Be Dazzlingly Beautiful・アスカガ本新刊サンプル「アスハ代表‼︎」
「騒ぐな!私は無事だ。こいつらの確保を、早く!」
カガリは満身創痍の体を引きずりながら、先程自分がかけた絞め技で意識を落とした相手から離れる。だらりと垂れたカガリの左腕は衣類が引き裂かれ、血が滲んでいた。意識を失い地面に寝転がっている相手によってナイフで切られ、負った傷だ。その血は腕を伝って指先に落ち、地面に幾つもの赤い斑点をつくる。止血するように空いている右手で出血部分を圧迫して、カガリは走り寄ってきた自国の軍人達に保護された。
いくら軍事訓練を受けていたとはいえ、流石に無傷という訳にはいかず、顔を青くする部下たちにカガリは精一杯の笑顔を貼り付けて落ち着くように諭した。
「っつ‼︎」
手当の為に支えられた体は、その揺れで腕とは別に違う箇所に鋭い痛みが走る。
(これは、肋骨が数本イッてるかもな…)
おまけに肩も軽く脱臼している始末。額に油汗をかきながらカガリはそのまま兵達に運ばれ、軍病院へと運ばれていった。
◇
オーブ連合首長国、行政府。その廊下を美丈夫が鬼気迫る表情で歩いていた。
オーブ軍所属、アスラン・ザラ一佐。
現在はターミナル出向任期を終え、再びオーブ本国に戻り今は平和のため、オーブの軍事外交面へ活躍の場を移している。ターミナル出向の任務はすでに満了しているが、その身はオーブ本国に戻っても変わらずコンパスやプラント、地球連合に赴く長期任務に就く事が多かった。
アスランはオーブを不在にしている事の方が多く、同じくオーブ軍に身置いている他の上位階級の者達でもその姿を目にする機会は少ない。が、彼はオーブ軍内では密かに有名人になりつつあった。アスランはオーブ軍内でも屈指のイケメンで、彼と初めて会った者達はまず最初に顔が整っているなと感想を抱く程、見目麗しい風貌を持っているからだ。その優れた容姿は一度見た者の目に止まり、その存在を記憶に焼き付ける。それ故アスランは一度軍部に姿を現せば注目の的であった。そしてその有名人になりつつある美丈夫がピリついた顔で歩いているのだ。昔から美人の真顔は怖いと言うが、まさにそれを絵に描いたような状況。すれ違う官僚達はそのピリついた空気感に触らぬ神に祟りなしと言うように道を開け、脇へと寄る。そんな事も気付かず腹の底にふつふつ沸く炎を極力外へ出さぬように、アスランは先を進み行政府を出た。
──目指す先はアスハ邸、行政府を不在にしているカガリの元へ。
◇
アスハ家はアカツキ島にある屋敷アスハ本邸とは別に、オーブ国内にいくつもの別邸を構えている。政府施設が置かれているオーブ首都、オロファ島にあるアスハ邸もその内にある別邸の一つだ。休暇時以外の殆どをオロファ島にあるこのアスハ邸で過ごすカガリは、ベッドで公務の資料を捲っていた。
無音の部屋で書類に目を通していると外からコンコンと部屋の扉がノックされる。
「カガリ様、ザラ一佐がお見えです」
部屋の中にいるカガリにそう声をかけるのは、この屋敷に勤めるメイドのもの。アスランの帰国を知らせるそれにカガリは目を瞬かせる。記憶ではアスランの帰国まであと十日程あると把握していたが。
まだ癒えていない怪我の場所を見て、間が悪いとカガリは歯噛みした。カガリが肋にヒビを入れ、軽い脱臼も起こし怪我を負ったあのテロ事件をアスランは知らない。秘書官のトーヤやカガリの側近達、そして軍の上層部の中でもほんの一握りの者が知るのみだ。更にカガリは念には念をと保険をかけ、箝口令まで敷いていた。
(頼むから、気付いてくれるなよ)
カガリはそう心中で祈った。これがアスランにバレれば、面倒くさい事になるのは火を見るより明らかだったからだ。
テロ鎮圧からまだ三週間と少ししか経っておらず、肩の脱臼は殆ど完治に近い状態だが肋の方がまだ完治していない。出来れば全ての怪我が完治してから、アスランを見送った時と同じように初めから何も無かったかの如く彼を出迎えたかったのだが。
