今日のおやつはなんでしょう(いこおき未満)「お疲れさまです〜」
「お疲れさん」
「あ。イコさん、それいちご味ですか?」
作戦室に入ってきた隠岐は、鞄も置かずに菓子をつまんでいるイコさんのところに近寄っていった。
「それがな、いちごのチョコがけやんウマそう! て買うたら、なんかちゃうねん」
「え、中身赤っぽいのに」
背をかがめたかと思うと、一瞬の躊躇いも見せずにイコさんの手元に顔を寄せ、半分齧ったチョコレートの残りをぱくんと食べた。
「な? なんかちゃうやろ」
食べかけを取られたことにかけらも動じていないイコさんが、隠岐に味を尋ねた。
口をもごもごさせている隠岐は、不思議そうに目を瞬かせている。
「んー……。たぶんアレちゃいます? ラズベリーとかクランベリー」
「そうなんや。洒落とるなぁ」
「ちょいすっぱいし、いちごの甘さ期待しとったらビビリますよねぇ。これはこれでウマいけど」
「ほんまそれ。このいちごチョコ甘ないわ、いやウマいねんけど、ってなったもん」
隠岐にチョコを奪われた指先をぺろりと舐めたイコさんは、もうひとつチョコをつまんで自分の口に入れた。
そして、鼻先と言っても過言ではない近距離にある隠岐の口にもチョコを運んでやっている。
「イコさん、これベリー系のやつ色々混じってるんやないですか?」
「えっほんま?」
「ほら、これとかいちごっぽくないです?」
隠岐が指す黒いチョコでコーティングされた歪な赤い丸を、イコさんが拾って半分齧る。
「お、これいちごやわ。甘!」
「当たりですねぇ」
嬉しそうにそう言った隠岐は、イコさんが食べた残りを何の遠慮もなく口に含んだ。
「あ。ほんまやわ、甘ぁ」
「……パッケージに書いとるんちゃいますか。原材料」
マリオも海もまだ来ていない作戦室には、距離感がおかしいふたりと俺しかいない。
渋々口を挟むと、イコさんに手招きされた。
「ちゃうねん水上。見てこれ」
立ち上がって1歩ぶんだけ近寄り、イコさんが差し出した菓子のパッケージの裏を見る。
「……何語やこれ」
「な、読まれへんから判らんねん」
「そんな怪しいもん、どこで買うてきたんですか」
「大学の近所のコンビニ。輸入菓子のコーナーあんねん」
「ウマいからええやないですか〜」
「アホか。お前もこないだみたいに変な店で蛍光色のグミとか買うてくんなや」
「あれ、すごい味でしたねぇ」
「おもろかったけどな」
「あーもう。腹壊しても知らんで」
またイコさんの手からひとつ食べさせてもらっている隠岐に釘を刺しつつ、昔、生駒隊を結成してすぐ、イコさんから相談を受けた時のことを思い出していた。
*****
『ーー隠岐くんな、なんか俺には遠慮っちゅーか、気ぃ遣うとる感じすんねん。どないしたらええやろ』
『気のせいちゃいます?』
『いや、お前とおる時の隠岐くんとはなんかこう、ちゃうねん』
『本人に訊いてみたらどないですか』
『いやいや、そんなん訊かれてよう言わんやろ。逆に引かれてまいそうやわ』
見た目の印象より繊細なところがあるイコさんは、隠岐の扱いに苦慮しているようだった。
イコさんが感じている通り、隠岐は人懐っこそうに見えて、近寄ろうとすると、するりと逃げるようなところがある。
仲良くはするけれど、なかなか懐には踏み込ませないタイプなのだろう。
それはそれで隊としてやっていくには問題ない態度なので、俺としては特に咎めるつもりはなかった。
『そうっすね。まあ、歳もちょい離れとるし、近寄りにくいと思とるかもですね』
『えっ 怖がられとるんかな……』
『いや、それはないやろけど』
『学校のツレとか、合同任務でたまに会うくらいの子やったら全然ええねんけどな。これからおんなじ隊で一緒に戦ってこか、て相手に近寄りにくいんは、あんまよぉないやろ』
うーん、と腕を組んで唸っているイコさんの眉間がぐっと寄っている。
イコさんは、人の懐に入るのがうまいタイプだ。それを無意識にやってのける、いわゆる人タラシの才能がある。
そんな人だからこそ、隠岐との距離がすんなり縮まないのがもどかしいのだろう。
うちの隊長、エースとして中心になってもらうイコさんが、攻撃手のサポートもしっかり仕込むつもりの隠岐との関係に違和感を持ったままなのはよろしくない。
『ほな、もっと懐に入れてみたらええんちゃいます?』
『ん? 懐?』
俺と、たぶんマリオと海も、早々にイコさんの懐に入って伸び伸びとやらせてもらっている。
イコさんにとってそっちのほうが付き合いやすいというのなら、隠岐もそこに呼び込んでしまえばいい。
隠岐がどういう変化をするかは読めないが、今のまま膠着してしまうよりは幾分かマシだろう。
『例えば、同じ釜の飯食うて言うでしょ。俺らがおらんかったとしても飯連れてったったらええんです』
『……自分ら、拗ねへん?』
『拗ねるかい。そんなんイコさんと飯行きたかったらふつうに声掛けますわ』
『ほんま? いつでもゆうてな!』
さっきまでの苦渋を帯びた雰囲気が緩み、嬉しそうに声が弾む。
(さみしがりかい)
口に出しかけて、飲み込んだ。
イコさんだけではなく俺達スカウト組は、それぞれ親元を離れて、転校もして、寮とはいえひとり暮らしをしている未成年の子どもなのだ。
少しくらいさみしがって、何が悪い。
『まぁ、いきなりふたりで飯行こゆうたらビビってまうかもなんで、作戦室で菓子つまんで喋るとかでもええんちゃいますか』
『あー。せやな』
『隠岐、甘いもん結構好きやし』
『ほんまか! ほな何かおやつ買うてくるわ、ありがとうな!』
即断即決、善は急げ、と言わんばかりに立ち上がったイコさんは、財布を片手に作戦室から駆け出して行った。
*****
「……懐に入れろとはゆうたけど、餌付けしろとはゆうてへんわ」
溜息の代わりに、ぼそりと呟く。
あれからかなりの時間が流れ、今となってはすっかりイコさんに懐いた隠岐は、イコさんが食べているものは、自分も無条件で手ずから食べさせてもらえると思っている節がある。
飼い主の食事中に甘えてお裾分けをねだる猫かお前は、と突っ込みたくなるけれど。
(イコさん楽しそうやし、まぁええか)
俺にとっては生駒隊が、その中心にいるイコさんが動きやすいことが最優先だ。
「ん、なんかゆうた?」
「甘いもんばっかり食わせとったら、こいつまた晩飯要らんて言い出しよるんで程々にしといてください」
「大丈夫ですよ。今日イコさんちカレーやから、ちゃんと腹空けとくんで」
「晩飯まで食べさせてもろとんかい」
とは言え、隠岐はいっぺんしばいとかなあかんな。