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    マカロニサラダ

    @LIFEWITHAGHOST

    梓月蓮(生きてる)とD君(幽霊)ブロマンス
    創作名:フレンド・イン・ザ・ルーム
    バドエンメリバしかない
    絵と小説を出してます。

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    マカロニサラダ

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    交通事故で亡くなったはずの友達が幽霊となって現れ、同居する話です

    わかりやすく属性で表すと⬇️
    健気なワンコ系DK(幽霊)×気だるげ寡黙DK

    ほのぼの+不穏です
    いずれ本にしたい…とコツコツ書いてます

    #創作BL
    Original Bl
    #ブロマンス
    bromance
    #創作
    creation
    #男子高校生
    mensCollegeStudents
    #オリジナル
    original
    #BL
    #日常
    daily
    #不穏
    notStable

    【ブロマンス小説】フレンド・イン・ザ・ルーム【幽霊】 七月二十二日。高校二年の夏休み初日。梓月はほの暗い部屋を照射する電灯を見つめている。黒く肩に触れるほど伸びた髪は、毛先が不揃いで傷んでいる。蜂蜜色と薄花色のオッドアイが長い前髪から覗かせていた。この部屋には、カーテン越しに差し込む光も、窓の外の喧騒もない。このまま、誰にも見つけられずに往生を遂げるのか。
     ふと、部屋が冷気を増して寂びれた心地になる。霜風の出処を見ると、毛布を被り現今にそぐわぬ書生服を着た友人の姿があった。いや、人ではない。暗がりの中なのに薄らと光を帯びており、透けた身体の向こうには午前三時を示した壁掛け時計が見える。梓月は、どうせ夢だと悟るも、それの顔を見て不愉快な表情を顕にした。都合の良いように生み出した存在が何故泣くのか。
    「なんでこんな夢ばっかり」
    「違うよ」
     記憶から薄れつつあった友の声が鮮明に聞こえた。
    「なんだよ、ただの幻の癖に」
    「ほんとうだったら?」
    「本当なわけ、だってお前」
     梓月の表情は青白く、額からは脂汗が滲み出ている。
    「この前死んだじゃないか」
    「ごめんね、ずっと待たせてしまって」
     D君はそっと手を伸ばすも、梓月の目の前でしまいこむ。そして、何か言いたげに己の手と面食らった梓月を交互に見ている。けれども、梓月の沈黙に耐えられずに口癖を零す。
    「ごめんなさい」
     梓月は、半分起き上がった身体を再び床に落とす。
    「寝させて」
    「う、うん! 顔色悪いもんね……」
     鼻につく言葉選びの下手さに覚えがある。一度寝て考えよう。朝になればわかることだ。
    「梓月くん!」
     混濁した目に友が飛び込んでくる。高校一年生の夏にプールサイドで肌を寄せ合い、暖をとっていたことを思い出す。友の傍が寒いと感じたのは、この日が初めてだった。

     夢を見た。そこは真っ暗で冷たい場所。気がつくと、そこにはD君がいるいつもの夢。
    「どうして、僕を置いて行ったの?」
     震えながら俯いているD君を、見つめていた。
    「僕は、ずっと待ってたのに」
     友の声は、掠れていて苦しそうだった。ふわりと漂うD君の手に触れようとする。
    「もう、疲れちゃったなあ」
     D君がそう呟いた瞬間、目が覚めた。

     七月二十三日
     梓月が一人で生活しているワンルームの部屋。時刻は昼過ぎ、真夏の暑さ。カーテンは締め切られ、電気をつけていない暗い室内で布団の中で丸まっている。扇風機の音だけが部屋に響いていた。ふと音のする方を横目に見ると、友が台所を崩壊させていた。首だけを動かして様子を見ると、ひっくり返った調理器具に、虚しく落ちた卵が見える。あちこちに濡れた米が飛び散っていた。
    「なにしてるの」
    「あっ、あっ! 起きちゃった。ちょっと見ないでくれる? 一瞬でどうにかするから」
     そう言って腕で空をきるが、棚から鍋がシンクに落ち、盛大な音を立てて友の奮闘は終わりとなった。友はギャア! と声を上げて飛び跳ねる。怖がる幽霊って居るんだ。
    「幽霊になってまで料理しなくても……食べなくてもいいんでしょ」
    「だって梓月くんがまたご飯食べてないんだもの!」
    「やかましいな」
     梓月は首を戻して再び眠ろうとする。ガシャンガシャンと音を立て続けるのに焦れったくなり、数少ない皿を割られた時にようやく友に話しかける(文句を言いに行く)気になった。
    「どうしてそんなことに?」
    「僕、料理ができるのが取り柄だったのに……」
     包丁に手を伸ばすも、何も掴むことなく空をきるだけだった。それでも諦めずに何度も繰り返したが、触れることはできないまま、諦めるように手を下ろした。そして、聞き取れない言語を呟いたと思えば目の前のスプーンが宙に浮いた。先程までの騒ぎはこのせいか。聞きたいことは幾つもあるが、落ち着いた暴れ馬を窘めることにする。
    「パンでも食っとけばいいから」
     梓月が渋々起きて冷蔵庫を開けると、圧倒的に余白が多いことに友は慄く。家の主は気に留めない様子で水を取り出して、カゴからしわくちゃな袋に入ったパンをちまちまと食べ始めた。
    「もういいよD君。休みなよ。休んで欲しい」
    「う、うん……」
     猫背になってパンを食べる梓月に向かい合って正座をした振りをする。フワフワと浮いているのだから仕方がない。高い背丈を丸めて小さくなった姿は、彼の気の小ささを表しているようだ。
    「いろいろ聞きたいことはあるんだけどさ、どうしてここに来たの。家族のところは行った?」
