ふらつく足を注視しながら、肩に回させたキースの腕を担ぎ直す。
担がれた本人は何がそんなに楽しいのか、ずっとニヤニヤと笑っている。
「しっかり歩け。転ぶぞ」
「んー、大丈夫だって~」
重心が定まらない歩き方は危なっかしく、もっと早くに止めるべきだったと後悔した。遅れて取った休暇に、折角だからと希望を聞けば、予想通り飲みに行きたいと言われたので、たまになら多少羽目を外しても、と、甘やかした結果がこれだ。
機嫌よく酔っぱらったキースの体は火照って、重い。
「良かっただろ~? あの店」
確かに、キースお気に入りの店は酒も料理も雰囲気も良く、それ故につられて杯を重ねてしまった。
休みを合わせて、ゆっくり過ごそうと話した最初の夜がこの有様。
(こんなつもりではなかったんだが……)
思わず吐いた溜息は夜道に溶けて、隣は人の気も知らずに陽気に鼻歌でも歌いそうな気配。
最近一緒に過ごせなかった所為か、俺もキースも少し浮かれていたのかもしれない。
「お、っと」
つんのめって傾く体を咄嗟に支えると抱き締める形になった。
「おい、キース」
気を付けろ、と小言が喉元まで出かかるが、キースが不自然に動きを止めた。
ぴたりと寄り添ったまま立ち止まって、何事かと思っていると、キースの頭が首元に埋められる。そのまま何かを嗅ぐように、すん、と鼻を鳴らすので仰け反った。
しかしキースは追い掛けるように顔を寄せて、しつこく首筋に鼻を近付ける。
「止めろ」と言っても聞かないので、力づくで引き剝がした。
キースは身をよろめかせ、とろんとした目でこちらを見詰めながら、ふ、と吐息を漏らした。
「オレの匂いがする」
その小さな呟きは夢見るような響きがした。
思わず自分の首元を引いて匂ってみる。雑多な匂いに混ざって、キースの煙草の匂いが感じられた。
くつくつと愉快そうに笑う顔に呆れて、また溜息を吐いた。
お前が側で吹かすからだ。ふざけて煙を吹き掛けて、後で覚えていろと言ったのに、これ程酔っていれば明日には忘れてしまうだろう。
キースはふらりと抱き着いてきて、甘えるように肩口に顔を埋めると、無遠慮に深く息を吸い込んだ。
「止めろ」
「なーんだよ、減るもんじゃねぇだろ~」
「往来だぞ」
「ケチぃ」
剥がして腕を担ぐ。また横並びで、歩くよう促す。
嬉し気な響きが耳に残っている。
それにほんの少し、ほんの少しだけときめいた事など、絶対に言ってはやらない。
「キース」
「ん~?」
気怠く振り向いた顔に、一つキスを送った。
ぽかんと見詰める瞳に多少溜飲が下がって、街灯の下、キースの耳に唇を寄せる。
「明日、覚えていろよ」
忘れると分かっていて、こんな悪態を吐く。
どうやら俺も、それなりに浮かれているらしい。
酔っているくせに何かしら感じ取ったのか、より一層赤くなった耳に満足して、心持ち大人しくなった体を抱え直した。
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