予想外の早期帰国に本来であれば嬉しい所だが、今回ばかりはアスランの優秀さを恨んだ。とにかく怪我を悟られないようにと心に決め、冷静に声を出しカガリは扉の向こうへ返事をする。
「入っていいぞ」
「アスハ代表、失礼します」
オーブ軍のトリコロールカラーに身を包んだアスランが部屋に入ってきた。
「ご苦労だったな、ザラ一佐」
カガリとアスランは公私を分ける為に公の場では互いの役職を付けて呼び、プライベートでは名前で呼ぶ事を徹底していた。
役職を付けた名で呼ばれたので、カガリは代表としての顔つきでアスランを出迎える。アスランはカガリのいるベッドに歩み寄ってきて、手に持つ資料を差し出した。
「こちらが今回の任務の報告書類です」
「ありがとう、貰おう」
書類を受け取りカガリはその紙を捲る。綴られた文字に目を通して内容を把握すれば、幾つか議会に上げ、議論が必要な項目があった。すぐに決裁はおろせそうにないので、カガリはその旨をアスランに告げる。
「議会で検討が必要なものがある。しばらくこの書類は預からせてくれザラ一佐。長期任務で疲れただろう、軍で報告を済ませたら今日はもう休むといい。上官には私から伝えておく」
そう言ってカガリはアスランを部屋から下がらせようとした。怪我がバレる可能性を減らしたくて、今はなるべく接する時間を少なくしたい。
だがアスランは部屋を出ようと動く素振りはなく、ジッとカガリを見つめる。
「どうした、一佐?」
「…体調が良くないと聞いた」
前置きなく切り出された自分に関する話題に、ドキリと緊張でカガリの心臓は一度跳ねる。悟られぬようにいつもの調子を意識しながらカガリは口を開いた。
「あぁ…その件か。少し前に調子を崩しただけで今はもう元気だ。念の為もう少し養生しろと言われて、アスハ邸で公務をしてる」
書類に目を通すくらいなら、横になっていてもできるからなとカガリは本来の理由を隠して笑った。カガリが行政府に不在の理由は体調不良と表向きにはそう発表しており、その様に振る舞う。その答えにアスランは眉間に皺を寄せ、心なしか部屋の室温も下がったようにカガリは感じた。
急激に下がったアスランの機嫌を見て、やはり偽りの理由だとしても後から知らされる事自体がそもそも良くなかったかと、苦虫を噛み潰したように歯の奥を噛み締めた。しかし本当の事をここで言えば大目玉を食らう事は分かっているので、ここは隠し事をしている罰として甘んじて受け入れようとカガリは決める。
「どうして嘘をつくんだ」
「え……?」
傷ついたような顔をするアスランにカガリは驚いた。どうしたんだと手を伸ばそうとすればその手を掴まれ、そのまま後ろへドサリとベッドに倒される。後ろはベッド、目の前には自分を組み伏せるアスラン。カガリが驚いている間にアスランの手が服の裾から侵入してきた。
しまったと気づいた時にはすでにあとの祭り。アスランの手が肋骨骨折の治療に使っているコルセットに触れていた。やっぱりと耳元で呟かれた言葉にカガリは一度白旗を振る選択肢しかない。
「なぜ隠そうとする!ひどい怪我じゃないか、どうしてテロの前線なんかに…」
怪我や傷は深くないのか、もう大丈夫なのかとそう苦しそうに吐き出すアスランに、カガリはアスランが放った別の言葉に目を見開く。なぜテロ事件の事をアスランが知っているのか、あれは箝口令を厳しく敷いて関わった者以外に情報が漏れぬよう徹底的に情報統制をしたはず。しかもその情報統制の役割を担ったのは、オーブ連合首長国を治める五大氏族、その一角を担うキオウ家だ。キオウ家は代々オーブの外交面を支えており、それは公的なものから表には出せない裏のものまで多岐に渡る。長年をかけて培われたそのノウハウと管理するセキュリティは、ちょっとやそっとの事で暴かれるものではない。それを、なぜ。
「MS戦もあったと記録を見た。なぜ俺を呼び戻さない、そうしたら君がこんな傷…」
負う必要など無かったのに、と悔いるようにアスランは言う。
「なぜ黙っていた、説明してくれ」
