冬は嫌いだ。
特に、夜。
暗闇の中で身体を刺すような寒さは、昔の、思い出したくない記憶の欠片を思い起こすから。
だから冬はいつも早めにベッドに潜り込んで、目を閉じる。世界から自分を遮断して、夜が明けるまで自分の中に閉じ籠もるのが、糸師凛の冬の夜のやり過ごし方だった。
──だがあいつと、潔世一と出会ってから、凛の冬の夜は変わった。
部屋の暖房はとうの昔に切っていて、ひんやりとした空気が漂っている。
ベッドの中で素肌を触れ合わせながら、凛は腕の中で眠る潔を見つめていた。
時間はまだ真夜中。まだ周りは暗闇が広がっている。外もおそらく刺すような寒さが広がっているだろう。
しかし、先程まで目の前の男と肌を重ね、熱を交わしていたためか、凛の身体は今もなお熱を灯していた。
「ん……」
腕の中の潔は凛の熱を全身で受け止めて、今は夢の中だった。少しだけ身じろぐ潔の前髪を搔き上げて、凛は潔の表情を真っ直ぐ見つめる。
「アホ面……」
ポツリと呟いて、更に深く潔の身体を抱き込む。んんっ、と少し苦しそうな潔の声がしたが、気にしない。首元に顔を埋め、潔の匂いと潔の身体に残る熱を感じていた。
それは冬の日の、寒い夜を苦手としていた凛を安心させるには十分だった。
今までは目を閉じて何も見ず感じず、ただ閉じ籠ってやり過ごすしか出来なかったのに、潔がいるだけで、こんなにも心地良くなる。ずっとこのままでいたいとさえ思ってしまうこともある。
「んん……、りん……?」
抱きしめる力が強すぎたか、少し舌っ足らずな声を上げて潔は目を覚ます。
「んー……、今何時……?」
「2時、まだ寝とけ」
「そっかー……」
そう言って潔も凛の身体に擦り寄る。お互いの熱が触れ合う肌から伝わってきて、少しだけ熱いくらいだ。
「寒い日の凛は甘えん坊だよな」
「あ?」
「いつもよりくっついてくるし、夜なんかは特に引っ付いて離れないしさ」
面白そうにそう言う潔にチッ、と一つ舌打ちをする凛。でも抱きしめる力は緩めてやらなかった。
「……テメェの体温が暖を取るのにちょうど良いんだよ」
「湯たんぽ代わりかよ。金取るぞ」
ふはっ、て笑う潔には何を言ったところでお見通しな気がして、なんともむず痒いような感覚になる。
「そんなにちょうど良いなら人間湯たんぽっていう仕事したら儲かったりして」
「…あ?ふざけんな、俺以外にこんなことしたらお前も相手も殺す」
「あはは、冗談に決まってんだろ」
途端に不機嫌そうになる凛を見て、本当に愉快そうに笑う潔。そんな様子に凛は更に眉を顰める。
ひとしきりクスクス笑って、潔は凛の頬にそっと触れる。
「こんなこと、お前以外に許すかよばーか」
「……それでいい」
満足気にそう言って、凛は再び潔の身体を強く抱きしめる。こんな時、素直に甘えられたら良いのだろうけど、生憎自分はそんな風に生きてこれなかった。
それでも。
潔はそんな自分も理解して、こうやって抱きしめ返してくれる。
それは、この世の誰よりも幸福なことだと、凛は自覚していた。
だから絶対に、この潔世一を離してなんてやらない。そう、決めていた。
「ふぁ……、ほら、凛ももう少し寝よーぜ……」
「ん……」
「おやすみ、凛」
瞼をとろんとさせた潔がそう言って凛の胸元に顔を埋めれば、凛も大人しく潔を抱きしめたまま目を閉じる。
少し経つと、潔から規則正しい寝息が聞こえてくる。
それを聞きながら、凛も意識を手放していった。
──もう、寒い夜に怯えることはない。