    「うん、もちろん。初めは家族に会ったら成仏できると思ってたんだけど、できなくて。あとは思い当たるのが梓月くんくらいだなって」
    「俺なんかに未練あるの」
    「未練っていうか、気がかりで。だって、前から僕が言わないと不摂生な生活繰り返してたでしょ。夏だし干からびてるんじゃないかって」
    「え、わざわざ俺の家に飯作りに来たの?」
     梓月が呆れた声で問いただすと、友は当然のように頷く。再び時計を見ると、十三時を半刻過ぎたところだった。
    「わざわざ来てくれたところ悪いけど、俺バイトあるからさ」
    梓月は、最低限の荷物しか入っていない出勤用の手提げ鞄を持つと、急かすように話を切り上げて玄関へ向かう。
    「梓月くんのバイト先行ったことない!ついて行ってもいい?」
    「まあ、いいけど。朝みたいに余計なことはするなよ」
    梓月は、靴を履きながらぞんざいな相槌をして家を出る。錆の際立つアパートの階段を降りる。道路が照り返す熱が不快にまとわりつく。遅刻の二文字が脳を埋め尽くしていたので、友の相槌が聞こえなくなったのに気づいたのは、自分の家が見えなくなったころ。振り返ってみても姿は見えず、案の定幻覚だったか、と晴れずにいた疑念を信じてみることにした。
    バイト先の弁当屋に到着すると、裏口から入り制服に着替えておばちゃんに挨拶をする。接客業が不得意なこともあるし、何より煙たい人間に敵が多いため、極力顔を見せずに済む調理バイトを選んだ。せわしい昼間を少し過ぎて、少しずつ落ち着いてきたようだ。調理に取り掛かって、黙々と作業をしていれば、気掛かりだった幽霊のことを考える暇もなかった。
    バイトをあがった頃には、とっくに月がありありと見えていた。疲れで足が重たくなりながらも、帰路につく。自宅から五本目の電柱を過ぎた時に、どこからともなく冷気を感じた。とりわけ気に留めず通り越すと、後ろから呼び止められる。
    「ま、まって!」
    友の声だと思ったが、また幻聴かもしれないなと無視をすると、目の前に回り込んできた。
    「消えたのかと思った」
    梓月は、いまだに幻聴だと信じているため、本気にしていない口振りで淡々と返事をする。
    「消えてないよ!出かける時も待ってて言ったのに気づかないから…」
    「遅刻しそうだったんだ」
    うろちょろと視界を動き回る友をあしらいながら、アパートまで辿り着いた。扉を開けて、お土産にもらったお弁当を夕御飯にしようと電子レンジで温める。古い製品だからか、ボタンを押すと大きいくせに間抜けな音がピッと鳴り響く。
    「お弁当だ!これで僕が作らなくても大丈夫だね」
    「ご飯作りに来たのに、仕事なくなったじゃん」
    「でも、それだと僕どうなるんだろう?」
    友は首を傾げていた。その漠然とした質疑に、手がつけられないでいると、ピーッと一際大きな音に意識を持っていかれる。弁当を取り出しに重い腰を上げて、膝が小さく鳴る。酢豚と少量のポテトサラダ、漬物と白米だけのシンプルな弁当だ。何も置いていない机に並ぶと、少しは部屋に色がついた気がする。そのくらいつづまやかな部屋なのだから。
    弁当を机に置いたら、梓月は合掌する。
    「いただきます」
    友は、なんだか不思議な気持ちでいた。見慣れた御飯の挨拶だが、今、この姿で見ると異なる意味を感じたから。
    「成仏するのかな」
    友は、今では合わせる掌もなく、ただすり抜けてしまう。
    「俺の生活を狂わせる前に消えてほしいけどね」
    この幽霊が来てからは、なんだか居心地が悪い。学校ではいつも共にいる仲だとしても、家での暮らしを共にするとなると、途端にぎこちなくなる其れだ。他人の家に行った時の、居た堪れなさに似ている。
    「でも、なんだかまだ成仏しない気がする」
    「そもそも、どうして成仏できてないの?」
    「うーん……」
    ぎゅうと顔を顰めてから、わからない、となんとなく想像がついていた返答が返ってくる。
    「気になってるのは、本当に俺なの?他にも友達いるじゃん」
    酢豚のにんじんとピーマンをよけて、豚肉を箸で掴む。
    「いるけど、でも、梓月くんが一番心配だよ。事故の時も、その……一緒だったし」
    豚肉を噛むと、甘酢が口の中に広がった。柔い肉の感触と酸味が、なんだか今は気持ちが悪い。
    「でも、事故が起きた瞬間のこと、何も覚えてないし」
    苦虫を噛んだような顔で、豚肉を水で流し込んで飲み下す。食べる気がなくなって、ラップを取ろうと立ち上がる。
    「覚えてないんだ。ならよかった」
    何がよかったのか、とまた小言が出そうになるのを、吐き気と共に飲み込んだ。だからと言って、事故が起きた後に見た凄惨な光景は忘れようがないのに。まだ熱の残った弁当をラップで包んで冷蔵庫にしまう。
    「あれ、もう食べないの」
    「気分じゃない。明日の朝また食べる」
    今すぐ歯を磨きたい、と洗面所に立つ。後ろに着いてきた友の姿は、鏡に映っていなかった。いつも以上に目つきの悪くなった自分がいるだけだ。嫌な酸味を洗い流す。思い出したくない記憶も、このままいっそ消して欲しかった。
    「この鏡、なんだか汚れてるね。磨かないの?」
    「別に。鏡を使わないから」
    引っ掻いたり物を叩きつけていた跡を放置して、見えなくなるなら汚したままでいいと考えた末の、この有様である。
    「僕の顔見えないんだ、何か変になってない?髪型とか」
    「そんなこと気にしてどうするんだよ」
    ふと、そういえばと気づいて友の方をじっと見る。
    「D君って、俺以外にも見えるの?」
    「いや……見えてないかな、多分。」
    「見えてる可能性もあるのか?」
    「ないとは思うけれど……僕が居ることはわかるんじゃないかな」
    それを聞いて、D君の纏っている寒気を連想する。だとしても、D君のことが見えていなければ、冷気なんて気にならないのではないか。
    「それくらいなら問題ないんじゃないかな。なんとなく見られたら、騒がれそうで面倒だし」