アスランに黙って自ら危険な場所へ飛び込んで行ったカガリ。危険と知っていて飛び込んだのだ、それ相応の理由があるんだろう?とアスランは尋ねる。
記録ではアスランが長期の軍事外交任務に入った翌日、まるでその不在を見計らったように火蓋が切って落とされた事件。そしてこの事件に気付かず、予定通りの任期で任務を終わらせオーブへ帰国をしていたら、アスランは怪我を完治させたカガリに『何事もなかった』ように出迎えられ、呑気に再会を味わっていただろう。
他にも不審に思う点はある。
MSとの戦闘も想定されていたのならば、なぜ自分が呼ばれなかったかだ。自慢というわけではないが、MS戦で自分の腕の右に出る者はそう居ない。それに情報機関のターミナルに出向し、隠密活動や情報収集に精通しているアスランには打って付けの内容で、任務の話が来ない事はあまりにも不自然だった。
話して欲しいとアスランは求めるがカガリはそれを口にする気は一切無かった。墓場まで持っていく秘密と決めているからだ。
「国家機密だ、アスラン。言えない」
すまないとカガリは眉尻を下げて謝る。そして聞き分けてほしいと。
そう言われれば、自分の及ばぬ場所で国家元首としての公表出来ぬ何かがあるのだろうと思い、いつものアスランなら引き下がった。だが、今回だけは見逃せない。今までカガリが命の危機に晒されるような状況に遭遇せずにいたから引き下がっていただけで、そうでないのならアスランにとって話は別だ。オーブ軍所属のアスラン・ザラとしては引き下がるが、彼女と恋人関係を築いている恋人のアスラン・ザラとしては有耶無耶にできなかった。
「カガリ」
名を一度だけ紡いで、拒否を示す。そうして根比べをしていれば、ボーンと時計が時刻を知らせる音を鳴らした。まだ軍で任務報告を上げる仕事が残っている。アスランは短く溜め息を吐いてカガリを抱き起こし、乗り上げていたベッドから降りた。
「…帰ってきたら、この件は話し合うからな」
心にしこりを残したような顔で、アスランはそう言ってカガリの自室を出て行った。
「ごめんな、アスラン…」
広く大きな部屋で小さく呟かれたカガリの謝罪は、誰にも聞かれる事もなく消えていった。
◇
数日後。
オーブ行政府で全快したカガリは現在側近の一人であり、最初の大戦で共に戦った戦友でもあるサイ・アーガイルに小言を聞かされていた。
「いつになったら仲直りするんだ?」
誰と、と言うには愚問な問いだ。現在、代表執務室にはサイとカガリ以外居ない為、サイは普段より少し砕けた口調で話しかけてくる。うっとカガリは息を詰め、その問いに返す答えを持たない。カガリとアスランは現在進行形で揉めていた。
「軍内のほんの一部からクレームが出てるよ。アスランが機嫌悪すぎてフラストレーション発散に仕事めちゃくちゃ捌いてくるから怖いって。まぁ、ほとんどホーク三尉からだけど」
「それは、その……すまない」
不機嫌を周りに当たり散らかして仕事を滞らせているのなら話は別だが、逆に円滑に進んでいるようで何とも反応に困る内容だ。だが、精神衛生上は良くないだろうメイリンにカガリは申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
実はオーブにアスランが帰国した日、軍部で任務報告を終え、アスハ邸に帰ってきたアスランと再び話し合いの場が設けられた。話し合いの場が設けられたといっても、カガリは一切口を割る気は無いし譲歩する気もなかった。そんなカガリにアプローチを変え、何度も尋ねてくるアスランに言ってしまったのだ。
「何度も言うが話せないんだ。これ以上、口に出す事は許さん」
カガリから明確に線引きし、己の国家元首としての立場を利用してこれ以上の追及をさせない為に、アスランのカガリの身を案じる気持ちと一緒に捻じ伏せてしまった。一刀両断と言わんばかりに切り捨ててしまったそれに、しまったと遅れて気付くが時すでに遅し。
「……分かった。それならもう聞くのは止そう」
