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    yukiji_29

    @yukiji_29
    倉庫用。
    ほぼアスカガ。
    挫折した文章やら年齢制限のものやら。

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    yukiji_29

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    10月スパークの無配ペーパーで配布した
    アラビアン風アスカガ偽装結婚パロです!
    ちょっと早めのアスランBD記念として書きました^_^
    10/29日の0時にpixivにて全体公開します!

    【10月スパーク 無配】アラビアン風アスカガ偽装結婚パロ むかしむかし、あるところに、一組の若い夫婦の元に玉のように可愛らしい双子の赤ちゃんが生まれました。若夫婦は二人の赤ちゃんを大変可愛がり、家族四人で幸せな日々を過ごしていました。
     ──しかし、その幸せは長くは続かなかったのです。ある日、夫婦は事故に巻き込まれ、突然この世を去ってしまいました。残されたのは、まだ幼い双子の赤ちゃん。
     若夫婦の親族はその悲劇を嘆き、双子を引き取ろうと決意しました。しかし、ここで思いもよらない障害が立ちはだかります。周囲の人々が双子を引き取ることを強く反対したのです。その理由は「双子は不吉な存在だ」という迷信からでした。
    「双子が生まれたせいで、あの若い夫婦は亡くなったのだ」と、誰もが陰で囁き合い、親族が双子を引き取ろうとする事を止めました。皆、亡くなった若夫婦の悲劇が繰り返されないように、というのです。
     それでも親族は双子を引き取ろうと懸命に周囲を説得しましたが、根強い反対に結局、片方の赤ちゃんしか引き取れませんでした。そしてもう一人の赤ちゃんは、親族が信頼する人物へと預けられる事となったのです。
     こうして双子は、生まれて間もなく引き離され、それぞれ別々の家族に引き取られ大切に育てられたのでした。


     時は経ち、十六年後。
     大地を照り付けるオレンジの太陽と、国土のおよそ半分を砂漠が占める国。その国の首都に構えられた一つの屋敷。
     見事なアラベスク文様や幾何学模様が壁一面に施された家で、その家の令嬢と侍女は追いかけっこを繰り広げていた。
    「カガリお嬢様、お待ちください!」
     悲鳴のような声をあげて、後を追ってくる侍女のマーナをカガリは振り返った。
    「もー、馬車の用意待ってたら、いつになるか分かんないだろ!馬に乗って行った方が早いんだってば」
     制止の声も聞かず、カガリは歩幅をそのまま馬小屋に向かって歩く。小屋が見えてこればカガリは左手の親指と人差し指で輪っかをつくり、それを口に食んで、ぴゅうっと指笛を鳴らした。
    「ルージュ!」
     声高らかにカガリは自分の愛馬を呼べば、ルージュは自身の頭を器用に使って馬房に掛かっている馬柵を取り払う。そのまま馬房から出て、自分を呼んだ主であるカガリの元に小走りで駆け寄ってきた。
    「さすがだな、ルージュ」
     賢い愛馬を一撫でし、ルージュに驚きの声をマーナは上げる。ルージュの手綱を取ってひらりと鞍に跨り、ふくらはぎを使って愛馬の腹を圧迫する。それを合図にルージュは頭を擡げ、カガリが向かいたい進行方向へ頭を振った。
     徐々に速度を上げて駆けるルージュ。カガリは屋敷の門を潜り、大路へ出た。
     カガリが行く先は一つ。この国の防衛や王族の警備、国の治安維持を担当する拠点。つまり軍事施設だ。
     ルージュの手綱を華麗に捌き、見えてきた国軍の詰所の前まで馬を寄せると鞍から下りて、愛馬の手綱を門番に預ける。そのまま門を潜れば、すれ違う兵には特に呼び止められる事もなく、兵たちが日々、己を鍛えあげている場所である訓練場に辿り着いた。
     布を首にかけて、汗を拭く仕草をしている褐色の肌の兵士に声をかける。
    「キサカ!」
     振り返ったキサカと目が合えば、訓練で使用していた木剣を下ろし、構えを解いてカガリの方へ駆け足で走り寄ってきた。
    「カガリ様、何故お一人で?マーナはどうしました?」
    「振り切ってきた!」
     カガリは満面の笑みを浮かべ、誇らしげに答える。その答えを聞いたキサカは、それはそれは深い溜め息をついたのだった。
    「何度も申し上げていますが、ご自身の立場をもっとお考えくださいませ……」
     マーナが倒れてしまいますぞ、とキサカは頭が痛いと頭を垂れる。
     この国は、一人の王と内政・外交・軍事をそれぞれの役割を担う三人の大臣によって治められている。内務大臣を務めるシーゲル・クライン、外務大臣を務めるウズミ・ナラ・アスハ、国防大臣を務めるパトリック・ザラ。その中でカガリは、外務大臣を務めるウズミ・ナラ・アスハの娘だった。つまり、高貴な家の令嬢なのである。そうホイホイと護衛も付けず、外を歩き回ってもいい身分の人ではないのだ。
    「馬車なんて待っていられるか。屋敷の者に支度なんて任せていたら、日が暮れてしまう。そんな事よりもキサカ、早く稽古をつけてくれ!」
     時は金なりだろ?とカガリは告げ、キサカはもう一度溜め息を吐くと、予め用意しておいた稽古用の木剣をカガリに渡したのだった。
     渡された木剣の柄を握り、カガリは早速構える。キサカはそれを確認すると少しだけ距離を空け、「いつでも」とカガリに打ち込む許可を出した。
    「行くぞ!」
     カン!と木剣がぶつかり、鋭く高い音が鳴る。カガリの目は真剣そのものだった。彼女は全力で剣を振り下ろし、キサカの攻撃をかわしながら次の動作に移る。キサカもまた、軽やかに足を動かし、絶妙なタイミングで防御と反撃を繰り返した。
    「今日はいつになく熱が入っておりますね、カガリ様」
     カガリの動きを観察しながら、鋭く繰り出してくる彼女の攻撃を交わす。
    「私は、いつも、本気だよっ!」
     額に汗を浮かべながら、キサカになかなか届かぬ攻撃にカガリは焦れた。一撃、二撃と繰り出される太刀筋が交わされていく度、剣筋が粗くなっていく。何度も打ち合いが続き、息が上がる中、カガリはふと一瞬だけ油断した。その隙を見逃さなかったキサカは、素早くカガリの防御を崩し、彼女の剣を弾き飛ばした。
    「あっ!」
     弾き飛ばされた木剣はカランカランと音を立てて落ち、打ち合いは中断と言わんばかりにキサカは構えを解く。
    「勝ちに急いだな。耐え忍び、隙を見て相手の意表を突く事も大事だと教えたでしょう」
     キサカは弾き飛ばした木剣を拾いあげ、カガリに差し出す。むぅと口をへの字に結んでカガリは差し出された木剣を受け取った。悔しそうに木剣を握り直し、キサカの言葉に反論するかのように顔をしかめる。
    「耐えるなんて、私には向いてない。すぐに勝負を決めたいんだ」
    「その気持ちは分かりますが、焦りは禁物です。急げば急ぐほど、視界が狭くなり、逆に勝機を逃してしまいます」
     これは剣だけでなく、これからの貴女の人生でも使える事ですとキサカは穏やかに諭した。
    「でも、私は一瞬の隙を狙うような戦い方はしたくない」
     良くも悪くも真っ直ぐな性格のカガリに、それは心情として許せないのだろう。納得していない様子にキサカは、この真っ直ぐで無垢な心を持つ少女を見て少し微笑んだ。今度は優しい声で続ける。
    「カガリ様、戦いというのは単に力を競うものではありません。相手の動きを読み、流れに逆らわず、自分のペースに引き込むことも大切です。それができれば、貴女はさらに強くなれますよ。剣だけで無く、心も」
     ウズミ様の後を、お継ぎになりたいのでしょう?とキサカは投げかけた。カガリはその言葉に黙り込む。キサカが大切な事を伝えていると感じ取っているからだ。
     この国を支える三柱(みはしら)の一角であるウズミ・ナラ・アスハ。ウズミは先日、カガリをアスハ家の次期後継にと正式指名した。既に幼少期から父親であるウズミに帝王学を施されていたカガリだが、ウズミのような手腕を震えるには、まだ経験も浅く実力も足りない。少しずつウズミから実務経験を積めるよう簡単な外交案件を任されてはいるが、当主の座に就くのはまだ先の話だろう。
     書類仕事が多い外交で剣術を習うという事は、一見何の繋がりもないようにみえる。実はそこにウズミの持つ信条が関わっていた。
     実務経験も勿論大切だが、ウズミはカガリに自分の身は自分で守れるようになれと、護身術を習うように命じた。国民を生活を守るために外交という形で戦う自分たちが、己の身が危険に晒された時、兵士たちは護る為に盾となる。例え兵士だとしても、ウズミにとって彼らも守るべき民だ。民を守るために戦っているのに、その守るべき民を盾にするとは何事かという考えを持つ人だった。
    「…分かったよ。もう一回、頼んでいいか」
     カガリは従順に頷き、再び構えを取る。キサカは返事一つで頷き、カガリと同じように構えを取った。
     仕切り直してもう一度、と二人が意気込んだ時、カガリー!と大きな声で自分の名が呼ばれる。カガリは呼んだ声がする方に振り返った。
    「カガリっ!」
    「アフメド」
     カガリと年の近い男の子。元々アスハ家預かりの少年で、昔からカガリとは気の合う友人のような存在だった。アフメドは現在、国軍で兵士として働いている。カガリの目の前まで走ってきたアフメドは、膝に手をついて呼吸を整える為に数度肩を揺らす。
    「どうしたんだ、アフメド。そんなに慌てて」
     額に滲み出ている汗を拭くように布を差し出せば、それを受け取ったアフメドが顔を上げ、グイグイとカガリの腕を引っ張った。
    「ちょ、おい!」
    「ユウナがこっちに来る!」
     強引に引っ張ろうとするアフメドに一体何だと咎めようとしたカガリは、短くアフメドが知らせる言葉に、げっと不快感を示した。直ぐ様、キサカを振り返る。その顔は早く行けと促していた。
    「キサカ、ごめん!また日を改めて稽古を付けてくれ!」
     遠くでカガリの名を呼ぶ声がする。ユウナだ。
    「カガリ、こっち!」
     そう促すアフメドに手を取られ、二人はキサカを残して急いでその場を離れたのだった。


