみたんだが…」
    なるほど、それでなにか思い当たる節があったと。
    そのことが言いづらいのか司くんが口籠る。一方で僕は、司くんの言葉が信じきれずにいた。単なる驕りのつもりでもないが、ある程度の経験から、そういった欲を孕んだ視線にはそれなりに敏感なつもりだ。しかし、司くんからそういった視線を受けた覚えはない。
    「僕を好きかもしれないって、どうして思ったのか聞いてもいいかな?」
    「う…、オレだって恥じらいはあるんだぞ」
    「だめかい…?」
    性根から兄気質の司くんはこうやって甘えるようにおねだりをすればなんだかんだと言いながら言うことを聞いてくれる。そして予想通り、司くんは少し悩んだ末、ゆっくりと口を開いた。
    「……ダンゴムシ」
    「…え?ダンゴムシ?」
    ダンゴムシって、あの?
    恐らく司くんが言っているのは一般に生息しているオカダンゴムシのことだろう。この時点から既に嫌な予感がしていた。
    「ダンゴムシが、オレの畳んでいた衣装に何故だか付いていたことがあっただろう…。そのとき、類が手でダンゴムシを手で掬って取ってくれて、ちょっと、動悸が、だな…。類が助けてくれたからか、胸がドキドキしたんだ」
    「………それって…」
    消え入るような声は司くんの耳には届かなかった。
    それは、いわゆる吊り橋効果というやつではないだろうか。司くんの苦手な虫(正確には違うが)で、それも一番苦手とする多足類。そりゃあ動悸が激しくもなるだろう。司くんが僕のことを恋愛的に好きだと勘違いしていることが確定してしまい、嫌な予感が的中してしまった。
    「ふーん、そうだったんだ。じゃあ明日デートね」
    「切り替え早いな!?う、うむ、明日ならオレも空いている!」
    しかし、それを言うつもりは毛ほどもなかった。むしろこれはチャンスだと思うことにした。これから意識させられればなんの問題もないのだ。そもそもずっと諦めていた恋心が報われる可能性が見えてきただけでも上々だろう。
    「明日、楽しみだね」
    「ああ、任せておけ!お前を全力で楽しませてやる!」
    どちらかといえばそれは僕の台詞だと思うんだけどなあ。


    待ち合わせ場所に向かうと既に司くんはそこに立っていた。待たせてしまったのかと小走りで司のもとへと向かうと、司くんが僕に気が付き、口元を緩めた。
    「類!」
    「…お待たせ、司くん」
    意識させたいのは僕のはずなのに、僕を見て表情を緩める司くんが不覚にもかわいいと思ってしまった。惚れた弱みというものはやはり恐ろしいと思った。
    「じゃあ行くぞ!今日はオレがエスコートしてやる!」
    「へ」
    ごく自然に司くんが僕の手をとった。その様子はまるで別世界の王子様のようだ。手を離さないとばかりに、ぎゅっと手を握る力が強められる。その慣れた様子に戸惑いが隠せなかった。
    「なんだか妙に手慣れてないかい?」
    「そうか?まあ座長として主役を演じることが多かったからかもな!」
    そう言われるといやに納得できた。そういえば高校生のとき、ロミオ役をしていたな、と思い出す。カイトさんに演技指導を受けていただけあって、綺麗な所作が体に染みついているのだろう。その姿は、思わず見とれてしまうくらいに様になっている。
    「………」
    「な、なんだその顔は…」
    少しだけ、悔しかった。僕が惚れ直してどうする、僕が司くんに惚れさせたいというのに。思わず唇を尖らせていると、司くんに不意に頭を撫でられる。
    「っ、なに…」
    するんだい、口にしようとしていた言葉は声にならなかった。司の顔を見て、固まってしまった。その顔が、とても優しい顔をしていたから。
    「ふ、お前でもそんな顔できるんだな」
    いつもの彼のような高笑いではなく、小さく堪えるようにくすっと笑っている。多分子ども扱いされているのだろうが、気にならないくらいに、嬉しかったのだ。取り繕うことのない、その表情が、僕によって引き出されたものだと無意識に口角が上がった。
    「…急に上機嫌になったり、今日の類はよくわからんな…」
    「フフ、司くんのおかげだよ」
    司くんが小さく首を傾げる。僕の言葉の意味が、司くんにはまだわからないようだった。