    「有名人になるかもしれないね」
    梓月が、面白そうに笑う友を信じられない顔で睨みつけていることは、当の本人が気付く由もなかった。諦めて寝床に向かう。外気と比べて、ひんやりとした布団の触感が心地良い。
    「もう寝るの?」
    二十三時を超えた頃だ。梓月の寝つきが悪いことは、学校での居眠りと目の下の隈でわかっていたから、友は意外に思った。
    「まだ寝れないけど、することもないし、寝たふりする」
    「そっか、僕もそうしようかな」
    友も、目を閉じて、横になって梓月の隣に漂った。寝れないもの同士、記憶は整理されなくとも、寝た気分だけでも味わう。
    ――――――
    夢を見た。
    七月二十一日
    今年、高校二年生一学期の終業式。夏休みの前日だった。集会の話を聞き流しては、安全に過ごしてくださいね、と校長からの挨拶で式は締め括られる。クラスの会も終われば、他にも友と話したがっているクラスメイトがいたので、梓月は遠慮して先に帰っていたところだった。しばらくして、暑さに目が眩み、道端のブロック塀に寄りかかる。水分補給をして、少ししたら歩き出そうと思っていたところに、遠くから友の声が聞こえてきた。
    「そんなに急がなくていいよ」
    梓月は、少しだけ声を張って、ぎこちない不安なフォームで走る友の速度を落とす。確かその時に、後ろから車が来ているのが見えたな。
    「車来てるから気をつけてね」
    こんなこと言っただろうか。友を眺めていると、車がやけに速いスピードで迫っているのに気付く。気づいていたのに、何も言わなかった。きっと大丈夫だと思って。
    「その車、飲酒運転だよ」
    運転席を凝視したが、靄のようになっていて顔は見えなかった。このやるせない怒りの矛先を向ける相手さえ分かれば、まだ気持ちに整理が着くというのに。
    「ねえ、寄り道しない?ほら、D君の後ろにある自販機でジュース買おう」
    こんなことを言いたかった。
    「生きてよ、俺なんかよりも」
    体の限界まで大きな声で叫ぶ。二人の距離が電柱一本分にまで近づく。視界が揺れると共に、記憶が途切れる。目を開けたくなかった。もしかしたら、二人とも無事かもしれないし。あたりが騒がしかった。ひたすら、同じ言葉が、いろんな人の声で聞こえてくる。

    いち、に、さん、し、ご、ろく、しち、はち、く、じゅう……
    いち、に、さん、し、ご、ろく、しち、はち、く、じゅう……
    いち、に、さん、し、ご、ろく、しち、はち、く、じゅう……

    気づけば、担架に乗せられていた。救急車に乗る瞬間に見えた衝突してきた車は、壁に衝突してひしゃげていた。友の姿を探そうとは思わなかった。
    病院に運ばれてから、警察に話しかけられたけれど、何を話したか覚えていない。
    何を見たか、忘れた。
     ***
    七月二十五日
    目が覚めると、うっすら明るい部屋が見えた。朝かと思ったが、冷たい空気に肌を震わせた。時計を見ると短針が一を指している。光の方を見ると、友が窓を開けて外を眺めていた。
    「こんな時間に何してるの」
    声をかけると、友は驚いた声を出して振り返る。
    「起きてたんだ……!?」
    「寒いから」
    「起こしてごめんね。眠くならなくて、時間が経ったのがわからなかったんだ。」
    友が腕を振ると、窓が自然と閉じた。
    「何を見てたの」
    「空を、月を見てた」
    「そんなに暇だったんだ」
    「空を見たのは久しぶりだったから」
    「いつでも空はあるじゃん」
    「あはは、そうだね」
    梓月は、掴めない会話にもやもやしたが、それ以上何も返してくれなさそうだったので、諦めて目を瞑ることにした。寒さが感覚を刺激して、なかなか寝つけない。
    「もう少しで朝が始まるね」
    それを聞いて余計に起きてしまった気がする。
    「今日はバイトないの?」
    「あるよ。でも、夕方からだから時間には余裕ある」
    「もし良かったら散歩しない?」
    「いいよ。この時間なら人も少ない」
    ゆったりとした動きで起き上がると、部屋着のまま玄関に向かう。それを友が静かに見守っている。
    スニーカーを履いて外に出ると、澄んだ空気が肌を刺す。今日は晴れそうだ。玄関に鍵をかけて、ポケットにしまう。友は隣を浮遊していた。二人して歩き出す。歩幅はD君の方が広い。でも、梓月がいつも一歩前を歩くのだ。それは今も変わらなかった。建ち並ぶ店のシャッターは全て閉まっている。人通りも街灯も少ないのでどこか薄暗い印象を感じる道だ。
    少しの沈黙が流れる。でも、気まずさはない。
    友のふよふよと浮く体を見つめる。夜でも、きちんと物が見えるらしい。それが梓月には少し羨ましかった。
    「久しぶりに明るい空を見られたよ」
    そう言う友に対して、梓月は首を傾げた。
    「明るい空?」
    こんなにも暗いのに、明るく見えるとでもいうのか。眩しいどころか暗くて怖いくらいだ。静かになった友の様子を察して、梓月は続ける。
    「まだ早いから、朝焼けが見えないのは残念だったな」
    なんとなく、友と見ている世界が違うのかもしれないと、気づき始めている。
    「夜の空も星がたくさん見えるから、綺麗だよ」
    「俺は、いつも同じ空に見えてるよ」
    空はいつだって同じだ。そう思いながら前を向く。日が沈めば月が昇る。ただそれだけだと思う。特に代わり映えなんてしない。梓月は淡白な感想を零した。
    友は、悲しそうに目を伏せる。
    「きっと、違いに気がついていないだけだよ」
    少しの哀しさを紛らわせようと梓月に問いかける。
    「でも、梓月くんは夜の方が好きでしょ」
    「え?」
    「夜の学校、嬉しそうだったじゃん」
    「そう、かな」
    去年の夏休みは、夜な夜な二人で学校に忍び込んで遊んでいた。確かに、夜の学校のほうが好きだ。なにより静かに過ごせるから。夜は自分達以外誰もいない。