     ハァハァと二人分の呼吸が回廊に響き渡る。もう少しでカガリの愛馬が預けられている馬房だ。
    中でルージュは静かに待っていた。彼女を見つけるとルージュは軽く鼻を鳴らし、まるで「遅かったな」と言わんばかりの態度。ルージュがいる馬房に二人は素早く潜り込み、カガリは息を切らしながらも、眉をひそめてアフメドに問いかける。
    「はぁ…なんでユウナが来るんだよ…」
    「さぁ、俺も詳しくは知らないけど、なんでも父親のウナトにくっ付いて軍部に来たらしいぞ。お前がちょうど居るって上官が口を滑らして、こっちに来たって話」
     アフメドはそう半ば笑いながら答えたが、カガリの表情はますます険しくなる。
    「稽古も中断されて最悪だ…あいつ、苦手なんだよな。しつこく付き纏ってくるし」
     カガリは大きく溜め息をつき、ルージュに跨る為にアフメドと共に鞍を付け、解いていた手綱を手慣れた手つきで付ける。
     アフメドはカガリの反応に苦笑を浮かべたが、すぐに真面目な顔つきに戻り「今は会わない方がいい」とカガリに忠告をする。
    「なんかユウナ、いつもと雰囲気が違った」
    「どういうことだ?」
    「俺も分からない。だから、今は逃げるのが一番!何かあってもそう易々とセイラン親子の好きにさせないだろ、ウズミ様が」
     そう言って付け終わった鞍の上にアフメドはカガリを乗せる手伝いをする。カガリが鞍に跨ったのを確認してアフメドは馬柵を外した。ルージュの手綱を持って馬房の外まで案内する。
    「ありがとう、アフメド!」
    「気を付けて帰れよ!ユウナに見つかる前に早く行け!」
     うんとカガリは頷いて笑顔を見せ、アフメドはルージュのお尻を叩き、走るように促した。少しずつ速度を上げ、風を切り、カガリを乗せたルージュは門の外を目指す。一瞬だけ振り返れば、カガリを見送るアフメドが手を振って立っていた。