    「なかなか感動的な映画だったな!」
    「終盤は号泣してたもんねぇ、司くん」
    「…っ見てたのか」
    映画館を出てから司くんの顔を見ると未だに涙目で、まだ映画の余韻が抜け切れていないようだった。それを指摘すればたちまち司くんは頬を赤く染め、目を手で擦る。
    「こらこら、目が腫れてしまうよ」
    司くんの手首を掴み、その動作を止めてから、ハンカチでなるべく優しく涙を拭う。司くんはそれが不本意だったようでじっとりとした目線を送られた。
    「…むぅ」
    「……、司くん?」
    「…なんだかオレの方が年下みたいじゃないか」
    案外可愛らしい理由で不貞腐れていたようで思わず笑みが溢れた。なんとなく撫でてあげたくなって、先程撫でられた仕返しも兼ねて司くんのその柔らかそうな髪に触れる。その指通りの良い髪はずっと触れたいと思っていたものだった。嬉しくて、つい長い時間撫で続けてしまっていた。
    「撫でるな!一応オレの方が誕生日は早いんだからな!」
    「実質、一ヶ月くらいしか変わらないじゃないか」
    「一ヶ月も!だ!」
    のらりくらりと彼の言葉をかわせば、表情がくるくると変わっていくのがいとおしい。映画でしんみりとしていた空気から、恥ずかしがったり、拗ねてしまったり、怒ったり。そういった、彼の見せてくれるむき出しの感情が昔から好きだった。昔、というほど前からではないが、もうずっと前のことのように思える。それくらい自分を抑え込んでいたのだ。忘れようと、とにかく必死だった。
    「……絶対逃さないからね」
    「ん?なにか言ったか?」
    ずっと手に入れたかった。でもそれ以上に、失うことが怖くて友人としてでしか踏み込めなかった。恋というより執着と呼んだ方が正しいのではないかというくらい、この感情は意地汚く重たい。しかし司くんなら受け入れてくれるかもしれない。そんな期待も入り混じったどうしようもない感情を僕に向けられて、ひどく、可哀想な人だと思う。
    「…なんでもないよ、それより、行こうか」
    そんなことを思いながら、僕は司くんの手を引く。昔の葛藤していた心はすっかり置き去りにして、もう、友人に戻るつもりも考えも、なくなってしまったのだった。
    「行くってどこにだ?」
    「僕の家だけど」
    「えっ」
    途端、司くんが固まってしまう。なにか変なことでも言ってしまっただろうか。司くんの反応を不思議に思っていると司くんが少し躊躇いがちに言った。
    「…少し、早くないか…?まだランチも…」
    「僕の家で食べようよ」
    「お前の家にまともな食料があるとは思えんが…」
    大学に進学して一人暮らしになってからというもの、たしかに僕は料理をまともに自分でしたことはなく、ほとんど外食やゼリー飲料で済ませていた。だとしたらなぜここまで司くんを家に呼ぼうとしているのか。簡単に言ってしまえば司くんの手料理が食べてみたいからである。
    「司くん、お願いがあるんだけど…」
    「お前がそう言うときは大抵嫌な予感がするな」
    「司くん…ひどいよ…僕はただ司くんの手料理が食べたいだけなのに…」
    よよよ、とわざとらしく嘆いていると司くんが盛大にため息をついてから僕を一瞥する。あ、と心の中で思った。
    この表情は、きっと絆されてくれる顔だ。
    「仕方ないから、スターお手製、愛妻弁当を作ってきてやろう!」
    「…あいさいべんとう」
    「ああ、お前の家に料理を作れるだけの材料があるとは思えんからな。一旦家に帰って弁当を作ってきてやる!」
    生憎、僕が反応したのは"弁当"という単語だけではなく、"愛妻弁当"というところなのだけど。司くんはそれを汲みとってはくれなかったようだ。
    「じゃあ、作ったらすぐにお前の家に持っていく!またな!」
    司くんは急いで走り去った。気付いて呼び止めようとする頃にはもう背中がずいぶんと小さくなってしまった。
    「…どうせなら一緒に帰りたかったな」
    まあ、今となっては大学も違うので家は遠くはないが近いわけでもなく、そもそも方向が違うのでそんなことは不可能である。それでも、そんな実現不可能な願望を抱いてしまうほど僕はらしくもなく浮かれていたということだ。