    「夜の方が好きだよ」
    それを聞いて、友は少し微笑んだ。
    「僕は……天体観測とかしたいな」
    急に目を輝かせて提案してくるものだから、思わず頷いてしまう。その反応に満足したのか、友は満足そうに鼻歌を歌い始めた。
    「じゃあ、明日は月の観察でもしようか」
    「それって天体観測じゃん」
    「あはは!それもそうだね!」
    なんだか今は気分が良い。
    「あ、公園だ」
    少し先にある小さな公園に目がいく。遊具もブランコと鉄棒しかないような、こじんまりとした場所だが、何故か目を引いた。
    公園にあるもの全てが小さく見えるが、それでも子供達には十分のようだ。風で揺れる木々の音が心地いい。懐かしさを感じる場所を見て、梓月が呟く。
    「子供はいいな」
    意外な言葉に友が問いかける。
    「子供が好き?」
    梓月が振り向く。悲しそうな顔をして首を横に振ると、寂しそうに言った。
    「羨ましいのかも」
    「ちょっとわかる。子供の頃はもっともっと自由だったよね」
    二人はベンチに座ると、なんとなく月を眺める。雲がゆったりと動いているのが、時の流れを感じさせて少しだけ物悲しい気持ちになった。友の横顔を見つめる。穏やかな顔で楽しそうに、ただの空を見ている。友は今何を考えているのだろう。何か見えるものがあるのだろうか。梓月にはわからないけれど、それで良かった。見えている景色を共有して、自分には見えない世界を見てくれるのなら、知らない世界を知れると思ったからだった。でもきっと、それももう長くは叶わないかもしれないと、寂しい気持ちになる。
    「梓月くんって、授業中もよく外を見てるよね」
    自覚がないわけではないけれど、意識して見ているわけでもない。ただそこにあって当たり前のものだと思っているからだ。だからか、こうして改めて言われると、少し気恥ずかしいような気持ちになる。
    「ただの暇つぶしかな。D君こそよく見てるね」
    「ふふ、僕の暇つぶしは梓月くんの観察だから」
    「やめて」
    「えぇ〜!」
    家に帰ると三時を少し過ぎていた。また、友が吸い寄せられるように窓の外を眺めていたので、梓月も隣で見てみることにした。点々と家の灯りがついていく。
    「今見えてる家の全てに、人が住んでいると思うと不思議だよね」
    「そんなこと考えたこと無かった」
    梓月は、家々を眺めたあと空を見上げてぼーっとしている友を見ながら、何処かに行ってしまったのか、と少し不安になった。特に根拠があるわけではないが、なんとなく、今ここに、意識がいなくなったのかと思ったからだった。
    「D君さ、何か……」
    隠している。そう思っていたが、そう告げた後に友はどうするだろうか、もしかして消えてしまうのではないかと恐れ、口を噤んだ。
    「なんでもない」
    気づけば、友に消えて欲しくないと思い始めていた。
    「困っていたらなんでも言ってね」
    「俺はD君に困ってるよ」
    「それは僕も困ったな」
    ぼんやりと光る家々を見ていると、自然と心が穏やかになってきた。時間は、もうすぐ三時半になるところだった。
    「そろそろ寝れるかもしれない」
    「よかった!じゃあ僕は本でも読んでいようかな」
    「いいよ、D君に借りてたやつだけどね」
    「あ、本当だ。でもあんまり覚えてないなあ」
    本棚を眺めてみると、自分が既に読んだことのある本ばかりだった。
    梓月は、扇風機を足元に向けてブランケットに包まる。朝方だから夜中よりは寝やすそうだ。
    眠りの挨拶はD君が先に言った。
    「じゃあ、おやすみなさい」
    「うん、おやすみ」
     ***
     ████が「梓月蓮」と出会ったのは、高校一年生の始業式。梓月は、ごく普通の高校生男子のように見えた。しかし、数日すればこのクラスの違和感に気づいた。人を寄せつけない孤高で強気な態度が同級生からは煙たがられていることに。それでも、周りを気にしないように振舞う姿は美しかった。
     ████は、誰にでも優しかった。優しすぎた。愛嬌のある笑顔は自然と人を惹きつけた。そして、どこか抜けたところがあり、からかわれることがよくあった。人を疑うことをしないので、よく騙されては都合のいいように搾取されている。しかし、八方美人の癖がついていた彼は、気丈に振舞ってはそのことを隠そうとした。愛される才能と、愛されるための自己犠牲が表裏一体であった。
    ある時、見かねた梓月は████が物を盗まれているところを助けようとした。案の定、周囲の梓月への辺りは酷くなっていくばかりで、彼は毎晩罪悪感で押し潰されていた。居てもたってもいられず、放課後に梓月と話すことに決めた。
    「梓月くん」
     二人以外居ない、冬の凍てついた空気だけが残る教室。落書きや彫り込みでボロになった勉強机三つを挟んだ、対角線上の席へ████は声を投げた。優柔不断な性格だったもので、タイミングを伺っていると彼が帰ろうと席を立ったので、慌てて声をかけた。思ったよりも声が響いてしまい驚かせてしまったようで、わかりやすく彼の身体が跳ねた。
    「話しかけられると思わなくて……どうしたの?」
     彼は、振り返ると少し心配そうな顔をする。
    「どうして梓月くんは僕を守ってくれたの」
     少しの間が空く。挨拶程度の会話はしたことがあるが、きちんと面と向かって話すのは初めてだ。そう考えると、████は緊張してきてしまい、まっすぐこちらの目を見据える目から視線を落として赤い鼻を見る。
    「俺も、君の気持ちがわかるから」
     そう言って彼は控えめな笑顔を向けてくれた。いつも遠くから眺めていたものの、彼の笑顔はこんなに儚いものだったかと心を揺さぶられた。黙っている████を見て眉を下げて話す。
    「余計なお世話だったか」
    「……っ! そんなことない。梓月くんには感謝をしてもしきれない。そして、あの時は助けてくれて本当にありがとう」
     頭を下げる。背負っていた鞄ががつんと後頭部に当たる。