       ◇


     慌ただしく国軍の基地を出てカガリは屋敷に戻る道を辿っていた。軍の施設からはある程度離れた場所に来たので、愛馬の歩を緩め、ゆっくり歩くルージュの背に揺られながら道を進む。
     道の両サイドには衣類を売る露店や、食べ物の屋台、建物に入って飲食するカフェなど、所狭しと並んで客の来訪を待っている。賑やかな通りは、この国が豊かである事を表していた。
     ルージュの背からその様子を見つつ、カガリの視線はふと一箇所に止まる。白い建物に、その入り口にはテラス席が並んでいるお店。カガリは手綱を引き、その店へ進んだ。
     店の前に着くとルージュから降り、その店の玄関番に愛馬を預けて店の中へと入る。店内は柔らかな鈴の音を響かせたオシャレなカフェだった。
    (一度、来てみたかったんだよな)
     店内で飲食されますか?と店の店員が、入店したカガリを見つけて声をかけてくる。
    「あぁ、頼む」
    「ではこちらへ、お席へご案内いたします」
     店員に案内され、カガリは店内の二階席へ通さる。案内された席は薄いベールが二重に席を囲むように垂れ下げられており、隣席に座っている先客の影は薄っすら見える程度だ。柔らかい布で覆われたクッションに腰を下ろすと、目の前には大きな窓があり、外の賑やかな通りの様子が一望できる。店内は静かで、外の喧騒とは対照的な落ち着いた空気が漂っていた。
     メニューを手に取り、しばし考えた後、カガリはチャイと菓子を注文した。店員が注文を受けて去っていくと、彼女はふと窓の外に視線を戻す。
     ガサツで男勝りな印象を持たれるカガリだが、女性が好むようなお洒落で落ち着いたお店に入る事も好きだ。知り合いが居る時は、気恥ずかしくて中々入る事はできないが、今日は運が良かった。
    (いい場所だな…)
     ほぅと感嘆するような息を吐き、背もたれに身体を預ける。思考を止め、突き抜けるような青い空をただ見つめる。微動だにせず、ぼんやりと外を見ていれば注文したチャイと菓子を店員が届けにやってきた。
     テーブルに静かに並べられ、ごゆっくりという声と共に再び店員はベールの向こうへ消えてゆく。カップを手に取り、口に含んだチャイはミルクが優しく効いており、飲みやすく配合されていた。ゆっくりとその味わいを楽しんでいれば、一筋の風が室内を通って行く。
     のんびりとその心地よい風を味わいながら、隣から先程までは気にならなかった話し声が耳に入ってきた。
    「──本気ですか、それは」
     固く強張った男性の声がカガリの耳に届く。そしてその言葉に返事をするように今度は柔らかい女性の声が聞こえてきた。
    「えぇ。ですから私たちの関係はここまでです」
     カガリはその会話に一瞬息を呑んだ。自分が聞いては行けない内容ではないかと察しつつも、偶然耳に入ってしまったために自然と耳を傾けてしまう。いけないと思いつつも男性はどう返答するのか、そしてその女性の意図は何なのかが気になる。男の声は低く、落ち着いていたが、どこかに抑えた感情が潜んでいるように感じられた。
    「それが君の決断なんだな?」
     男側が再び問いかけた。その声には微かな寂しさが滲んでおり、カガリは心の中で、これはプライベートな別れ話なのだろうかと自問する。
    「──どうしても、一緒になりたいと思う方ができました」
     女性の声ははっきりとしており、強い決意が込められていた。カガリはその言葉に息を呑む。最初に予想した通り、これは男女が別れ話をしている最中だった。
    「そうか……」
     男の声が低く響いた。そこに郷愁のような寂しさと、どこか諦めたような響きが混じっていた。
    「君がそう決めたのなら仕方ない。婚約破棄については俺から父上に話そう」
    「ごめんなさい…ありがとう」
    「どうか、幸せになってくれ」
     短い返答だったが、その一言には深い感情が込められているのが分かった。
     カガリはまさか婚約破棄の場面に遭遇するとは夢にも思わず、これ以上立ち聞きするのは不適切だと感じ、席を立つために菓子を頬張ってチャイで流し込む。
     風によってパタパタとベールがはためき、仕切りの役目を少しばかり失う。カガリはフワリと浮き上がるベールを押さえ込もうと手を伸ばした時だった。他意は無かったが、たまたま隣席の客の姿が目に入り一瞬目がかち合う。カガリはその合ってしまった視線を遮るように、急いでベールを掴んで遮断した。
    (び……びっくりした〜‼︎)
     バクバクと鳴る心臓を落ち着かせるように、深呼吸を繰り返してカガリは佇まいを直す。脳裏には先程目が合った翠眼が蘇り、夜の帳のように濡れた濃紺の髪色が目に焼きついている。
     普段は鍛錬とウズミの職務の引き継ぎに、刻々と移り変わる国内情勢の把握と次期後継者としての勉学に忙しいカガリ。それ以外の事には無頓着だった。色恋沙汰は、特に。
     どこの誰が見目が良いとか、家が今軌道に乗っていて優良株だとか、社交界では令嬢から誰が1番人気だとか、そんな事はどうでもいいと一蹴するカガリですら、目の合った人物の存在は知っている。
     ──アスラン・ザラ。現職の国防大臣であるパトリック・ザラの子息で、社交界の令嬢たちから一心に熱い視線を浴びている存在だ。
     クールで物静かで、頭が切れる優秀な人物だと聞いている。そして整った甘いフェイスと彼自身が持つ高貴な身分と肩書きが、数多の令嬢たちを虜にさせていた。そんな人物の婚約破棄現場。
     聞くべきではない内容を偶然聞いてしまったことに対する罪悪感と同時に、背中に冷や汗が流れる。そして人伝に聞いていたアスランの人物像が変わった瞬間でもあった。婚約破棄の申し出だ、普通なら怒り心頭に相手の女性を罵倒してしまうような場面。それを幸せになれと送り出せる者はなかなかいない。アスランに対して一方的に冷たそうな印象を受けていたカガリだが、彼の温かく優しい内面に触れ、認識を改めねばと思った。
     とにかく早く店を出ようと立ち上がり、お代を払って預けていた愛馬ルージュの元へと向かう。まさか、こんな形でアスランのプライベート部分に触れてしまうとは思わなかった。彼が見せた感情の微妙な揺れは、カガリの心にも小さな波を立てた。
    (アスランもただの人間なんだな…)
     完璧そうな人間だと思っていた。彼の心に去来する感情が無意識にカガリ自身の何かに触れるたが、カガリは気付かぬまま、思考は底へと呑まれていった。一つ息を吐き、愛馬のたてがみを軽く撫でる。
    「帰ろう、ルージュ」
     静かな声で呟き、カガリは再び屋敷へと帰路を辿った。


