はじめての今日は12月24日。クリスマスイブ。
だからと言って今までは特に何をするわけでもなかったが、今年は違った。
今年は、人生で初めての恋人ができたのだ。
好きで好きでたまらなくて、我慢できずに思いを告げた。そうしたら思いが通じて、晴れてお付き合いすることになった。この瞬間は、一生忘れないだろう。
そんな、大好きな恋人と過ごす初めてのクリスマスイブ。楽しんでもらいたい。そうは思ったものの、悲しいかな今までこういうことに無縁で生きてきたので、どうすれば良いのかさっぱりわからない。
クリスマスイブまであと一週間。
凪誠士郎は頭を悩ませていた。
「うーん……」
レモンティーを啜りながら、スマホを見つめる。その画面には『クリスマス定番のデートスポット!』『彼女と過ごすクリスマスデートおすすめプラン』など、色んな見出しが流れていく。記事を眺めては見るが、いまいちピンとこない。
(まぁ、「彼女」ではないからなぁ)
凪が思い浮かべた恋人の姿、潔世一。凪の目から見たら可愛くて仕方ない恋人だが、れっきとした男である。
そんな潔がこの記事に載ってるようなことをして、世の女性と同じように喜んでくれるのだろうか。
「うーん、難しいなー……」
悩みすぎてテーブルに額をくっつけていると、後ろからよく知る声が聞こえた。
「よっ、凪。何唸ってるんだ?」
「玲王かー…」
「何だよその言い方」
失礼なやつだな、と言いつつ全く気にしてない様子で玲王は凪の向かいの席に座る。
「で、今度は何悩んでんだよ。潔とくっついて幸せ絶頂じゃないのかよ」
「んー、潔と付き合えてすごく嬉しいのは違いないんだけど、また別の悩みがねー…」
「ほー、凪をこんなに次から次へと悩ませるとは、やっぱ潔やべぇな」
「他人事だと思って…」
「まぁそう言うなって、どれ、相談にのるくらいはできるぜ」
「んー…」
玲王にそう言われ、その方が早いかも、と一瞬思ったが、すぐにその考えを消した。
「………いや、大丈夫。これは自分で考えたい。多分、俺が自分で考えなきゃいけないんだと思う」
「…へぇ」
そう告げた凪を、玲王は目を細めながら見つめた。
──潔、お前本当にやべぇよ。凪をここまで変えてしまうなんて。
以前の凪からは考えられない変化に、玲王は苦笑いを浮かべるしかなかった。
「そういうことなら、頑張れよ」
「ん」
席を立ち上がり、凪の頭をポンと一撫でして玲王はその場から去っていった。
そうは言ったものの、手詰まりなのは変わらず凪は再び頭を悩ませる。何か無いものかと、再びスマホを眺めていると、ふととある一文が目に入る。
『成功の秘訣は二人が一緒に楽しむこと!』
そんな記事の締め括りの一文だったが、凪の中にこの一文がすとん、と落ちてきた。
(一緒に、楽しむこと……)
その言葉を認識すると、何かを思いついたように凪は体を起こしてスマホを再び操作し始めた。
「凪!おまたせ!」
クリスマスイブ当日。
待ち合わせ場所に潔がやって来る。
「おはよ潔」
「凪の方が早いなんて、今日雪が降るかも」
「む…失礼だな」
意地の悪い笑みを浮かべる潔の手を握る。
「わっ…」
「潔とのデートだもん、遅れるわけないじゃん」
「ん…そうだな、俺も楽しみにしてた」
そう頬を赤らめて笑う潔。その赤みは寒さのせいではないとわかっているので、凪も嬉しそうに笑う。
「で、まずはどこ行く?」
「んー、まずは……」
「くそー!負けたー!」
「潔やっぱ弱すぎ。今度一緒に特訓しよ」
あれから時間が経ち、空はかなり暗くなってきていた頃、二人はゲームセンターから出てきた。
「じゃ、潔。最後に行きたいとこあるんだ」
「おう!どこに行くんだ?」
「着いてからのお楽しみってことで」
そっと手を繋がれて、歩き始める。
少しばかり歩き続けて、空はすっかり夜の色になっていた。
「着いたよ」
「ここって」
二人が辿り着いたのは、暗闇の中で一際輝く色とりどりの光達。デートの定番スポットとも言えるイルミネーション。
「おおー!すげーキレイだなー!!」
そう目を輝かせながら潔は光の粒たちを見つめる。
「俺ってさ、昔からわりとこんな感じだったから、何かを見て感動したりとかあんまりなかったんだよね」
「ん?うん」
「そんな俺でもさ、記憶に残ってる景色があって。その一つがここのイルミネーション。小さい頃に親が連れてきてくれて、その時はよくわかってなかったんだけど、多分初めて見た景色に感動してたんだろうね」
そこまで告げて、凪は潔に向き合ってそっと手を握る。
「潔」
「うん?」
「今日、楽しかった?」
潔の目を真っ直ぐ見つめる。
「今日さ、最初は正直どうしたら潔が楽しんでくれるかな、ってずっと悩んでた」
「…そっか」
「でも、それじゃ駄目って気付いた。潔と俺二人が一緒に楽しまないと意味がないって」
「うん」
「そう思ったら特別な事とか考える必要なくて、俺が楽しいって思う所とか、俺が潔と行きたいなって思ってた所とかたくさん出てきて」
「うん」
「俺が楽しいって、嬉しいって、すごいって感じたもの、全部潔と共有したかったんだ」
──そう、今日潔と行った場所は特段変わったところは無かった。
スポーツショップ。
お昼はファーストフード。
人通りの少ない路地を二人でゆっくり散歩。
ゲームセンターでクレーンゲームと対戦ゲーム。
どれも凪の日常に馴染んでいるものばかりだった。
そして最後は、凪の記憶に残る鮮やかな景色。
それを、潔と見たかった。
「潔、今日楽しかった?」
再び問いかける。
「そんなの、決まってるだろ」
凪の胸元に飛び込む。
「俺、今最高な気分。内容もだけど、凪がこんなに俺のために色々考えてくれて、楽しくないわけないだろ」
「ほんと?」
「当たり前だろ!凪も逆の立場になって考えてみろよ。俺が、あそこ行こうかな、どうしたら楽しんでくれるかな、ってお前のことだけを思ってあれこれ考えてくれてるんだぜ。…どうよ?」
「……最っ高の気分」
「だろ?」
俺も同じ、と言って笑う潔。
「ありがとな、凪。こんなに楽しいデートに連れてきてくれて」
両手で凪の頬を包み、背伸びをして潔は触れるだけのキスを送る。
「次は俺の番、楽しみにしてろよ」
「うん、期待してる」
辺りが光輝く中、二人は抱き締め合って今度は深く口付けを交わすのだった。