そう言って引き下がったアスランは、いかにも納得していませんと静かに怒っている顔だった。そしてその時初めて、心配してくれるアスランに大丈夫だと安心させるような声掛けもしていないと気付く。だが今更言い出せるはずもなく、カガリはアスランが退出していった扉を見つめるしかなかった。
そうして静かに幕を開けた二人の諍いは、どちらかが折れて折り合いをつける訳でもなく、ただ時間だけが悪戯に過ぎていき、気付けば半月が経とうとしている状況だった。
「問題はあまり引き延ばさない方がいいよ、余計に拗れるし。君、内閣府に詰めっぱなしで家にも帰ってないだろ?」
図星の内容を容赦なくサイにグサグサ刺され、カガリは机の上に撃沈する。
「……なんで分かるんだ」
「なんでって…アスランが帰国したらなるべく屋敷で過ごそうとしてるじゃん、カガリ。どうせ不機嫌なアスランと居るのが居心地悪くて、こっちへ逃げてきてるってとこだろ?」
後ろから状況を見ていたのかと思うくらい的確な指摘に、カガリはぐうの音も出ない。
アスランと揉めた後、彼はカガリに怒りを露わにする事も無く、会話のやり取りも普段通り。その姿勢は人前でも変わらなかった。一見、いつものアスランのように見えるがカガリだけが何となく感じる温度を感じない会話と、柔和な笑みの下に上手く隠された怒り、不機嫌さがひしひしと伝わっていた。そんなチクチクと身をつまされる状態にずっと己を晒し続けていれば、アスランと過ごすアスハ邸に帰りづらくなるわけで。不自然にならない程度にカガリは何かと理由を付けて内閣府に引き篭もっていた。
「……あの事件が原因?」
なるべく詳細を伏せるようにサイは尋ねた。
サイも先日のテロについて詳細を知っている数少ない人物の一人だ。そしてアスランに今回の件がバレた事も知っている。こくりと小さく頷けばサイは苦味を潰したような顔をした。
「それは、辛いところだな」
サイはカガリが今回起きたテロ事件をアスランに知られても、未だ彼にその仔細を隠そうとする理由を知っている。なぜそうするのか、その想いを知っているからこそ彼女の悩みに同情した。
秘匿とされた理由は主に二つある。
まず一つ目に、国内外における治安面の影響だ。
幾つもの大小の島から成るオーブは国土として大きくはないものの、今やその存在は世界各国から注目を浴びる立場にある。その国家元首として立つカガリの動向も勿論注目されているわけで。今回のテロ事件やカガリの負傷が世に知れ渡れば、漸く先の大戦やファウンデーションの暴挙で傷ついた世界が復興へと進んでいる最中で、要らぬ火種を生む可能性があった。そして未だ燻り、争いの機会を狙っている過激派たちを刺激する危険性もあり、テロ事件を公表すればそれが呼び水となり、模倣した凶悪犯罪がオーブだけでなく世界に起きる可能性も孕んでいたのだ。
今後、自国オーブの軍縮のみならず世界的にも軍縮を目指すカガリにとって、今回のテロ事件が公にされる事は得策でなかったのである。
そしてもう一つの理由は、完全にカガリの私情によるものだ。秘匿する事に関してカガリの私情を抜きにしても、オーブ政府は昨今の世界情勢を考えると最良と考え、それは実行された。
「でも今回の件、情報統制はキオウ家に一任されてるんだろ?あの家から漏れるって……まさか」
「その件は私も危惧して当主に問い合わせた。あの家が管理している情報はとにかく表に出たら困る事だらけだからな。外部から侵入できるセキュリティの穴がありました、なんて事があれば大問題だ」
「キオウ家はなんて?」
「今、調査中だよ。今日その調査内容の報告に当主が直接、行政府に来る事になってる」
はぁとカガリは短く溜め息を吐く。調査結果次第でまたカガリの悩みの種が一つ増えるのか解消されるのか。一難去ってまた一難と言うべきか、その細い肩に乗る重責は計り知れない。
「あまり背負い込むの禁止。俺たちも居るんだし、支えるから」
最初の大戦でサイは友を支えられなかった悔やみがあった。キラに頼ってばかりで彼を支えるどころか追い詰めてしまった過去がある。