    ──────────
    ────────
    ──────


     カガリは到着した我が家の門を潜り抜け、門番にルージュの手綱を渡す。太陽の強い日差しから守るように着用していたベージュカラーの薄手の外套を脱ぎ、砂埃を払って屋敷の中へ入る。
     自室で一度落ち着こうと部屋に戻れば、カガリの部屋で散らばった書物を片付ける秘書のミリアリアと遭遇した。
    「ミリアリア」
    「あら、おかえりなさい」
     カガリ付きの秘書官という肩書きにしては、主人であるカガリに親しげな口調。ミリアリアがカガリ付きの秘書官になった時、カガリから砕けた口調で話してくれと頼んだのである。秘書官である前にミリアリアはカガリにとって同い年で同性の女の子であり、雇い主と部下という関係よりかは仲間という認識が強かった。
    「今日は珍しく帰りが早いわね、稽古はもう良かったの?」
     時刻は間も無く夕方の五時を回るところ。カガリは稽古のために軍部へ赴く日は、いつも大地が夕陽で真っ赤に染められた時間帯に帰ってくる。今日はまだ、空がほんのりオレンジ色を差し込み始めた頃合いだ。
    「本当はいつもの同じ時間に帰ってくる予定だったんだけどさ……ユウナ・ロマと、鉢合わせしそうになって」
    「セイラン家のドラ息子と?」
     カガリはため息をつきながら、そうだと答えた。
     ユウナ・ロマ・セイラン。セイラン家の跡取り息子であり、カガリにとって現在、頭を悩ませている相手だった。元々、政界では末席に近い端くれの存在の家であったのだが、近年急速に力を付けて台頭してきたのだ。その急激な求心力の正体は、裏で悪質な手口を使って、のし上がってきたのではないかと王宮では囁かれている。
     ユウナとの対話はいつも一方的なもので、特にその自己中心的な態度にカガリはうんざりしていた。
    「急速に力を伸ばしている家だ。発言力も増してきているし、私が原因でセイラン家と我が家に要らぬ対立を起こして父上の手を煩わせたくはない」
     カガリは苦笑いしながら椅子に腰を下ろし、少し疲れた表情を浮かべた。ミリアリアはそんなカガリを労わるように、片付けていた手を止めて準備していたお茶を差し出す。
    「少し休んだ方がいいわ、珍しく顔が疲れているもの」
    「そうだな…少し休むか」
     カガリは目を閉じ、今日の出来事を思い返した。軍での稽古に、カガリの今後を思いキサカが諭してきた教え、ユウナの事、そして店で偶然隣同士の席になったアスラン・ザラとの遭遇。普段ならそれほど気に留めないようなことが、今日は妙に彼女の心に残っていた。
    「そういえば、アスラン・ザラを見かけた」
    「アスラン・ザラって、国防大臣の?」
    「そう。おまけに婚約破棄の話をされてるところに出くわしてさ」
     ミリアリアは驚いたように目を瞬かせる。
    「ビックリだろう?ほら、あいつ引く手数多でモテるって聞くし、振られるなんて事に縁はなさそうだろ?見目も家柄も良いし、付き合えた女性は絶対手放さそうじゃないか」
     ミリアリアはその話を聞いて、少し考え込むように顔を曇らせた。それは相当な出来事じゃないかとミリアリアは言う。その言葉にカガリも、頷いた。
    「なのに相手の女性は別れを切り出して、アスランも婚約破棄の話をすんなり受け入れてたんだよなぁ…。お互い、政略結婚の婚約だったのかな」
     いずれ自分も家のために、顔も人柄もまともに知らない相手と婚姻関係を結ぶのかなとポツリとカガリは呟く。カガリの言葉にミリアリアは黙り込む。カガリはこの国を支える三柱の大臣の娘で、昔から名家として国内外で名の知れているアスハ家の姫だ。婚姻相手はそれなりの出自と地位を求められる。
     おそらくウズミはカガリが望めば、娘が望む相手との結婚を許すだろう。厳格な人であると同時に、優しい人だ。家の事は気にするなと言うだろう。
     ミリアリアはしばらく黙っていたが、やがて静かに口を開いた。
    「カガリ、あなたは自分の意思を大事にすべきよ。たとえ家のためと言っても、無理に誰かと結婚することが幸せだとは限らないわ」
     カガリはその言葉を聞いて、ふっと小さく笑った。
    「そうだな。父上も、そんなこと言うんだろうな。私はまだ結婚なんて考えてないけど、家のために生きることが使命だとも思ってる。だから、何かあれば父上を守りたいし、家の未来のために動くことも大事だと思ってるんだ」
     ミリアリアはカガリの言葉に理解を示すように頷いたが、それでも心配そうな表情は消えなかった。
    「あなたは優しすぎるところがあるから、あまり抱え込まないでね」
     カガリはその言葉に一瞬考え込んだが、すぐに微笑んでミリアリアを安心させるように言った。
    「分かった。……ありがとう」
     カガリはその言葉に励まされ、少し心が軽くなった気がした。一つ深呼吸して、ミリアリアが淹れてくれたお茶を手に取る。この一杯の温かさに少しだけ心が癒されるのを感じた。
     デスクにおいてあった、昨夜まで取り掛かっていた書類をカガリは広げる。カガリが無言で示した仕事に取り掛かる姿に、ミリアリアも倣ってカガリの秘書官としたの仕事に戻ったのだった。
     遠くで屋敷で働く従者たちの物音や話し声を音楽に、二人は黙々と作業をする。そこへ部屋の外から入室の許可を伺う声が届いた。
    「カガリお嬢様、失礼いたします」
    「マーナか」
     腰を折り、ゆっくりと室内に入ってきたのは、幼少期からカガリを世話する乳母のマーナ。そして彼女の後ろには、髭を顎にたっぷり蓄えた壮年の男性。その姿を見つけ、ミリアリアは慌てて立ち上がり、カガリはデスクを回って壮年の男性に近付いた。
    「お父様!」
     おかえりなさいとカガリは声をかける。服装から察するに、王宮から今し方帰ってきたところなのだろう。ウズミはポンと愛娘の頭を人撫でし、この家の家長のために席を用意したミリアリアに促され、ウズミは柔らかく大きなクッションの上に腰を下ろす。カガリもウズミの正面の位置に座り、父親と膝を突き合わせた。
    「お父様、今日は早く帰って来られたのですね」
     嬉しそうにそう表情を綻ばせる愛娘に、ウズミも目尻を下げて微笑む。
    「今日は仕事が早く片付けられてな、たまにはお前とゆっくり夕食でもと思ったのだ。お前に話したい事もある」
     ウズミと久しぶりにする家族らしい会話に、カガリはマーナとミリアリアに夕食の用意をと声をかけた。二人が部屋を退室したのをウズミは確認すると、カガリと愛娘の名前を呼んで自分の方に顔を向けさせる。
    「まず、夕食前に大切な話がある。よく聞きなさい」
     真剣な父親の表情から、カガリは重要な話があるのだと察した。はいと短く返事をすれば、次に放ったウズミの言葉にカガリは目を見開く事となる。
    「セイラン家が、お前を息子の婚約者にと申し出てきた」
     カガリはその言葉を聞いた瞬間、驚きで息を呑んだ。最近、事あるごとに自分に付き纏ってくるユウナにカガリは薄々彼の、否、彼らセイラン家の狙いを感じ取っていた。唇を引き結び、ごくりと一つ唾を飲み込む。
    「セイラン家が私を……ユウナの婚約者に?」
     父に間違いないのかと聞き直すようにカガリは復唱すれば、ウズミは静かに頷いた。彼の表情は先程と変わらず真剣な面持ちだ。
    「そうだ。彼らは近年、急速に力を付けてきている。おそらく我が家との家同士の繋がりを持ち、今後、国政への発言を強めようとしているようだ。その一環として、セイラン家の跡取り息子、ユウナ・ロマとお前の婚姻を申し出てきた。正直に話せば、今のセイラン家は我が家でもその存在を無視出来ぬ家となってきている」
     カガリは動揺しながらも、ウズミの言葉を理解しようと努めた。
    「お父様、私…ユウナとは……」
     動揺で声が震えながらも言葉を濁すカガリに、ウズミは娘の言葉を遮るように手を静かに挙げて止めた。まるで、お前の気持ちは分かっているとでも言うように。
    「お前の意思を無視して、事を進めたりはせぬ。安心しなさい。それにユウナという男の性格も、あの家の危うさも分かっているつもりだ。家の事は案ずるな、そなたの進みたい道を選べば良い」
     カガリは父ウズミの言葉に、ほっと息を吐く。自分の気持ちを尊重してくれることに感謝し、父の深い愛情を改めて感じた。ウズミは優しくカガリの頭に手を置き、静かに微笑む。ウズミは愛娘に、ただ家のために結婚するのではなく自分の意思を尊重して欲しかった。
    「我が家の未来も国の行く末も大事だが、何よりお前自身が幸せであることが大切だ。それが、お前の亡くなった母の願いでもある」
     その言葉にカガリはしばし沈黙した。もう記憶は朧げではあるが幼い頃、母と過ごした思い出と優しい時間。カガリの心は自然と温かくなる。
     カガリは膝の上に置いていた手をぎゅうっと握り、拳をつくった。
    「お父様…私は、家のために戦う覚悟はありますが、結婚については…その、突拍子もない事で…」
     だから少し、考えさせてくださいとカガリは小さな声で告げる。すぐに答えを出せば、向こうの家に角が立つ。それも考慮しての答えだった。
     ウズミは分かったと頷き、そして優しい表情でカガリを見つめる。
     カガリは父の言葉に感謝の気持ちを抱きながらも、胸の中に複雑な思いを抱えていた。自分の将来、家の将来、そしてユウナ・ロマという存在。
     すべてが一度に肩へのし掛かってくるような重圧だった。ウズミはカガリの肩に優しく手を置く。
    「すまん、要らぬ気苦労をかけてしまったな」
     その言葉にカガリは少しだけ心が軽くなったように感じたが、まだ完全に晴れることはなかった。
     やがてミリアリアとマーナが夕食の準備を整え、部屋に戻ってきた。ウズミはカガリに向かって微笑み、夕食の席へと誘う。
    「さて、話はここまでにしよう。今夜はゆっくりと食事を楽しもう」
     カガリはその言葉に頷き父親の隣に座った。久しぶりの家族団欒の時間に、カガリはこの時間だけアスハ家の姫としてではなく、ただのカガリとして食事を楽しむ。食事の席は、温かく穏やかな雰囲気に包まれ、笑い声が飛び交う優しいものだった。食事の時間を存分に楽しんだ後、ウズミは明日に備えて早めに自室に戻ると部屋を退出する。マーナもそれに部屋を後にしていった。
     再びカガリとミリアリアの二人だけになった空間。
    「良かったわね、久しぶりにウズミ様とお食事が取れて」
     そう語りかけるミリアリアに向かってカガリは曖昧に笑い、そのままその日は寝床についたのだった。