     かつりかつりと響く足音は████の前で止まり、そっと肩に手が触れた。そのまま身体を起こそうとしてきたけれど、より一層頭を落とした。
    「思ったよりも頑固なんだね。嫌いじゃない」
     突然、梓月が座り込んだと思えば目の前に顔を付き合わせてくる。████は、人と顔を合わすのが元来苦手だったため大袈裟なほど思い切り仰け反り、背後にあった自分の席に背負い鞄をぶつけると、その衝撃で机が滑りどすんと冷たい木製の床に座り込んでしまった。最初は梓月も笑って見ていたものの、想像以上だった彼の暴れっぷりに慌てはじめ、最後には、ぽかんとした様子だった。
    「いた、たた……」
    「怪我してない?」
     男子にしては、やけに細く骨ばった腕が見えた。色白よりも、血の気が悪い肌色だと思った。差し伸べられた手を掴んで、先程の醜態を誤魔化すように飛び上がって直ぐに姿勢を正す。初めて至近距離に立つ梓月を見ると、████よりも頭がひとつ分くらい低い。どんどん彼のことがわかっていくのが、なんだか楽しかった。
    「████くんって、本よく読んでるよね。オススメとか教えてよ」
    「えっ、本とか読むの?」
    「いや、全然」
    「うーん、どうしよう、文学小説しか詳しくないんだけど興味ある?」
    「へえ、ファンタジー以外ならいいよ」
    「ホ、ホント? じゃあ、入りやすいこの作者の本とかどうかな」
     梓月は文学小説と相性が良かったようで、勧めたものをゆっくりだが読破しては感想を伝えてくれる日々が続いた。強かでありながら人を大切にしてくれる。そんな人と出会ったのが初めてだった友は、梓月にとても心を許していた。学校では共に過ごすようになり、放課後も空き教室で集まるようになった。
    「お前ら最近仲良いじゃん」
     クラスメイトからそう言われるのも遅くはなかった。
    「弱いもの同士で傷舐め合ってんの?」
     確かにお互いに被害者側ではあるが、そんな浅はかな関係じゃない。
    「守ってもらったからって犬みたいに引っ付いてるだけじゃねえの」
     違う。でもここで反抗したら相手の思うつぼになってしまう。感情を抑えて、黙って、ただ黙って。しばらくすれば飽きたのかそのまま彼らは去って行った。
     でも、きっと、彼も同じようなことを言われているのだろうと思う。
    「関わらない方がいいのかな」
     友は、整頓されているが、物の多い自室に寝転んでいた。積み重なった本たちを見て独り言を零す。今までは、からっぽな人生を埋めるために、様々な本を読んでいた。しかし彼が、この本を全て読破したら自分そのものになってしまうのか、とボンヤリ考えて有り得ないと笑った。でも、学校での立場としても彼の人生をこれ以上崩してしまうのなら、彼から離れるべきだ。
     それからは、帰りは真っ先に家に向かい始めた。次第にクラスメイトからも二人の話題が減り平穏が訪れた。
     しかしある日、友が帰っていると帰り道に梓月が見えた。でも彼だけじゃない、クラスメイトも一緒だ。嫌な予感がする。話し合いをしているだけだったものが段々と激しさを増して口論から取っ組み合いの喧嘩に悪化した。流石に見ているだけではいられない。唯一の取り柄である、生まれつき恵まれた身長と体格を駆使して梓月を引き抜き駆け出す。
    「なんで████くんが……!」
    「今はいいから! とにかく走って!!」
     何処に行けばいいのかわからずひたすらに走る。入り組んだ路地裏を回っていれば彼らを撒いたようで、立ち止まった途端、普段走らない反動で息切れが酷かった。言いたいことは沢山あるのに喉が焼けるように痛いせいでまともに音にならず、ひたすら口を不自然に動かしながら、なんとか彼の無事を確認する。
    「だいじょ、ひぃ……」
    「落ち着いて、深呼吸、はい」
     助けられたのがどっちかわからないなあ、と苦笑いをしながら呼吸を整える。
    「梓月くん、あんなところで何してたの」
    「……その、████くんがあいつらになにかされたのかと思って、問い詰めようとしてたんだ」
    「え?」
    「いや、何かされたんじゃないの? 最近早く帰ってるし。そのせいで学校に居づらいのかと思ってて……」
    「えっ、それは、その、ああっ」
     とんでもない誤解が生まれていたことに気づき、髪を両手で掻き乱しながら蹲る。
    「ごめん、違う、違うんだ……梓月くんのためにと思ったのに逆に傷つけてしまうなんて……うう……」
     空振り空回りだ。事の顛末を彼に伝えると、真っ先に怒られた。
    「そんな心配してたの!? 俺のことなんだと思ってるの」
    「お人好しの馬鹿!! 自分のことなんか考えない間抜けぇ……!」
    「そういうことじゃないってば!」
     傷心してしまい、起き上がる気力もなく地面にへばりついたまま、力のない八つ当たりをする。穴を掘って埋まりたい。
    「だからって友達から離れることはないだろ」
    「でも迷惑かけちゃうかもしれないよ」
     大きなため息が聞こえる。
    「迷惑かかってもいいって言ってるんだ。何より友達が離れていってしまう方が辛い」
     友がゆっくり顔を上げると頬をつねられた。
    「いふぁい!」
    「もうこれからはこんなことしないで。はい、これ借りた本」
     本をしっかりと握り締める。もう絶対に離さないように落とさないように。
    「うん」
     そう言って安心した柔らかい笑顔を見せてくれた。
     それからというもの、今までのように共に過ごすことはもちろん、深夜に学校に忍び込んで遊ぶことが二人だけの遊びとなり、全てが楽しかった。とても。
    それからは、友の性格も明るくなっていき、友達も次第と増えていった。元々の性格が人と関わることが好きで快活なのだろうと、そばに居て梓月は感じていた。
    自分と過ごす時間は短くなってしまうが、他人に愛されては眩しく笑う友を見るのが梓月は好きだった。

     ****
    七月二十六日