    家に帰って司くんを待っていると驚くほど時計の針の進みが遅く感じた。秒針の音がやけに重々しく聞こえるし、風が強くて窓から物音がしただけでも司くんが来てくれのではと、大袈裟に窓から司くんが来ていないか確認をしてしまう始末である。
    永遠とも感じた時間は静寂に似合わない軽快な呼び鈴で終わりを告げた。実際のところ恐らくそこまで長い時間ではなかったと思う。ドアを開けると美味しそうな匂いを纏った司くんがいた。
    「待たせたな!作ってきてやったぞ、できたてだ!存分に美味しく食べるがいい!」
    「それは楽しみだなぁ。ありがとう、司くん」
    その匂いの根源たる弁当を受け取ると思ったよりも重くて、たくさん詰められていることが分かる。これを全て僕のために作ってくれたと思うと嬉しくなった。
    「少しオレは手を洗ってくるから、先に食べていてくれ」
    司くんは以前からも友人として何度も僕の家へと遊びに来ていたから、間取りは分かりきっているのか、慣れた足取りで洗面所へと向かった。しかし、今の司くんは曲がりなりにも恋人である。司くんの姿が見えなくなると僕はひとり嘆息した。
    「…どう意識してもらおう」
    過去の自分が居たら、この悩みは馬鹿なものかもしれない、しかし僕は必死だった。頭がうまく働かなくて、脳みそに栄養が欲しい。そう思って司くんから渡されたお弁当箱の蓋を開けた。
    「あ……おにぎりだ」
    艶やかな白米に包まれた具は外からではわからない。もしかしたら野菜が入っているのではないか、なんて少し疑ってしまう。
    他にもタコさんウインナー、卵焼き、から揚げなどのおかずが入っている。他にも恐らくデザートであろうタッパーに入ったうさぎ型のりんごが用意されていた。これらを見るに、野菜が入るとしたらこのおにぎりの中だとしか考えられなかった。
    「…類、心配しなくても野菜は入っていないぞ」
    「っ!司くん、戻ってたのかい」
    いきなり背後から声がして驚いてしまった。おにぎりと集中してにらめっこをしていたところを見られていたと思うと格好がつかなくて居た堪れなかった。
    「そこまで心配なら、あーんでもして食べさせてやろうか?」
    司くんはそんな僕が珍しかったのかからかうようにしてそんなことを言ってくる。でもその申し出は僕にとって願ってもない話である。
    「じゃあ、お願いしようかな」
    「ちょっとした冗談のつもりだったんだが…」
    「……」
    無言で促すように口を開けると司くんがおずおずと箸を持った。そしておにぎりを器用に一口分に分けて箸で掴み、口へと運ぶ。
    「…これで満足か?」
    「うん、すっごく美味しい、司くんもほら食べてみなよ」
    「いや、オレはちゃんと自分の分もあるから…むぐ」
    司くんが置いた箸を再び僕が使って司くんの口へと運ぶ。司くんは言葉を遮られたことを不満に思っている様子だったが、司くんは両親の教育の賜物なのか、とても行儀が良い。食事中に話すのはいけないことだと教えられているのでしっかりと咀嚼して飲み込んだ。
    「おい、人の口に勝手に…っもぎゅ」
    またしても司くんの口へとおかずを運ぶ。話しているのを途中で中断させられても、律儀にもくもくと食べる。そんな様子が小動物を連想させて、ひどく可愛らしかった。気付けば僕の分のお弁当箱は空っぽになってしまっていた。
    「このバカ類!」
    「ごめん、つい…司くんが可愛くて…」
    司くんに額を弱く小突かれる。言い訳を言えば司くんの動きがぴたりと止まり、司くんがそっぽを向いてしまった。司くんの顔は見えないが、耳が赤くなっている。ひょっとしたら怒らせてしまったのかもしれない。
    「仕方ないから類はオレの分の弁当を食え」
    手渡された弁当には当然のように野菜が入っていて、泣く泣く食べた。結論から言えば司くんのお弁当は野菜のことは何も言えないが、それ以外に関してはとても美味しかった。その後、映画の感想を言い合って近況を報告したりした。
    そのときは、司くんが家に泊まる事態が起こるなんて、考えもしなかった。

