獪岳は先の大戦時に作られた人型変形を可能とする軍用車だ。
戦地での輸送では高い走破性を誇る。ダブルウィッシュボーン式サスペンションの長いアーム、極太線径のコイルスプリング。悪路を突き抜けた。
前線においては人型となり、それらのパーツを跳躍と瞬発に活かして奇襲をかけた。独立AIは人間の指揮系統を圧倒する。瞬時に制圧する様から『雷』の異名を持った。
輝かしい栄光。それは過去のもの。獪岳が貢献し作られた平和な世に、獪岳の居場所はなかった。
走破性を誇るパーツはメンテナンス費用の嵩張る厄介品。舗装された道路では無用の長物。独立AIは生意気で扱いづらいだけ。
もう何年も人型になっていない。スクラップ工場の端で廃車の間に隠れ、獪岳は静かに停車していた。
出陣命令が途絶え、変わりゆく世界を見守る年月。過ぎた果てに『解体する』。そう言われて獪岳は逃げた。
人型になれば自分でガソリンの補充もできる。けれど指揮官の命令がなければ本来戦闘用である人型にはなれない。いつか来る終わりの時を、隠れて静かに待つしかなかった。
他の戦闘車両は解体を潔く受け入れた。勲章をもらって、記念館に名前が残る。それが最も誇らしいのだと。けれど獪岳は納得できなかった。
名前が残るとしても、3mmの文字の羅列がびっしりある中の一列に過ぎない。馬鹿馬鹿しく無価値だ。
ガソリン節約のため、思考を巡らせるだけ。嫌なことばかり考えてしまう。どうせいつか終わるなら指名手配車両としてではなく、勲章をもらったほうが良かったのかもしれない。でも勲章といっても獪岳のサスペンションのほうが圧倒的に高い。
悶々と思考を巡らせる日々。ある日突然それは終わった。自動的にかかるエンジン、人型への変形。ゴミクズになった廃車を押し退けて、ガラガラと立ち上がる。
「うおおお!?」
転がるタイヤ、砂塵の中、獪岳は手足がギシギシと軋んで痛いことを確認した。ハッと我に帰る。人型になったということは、赤外線が届く範囲にリモコンを持った人間がいる。追手なら逃げる必要がある。
「やっと見つけた……」
バイクに跨ったライダージャケットの男。フルフェイスのヘルメットを脱ぐと、長髪が風になびく。
「獪岳だな……?着いてこい」
「なんだアンタ……軍のヤツじゃないのか」
「お前の新しい主人だ」
長髪の男は獪岳を所有する権利書をかかげている。獪岳は錆びついてうるさい四肢を曲げ、それを覗き込んだ。継国巌勝と名前が記載されている。
「解体業者か?戦争屋か?」
「どちらでもない。一言で言うならお前に惚れていた退役軍人だ」
正直怪しい。だが、悪いヤツならリモコンだけ奪ってしまえばいい。メンテナンスのため利用するでもいい。獪岳はうなずいた。
それ以上自己紹介するでもなく、巌勝は再びバイクをうならせ、さっさと行ってしまう。このまま走れば目立ち過ぎる獪岳は慌てて車型に変形し、後を追った。
――
巌勝の後を追い、街外れの施設に入る。研究所と私邸を合わせたような広大な敷地。大きなガレージに先導されるまま進む。
天井の照明がつくと、獪岳が欲しがってやまないパーツがキラキラと輝いていた。製造中止されたものまでちゃんとある。
「おお……」
「気に入ったか」
「ま、まあな。俺の所有者になるってんなら正規品くらいねえとな」
「なるほど……確かに生意気なAIだ」
いつの間にかガレージのシャッターは閉まっている。獪岳はまた強制的に人型へと変形させられた。新品パーツを壊さないよう、よろめき避けて、巌勝を睨んだ。
「危ねえな!」
「上下関係がわからないようだな……メンテナンスだ」
人型の状態であれば獪岳が制御するだけで、手足となっているサスペンションを外すことができる。しかし、そうすれば車型へは戻れないし、人型で抗うのも難しくなる。
「自分で一本一本やるから、出てけよ」
「命令するのは私だ」
獪岳は巌勝へと手を伸ばした。人間一人ぺしゃんこにするなんて簡単だ。対して巌勝は獪岳にテーザー銃を向ける。獪岳はおかしくてたまらないと笑いだした。
「おいおい……耐電に決まってんだろ。『雷』様だぜ?対戦車ライフルくらい持ってこなけりゃ痛くも痒くもねえよ!」
「逃亡軍用車は人型時の感度が上がっている……」
「は……?お、俺はそんなことされてねえよ」