     今日は朝早くから蝉が鳴いている。
     扇風機の前を陣取って、Tシャツの首元を摘んでパタつかせては涼んでいた。アルバイト資金だけでは生活費で手一杯でエアコンを買う余裕もなかった。一人暮らしを始めるまでは、投資をしてくれる人間がいたが、都合が悪くなり飛び出たのが最後だ。もう少し居られたらエアコンも買えただろうに。今年は例年以上に猛暑らしい。カラッとした暑さの夏でも室内にいるとなれば別だ。
    「あちー」
     アイスが溶けて手に垂れた。
     友は、俺の傍にいることで成仏できると思っているらしいが、結局のところ俺次第なのだと思う。友はというと、そんなこと気に留めない様子で、ここに来てから毎日料理を頑張っている。
    肌にまとわりつく汗に苛立って、友の傍が冷たかったことを思い出す。冷気に当たろうと友に手を伸ばすと、するりと離れていく。
    「あっ、ああ! だめ! だめだよ」
     いつにも増して大きな声を出したと思うと、慌てている様子だった。部屋の隅にまで離れてしまった友を安心させようと両手を上げて降参を表した。
    「ごめんって、わかったよ。触らないから近くにいてくれない? 暑くて死にそう」
    「それならいいよ……でも絶対触っちゃだめだよ!」
    「なんで?」
    「それは……その、住む世界が違うから、触れたらよくない、というか」
    口ぶりはいつも通りだが、動揺して視点が定まっていない。そのような普段見ない姿を見ては、問い詰める気も失せた。
    「……わかったよ。そんなに嫌がるならしない」
     友の傍で横になる。いつもは蒸し暑さで脳が茹だるのに、心地よい冷気で過ごしやすかった。
    「住む世界は違うけど、一緒に住んでるんだ、俺たち」
    「案外どうとでもなるんだね」
    今日はバイトが休みで特に用事がない。ということは食う飯もないということだ。
    「今日はご飯なにか作れそう?」
    「それが、もう……」
    肩をガックリと落として冷蔵庫の中を見せてくる。残った切り落としの野菜はあるが、到底主食に使うには足りない。元々ストックの少ない冷蔵庫だ。それと、熱心に料理の練習をしていたおかげ(せい)でもある。
    「買い物に行かないといけないか……」
    重い腰を上げて、スーパーに向かう準備をする。八分丈のTシャツにゆるめのイージーパンツを手に取り、軽装に着替えようと、友に見えないよう風呂場に向かう。幽霊にとって壁はあってないようなものだと思うが、流石にわざわざ見に来るような子では無いことはわかっている。梓月が服を脱ぐと、不健康な白い肌に赤黒くなった痣が幾つも染み付いていた。これを見られないように、体育の授業はいつもサボっている。たまにクラスメイトや教員から小言を言われるが、見られるよりはマシ。教員にこれを見せたところで、追求されて言いたくもない家庭事情を話すことも憚るので、忠告は無視をして適当に誤魔化している。この暑さの中、もっと短い半袖で出たいところだが、この痕のせいで不自由だ。相変わらず、見ていて気持ちの良いものでは無いと思いながらも着替え終えて、サンダルを履いて外に出る。アパートから道路に出ようとすると、その間静かにしていた友が、とても小さく声を発す。
    「ごめん」
    建造物が生んだ影と、太陽に熱されたコンクリートの境目で二人は分かれる。聞きたいことはあったが、知りたくないと思う気持ちが強かった。友は、しばらくの沈黙の後、階段の下に─濃い影の中に、下がる。半透明な友は塗りつぶされるように、影に溶け込んでしまった。
    「ごめん。そっちに行けない」
    声が酷く震えていた。表情は見えなかった。梓月には、友が何をそんなに怯えているのかわからなかった。でも、何かを恐れているのはわかった。だからか、何も聞く気にはなれなかった。ただ、自分のせいと謝ることを繰り返す友に返事をしてやりたかったのに、その術を知らなかった。
    「大丈夫」
    なんの根拠もないのに、知らないのに、分からないのに、それだけしか言えなかった。
    「部屋に居て、すぐ戻るから」
    友に部屋にいるよう伝えてから、スーパーに向かい始める。歩きながら振り返ったときに見えた、小さく遠ざかっていく侘しげな友の姿が、やけに頭から離れなかった。友は、純粋で慈悲深くありながらも活発で、眩しい笑顔を見せて、太陽の下で笑うのがよく似合う子だった。だというのに、こちらに手を振ることも無く、暗闇からただこちらを見て、もうあの笑顔はない。見たくはなかった、見たくなかった、あんな姿は。
    前を向き直して、後ろめたさの残る重い足取りで進む。日陰を選んで歩くけれど、それでも汗が止まらない。早く買い物を済ませてしまおうと早歩きになる。スーパーの自動ドアをくぐると冷たい空気に包まれる。汗が冷えていく感覚が心地よかった。店内には、夏によく聞く音楽が流れていて、それがまた暑さを感じさせた。今日は手抜きで丼にしようと思っているので、玉ねぎや鶏肉をカゴに入れる。奮発して牛丼用の肉を買おうかと思ったが、普段の食生活的には違う気もするのでやめる。米は買い置きがあるはずだし、あとは飲み物と明日の朝飯ぐらいか。会計をさっさと済ませると、一直線に家に帰る。
    「ただいま」
    「おかえり」
    友の声の震えは治まっていたが、毛布に包まって部屋の隅に座り込んでいた。その顔には怯えを隠して無理やり笑った表情が浮かんでいた。
    「今日は俺が作って食べる」
    梓月が食材を乱雑に並べては、キッチンに立つ。友は、普段あまり料理をしない梓月が作れるのか心配で隣で手伝う。先に肉をフライパンに放り込んで、玉ねぎの皮を剥こうとする。しかし、手汗のせいで滑って落としてしまう。
    「ああ!せっかく買ったのに」
    「はははっ」