       ◇


     王宮、ダンスホール。カガリは広いホールの隅に身を寄せ、父の名代で王家主催の舞踏会に参加していた。ホール中央で音楽に合わせて踊る貴族の令息、令嬢を遠目で見ながら配られた飲み物に口を付ける。中央で踊る令嬢たちは付けているヒップスカートのコインや、腕や首に身に付ける装飾品をシャラシャラと鳴らせ、幻想的な音を奏でていた。
    (帰りたい……)
     華やかな光景をぼんやりと眺めながら、カガリの心は早く屋敷に戻りたいという思いで占めていた。彼女にとって、貴族たちの社交の場はどうにも居心地が悪く性に合わない。特にユウナとの婚約話が持ち上がってから、どこに行っても彼のことを話題にされることが多く、さらに気が重くなっていた。わざとセイラン家が吹聴して、一気に貴族達の間で噂が広まったのだろう。こちらはまだ何も返答していないというのに。
     ふと、ホールの反対側に立つ人物にカガリの目が行く。今夜の舞踏会の注目の的であり、先日、カガリが婚約破棄の場面に遭遇してしまったアスラン・ザラだった。彼は貴族たちの輪に入らず、一人静かに佇んでいる。気付かれないようさり気無く観察していれば、一人の令嬢がアスランに声をかけに行った。どうやらダンスのお誘いをしているらしい。だが二言三言話して令嬢はその場を去って行った。どうやら彼女の誘いは断られたようだ。
    (誘いを受けないのか、あいつ)
     婚約者が不在となった立場で舞踏会に来たのだ、次なる花嫁候補を探しに参加しているのだとカガリは思っていたのだが。
    (まぁ優良物件で引く手数多だろうし、選びたい放題だから焦らずに決めればいいもんな〜)
     そう他人事のようにアスランを観察していれば、アスランの目がこちらに向かい、二人の視線が交差する。カガリは思わず咳き込みそうになり、飲んでいた飲み物が出そうになった。盗み見していた事がバレてバツが悪くなり、身を翻してその視線から逃げるようにカガリは一度ダンスホールを出る。
     ドアをくぐり、ダンスホールの喧騒から逃れてカガリは廊下に出た。開放された窓から冷たい夜風が薄いカーテン越しに肌を撫で、ほんの少しだけホッとする。しかし心の中は依然として落ち着かない。アスランとまさか目が合うなどとは思わず、そしてその視線が思いの他、長く重なった事に急激に恥ずかしさが込み上げてきた。それなりの身分を持つ自分が、他人を盗み見るなど褒められた行動ではない。
    「何をやってるんだ、私…」
     カガリは呟いた。廊下の窓辺に寄りかかり、少し落ち着こうと深呼吸する。
    「早く帰りたい…」
     そう溢した瞬間、背後から足音が近づいてくるのを感じた。誰かが自分を追ってきたのかもしれない、とカガリは身を強張らせる。やがて足音が止まり、嫌でも聞き慣れた声がカガリの耳に届いた。
    「やぁ、カガリ。君、ここにいたのか」
     ユウナ・ロマ・セイランが声高らかに話しかけてきた。その声を耳にしてカガリの顔が一瞬で曇る。カガリは背筋を伸ばし、ゆっくりと振り返る。そこには柔らかく笑みを浮かべたユウナ・ロマ・セイランが立っていた。その笑顔は一見、爽やかで気さくなものに見えるが、カガリにとって胡散臭く肌が粟立つ笑みだ。
    「……何の用だ?」
     カガリはできるだけ冷たく、冷静に返事をした。
    「こんな所に一人でいるなんて、危ないじゃないか。早く君に声をかければ良かったね」
     ユウナはカガリの剣呑な空気をなんて事ないように交わし、軽やかに答えるが、その言葉はどこか押し付けがましさを感じる。
     カガリはため息を飲み込み、視線をユウナから外す。これ以上話をしたくないと明ら様に態度に出した。
    「少し疲れただけだ、貴殿に心配されるような事はない」
     カガリはそっけなく言い、これで話は終わりだと切り上げるようにユウナに背を向ける。一方ユウナは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに笑みを浮かべた。
    「疲れてるなら僕が送って行くよ。家までエスコートするのが婚約者として当然の役目だろう?」
     間髪入れずにカガリがまず思ったのは、図々しいとその一言だけだった。カガリは一切隠す気もなく眉を顰める。ただ婚約を申し込まれただけで、正式な婚約者でもないというのに、こうしてユウナが既成事実が二人の間に既にあるかのように話を進めてくるのが、ますますカガリの心を不愉快に染めていった。
    「何の話だ、ユウナ・ロマ・セイラン。身の程を弁えろ」
     カガリはきっぱりと告げた。
     ユウナの表情が一瞬固まるが、今度は企んでいるような不敵な笑みを浮かべる。
    「もちろん、もちろん。君の気持ちも尊重するよ、カガリ。でもそんな事を言っていられる余裕が果たして、アスハ家はいつまで続くかな?いずれ君も、僕と結婚しなければならないと理解せねばならぬ日がくるよ」
    「お前、何を……!」
     カガリはその言葉を聞いた瞬間、心の底から怒りがこみ上げてきた。ユウナの脅しじみた言い方に、彼の本性が垣間見えた気がした。これまで彼の軽薄さに苛立ちを覚えていたが、今回の言葉は聞き捨てならない。
    「アスハ家を侮辱するつもりか?」
     カガリは低い声で問い返し、視線は鋭くユウナを捉えた。
     ユウナはすぐに取り繕うように手を広げ、笑顔を保った。
    「いやいや、侮辱なんてそんなつもりはないさ。ただ、現実を見てほしいだけなんだ。君も知っているだろう?ここ最近のセイラン家の勢いをさ…。僕はただ、君に最善の選択をしてほしいと思っているんだ」
     その言葉は一見、親切な忠告のように聞こえるが、その裏には冷たい計算が隠されている。カガリはユウナの言葉に対して何かを返す気にも起きず、ただ冷たく見下すように彼を見つめた。
     今度こそ、カガリはその場から立ち去ろうと足を踏み出す。だがそれはユウナの手によって阻まれた。
    「全く、とんだじゃじゃ馬娘だな。呆れるよ」
    「なんだと……?!放せ!」
