とある日の雑談の中で、その話題は出た。
「潔は感情出やすいから、わりと分かりやすいよね」
「そうか? そういう蜂楽だって分かりやすいと思うぞ」
「俺は思ったことを素直に出してるだけ〜、楽しい時は楽しい! って言いたいし、悲しいときは悲しいって言えたほうが気持ちが楽なんだよね」
「ま、それは一理あるよな。必要なこともあるだろうけど、あんまそういうの溜め込むのは良くないって言うし」
だから俺もやりたいようにしてる、とワガママお嬢の名を欲しいままにしてきた千切が胸を張る。
「あはは、確かに千切はそうだな! 俺はそういうの考えたことなかったけど、自然と出ちゃってるってことなのか」
「隠し事が出来ないタイプだね♪」
「うっ、言われてみれば確かに……」
そんな他愛のない話を潔、蜂楽、千切のいつもの三人で繰り広げていた。娯楽のない監獄内では、こういう何気ない会話がちょっとした息抜きになるので、潔は積極的に参加している。
「他の奴らだとそうだな……、凪は表情変わんねぇけど、あいつ意外と分かりやすいよな。気に食わないことがあった時、雰囲気で分かる」
「玲王もかなり分かりやすい方かもな。凪と連携が上手く決まった時とかすっげー嬉しそうなの分かるし。……二次選考の時は分かりやすいというか、まぁまぁヤバかったけど」
その後もあいつは〜、あの人も〜、などこの話題が続いていたが、とある人物の名前が出た時、潔は少しだけ首を傾げることになる。
「そういう意味では、凛ちゃんは分かりやすいかもね!」
「凛が? そうか……?」
そう蜂楽に言われたが、潔にはすぐにはピンとこない。
サッカーに於いてであれば確かに凛の考えていることが伝わる。それにより、潔は最良のパートナーの名に相応しい動きが出来ると思っている。
だが、それ以外はどうだ?
一言二言目には「ウゼェ」「ぬりぃ」等こちらの言葉を一刀両断する棘の強い言葉しか発していない気がする。
「……確かに、喜怒哀楽で言えば『怒』の部分は分かりやすいけどさぁ」
「にゃはは! 凛ちゃんいっつもブチ切れてるイメージだもんねっ」
「でもそれ以外の時は基本無表情だし、あんまり分かりやすいとは思ってなかったけどなぁ……」
うーん? と潔が首を捻ると、蜂楽と千切はおや、と顔を見合わせる。
「おい潔、お前本当にそう思ってるのか?」
「え? うん、あれ、何か変なこと言った俺?」
「にゃるほど〜、凛ちゃんのあれは潔には全く伝わってないという事か〜」
凛ちゃん大変だ〜、と蜂楽が呟くが潔には全く意味が分からなかった。
「え? え? なんだよ、どういうこと?」
「んー、ここで話しても良いけど、フェアじゃないよね」
「そうだな。そもそも凛の奴も無意識の可能性も高いし」
「えー……、俺には何がなんだかさっぱりなんですが……」
「とりま、潔も凛も頑張れよ。ってこと」
「潔を泣かすようなことしたら許さないけどね〜」
最後に何やら物騒な雰囲気で告げられたが、潔には二人が何を言ってるのかさっぱり理解出来なかった。
(だってあの凛だぞ……? サッカーに関係のない事にはとことん興味示さないじゃん)
サッカーに於いては確かに凛の感情はかなり分かりやすく現れると思う。悔しさ、怒り、憎しみ等など、負の感情をエネルギーにしてるのかというくらいに。
だが、一度フィールドから離れたら、サッカー以外にはとことん興味を示さない。今まさに潔達のような会話の輪に入ることも無い。要するにサッカー以外に向ける感情は無い、サッカー馬鹿。
それが、その時の潔から凛への印象だった。
「ん……」
そっと閉じられていた瞼を開ける。だが、寝起きの潔の視界はまだぼんやりしている。
(なんか、懐かしい夢を見たな)
あれはまだブルーロックにいた頃、潔が蜂楽と千切と交わした会話。まだぼんやりした頭でそう思い出していた。
(……、あの頃は何を言ってるのか全然分からなかったけど、後から色々教えてくれたんだっけ)
あの時はそこで会話は終わっていたが、色々あってしばらく経った後二人は答え合わせ、と色々話してくれた。
