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    蝋いし

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    蝋いし

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    ガスマリ(ワンドロ)、プール

     ガストに勧められラッシュパーカーの前を閉じて着ていたが、隣にガストがいなくなった途端、礼儀知らずの男から声を掛けられることが増えた。胸元が隠れていると、自分はどうやら女性に見えるらしい。パーカーは脱いで腕に掛けておくことにした。
     マリオンはガストを探して夜のプールサイドを進んだ。飲み物を取ってくると言ったガストがなかなかマリオンの元へ戻らない。
     ネオンカラーの華やかな明かりが水面へキラキラと反射している。バックはクラブミュージックだ。光景として綺麗ではあるが、音楽と客らの騒々しさにマリオンは短く息をついた。最悪の空間だ。
     ナイトプールって、わかる?とフェイスがマリオンへ声を掛けたのは、先週の夕刻のことだった。何でもフェイスの企画で、イエローウエストのホテルがナイトプールを開いているらしかった。
    「なんだ、いきなり。……そ、それくらい、知ってる」
    「ほんと? よかった、じゃあコレ」
     言ってフェイスはマリオンにナイトプールのチケットを渡した。
     マリオンはナイトプールというのを名前くらいしか聞いたことがなかった。実態は知らないが、きっと名前のとおり夜に楽しむプールなのだろう。夜景が綺麗なのと同じように、ライトアップされたプールは雰囲気がよいに違いない。
     と思ってやってきたのだが、ナイトプールとはマリオンが思っていたのとずいぶん違っていた。
     あのフェイスの企画だという時点で、自身は気がつくべきだった。しかしあのときはマリオンがいらない、とチケットを返す間もなくフェイスは行ってしまった。それに、自分の企画だから是非来てほしい、など去り際にフェイスが言うのだ。マリオンは追いかけて突き返す気が削がれた。来てしまったのは決して、未知の施設への興味が湧いてしまった故ではない。
     今夜のマリオンが一人でなかったのだけは、まだマシだっただろう。始めはマリオン一人で行こうと思っていたのだ。マリオンがナイトプールへ行くと言ったら、何故かガストがついて来たがった。
     一人で行くのか? どういうところだかわかっているのか? よかったら自分のことも連れて行ってくれないか?とガストは妙な様子だった。ガストがプールよりも海が好きだとよく言うから、マリオンは誘わずいたのに。
     仕方がないからガストも連れて来たが、たしかにマリオンが一人で来るところではなかった。連れ立った賑やかな連中やら、カップルやらナンパ目的共やらがひしめいている場所だったからだ。
     今はマリオン一人きり、まったくアイツはどこで油を売っている。マリオンは一人で顔をしかめた。
     プールサイドを歩いていると、ガストといたときよりもいやに強く視線を感じるのだ。パトロール中に街で感じる視線よりも、ずっと不躾で気分が悪い。カップルはフロートの上でお互いを見つめるのに夢中だから、こっちを向かないだけまだいいほどだ。
     視線にうんざりしながらしばらく行き、マリオンは女性数人に囲まれるガストを見つけた。なかなか帰ってこないと思ったら、ナンパに阻まれていたようだ。マリオンは傍に生えていたヤシの木の後ろへさっと身を隠した。
     ガストは女性らを相手に焦ってあたふたしていた。水に沈んだ街を観光案内したときは、ガストも最終的に多少は女性観光客への耐性がついていたように見えた。それでもガストは未だに女性が苦手だ。
    「いやっ、そのっ、向こうで人を待たせてて……!」
     ガストはドリンクを持っていない方の手で、女性らから距離を取らんと制止の仕種をして見せている。
     ガストの女性苦手の意識の原因はマリオンだった。判明して以来、マリオンは少し、本当にほんの少しだが罪悪感を覚えていた。こういったナンパへの対処を繰り返せば、ガストの苦手意識も薄れていくのじゃなかろうか、とマリオンは最近敢えてガストを女性らからされるままにしておいている。ひどく圧されるようなら助けてやるが。
     女性のうちの一人が、それならその人も一緒に、とさらにガストへ強く迫った。これでガストがマリオンの元に女性らを連れてきたら鞭で打ってやる。マリオンは思ったが、ガストは断っているみたいだ。心の底から必死の形相だ。
    「あの、だからもう、行かねぇと!」
     きっぱりと断らないから話が長引くのだ。呆れてマリオンは腕を組んだ。ドリンクが温くなっても何だし、そろそろ助けてやるのがよいか。
     そうしている間、不意に女性の一人がガストの指を握った。女性らから距離を取るためにガストがかざしていた方の手だ。もう一人がガストの胸元に手を置いて、ガストの顔を覗き込む。アイツの方こそ上着を着ているべきだった。ガストの頬は真っ赤だ。
    「いやっほんと、困るっていうか……こ、恋人を、待たせてるんで!!」
    「おい、遅いぞ」
    「へ? え??」
     マリオンは間の抜けた顔のガストへ身を寄せて、至近距離から見上げてやった。
     パーカーを着込み駆け寄って、マリオンはガストの腕を取ったのだ。女性らとのあいだに身体を入れる。マリオンは今気がついたふうにガストからドリンクを取り上げて、女性らの方を振り向いた。
    「もう、行っても?」
     女性らは呆気に取られてマリオンを見つめている。返事がなかったのでマリオンはガストを連れてその場を離れた。すたすたとプールサイドを進み行く。
     後ろから「マリオン!」と呼ぶ声がするが、マリオンが先を行けばガストはすぐについてきた。人の少ないプールの端で、やっとマリオンは腰を下ろした。
     足先をプールに突っ込む。膝まで水に浸かって気持ちいい。
    「オマエ、遅いぞ。あの程度に何を時間掛けてるんだ」
    「え、えぇー、大変だったんだぜ、四回目でさ」
     三組は無事に捌き終えたあとだったということか。隣へ腰掛けるガストに、マリオンは持っていたドリンクの片方を渡した。逆さになった電球の形のグラスだ。初めて見た。底が光って二人の胸元をぼんやり照らしている。
    「遅くなっちまったのは悪かったよ。ありがとな、助けてくれて」
    「本当なら一人でさっさと対処するところだ。……一人にされたボクの身にもなれ」
    「はは、悪かった――って、マリオンもナンパされてたか!?」
     答えずマリオンはハートに曲がったストローを咥えた。
     わざわざ上着の前を閉じて着て出たから、女性らはマリオンを「コイツの彼女」だと認識したに違いなかった。不本意ではあったが、あの場では恐らく最善の対応だった。思い出しながら飲んだ電球の炭酸飲料はややぬるい。
     自身が性別に誤解を受けやすい容姿だということは理解している。今回はそれを利用したに過ぎなかった。女性らの手がガストへ触れるままにしておきたくなくて咄嗟にやった。
     ふと視線を感じて、マリオンは顔を上げた。ガストが何故かはっとした様子だ。
    「なんだよ」
    「い、いや、別に。あっ! もしかして、さっきはマリオンが女の子だと思われたのか! そうだよな、あの場に男二人じゃまたまとめて誘われて――うおっ!?」
     どうしてコイツはわざわざ口にするのか。マリオンは片手で水を掻いてガストへ思い切り引っ掛けた。ガストが大袈裟に顔を庇う。少し面白く見えてしまって、マリオンはドリンクを傍へ置いた。今度は両手だ。
     跳ね散る水に照明のネオンカラーが反射する。やり返してガストの手もマリオンへ水を掛けた。
     最悪に思えた空間ではあれど、少し遠いBGMの中で二人笑い合うのは悪くなかった。

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