未熟だった自分。だけど今は世界を知り、己の出来る事を知り、出来る事を発揮できる場所に身を置いて、今は彼の片割れであるカガリを支えている。それがキラを守る事にも繋がっていると信じているから。直接的ではなくとも、あの時支えられなかったキラを今度こそ支え、助ける為に。
「ありがとう、サイ」
そう言って僅かばかり笑顔を見せるカガリ。そこへコンコンと執務室の扉がノックされた。
「代表、ウミト様がお越しになられました」
扉の外からキオウ家当主、ウミト・ミツ・キオウの来訪を知らせる声が届く。カガリとサイは先程まで寛いでいた佇まいを整え、来訪者を迎え入れる姿勢をとった。
入室を許可する返事を返し、扉が開いて着物を纏い薄く髭を蓄えた男が入ってきた。
「ウミト殿、わざわざご足労いただきすまない」
「カガリ様、この度はご心労をおかけし申し訳ありません。調査結果が出ましたのでご報告に参りました」
「あぁ。では早速その結果を聞こう」
カガリはウミトにソファーに座るように促し、二人は対面になって座る。まずはこちらをと調査結果の報告書を渡された。
白い紙に羅列された文字達。それにカガリは目を走らせながらウミトの話を聞く。
「ではまず、結論から申し上げますと…我が家の管理データに侵入形跡も、外部に漏れた痕跡もありませんでした」
「……そのようだな」
「念のため数度確認もしたのですが結果は同じでした。我が家にスパイが潜り込んでいる可能性もありましたのでそれも調査したのですが…どうやら、ザラ一佐ご自身で今回は辿り着いたようです。おそらく彼の持つターミナルの情報網かと」
我が家の情報網にそう引っ掛かりましたとウミトは告げる。ひとまずキオウ家から情報漏洩の線は消えた事にカガリは安堵の息をつく。キオウ家が管理する機密は一つでも外に漏れれば、再び世界が戦争へと逆戻りしかねない代物ばかりなのだ。
「カガリ様が今回のテロ鎮圧に関わったという事のみしか分からなかったようで、どうやら彼はその原因まで突き止められなかったようですね」
そしてウミトは何か含んだような笑みで言い放つ。
「彼個人でここまでの情報網を構築したとは…見上げたものですな。我が家ほどではありませんが、これは一国家機関の諜報部に成り得るに近い代物ですよ」
犬も食わぬような、そんなウミトの笑みをカガリはジトリと睨む。次に放ったウミトの言葉にカガリは隠す事なく眉を顰めた。
「優秀な番犬を飼われましたな」
「抜かせ。そんな事、思ってもいないくせに」
「そうですねぇ…強いて言うなら最後まで躾が行き届いてもらえたら、とは思いますが」
中途半端にこちらの縄張りに足を踏み入れる駄犬では困る、しっかりと手綱を持てとの嫌味だ。少しピリついた場の空気にサイの背筋に嫌なものが伝う。
顎に手を当て、ふむと頷くウミトにこの狸爺めとカガリは悪態をつく。その悪態を歯牙にも掛けず、飄々とした態度でウミトは受け止める。
「これはこれは…我らにとっては褒め言葉ですな。狸爺でも古狐とでも、どうぞお好きなようにお呼びください。ただ一つ、ザラ一佐のこの情報網…如何様にするか所在を決めなくてはなりませんよ、カガリ様。一個人が持つには些か脅威です、これは。オーブ政府預かりとして管理下に置くか潰すか、決めていただかなくては」
これだけの物、潰すには忍びないものがありますけどねとウミトは告げる。
ウミトはアスランが構築したネットワークはキオウ家ほどでは無いと言ったが、同時に見過ごすには無理なものだと暗に指差した。オーブの外交・情報面を長年担うキオウ家が警鐘を鳴らし、そう言うのだ。国として無視するわけにはいかない。
「…分かった。ザラ一佐とはすぐ面会の場を設け、聞き取り調査をしよう。まずは話を聞かねば決めようがない」
カガリは指で目頭を押さえる。最近あまり帰っていなかったアスハ邸にいよいよ帰らねばならぬタイミングが来た。
なかなか和解に至っておらず今、気まずい雰囲気になっているアスランに聞き取り調査をせねばならない。全く気が進まない事案にカガリは憂鬱な気持ちになるのだった。