    友もつられて笑っていた。そうこうしているうちに肉に焼き目がついたので、キャベツを刻んで調味料と一緒に袋に入れて振り混ぜる。ご飯が炊けるまでもう少し時間がかかるため先に丼の具を作ってしまおうと、手を動かす。隣では、痛みがないはずなのに、玉ねぎで目をやられて痛そうにしている友がいたが、梓月はそれを見ておかしくて笑っていた。出来上がったものを皿に盛り付けて、テーブルに置くとすぐに食べ始める。口に放り込むものの、味がしない。食欲旺盛な少年のように箸を進めているが、先程受けたショックと混乱で、味わう間もなくただひたすら噛んで飲み込むだけを繰り返す機械と化していた。
    「自分で久しぶりに作ったけど、あんまり美味しくないな」
    「僕が作った方が美味しい?」
    「なんか嫌だけど、それはそうかも」
    「あはっ」
    いつものような会話。しかし、先程のことを思い出しては上手く笑えない。それを紛らわすかのように皿を空にしていく。鍋や炊飯器の中身が少なくなってきた頃だった。梓月も気にしすぎて何も言えずにいるため沈黙が続いていたが、流石にこの空気感に耐えかねた梓月が口を開く。
    「今日天体観測しよう」
    「いいの?」
    「俺がしたいから」
    梓月は押し入れの中に頭を突っ込んで何かを探し始める。学校の授業で使った双眼鏡を見つけ出すと、埃まみれになって友に見せた。
    「あ!懐かしい!」
    「屋上で見えそうか確認してくる」
    友も見覚えのあるそれを持って、梓月は部屋を出ていく。視察に梓月がアパートの屋上に登ってみるも、住宅地に位置するせいで周りとの間隔が狭すぎた。星を観ることは難しいだろう。だから、六駅離れた田舎の田んぼ道の方へ行くと計画をした。
    それからは早かった。友とどこで夜空を見るか相談をして、高所で安全なところということで山の上の神社に行くことになった。部屋に戻っては荷物をまとめる。双眼鏡と一緒に入っていた懐中電灯は、これからの旅路には不要だった。代わりにペットボトルの飲み物とお菓子をリュックに詰めた。友も、梓月のリュックの中に潜り込んで準備万端だ。
    「じゃあ、行こうか」
    アパートを出てから、電車の駅まで十分ほど自転車で走る。街灯が少なく、人通りもないためかとても暗くて不気味だ。最終電車に間に合うよう、暗くなってすぐの八時十七分の便で出発をした。電車の中では会話はなかった。六駅過ぎて電車を降りた。あまり立ち寄らないこの駅は、最寄りの駅よりも寂れていて、剥がれかけた老若男女の映る地域復興のチラシが壁に貼られている。駅構内を、少し期待して観察して歩いたが、大して代わり映えするものはなかった。
    駅を出てると、広々とした田んぼが目に入る。遠くに点々と古民家が見えた。あまり規模の大きい村ではないようだ。歩いていると道の端に小さな地蔵が佇んでいるのを見つけた。特に気に留めず通り過ぎる梓月と対照に、友は手を合わせてしばし拝んでいた。梓月は、立ち止まって静かにそれを見ていたが、快くは思わなかった。
    それからまた歩き続けると田んぼ道から外れた小道に辿り着いた。
    「D君は道見えるの?」
    「うん、バッチリ!」
    心細さを感じる獣道だ。しかし、それ以上にこれから見るであろう景色への期待の方が勝り、足取りは軽かった。ここに来てから誰とも遭遇していない。友とも気にせず話せた。しばらく道なりに歩くと古びた神社に辿り着いた。鳥居や手水舎は苔がむして年季が入っているのがわかる。境内には、手入れをされていないからか雑草が生えて荒れていた。
    「これじゃあ天体観測どころじゃないな……」
    「でも、ここならよく見えそう!」
    「確かに」
    石柱の土台に腰をかけると、リュックの中から双眼鏡を取り出して、星を見る準備を始める。しかし、この双眼鏡はピントが合わせにくい。
    「見えない……」
    「大丈夫。貸してみて?」
    友に手渡せば、慣れた手つきで星を捉えていく。その動作一つ一つが流れるように美しい。
    「どう?見えそう?」
    「……すごい、見えるよ」
    双眼鏡を覗き込むと、暗い星まで鮮明に見える。肉眼で見るよりもより美しく見えた。しばらく無言で見続けて、星々に夢中になる。友も同じような気持ちだ。
    「天体観測なんて大袈裟に思って来たけど、案外いいものだね」
    「うん、楽しいね」
    人影も物音も無い神社で、夜の蝉が鳴いていた。夏草の香りが頬を撫でる。風もないおかげで汗が滲んだが、昼間のような不快感はなかった。
    「ここはすごく星が綺麗だね」
    「俺の住んでるアパートからじゃ見えないし、都会だから星自体よく見えなかったな」
    「そっかぁ……」
    友の少し残念そうな顔を梓月は見逃さなかった。そしてまた静寂が訪れる。蝉の声だけが響いていた。
    「でもさ、こうやって見れるなら遠くまで来るのも悪くないね」
    「うん!」
    友は、嬉しそうに笑った。
    「あ、流れ星だ」
    梓月の指差した先には一筋の光があった。しかし、それはすぐに消えてしまう。
    「流れ星にお願いできる願い事ってひとつだけなのかな?」
    友が言う。
    「そんなに願いがあるの」
    「どっちか自分で選べないから、流れ星に決めてもらおうかなって」
    その目は真っ直ぐ梓月を見つめていた。何かを切に祈る、そんな目だった。
    「変なの」
    友は少し悩むが、吹っ切れたように笑顔で言った。
    「梓月くんが幸せな日々を送りますように。それと梓月くんとずっと遊んでいられますように」
    「なに、自分のことより俺なわけ」
    「うん。へへ、ごめんね」
    「飛べるんだから、どこまでも逃げられたらいいのにね」
    残念そうに笑う友に梓月は首を傾げた。
    「言ってる意味が、わからない」
    友は首を横に振る。それから視線を下に向けて、俯いてしまった。これ以上は答えられないと突き放す意思表明だった。
    また隠されたと思った。いつか言ってくれるはずだと、淡い期待を抱いて何も聞かなかった。その勇気もなかったからだ。気づけば空が白み始めていた。もうすぐ朝が来るだろう。日が昇り始める前に帰るため神社を後にしようとする。木々の隙間から見える明るい空は、真実から逃げようとする梓月の心を見透かして暴くつもりのようだ。友は梓月の背負うリュックの中に潜り込むと、帰ろうかと提案をした。蝉の声を聴きながら、淡々と歩く。
