「まだ開いてますか?」
入口で聞こえた声に振り返る。すみません、もう終わりです、と言い掛けて言葉が止まる。
「フェイスくん……」
「お疲れ」
身軽な格好でふらっと現れた彼は、穏やかに微笑んで店内に入って来た。
今頃、タワーで誕生日パーティーをしているだろうと思っていたのに、予想外の訪問に驚きを隠せなかった。
「どうしたの?」
「迎えに来た。あと、花束を買いに。まだ買える?」
「え、あぁ、うん……いいよ」
フェイスくんはカウンターの前に来てバレンタインフェアのポップを眺めた。
後片付けの手を止めて、カウンター越しに彼に向き合う。
「どんなのにする?」
「ウィルの好きなやつ。バレンタイン用の、このラッピングで」
「いいけど……それって」
「花好きな恋人への贈り物に」
カウンターに肘を乗せてこちらの顔を覗き込む。悪戯っ子のような瞳に胸がきゅっと締まる。
本当は今日一緒に過ごすはずだった。
一緒に誕生日を祝って、仲間と過ごす時間を俺の為に少し分けてくれるはずだった。
母さんが風邪を引いたと、妹から連絡が来たのは昨晩のことだ。
バレンタインに花束を買い求める人は多く、事前の注文をさばくだけでも大変なのに、熱を出して倒れてしまったのだと。
フェイスくんに渡すチョコレートはオスカーさんに託した。
事前に何度も謝って、快く送り出してくれたけれど、今日一日働きながらずっと心に引っ掛かっていた。
今日中に会えると思ってなかった。だから凄く嬉しくて、申し訳なくて、胸がうずうずと疼いている。
「……今日、ごめんね」
「いいよ。お母さんの具合は?」
「もう熱も下がったし、だいぶ良くなったみたい。明日には復帰出来そうだって」
「そっか。良かった」
「うん……」
カウンターに置かれた手に触れる。握り返してくれた手は温かくて、水仕事で荒れた手を労わるように優しく擦ってくれた。
「ねぇウィル、薔薇はある?」
「ごめん、薔薇は売り切れ」
「そうなの? 残念……予約しとくべきだったね」
「ふふ、そうだね。沢山仕入れたんだけど」
「バレンタインだもんね」
「うん、バレンタインだから」
沢山の人が誰かに贈る為に花を求めた。嬉しそうな表情、緊張した面持ち、そのどれもが今日の日の為。
繋いだ手に力が籠る。目を見交わして、綻んだ目元が優しくて、それだけで満たされる。
「ねぇ、今からデートしない?」
「え?」
「ベタだけど、部屋取ったんだ。このまま真っ直ぐ帰るのも勿体ないでしょ?」
駄目? と小首を傾げる仕草に勝てるはずもない。
思わず笑って、返事の代わりに触れるだけのキスをした。
もうすぐ日付は変わるけど、今の俺は君の為。
薔薇の代わりに、沢山のおめでとうと愛してるを贈ろう。
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