     カガリはユウナに腕を掴まれる。触るなと声を出し、瞬時にその手を振り払おうとしたが、彼の手は驚くほど強く、冷ややかな微笑を浮かべたまま、ユウナはカガリを引き寄せた。まるで力関係を示すかのように。そのまま背後から抱き込まれ、するりと腰を撫でられる。嫌悪感で肌は粟立ち、カガリは振り解こうと暴れた。
    「放せ、ユウナ!」
    「そんなに怒らないでくれよ、カガリ。君がもっと冷静に物事を見られるようになれば、僕たちはきっと素晴らしい未来を築ける」
     その言葉に、カガリの怒りはさらに沸騰した。何を言っているんだ、この男は。相手の意志を無視し、自らの利益のために結婚を押し付けているだけではないか。彼の計算高さと傲慢さに、カガリは激しく反発した。
    「嫌だ、放せ!!」
    「女性に無体を働く姿は、褒められたものではないな」
     誰か!とカガリは叫ぼうとした時だった。まるで冷水をぴしゃりと浴びせるかのような静かな声が廊下に響き、二人は声がした方を見る。そこには舞踏会で注目を一身に浴びていたアスランがいた。
    「え、お、お前…」
     カガリは想定外の人物の登場に硬直する。アスランはカツカツと二人に近寄ると、カガリを拘束するユウナの手を解き、自分の後ろへとカガリを庇った。ユウナと対峙するアスランの表情は冷静そのもので、その瞳には鋭い光が宿っていた。彼はユウナに視線を向け、静かに、しかし断固たる口調で言葉を続けた。
    「君の行いは、礼儀を大いに欠いている。女性の意志を尊重しない振舞いは、貴族として如何なものか」
     ユウナは一瞬だけ怯んだように見えたが、すぐに不敵な笑みを取り戻し軽く肩を竦めてみせる。
    「これはこれは、ザラ家の跡取りがわざわざ現れて、僕を叱責するとは。しかし、君には関係ない話だろう?これは僕と彼女の問題だ」
     アスランはその言葉に答えることなく、ただ一歩前に進み、ユウナはアスランとカガリとの距離を縮める。その姿勢には威圧的なものがあった。カガリは彼の背中越しにその様子を見つめる。アスランがそうなのか?と背中越しに目でカガリへ尋ねてくるが、カガリは違うと首を横に振った。
    「お前が勝手にそう言ってるだけだろ!私は一切お前との婚約に同意してない!そ、それに……私にはもう、心に決めた相手がいるんだ‼︎」
     カガリから飛び出てきた言葉にユウナははぁ?と可笑しそうに笑う。
    「好きな人がいるって?剣の訓練と、父親の政務の手伝いばかりに明け暮れている君が?」
     おかしな事を言うとユウナは鼻で笑った。見抜かれている。しかしここで折れる訳にはいかない。折れてしまえばこの男はまたしつこく付き纏ってくるだろうし、外堀を埋めてでもカガリと強引に婚姻関係を結ぼうとするのが目に見えて分かった。
     ええい、ままよ!とカガリはアスランの腕を掴み、ごめんと思いつつもアスランを利用させてもらう事にした。
    「わ、私はアスランと将来を約束してるんだからな!」
     カガリの放った言葉にユウナの「え?」と言う言葉と、アスランの「は?」という言葉が同時に重なる。カガリは本当にごめんと心中でアスランに謝りつつ、「頼む、合わせてくれ」と驚いているアスランに素早く小声で語りかけた。
    「だから、お前とそもそも婚約なんて無理だ!」
     呆気に取られるユウナと、何とかユウナを追い払おうとするカガリをアスランは交互に見て、数秒思考を巡らせると最適解を導き出す。
    「と、いう事だなんだが?」
     軽くあしらう様なアスランの言葉にユウナの笑顔はついに消え、苛立ちが顔に浮かんだ。だがアスランは動じる事もなく、ユウナはアスランの堂々たる佇まいに気圧されて、それ以上は分が悪いと判断したのか何も言わず引き下がる。そして捨て台詞を吐きながら二人に背を向けた。
    「今日はここまでにしておいてあげる。ただ、覚えておくといい。いずれ、僕の言っていることが現実になる日が来るだろうから」
     そう言い残して、ユウナは不敵な笑みを浮かべながら去って行った。
     カガリはユウナの姿が完全に見えなくなるのを確認し、安堵するように大きく息を吐いた。アスランも振り返り、カガリの様子を見守る。
    「大丈夫か?」
     その一言にカガリは一瞬、言葉を失った。うつむきながら小さく頷く。
    「すまない、助かった……ありがとう」
     巻き込んでしまってすまないとそう告げれば、アスランは構わないと静かに首を横に振る。
    「気にしなくていい。とりあえずカガリ嬢、状況を説明してもらってもいいだろうか?」
     その時、今度はユウナが去って行った方角から新たな人の声が近付いてくる。不安気に揺れたカガリの瞳を見つけ、アスランはカガリの腕を取ると錠がかかっていない扉の部屋へカガリを避難させるように身を隠した。
    「平気か?」
    「あ、うん。ってか、何で私の名前……」
    「この前カフェで、俺の婚約破棄現場に居合わせていただろう?」
     カガリはその言葉に、うっと息を詰まらせる。偶然その場に居合わせて不本意な事だったが、カガリは居た堪れない気持ちになる。
     一難去ってまた一難。アスランの問いにカガリは迷った。
     心の中ではアスランに助けられた感謝が渦巻いている一方で、彼に全てを話すことには抵抗があった。しかし彼と視線が交わってしまえば、黙っているのは無理かとカガリは悟り、深呼吸して言葉を選びながら話した。
    「実は先日、うちにセイラン家からユウナと私の婚約を申し込まれたんだ。私は応じる気は無かったんだが、ユウナが強引に婚約を迫ってきて……。まだ何も返事すらしていないのに、まるで私が彼と結婚するのは決まっているかのように振る舞ってきたんだ」
     カガリの言葉を聞いたアスランの表情が僅かに険しくなる。酷い話だなとアスランはカガリを慰めた。
    「セイラン家は最近影響力を伸ばしてきているし、父も警戒している。セイラン家と不要な対立を起こすような事はしたくないんだが……」
     頭の痛い問題だよとカガリは力無く笑った。
     自尊心の塊であるユウナは、おそらくこの事を吹聴する事はないだろう。自分が振られたなんて、己のプライドを傷付けるような真似はしないはずだ。性懲りも無く再びカガリに婚約を迫ってくる事はあるかもしれないが。