    —————————————————————

    だいぶ長い時間居座ってしまい、そろそろ帰ろうという頃だった。オレが空っぽになった弁当箱を持っていたランチバッグに入れて立ち上がったそのとき、窓から見える空が光る。そして少し遅れて大きな雷の音がした。がたがたと窓が揺れて、どうやら風もよく吹いているようだった。
    「あー…そういえば、昨日の天気予報見てなかったな」
    大雨に強い風に雷。
    恐らく類に傘を借りさせてもらっても間違いなく家に着く頃にはびしょびしょに濡れてしまうだろう。そう思うと少し億劫になって憂鬱な気分が声に出た。
    「………」
    「類?」
    類が急に黙り込んでしまうので不思議に思って名前を呼びかけた。類の顔を覗き見るといつもゆるりと笑っているその口元が珍しく結ばれていて。
    やはり端正な顔立ちをしていると思う。類が集中していることをいいことに類の顔をじっと眺めていた。
    今、こいつはオレの恋人なんだな、頭の中でぼんやりと思う。形のいい唇に、筋の通った鼻、見れば見るほど完成されている。肌も綺麗だ。なぜ野菜を食べないのにここまできめ細かい肌なんだとついまじまじと見てしまう。よく見れば睫毛すらも長い。睫毛の影がその月のような目に落ちていて、いつの間にか目が合っているような気がした。
    「…司くん、そこまで熱心に見つめられると、照れてしまうんだけど」
    あと、その……近いよ。
    類にそうやんわりと嗜められてようやく我に返る。
    「す、すまん…っ!」
    「そんなに気にしなくていいから。とりあえず考えたんだけど、昨日はうちに泊まっていかないかい?」
    「え、しかし」
    「というか危ないから強制だよ。拒否権はなしね」
    それは流石に悪いと断ろうとするとすかさず逃げ場を塞がれた。オレが類のことを恋愛的に想っているのかはまだわからない。わからないままだが、なんとなく、落ち着かなかったのだ。
    「でも、その…一応今オレ達、恋人だよな」
    「…うん?そうだよ」
    こんなペースで家に泊まるなんて、不健全ではないか。たしかに今までにも、類の家に泊まったりすることはあった。しかしそれは友人としてでしかないのだ。類が、あ、と声を小さく漏らした。類は賢いからオレの意図が多分伝わったのだと思った。もしかして、と類が口を開いた。
    「意識してくれてるの?」
    「うっ」
    あまりそこには気が付いてほしくなかったが、簡単に言えばそういうことである。図星をつかれて情けない声が出た。類はその様子を見て確信を得たようで途端に口を抑えた。類が、笑いそうなのを堪えているのだと悟った。
    「おい、笑うな」
    「……ふふ、つい、嬉しくってね」
    てっきりバカにされていたのだと思っていたオレは類の言葉がよくわからなかった。嬉しい?それはどういうことなのだろう。
    「司くんは、男同士云々よりも、ちゃんと恋人として見てくれてるんだね」
    「?当たり前だろう」
    「…そういうところが好きなんだ」
    「は」
    「いや、そういうところも、かな」
    突然の告白に呆然としてしまう。実は、予想はできていたのだが。しかしながら実感がなかったため、いきなり意図せず確証を得てしまった、という状況である。
    "僕のことが好きなの?"
    "……それはわからん…"
    "そこには言葉に詰まるんだねぇ…"
    昨日のやりとりが頭をよぎる。オレが類のことを好きなのかはわからない、そう告げると類はあからさまに落ち込んだ様子を見せた。あのとき、もしかしたら、類はオレのことを…と気が付いてしまったのだ。
    「僕は、ずっと、君が思っているよりもずーっと前から、君のことが好きだったんだ。最低だけど、代わりを用意しようとするくらいにはね」
    「少しも悪びれる様子が見えないんだが」
    「だって、全部君のせいだし、逃すつもりもないからね」
    オレにはなんとなく類が焦っているのがわかった。類が嘘をついていることすら、お見通しだった。だって今までの類は、恋人の話をするとき、ずっと申し訳なさそうな顔で笑っていたからだ。悪びれる様子がないのではなく、あえてオレにそう見えるようにしているのだ。自分勝手に見えて、いつだって選択権はオレに与えてくれる、類はそういう男だ。でなければ、こうやってわざとオレのせいにして、オレが類を振ったとしても後腐れがないようにするはずがない。そんなに不安そうな目をオレに向けるはずがないのだ。
    「…類」
    「なぁに、司くん」
    多分、類は。オレが拒めば、逃すつもりはないと言いながらも、それを受け入れるだろう。そして、黙って、離れていくのだろう。しかし類は、優しいやつだから、オレが友人としてそばに居てくれなんて言えば、ひどいなあ僕のことをなんだと思っているんだい、なんて返してくれる気もする。だから、類を好きじゃないなら、突き放してしまえばいい。最初はそばに居てくれはすれども、きっと、いつしか類から離れてしまうだろうけれど。
    ——オレは、許せなかった。
    もちろん類だけに我慢を強いることもだが、それ以上に、
    「オレから離れるな」
    「え、」
    「オレは、類がオレのことを好きなのかと思うたび、」

