「お前、ほんとになんでも似合うな」
「……これを見てそう言ってるんだったらマジで殺す」
いつもより殺意倍増で睨みつけてくる凛だったが、その格好で睨まれてもむしろちょっと楽しい、とまで潔は思ってしまった。
なぜこのような事態になっているか。その理由ついては時を少し遡る。
今や世の中的にも大注目となっているこのブルーロックプロジェクト。その中でもやはりBLTVでの注目度は非常に高い。試合映像や日常風景もかなり人気のコンテンツだったが、この度どこの差し金か、企画物の動画を撮影されることが決まった。なんでも
視聴者へ日頃の感謝を、ということらしい。
その今回の企画内容というのが『メンバーのコスプレ大会』ということ。
全員が様々な衣装で身を包み、あとは適当にその様子を撮影するので好きに騒げ、ということだった。
「……くっっっだらねぇ」
偉く重みのある悪態をついたのは凛。他にも拒否の反応を示すメンバーがちらほらいた。まぁ、当然の反応だ。
だが、そんなことはもちろん見透かされており、企画内容を伝えていた絵心が鬼のような言葉を紡ぐ。
「この企画に参加しない者は、今後の一切の試合・トレーニングを禁ず」
「………はぁっ!?」
これには流石の凛も、声を荒げる。他の拒否を示していたメンバーも同様だ。
どうやら全員に最初から拒否権は無かったようだ。
そういうわけで、全員が各々支給されたコスプレ衣装を受け取り、着替えに向かう。
潔も自分へ支給された衣装を手に着替えに向かう途中、苦虫を噛み潰したような顔をして衣装を受け取る凛を見かけた。
(凛はどんな衣装なんだろな)
少しだけ楽しみだと思いつつ、潔も着替えに向かう。
着替え終わった潔は、慣れない格好に正直出るのを躊躇う。しかし、参加しなければ今後の試合やトレーニングに出られないという言葉を思い出し、半ばどうにでもなれという気持ちで、指定された集合場所に向かう。
辿り着いた会場にはすでに先に着替え終わったメンバーがちらほらといた。その中で潔は壁際に凭れ掛かり、不機嫌オーラを隠そうとしないお目当ての人物を見つけた。
「凛」
駆け寄って、潔は改めて凛の格好をしっかり認識した。
そして、冒頭の会話に至る。
「いや、けっこう素直な感想。記念写真撮っていい?」
「そんなことしたら、今すぐここで殺してやる」
美人が睨むとマジで迫力あんな、と大抵の人間であれば竦み上がってしまう鬼のような形相で睨まれているにも関わらず、潔はけろりとしている。
そんなおどろおどろしいオーラを放つ凛の今の衣装は、所謂オーソドックスなロング丈のメイド服だった。186cmの筋肉質な男が着てもシルエットがしっかりしているところを見ると、上質な出来であることが伺える。おそらくカチューシャなどもあったのだろうが、流石に着けていなかった。潔が少しばかり残念、と思ったのは内緒だ。
「いいじゃん似合ってるし。それに、女装してるやつなんて他にもいるだろ」
「何一つ嬉しくねぇし、安心できる要素がねぇんだよ、クソボケ」
地を這うような怨嗟のこもった声が返ってきたが、潔は全く怯まない。
辺りを見回すと、時間の経過と共に人数も増え、潔の言う通り様々な衣装に身を包んでいるメンバーがいた。定番漫画とかのキャラクター衣装や女装、ファンタジー風な衣装、はたまたほぼ着ぐるみみたいなもの等など、よくここまで色々揃えたなと思うくらいにバリエーション豊かだった。
知ってるメンバーで言うと、蜂楽はほぼ着ぐるみ。電気を放ちそうな黄色いねずみみたいなシルエットの衣装に身を包んでいる。可愛いので良いと潔は思う。