     だが問題はアスランだ。婚約破棄現場をたまたま聞いてしまった事然り、またユウナが今回の件で煮え湯を飲まされたので、アスラン並びに率いては、ザラ家に何かしら理由を付けて言い掛かりをつけてくる可能性がある。後先考えず、脊髄反射で動いてしまった自分を今更ながらにカガリは悔やんだ。
    「助けてくれただけなのに、巻き込んでしまってすまない。もしセイラン家から何か実害を被るような事があれば、すぐに教えてくれ。貴方を巻き込んでしまった詫びをさせたほしい。誠心誠意、貴方が受けた損害をアスハ家が責任を持って受け入れよう」
     迷惑をかけてすまないとカガリはアスランに向かって頭を垂れた。その姿勢にアスランはギョッとする。どんな理由であれ、高貴な身分の人間が、そう易々と人に向かって頭を下げていいものではない。それは社交界の常識だ。
    「頭を上げてくれ、カガリ嬢。俺も勝手に首を突っ込んだんだ、そこまでしてもらう必要はない」
    「だが……!」
     それでは申し訳が立たないというカガリにアスランはどうしたものかと考える。暫くアスランは考え込むと、何か妙案が思い付いたようか表情を浮かべた。
    「じゃあ、こういうのはどうだ?君と俺が、本当に婚約関係を結んでしまうというのはどうだろうか?」
    「はぁ?!」
     カガリは突拍子もないアスランの提案に驚き、そして戸惑った。しかしアスランの落ち着いた表情を見て、次第にその言葉が本気で提案してきてきた言葉なのだと理解していく。
    「君はセイラン家の息子を正当な理由で袖にする事ができるし、俺は無闇矢鱈むやみやたらに女性に言い寄られる事を減らせる。俺の婚約解消の話を聞きつけた大勢の令嬢に詰め寄られて、正直困っていたんだ」
     つまり、カガリに女避けとして婚約者になって欲しいという事である。
    「別に本当に結婚する訳じゃない。お互い、ほとぼりが冷めるまでの期間限定の婚約関係だ。もしくはお互い、想う人ができたら解消しよう。どうだ?」
    「えっ、と…いや、それは……ダメじゃないか?ほら、お前ザラ家の跡継ぎだし、私もアスハの後継だ。政界の勢力図の問題もある」
     アスランもカガリも、自分たちの一存で婚姻関係を結べる立場ではない。発言一つ、行動一つで周囲に大きな影響を及ぼす立場にいるのだ。アスランはふむと考える。
    「……確かに、政界の影響力を考えると問題がないわけじゃない。しかし、むしろそれを逆手に取ればいいんじゃないか?」
     アスランは穏やかに答えた。彼の冷静な提案にカガリは一瞬戸惑いながらも、どういう事だ?と興味を持ち始める。
    「ザラ家とアスハ家が婚約を結べば、周囲も簡単には手出し出来ない。セイラン家も軽率に動くことはできないだろう?互いの家の立場も一時的に安定する。お互いにとって利があるんだ。父も、セイラン家のここ最近の振る舞いについては思う所があるようだし」
     カガリは少し考え込むが、アスランの提案には一理あると感じた。とはいえ、それでも婚約を偽ることに対して引っかかりを覚えた。
    「でも、そんなことをして本当に大丈夫なのか?嘘をついて、後で問題が起きたり…それに、私の事が信用に足る人間か分からないじゃないか!」
     偽装の婚約を盾に、アスランに害を為そうとするかもしれないとカガリは告げる。その言葉に思わずアスランは肩を震わせて笑った。
    「何だよ、人が真剣に……!」
    「すまない、失礼。少なくとも形式上は嘘では無いからいいんじゃないか?お互いの利益を守るための手段であるし。それに君の事は、婚約破棄の場面に居合わせた時、すぐに席を外してくれただろう?噂話好きの令嬢だったら、すぐに社交界に噂が回ると思っていたが…正式に婚約破棄を表に出すまで、そんな噂は回らなかったし、少なくとも最低限の信用は足る令嬢だと思っているよ」
     カガリの不安そうな声にアスランは微笑みながら答えた。カガリはアスランの言葉に衝撃を受けつつ、彼が自分をそのように受け取っている事に驚いた。自分がアスランの目にどう映っているか、そこまで考えていなかったからだ。
     ひとまず、アスランの提案が現実的であることに変わりはない。
     アスランはそんなカガリの心の動きを感じ取ってか、さらに言葉を続けた。
    「君がどうしても嫌なら、無理にとは言わない。俺も無理強いする気はない。ただ、今の状況を打開するための一つの方法として提案しただけだ。もちろん、君が別の手段を見つけたら、そちらを優先すればいい」
     その言葉を聞いてカガリは少し迷ったが、特にこれといった名案が思い付くはずもなく、最終的にアスランの提案を受け入れる事にした。
    「…分かった。お前の提案を受け入れる。期間限定で、婚約者という形を振る舞おう」
    「決まりだな、カガリ嬢。今後の事はこれから相談しよう、父上たちにも話をしなくてはならないし」
    「あぁ。これからよろしく頼む、アスラン殿」
     カガリはスッとアスランに右手を差し出す。一瞬なんだろうかとアスランは考えたが、あぁと合点がいって、その手を握り返した。
    「アスランでいい。俺もカガリ嬢の事をこれからカガリと呼んでもいいか?」
    「もちろんだ!」
     こうして二人は一時的に、お互いの利益の為に婚約者として振る舞う事が決まった。
     契約成立と言わんばかりの雰囲気に、アスランは「それと」と口を開く。
    「なるべく外では供は付けて歩くように。簡単に異性と二人きりの状況を作らさないように気を付けて」
    「分かった!」
     元気良く返ってきたカガリの返事に、アスランは困ったように少し眉を下げる。忠告の意味が伝わらず、自身の今の無防備さに気付いていないカガリに、アスランは彼女の父親や使用人は大変だろうなと思った。
     そしてこの選択は、やがて王宮をも巻き込む大事(おおごと)にまで発展するのである。
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    💴💴💴
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    Replies from the creator