    「……嬉しかったぞ」

    緊張していたからか、少し声が掠れる。気まずい沈黙が流れた。もしかしたら類に聞こえていなかった?いや、聞こえたはずだと思いたい。耐えきれなくて、つい口を出してしまう。
    「おい!なんとか言ったらど…っ」
    類に抱きしめられた、と認識したのは類の肩に顔がぶつかってからだった。つよく抱きしめ返すと、類の心音がより大きく聞こえてきた。
    「…司くん…っつか、さくん…っ!」
    「……ふ、泣いているのか。かわいいやつめ」
    嗚咽混じりの声は、情けなくて、ひどく、いとおしかった。類の背中を優しくポンポンと叩く。しばらくしてから抱き締められた身体がようやく離された。類が涙に濡れた目をごしごしと擦る。
    「そうやって腫れると言ったのはお前だろう」
    少し呆れながらも類の目を指で優しく拭う。すると類は甘えるように擦り寄ってきた。それがまた類にしては変にかわいらしくて吹き出してしまう。その反応に類が不機嫌そうに見つめてきた。
    「…なに、笑ってるんだい」
    「お前も存外甘えたがりだと思ってな」
    「お前、も?じゃあ司くんも甘えるタイプなのかな?」
    「ふは、そうかもしれんな」
    今度は僕に甘えてね、そう拗ねるように言われてまた思わず吹き出しそうになる。その様子を見てさらに拗ねた類が、突然口付けてきて、オレの叫び声が木霊したのだった。
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    neno

    MOURNING成人済みの付き合ってない類司のはなし。タイトル重そうに見えますがめちゃくちゃ明るい(?)普通の話です。
    ※成人済みしてる。
    ※めーっちゃ軽い嘔吐表現があります。
    復讐「る、類……急に起こしてすまん」