別の所に凪と玲王も見つけた。玲王はシルクハットをかぶったタキシード姿、凪はうさ耳を着けた燕尾服。おそらく不思議の国のアリスの帽子屋と白うさぎのモチーフのようだ。
國神は着物を着て帯を締めただけの着流しスタイル。めちゃくちゃ様になっててちょっと羨ましい。
そんな中でも群を抜いてすごかったのは、予想通り千切だった。千切は女性物の着物をばっちり着こなした花魁風スタイル。あまりにしっくり来すぎて、失礼ながら本職か?なんて思ってしまった。
そんな感じで、知ってる面子の中でも様々なタイプの衣装があって、確かにこれは見てる側からすると楽しいのかもしれない、と潔は思った。
やらされる方は正直たまったもんではないが。
「………で、テメェのそれはなんだ」
「ん?俺?」
散々他のメンバーの衣装を眺めていて、思わず自分も視聴者側の気持ちになっていたが、潔もれっきとした参加者なのだ。当然いつもとは異なる衣装に身を包んでいる。
「あー、なんていうんだろなこれ」
潔の衣装は半ズボンにサスペンダー。おまけにソックスガーターという組み合わせ。所謂英国式の衣装なのだが。
(これは、どう見ても……)
「……ガキ用の服なんじゃねぇの」
「……言うなよ、同じこと感じてたんだから」
英国紳士と言うには重厚さが足りず、どちらかといえば少年と呼ばれる年代の男性が着ていそうなデザインの衣装だった。
半ズボンで膝がすーすーするのが落ち着かない。試合で着用するユニフォームだってハーフパンツだが、試合中はそんなことを気にしている余裕はないので気にならない。
だが、日常場面でこの装いはやはり若干、いやかなり気恥ずかしい。
「………あんまジロジロ見ないで貰えませんかね」
「あ?テメェだって散々俺のこと見てたろ。聞いてやる義理はねぇ」
ただでさえ気恥ずかしいのに、加えてさっきからずーっと見つめてくる凛の視線が痛い。思わず潔は凛からの視線から逃れるように顔を背けた。それが、凛には不服だったようだ。
「おい」
「なに……、んぎっ……」
声をかけられたかと思ったら、凛に顔を掴まれて潔は視線を無理矢理凛に向けさせられる。
「な、なんらよ……」
「……」
何も告げずただ無言で潔を見つめる凛。凛が何を考えているのかさっぱわからず、 ?しか浮かない潔は同じく無言で凛を見つめ返すしかなかった。
「おーい、お二人さんっ」
そこへ一際明るい声が二人にかかる。蜂楽だ。
その声に拘束していた凛の手が離れて潔は少しだけホッとする。
「二人も着替え終ってたんだね〜」
そう言い二人をまじまじと見つめる。
「ば、蜂楽?」
「なんか、二人がそのかっこで並ぶとさ」
少しだけ意地の悪そうな笑みを浮かべる蜂楽。あ、嫌な予感。
「幼いご主人様とそのメイドって感じ♪」
にゃはっ、という声が聞こえてきそうな笑みを浮かべる蜂楽に、ポカンとする潔とブルブルと体を震わせる凛。
「誰がこんなちんちくりんのメイドだクソ野郎っ!!!!!!」
完全にブチ切れた凛が、蜂楽を悪鬼の如く追いかける。
「だめだよー、メイドさんがそんな言葉遣いしちゃ〜」
「オカッパ殺す!!!!!!」
完全に会場が大騒動へと発展してしまった。着ぐるみを着た蜂楽を鬼の形相で追いかけるメイド服の凛。傍から見たら、とんでもないおもしろ映像だろう。
「………、やっぱガキっぽいってことかぁ……」
そんな騒動など気にすることなく、潔は潔でそうポツリと呟いてがっくりと肩を落とすのだった。
蜂楽と凛の追いかけっこは、BLTV配信でぐんと再生数を伸ばしたのは言うまでもない。
ちなみに一番再生数とコメント数を伸ばしたのは、千切の登場シーンだったとか。