そんなこともあったな、としみじみと懐かしさを噛み締めてる間に視界がはっきりしてくる。そこでようやく自分が今ベッドの中で、目の前で寝息をたてる男、──糸師凛に抱き締められているのを把握した。
(まさか、こんな関係になるなんて、あの頃の自分は考えてもいなかったよな)
先程の夢を思い出し、当時の自分の心境を考えれば、よくぞまぁここまで来たものだ、と感慨深くもなる。二人が今の形になるまで、それはもう色々な事があった。あまりに出来事が多すぎて全てを思い返すのは辞めたが、今思えば、あの時の会話はきっかけの一つになったかもしれないな、と潔は振り返る。
二人が言いたいことがいまいち理解できずにいた潔は、あの会話の後、前より凛の事を意識して見るようになった。凛の一挙一動から読み取れるものはあるのか、と。それもあり、その件とは別途に色々見えたものもあって。
気が付けば、潔は凛の特別になりたいとまで思うようになっていたのだ。
「ん……」
思案に耽っていた潔だったが、自分の目の前の男がもぞりと動いたかと思うと瞼がゆっくりと開き、その翡翠が潔の姿を捉えた。
「おはよ、凛。まだ早いからもう少し寝てようぜ」
「ん……」
まだ半分夢の中なのか、凛は短い反応を示すだけだったが、急に潔を抱き締める力が強くなり、すり、と潔の頭に頬を寄せたかと思えば顔を埋めてくる。
「……身体は」
「ん? あぁ、多分平気。……俺が落ちちゃった後綺麗にしてくれたんだろ、サンキュ」
「別に、そのままにしとくのは俺が気に食わなかっただけだ」
「はいはい、それでもありがとうな」
そう言って凛の頭を撫でてやる。その手を振り払うことなく凛は目を閉じて気持ちよさそうにその動きを享受する。まるで猫みたいだ。
「潔」
そう名前を呼ばれると、凛は身体を少し起こして潔の上に覆い被さる。そのまま顔を近付けてくるが、それは他でもない潔の指によって唇の直前で止められる。
「……何のつもりだテメェ」
「んー?」
(これは『怒』、ちょっとだけ『哀』もあるかな)
クスクスと楽しそうに笑う潔を、凛は不貞腐れたように見つめる。侵入を阻んだ潔の指が離れたかと思えば、潔から唇が重ねられる。その動きに凛が一瞬驚いたように目を見開くが、すぐにその切れ長の目がうっとりとしたようにとろりと溶けてきたのが分かった。
(これは『喜』、『楽』とはちょっと違うかな)
ちゅ、ちゅ、と軽いリップ音が響く。
「何か今は俺が甘やかしたい気分だったんだよ」
そう言って頬を撫でてやれば、これもすり、と擦り付けるように受け入れる凛。そのままその手を取り、ちゅ、とわざと音を立てて唇を寄せる。
「……、ならもう少し甘やかせ」
「はは、いいぜ。ただし、今日は買い物行くんだから歩けなくなるのは勘弁だぜ」
「さぁな、お前次第だ」
「もぉ……、そろそろ加減を覚えて……、んっ」
「もう黙っとけ」
そう言ってそれ以上言葉を紡げないように、凛は潔の唇を塞いでくる。
最初は何も分からなかった。
一緒に過ごすうちに『喜怒哀楽』が少しずつ分かるようになって。
もっと一緒にいるうちに、その四つの感情だけでは収まらないくらい色んな感情を見せてくれるようになった。
──それが、とても嬉しくて、愛おしくて。
この先もっと一緒にいたら、また新しい発見があるのかもしれない。そう思ったら、凛と過ごすこの先がとても楽しみで仕方ない。
潔は夢見心地のまま、凛に与えられる熱に身を委ねた。
「あの時から凛ちゃんは、潔に関してだけはすごく分かりやすかったよね」
「あれだけわかりやすく執着されて、まさか当の潔がわかってなかったのは驚いたけどな」
「ねー! 凛ちゃんが自分から近寄るのなんて潔だけだったし、潔の側にいる時なんかもうお花が飛んでる幻覚まで見えたことあったもん」
「そんで、潔が他の奴の所に行くとめちゃくちゃ睨んできてたし」
「ま、時間はかかったけどとりあえず収まるとこに収まったみたいだし、良かったんじゃない?」
「だな。傍から見たらいつくっつくんだよ、て感じだったからな、見てるこっちがやきもきしたぜ」
「とりま、潔が幸せならおっけーて感じ」
「同感」