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    蝋いし

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    蝋いし

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    ガスマリ、ボンボンショコラで酔った

     珍しく、ガストのスマホにノヴァ博士から着信があった。マリオンが今日は朝から検査がある、とノヴァ博士のラボに先ほど向かったはずだ。
    「『おはよぉガストくん、今話しても大丈夫かい? うん、ありがとう。さっそくで申し訳ないんだけど、お願いがあってね、今からラボに来てもらえる?』」
     マリオンが動けなくなっちゃって、とノヴァ博士が続けたのでガストは驚いた。
     ノヴァ博士は、マリオンのことをガストに部屋まで運んでほしいようだった。どういうことかとガストが訊ねると、どうやらマリオンは酒入りのお菓子で酔ってしまったらしい。
     マリオンが大人しく採血を受けたご褒美に、ノヴァ博士はチョコレートをあげたそうだ。もらいものだったからノヴァ博士は確認していなかったが、チョコレートにはなかなかの度数の酒が使われていた。甘さを気に入ったマリオンは、それをいくつも食べてしまった。
     酔ったマリオンをノース部屋まで送ろうにも、非力のノヴァ博士には難しい。それでガストへ連絡が入ったというわけだ。
     ガストがラボを訪れると、ノヴァ博士が朗らかに出迎えた。
    「いらっしゃ~い、待ってたよ、ガストくん。急でごめんね、あっそうだ、ガストくんにもあげるよ~」
     言ってノヴァ博士は、個包装の丸いチョコレートをひと掴みガストの手に乗せた。
     ガストが戸惑いながらもチョコレートをポケットにしまっていると、ラボの丸椅子からマリオンの視線を感じた。見やれば、マリオンが厳しい目でガストを睨み上げている。
     ちょこんと椅子に座る姿は、姿勢がよくていつものマリオンだ。しかし頬が赤く、焦点もどことなくずれていて普段どおりでないことは一目でわかった。
    「マリオン、ガストくんが迎えに来てくれたよ~」
    「ボクは呼んれらい」
    「おれが呼んだんだよ。帰ろう、マリオン」
     マリオンはノヴァ博士に、小さい子みたいに両手を取られてしぶしぶ、といった具合にゆっくり立ち上がった。
     支えてくれと頼まれたガストは、マリオンの肩へそうっと手を回した。マリオンはまっすぐ立っていられないらしく、ガストの服の背を力強く握りしめた。傾いだ薄い身体をガストは慌てて抱き寄せる。
    「えっ、熱っつ!? マリオン、大丈夫か?」
    「うるさい、だまれ」
    「それじゃ悪いんだけど、よろしくね、ガストくん」
     酔って身体がほかほかのマリオンを抱き支えて、ガストはラボを後にしたのだった。
     ノヴァ博士からは、マリオンを自室まで支えてくれればよいと言われたが、部屋へ戻ったらまず水を飲ませて、身体も冷やしてやった方がいいだろう。ガストはよたよたと離れ行こうとするマリオンをぐいと抱き直した。
    「あれ、ノヴァは」
    「ノヴァ博士は仕事中だよ。酔いが醒めたら会いに行こうな。そうだマリオン、今日の検査でちゃんと採血受けられたんだってな。偉い偉、い……」
     話題を探しガストは言ってから、自身の失言に顔をしかめた。
     たどたどしく歩くのとか、ノヴァ博士に両手を取られていたのとか、どうもそういうところを続けて目にしたからまた、マリオンを年下扱いしてしまった。
     このあいだ似たようなことを言って、鞭、いや縄跳びでしばかれたばかりなのに。再び怒りに触れたかとガストはマリオンの様子を窺ったが、マリオンは唇をとがらせただけだった。
    「ふん、当たり前ら。注射くらい、ろうってこと」
    「あー、うん、そっかそっか! おっ、台車が来るな。マリオン、ちょっとこっち」
     酔っているお陰かマリオンは怒っておらず、ほっとしてガストは話題を逸らした。
     逸らし先にちょうどよく、というのかわからないが廊下の正面からラックを積んだ台車がやってきていた。ここはまだ研究部のフロアなので、廊下を試料や機材が行き来することも多い。