    yukiji_29

    MENUアスカガ本の新作サンプルです!
    種自由後。
    カガリが直接極秘で対処したテロ事件でカガリは怪我を負い、アスランにそれを黙ってたらアスランがブチ切れ、二人とも揉めに揉め(笑)カガリが家を飛び出して実家(?)(キラの住むお家)に押しかける話。
    ちゃんとアスランと仲直りするし、ハッピーエンドです☺️

    ※外伝のエクリプスに登場するキオウ家も出てきます(エクリプス読んでなくても支障ないはず…笑)
    Be Dazzlingly Beautiful・アスカガ本新刊サンプル「アスハ代表‼︎」
    「騒ぐな!私は無事だ。こいつらの確保を、早く!」
     カガリは満身創痍の体を引きずりながら、先程自分がかけた絞め技で意識を落とした相手から離れる。だらりと垂れたカガリの左腕は衣類が引き裂かれ、血が滲んでいた。意識を失い地面に寝転がっている相手によってナイフで切られ、負った傷だ。その血は腕を伝って指先に落ち、地面に幾つもの赤い斑点をつくる。止血するように空いている右手で出血部分を圧迫して、カガリは走り寄ってきた自国の軍人達に保護された。
     いくら軍事訓練を受けていたとはいえ、流石に無傷という訳にはいかず、顔を青くする部下たちにカガリは精一杯の笑顔を貼り付けて落ち着くように諭した。
    「っつ‼︎」
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    yukiji_29

    MENUアスカガ本に収録予定の新作サンプル(2本目)です!
    種自由後の話(アスカガ+ミリアリア)
    カガリとユウナの結婚未遂をアスランが許してないって考察読んで、アスランおまいう!ってミリィに言葉で引っ叩かれるアスラン書きたいが為に書きました(笑)
    お互い様でしょー!ってミリィに怒られるアスラン😂
    またカガリが薬指に指輪を嵌めて、アスランと将来を約束をするまでのお話です。
    金環は碧落一洗に輝く アスカガ新刊サンプル② オーブ軍事施設内。
     ミリアリアはズンズンと背後に物々しい効果音が付きそうな足取りで施設内を歩いていた。
     先程から探している人物はなかなか見当たらず、かれこれ十五分は施設内を探し歩き回っている。事前通達されたスケジュール通りであれば、すでにオーブへ帰国している頃合いのはずだ。
     黙々と足を動かすミリアリアをどうしたんだろうと横目に見る同僚達に目もくれず、彼女は先を急いだ。
    「あれ、ミリアリアさん?」
     通り過ぎた一室からミリアリアの名を呼ぶ声にピタリと足を止める。くるりと振り返り声のした方を見れば、部屋の入り口からひょこりと顔を出す女性と目が合う。臙脂色の髪を持つミリアリアがよく知る人物がそこにいた。
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