いこおきと道頓堀「ん、なんか見たことあんなぁ。道頓堀んとこ?」
低い位置にある暗い川、それを囲む派手なネオンで飾られた雑多なビルの並びがニュースキャスターの背景に映る。
それを見たイコさんが、テレビの画面を指さした。
「ですねぇ。こないだみんなで行きましたね」
「撮影もおもろかったけど、終わってからミナミうろうろしたん、ほんまにおもろかったな」
「空閑くんもまぜて、みんなでインジャンして負けたらグリコの看板の下であのポーズして写真撮ろ、ゆうてたのに、結局みんなやっとりましたね」
負けたのは海だったけれど、俺もやりたいわ、じゃあおれもやる、と乗っかったイコさん空閑くんを加えた攻撃手三人が並んできれいにポーズを決めてくれた。
「隠岐、笑いすぎて水上に怒られとったやん」
「そら笑うでしょ。みんな指先までピシーッとしとるし片足でも全然揺らがへんし」
笑顔の海と空閑くんも良かったけど、何よりふたりを両脇に従えた真顔のイコさんが面白すぎた。
今でも、思い出すと口元が緩んでくる。
「空閑くん『グリコさっぽう!』ゆうとったな」
「あの子もほんまおもろい」
空閑くんがひとりだけうちの隊に混じって大阪に来ることになった時にはちょっと心配していたけど、元々攻撃手界隈でイコさんと海とは接触があったみたいだし、物怖じしない性格なのか人見知りもせず終始楽しそうにしてくれていてほっとした。
いつの間にかニュースは終わり、大阪とは全然無縁な次の番組が始まっていたけれど、おれとイコさんの心はまだあの時の道頓堀にいた。
「ふたりとも生身でもすばしこいから、バランスええんやろな」
「イコさんもめっちゃ安定してはったし……っ、ふふっ」
笑いをこらえられなくなったおれの目の前に、イコさんのスマホが差し出された。
「これやろ」
「ちょ、見せんといてくださ、おもろっ……」
画面には、攻撃手トリオが見事なグリコポーズを決めている写真。
おれがコタツの天板に突っ伏してひーひー笑っていると、イコさんの手がおれの頭をくしゃくしゃと撫でた。
「なぁ隠岐。きれいに撮ってもろとるけどな、俺こっちも好きやねん」
そう言ったイコさんの指が切り替えた写真を見ると、さっきよりもう少し引きの構図で、グリコトリオの横で同じポーズをしようとして片足立ちになった途端によろけた水上先輩と、笑いすぎてふらふらになっているところに先輩が全身で凭れ掛かってきて、堪えきれず膝をついてもまだ笑っているおれが映っていた。
「隠岐めっちゃ笑うとったなぁ。顔真っ赤やん」
「うわ、これほんま恥ずいっすわ。マリオこんなんまで撮っとるんやもん」
「マリオちゃん、ナイスカメラやったわ」
「イコさんも、こんなん保存せんといてください」
「なんでやねん、めっちゃかわいいやん! 保存せん訳ないやろ」
「いやいや、かわいないですて」
「かわいいわ。撮影ん時のシュッとした隠岐もそらカッコええけど、これはそーいうんちゃうやろ。俺らの前でしか見せへん素の隠岐のカオやん。めっちゃ好き」
僅かに低められ、優しさだけじゃなく甘さも溶かし込まれたイコさんの声がおれの耳に響く。
スマホの画面から顔を上げると、目元を柔らかく緩めたイコさんがおれを見ていた。
大きく表情を動かすことは少ないけれど、イコさんの声や気配は雄弁にイコさんの感情を伝えてくれる。
「……今のイコさんのカオも、めっちゃ好きですよ、おれ」
笑いすぎたせいではなく赤くなっている自覚がある顔でイコさんを覗き込む。
目を閉じると、イコさんからも距離を縮めてくれて唇が軽く触れ合った。