     幅の広い台車は狭い廊下の七割ほどをふさぎながらこちらへ近づいていた。ふたりで壁に寄れば十分すれ違うことができるが、押しても引いてもマリオンの身体はガストのいうことを聞かない。どれだけ体幹が強いんだ。
     酔っぱらうと変なことにこだわったり、涙腺が弛んだりあまのじゃくになったり意固地になったり、いろんなヤツがいるが大体はまず判断力が落ちる。いつものマリオンならさっと廊下の端へ寄るんだろうが、酔った今のマリオンは寄らないどころか、ガストの言うことに従いたくないらしい。小さな足が廊下の床から離れない。
     通ります、と台車を押すスタッフがガストたちへ声をかけた。もう距離がない。慌てたガストは他に思いつかず、ままよ、とマリオンを抱き上げた。
     マリオンを横抱きにして、ガストは壁を向いた。思いの外マリオンから抵抗はなく、静かなままなのが逆に恐ろしい。台車の通り過ぎた途端に鞭で思い切り打たれるんじゃなかろうか。軽々しく抱き上げるな、とかなんとか。
    「お、怒らないでくれよ、廊下ふさいでるわけにいかないだろ」
    「……」
    「マリオン?」
    「部屋に戻るんらろ。早くしろ」
     台車を見送ったガストの腕の中で、マリオンは両腕を組んでガストを見上げた。
     マリオンが大人しく収まっていることにガストは呆けたが、我に返ってマリオンの身体を下ろそうとした。しかしマリオンは体勢を変えず、代わりにくいとガストのタイを引っ張った。このまま運べということらしい。
     酔っぱらって頬をぽうっとさせているくせに、その上ガストの腕の中なのに、気位高く見下ろす視線でマリオンは指図した。ほんの少し意地の悪い気持ちが湧いて、ガストはもう一度マリオンを廊下へ下ろす素振りする。マリオンの肩がガストの胸を小突いた。
    「おい」
    「はいはい、わかりましたよ」
     ガストは笑って、女王様、とは口の中で言うにとどめることにした。マリオンは赤い頬で機嫌よく頷いた。
     このあと一日中抱え続けるわけでもなし、細身のマリオンを抱き上げているくらいガストには大したことなかった。正直、あまりにも華奢だったので抱き上げた瞬間は心配になったほどだ。年下とはいえあまりに軽い。それでいて訓練中はガストを軽く伸してしまうのだから、何がどうなっているのやら。
     居住階行きのエレベーターにたどり着き、ガストは中へ乗り込んだ。マリオンは階数のボタンを押してはくれたが、やはり下りる気はないらしかった。ガストは苦笑いしつつ壁の上部の階数表示を眺める。
     ふと、ガストは胸元に何か感覚があることに気づいた。視線を下ろすと触れていたのはマリオンだ。ガストの制服の胸ポケットを指先で撫でていて、そうして今度は小さな鼻をガストの胸に寄せている。
    「マリオン!?」
    「うるさい。……甘い、匂いがする」
     マリオンはすんと匂いをかいだ。
     ガストの胸ポケットに入っているのは、さっきノヴァ博士からもらったチョコレートだ。腰回りのポケットに入りきらなかったので、いくつか胸にもつっこんだ。それにマリオンが気づいたらしい。
     マリオンは酔いを帯びた緩慢な動作で、ガストの胸元へ熱った頬を擦り寄せた。いや、チョコレートの匂いを気にしているだけだろうが、マリオンは顔が可愛らしく手指も華奢だ。マリオンの性別は理解しているものの、腕の中の光景にドキドキしてしまう。
     マリオンはため息をついて、不意に気がついたみたいにガストの胸ポケットへ指先を差し入れた。酔っ払いの行動なんて読めるものじゃない。マリオンは二つか三つ小さなチョコレートを取り出してしまった。
    「おい、マリオン駄目だ、これ以上は」
     ただでさえこんな酔いどれなのに、さらにアルコールが入ってはまずい。マリオンは慌てるガストが面白いのか、赤らめた頬でこの上なく可憐に微笑んだ。可愛い、と思ったがこの笑顔は別の場面で見たかった。
     マリオンの身体を下ろそうとしても、たぶんまた嫌がられるだけだろう。片腕に抱えて空いた手でチョコレートを取り上げるか。ガストの迷う間にマリオンが、指でつまんだチョコレートを包みの上からかいでいる。
    「マリオン! えーっと、そのチョコレート、俺が食べたいなー! マリオンも食べたって聞いて、うらやましかったんだよ、それは俺にくれねぇか?」
     マリオンがじっとガストを見上げる。待つこと数秒、小さな口からもれた溜め息は、マリオンがしょうがない、と言うときのやつだった。