    今目の前でかわいらしく布団にくるまって、その隙間から僕を覗いているのは司くんである。司くんはお酒の飲み過ぎで昨夜の記憶がないらしく、起きたときに置かれていた状況を未だ飲み込めずにいる。司くんが言うには、起きたときに裸の僕がなぜか横に眠っていたらしい。驚いて自分が布団から飛び出すと、なぜか自分自身も脱いでいて、咄嗟に僕を叩き起こした、という話だった。
    「……その、昨日、なにがあった……?」
    「うーん、僕もあまりよく覚えてないな。たしか……、ああ、思い出した。昨日はむし暑かったから、二人で裸で寝ちゃったんだ」
     事実無根、すなわち嘘八百である。思い出したもなにも僕の頭にはしっかりと昨夜の記憶が刻まれていた。ついでに言うなら、昨日はむし暑くもなかったが、僕にとっても司くんに忘れられていた方が好都合である。それに、司くんにとってもそれが一番いいだろう。僕の言葉に司くんはあからさまにほっとした表情を浮かべている。
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    PROGRESS※18歳未満閲覧厳禁※

    2024/5/26開催のCOMIC CITY 大阪 126 キミセカにて発行予定の小粒まめさんとのR18大人のおもちゃ合同誌

    naの作品は26P
    タイトルは未定です!!!

    サンプル6P+R18シーン4P

    冒頭導入部とエッチシーン抜粋です🫡❣️

    あらすじ▼
    類のガレージにてショーの打合せをしていた2人。
    打合せ後休憩しようとしたところに、自身で発明した🌟の中を再現したというお○ほを見つけてしまった🌟。
    自分がいるのに玩具などを使おうとしていた🎈にふつふつと嫉妬した🌟は検証と称して………

    毎度の事ながら本編8割えろいことしてます。
    サンプル内含め🎈🌟共に汚喘ぎや🎈が🌟にお○ほで攻められるといった表現なども含まれますので、いつもより🌟優位🎈よわよわ要素が強めになっております。
    苦手な方はご注意を。

    本編中は淫語もたくさんなので相変わらず何でも許せる方向けです。

    正式なお知らせ・お取り置きについてはまた開催日近づきましたら行います。

    pass
    18↑?
    yes/no

    余談
    今回体調不良もあり進捗が鈍かったのですが、無事にえちかわ🎈🌟を今回も仕上げました!!!
    色んな🌟の表情がかけてとても楽しかったです。

    大天才小粒まめさんとの合同誌、すごく恐れ多いのですがよろしくお願い致します!
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    ・お題:香水

     ……ああ、またか。
     周りにはバレないようにため息をついた。司くんの纏う香りが、いつも違うことをなんとなく嫌だと思い始めたのは、きっと僕達が付き合い始めたからだろう。とはいえ彼の周りに、匂いがうつるほどの香水をつけている人なんていないし──飛ばしたドローンが浮気現場なんてものをとらえたこともない。
     ああでも、彼には妹さんがいたんだっけ。なら彼女がつけているそれの香りだろうか、と。抱きしめた彼の肩に顔を埋めていれば、くすぐったそうに彼は笑う。
    「どうしたんだ、類」
    「君はいつも、違う香りをさせているね」
    「ああ、それは役作りのためだ」
     ……ん?
     予想外の返答に思わず顔を上げれば、ふふんと自慢げな顔で胸を張っている。よくぞ違いに気付いたな、と取り出された小瓶には、今度のショーで彼が演じる役のラベルが貼ってあった。
    「毎回こうして、演じる役に似合う香水をつけているんだ。もちろん妹の協力も得ている上、客席には届かない、というのは承知しているが」
     そこで一度言葉を切り、彼は微笑む。
    「いつも隣にいるお前には、どのようなオレにもときめいていてもらいたいからな!」


    ・お 1218