    「狭くないの」
    「今の身体は空気みたいなものだから、平気だよ」
    背中からの冷気は、梓月を優しく包み込んだ。
    始発電車の中は静かに二人を迎えてくれた。電車の中で流れる風景を見ながら、自分の気持ちを整理する。言いたいことを飲み込んでしまうのはなぜだ。自分が自分でわからなくなるほど曖昧な行動しか出来なくなっていた。きっとこのままではいけないと思う一方、もしもう一度友を失うことになったならと考えると恐ろしくて動けない。
    そう、あの事故から、友に対して臆病になったのだ。この日常を長引かせようと、結局逃げるための材料集めをしているような現状である。幽霊のことなんて、生きた人間には分からない。このまま過ごしていたら友はどうなるのだろうかと、一抹の不安が過ぎる。だからといって、答えなんて聞きたくないと、耳を塞ぐ。その繰り返しだ。
    ――――――――――
     八月一日
     夕暮れが近づくと友は、毎日毎日飽きることなく、外を眺めては、何かを探すような素振りをしている。
    「D君、なにか見えるの?」
     友は困ったように笑って、そして少し安心していた。周囲を見渡していると思ったが、いや、何かから目を背けているのか。よく見れば実際のところ窓の縁を凝視しているようだった。
    「うん、いや、外が見たかったんだけど」
    「その割には見てる時に落ち着きがないけど」
     友が何を言っているのかさっぱりわからなかった。心配になった梓月は悩みを知りたかった。
    「誰かいた?」
    「大丈夫、不審者とかじゃないよ」
    「じゃあ何……言ってくれないとわからないよ」
    「言っても、わからないかも」
    「それでもいいから」
     なんと説明しようか悩んでから友がしどろもどろに話始める
    「丸くて、空に浮かんでて……UFOじゃなくてもっと、まんまるで……」
    「見えないけど……」
    「いや、絶対、絶対に」
     何か言いかけて友が横目で窓の外を見ると、直ぐに目を逸らして梓月と視線が合う。
    「そこに」
    「そこに浮かんでるの?」
    「わかんない!怖くて、一瞬しか見られなかったから……」
    友が見ている景色と自分の見ている景色が違うことはわかっていたけれど、それでも同じものを見ていたかった。でもそれは叶わない。だからせめて、少しでも近づこうと努力するしかなかった。前まではもっと、いい世界の見え方の違いだったのに、こんなに残酷になってしまったのか。
    掴めない友の身体を、何とか掬おうとする。今すぐ抱きしめてやりたかった。その瞬間に、友の傍から部屋の壁まで吹き飛ばされた。背中の痛みが引いて、友を見ると酷く苦しんでいた。俺を突き放したことのショックか、空に浮かぶあれから逃げられない恐怖か、ただ悲痛な表情をしていた。
     一人だけ運良く生き残った俺を恨んでいるだろう。俺を蔑んでいるんだろう。俺を呪っているんだろう。友のそばにいたいだけなのに、それすら願ってはいけない気がして。かと言って、友から離れようと嫌いになりたいけれど、それもできそうになくて。悔しくて涙が零れた。
    「僕のせいでごめんね」
    「なあ、俺じゃ助けられないのか」
    「ごめん、ごめんねえ……」
    友との日常を延長するチャンスを得てしまったばかりに、目的から目を背けている。友は俺の事なんて忘れて、こんなところに来るべきではなかった。いっそのこと祟り殺すほどに嫌ってくれればいいのに。
    「梓月くん」
    友の声が静寂を打った。
    「あれが何に見えてる?」
    友は梓月の顔を見たまま、窓の外を指さした。特に変わらない風景にしか見えない。そう、ただ普通なのだ。
    「ただの太陽にしか見えないよ」
    「そっ、かあ……」
    そう言うと、友はハッとしたように窓の外を見た。しかし、また顔が曇る。友は笑いながら泣いていた。涙を誤魔化そうと、泣きながら笑っていたのかもしれない。
    「どうりでどこまで逃げても隠れても、見られてたんだ」
    「それは、何なの?」
    「わからない。黒い?暗い?もしかして何も無い?それか、全てを飲み込んでいるのか。巨大な何かがそこにある。いや、太陽なんだから、そう見えるのが正しいのかな……」
    外を見ると焼け爛れた真っ赤な夕焼けが来ていた。太陽から逃げるなんて考えたことがなかった。こちらが隠れて過ごすことしか出来ないじゃないか。
    「もうすぐ太陽が沈むよ」
    カーテンを閉めて、部屋が暗闇に包まれる。まだ少し痛む背中と腰を起こして、友の傍に歩み寄る。やけに心配そうに自分の方を見てくるので、隣に座りにくい。キョトンと首を傾げて見せると、少し心配が和らいだようだ。浮遊する友の隣に腰を下ろして足を組む。腰骨が音を立てた。
    「さっき飛ばされたから身体が痛い」
    「ごめんね、でもそうするしかなくて……」
    友は俯きながら言った。
    「触ったらダメって前言ってたのに、悪かった」
    その梓月の言葉を聞いた友は、首を横に振る。そして、もう誰かに触れることを諦めた口ぶりで続けた。
    「……乱暴でごめんね。ここに来るまでに家族に触れようとしたんだけど……突然気分が悪そうになって倒れて……」
    話している本人も気分が悪そうな表情をしていた。無理もない。
    「D君はここにいるのが苦しそうだね」
    「……やっぱり生きてないのに居ちゃダメなんだなって、過ごしてて思うよ。早く成仏しないと」
    「そうだよね、しないと」
    梓月は素直に成仏して欲しいと思えず、言葉が詰まった。友が成仏したいと思うのは当然だろう。全く思い通りにならない彼のことが憎くも、それであって欲しいとも思う。穢れなく、純粋な友の心を自分のような人間の型に嵌めてしまいたくない。
    穏やかな夜が来る。今日の星も綺麗だろうか。
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