     イチかバチかだったが言ってみるものだ。普段のマリオンなら間違いなく「知ったことか」と言うところでも、酔ってご機嫌だったお陰でガストの言葉を聞いてもらえた。
     あとはマリオンの気が変わらないうちに部屋へ戻って水を飲ませて、ガストのもらったチョコレートは自室に隠してしまおう。またマリオンがこんなことになっては困る。
     ガストの言葉を聞いたはずのマリオンだが、しかしチョコレートをガストのポケットに戻していなかった。食べようとするの、やめたんじゃなかったのか。ガストは焦って"?"で頭がいっぱいになった。見る間に白い指は包装を解き、丸いチョコレートをつまんで差し出した。
    「え? は?」
    「仕方のないヤツだ」
     つままれたチョコレートがガストの口元で揺れた。
     ガストが応じ損ねていると、エレベーターが止まった。もう居住階、と驚いたが違ったみたいだ。扉の開いた先にビリーとフェイスが要る、とガストの気づいた瞬間にマリオンがチョコレートを口へ押し込んだ。
    「むぐっ、ん!!」
    「えっと……一応伝えておくと、このエレベーター、監視カメラついてるよ」
    「いやっ、ちが」
    「お邪魔しましたー☆ いいもの見せてもらっちゃった」
     フェイスたちが乗り込むことなく、エレベーターの扉は閉まった。閉まる直前、ビリーの構えたスマホがガストたちを向いているのが見えた。
     ガストはマリオンを横抱きに、チョコレートを食べさせてもらう姿を見せたまま、何も説明できずカメラに撮られたことになる。
    「いやいやいや、マズくねぇか」
    「は? ボクのやったチョコがまずいって言うのか?」
     ガストは赤い頬で言うマリオンの言葉に、力が抜けてがっくりと肩を落とした。「違うよ」と答えてやる。ガストはマリオンを抱くまま、居住階でエレベーターを下りた。
     さっき撮られた画像か動画かは、すぐに所内SNSへアップされるだろう。茶化されはするだろうが、ガストの周りは説明すればわかってくれる連中ばかりだ。しかし酔いから醒めたマリオンは怒り狂うに違いない。
     憂鬱に思いながら、ガストはマリオンを部屋のベッドに座らせた。
     キッチンから水と保冷剤を取ってきて、保冷剤はタオルに包んでやった。マリオンは抱き上げていたのを下ろされて不機嫌だったが、ガストが冷たい保冷剤を渡すと小声で「ありがとう」とガストに言った。
    「歩いてないのに、揺れてる」
    「酔えばそうなるさ」
    「ぐらぐらする」
    「横になるか?」
     マリオンは首を左右に振った。
     不調で心細いらしく、マリオンはガストの服の端を握りしめていた。振りほどくわけにもゆかずガストはマリオンの隣に腰掛ける。時間が経って、マリオンは酔いがラボを出たころよりも醒め始めているみたいだった。
    「あんなにおいしいんじゃ、たくさん食べちまうよな。つぎ食べるときは少しずつにしようぜ」
    「……うん」
     妙に素直な様子でマリオンは頷いた。ガストが勧めた水を受け取ってまた飲む。
     マリオンは不快そうに自分の足元を見つめていた。まだマリオンは未成年で、酒になんて慣れる機会はない。辛そうだ、と思うままガストは真っ赤な頬に手が伸びていた。
    「オマエの手、冷たいんだな」
    「え、へ? あ、いやっ、悪りィ! 保冷剤の方が冷たいと思うぜ!!」
     ガストは大慌てで保冷剤を手の代わりにマリオンの頬へ当ててやった。
     そのときスマホが通知で震えて、ガストは慌てるままポケットから取り出した。SNSでガストのタグ付きの記事が投稿されたらしい。ぼんやりするマリオンを横目に記事を確認する。案の定ビリーの投稿だ。
     エレベーターの中、横抱きにされながら小さく身を乗り出すマリオンが、ガストの唇へチョコレートをあてている画像だった。すでに複数のアクションを受けていて、これはビリーに言っても消してもらえそうにない。いや、金を積めばあるいは。
     マリオンはあのとき「仕方のないヤツ」とガストへ言ったのだった。が、画像のマリオンは心底楽しげだ。しばらく見つめて、ガストはビリーの投稿画像を保存した。
     マリオンが「どうした?」という顔で見上げるので、なんでもないとガストは返事した。所内SNSの身に覚えのない記事に、マリオンが怒り狂うまであと三時間。

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