「自動的に上がるよう設計されており、メンテナンスの際に毎度引き下げているんだ。反乱防止にな」
獪岳は手足が軋んで痛いのを思い出した。エンジンがゴロゴロガラガラ鳴る。それでも弱気を見せて支配されるのは嫌だった。そもそも今までだって従順に振る舞って期待通り動いたはずなのに、解体されるところだったんだ。
「俺のほうが早い!」
巌勝を潰したはずだった。人間とは思えない速度で避けられて装甲の間を打たれる。電流が全身を痙攣させて、獪岳は仰向けに倒れた。
「ーーーッ…………ゔぅ……が……ぁ……っ」
「大人しく外せ。悪いようにはしない」
「嫌だ……嫌だ……死にたくない……っ」
「……丁重に扱う」
「信じられるか!す、好きにしろよ……痛くたって耐電は耐電なんだ……支障はねえだろ……!?」
「ああ、お前の規格は熟知している……安心して眠れ」
再び電流が襲う。強張った四肢をびくびくと跳ねさせて、獪岳はついに意識を手放した。荒ぶったエンジンからの排気気圧でアフラーから水がちょろちょろと垂れ、失禁のような様だった。
――
「ンッ……んぅ……」
獪岳が覚醒すると、すぐ脇に巌勝は立っていた。潰してやる。そう思って、腕を動かしたが、接合部が露出してカシュカシュと虚しく音を立てるだけだった。
「は……」
「私を攻撃できず残念だったな」
腕だけではない。人間で言えば手脚の根本から外されている。不様に達磨の格好にされていた。よく見れば手足の装甲であるドアやボンネットは綺麗に洗われて干されている。
「は、早く戻せよ……っ」
「洗車の時間だ」
本来なら胸には真っ平らなルーフがあり、これもまた装甲としての役割を果たしている。けれど今は、それも綺麗に外されて、重要であるエンジン部、タイヤやライトが剥き出しになっていた。
胸のライトを巌勝は泡泡のスポンジで優しく撫でている。
「ん、くぅっ、な、なんで感度切ってねえんだよ!?」
「もう痛いことはしないが?」
長く砂埃に晒された獪岳のボディは汚れがこびりついている。巌勝は柔らかいブラシや綿棒で傷付けないようそれを掻き出した。
「ひっンン」
「妙な声を出すな……」
「俺は強く作られてるんだ!高圧洗浄機かけろよ!」
「そんな乱暴なことはしたくない」
「やっ、あァッ」
手脚の接合部をカシュカシュ動かして、獪岳は初めての快感に悶えた。巌勝は真剣な眼差しで、ライトを磨き続けている。
「〜〜っ!?や、やめろよお!」
「まだ主人に命令するか……何か調教方法を考えねばな……」
「アッ、ひっ、だめ、だめだってえ……っ」
砂埃を掻き出して、再びスポンジで揉み洗い、冷たい水で流し、最後にクロスファイバーのフロスで拭きあげた。
腹のエンジン部も巌勝は約束通り丁重に扱った。わざわざ株主になってまで製造させたパーツ。必要と見れば自ら交換して、オイルをさした。獪岳にとっては内臓を弄られるような感覚だったが。
「ぐっ……ふっ……うぁ……あっ」
「次はホイールだな」
下腹部にあるホイール。稲妻のように波打つデザインも、今や泥に汚れている。巌勝がブラシで擦ってやると、獪岳は品もなく空ぶかしさせてしまうほど喘ぎ果てた。
「んぁあ♡やら♡あぁッ♡」
「……快感があるのか?」
「んう!ぎもちぃ♡」
「…………」
巌勝は擦る動きを早めた。泡をたくさんつけてやって、小刻みに。細かい溝も抜かりなく洗う。両のホイールを可愛がった。
獪岳は真白になる感覚でなにかに縋ろうとしたけれど、接合部がカシュカシュと震えるだけ。
「んぅヴ♡あっなんか、くるっくぅっ〜〜〜〜っ!?」
さしたばかりのオイルを飛び散らせて、獪岳はぐったりと動かなくなった。ホイールの泡を流してやると、わずかにピクピクと痙攣する。
「ひぐ……うぅ……っ」
「…………すまん」
「途中からわかっててやってただろ!!」
「さすがに悪かった……感度は下げてやる」
「えっ」
感度が上がるのは長時間の放置による。一旦下げたらしばらくお預けだ。獪岳はそんな考えが過ってしまった。巌勝と目が合う。フッと笑われた。
「次は空気入れだ……」
「は、いや、感度下げていいって。おい!あ、んぉお…っ」
パンパンに膨れゆくそれを巌勝になでられて、獪岳は下肢の接合部を跳ねさせエンジンを吹かした。