年のはじめのご挨拶(いこおき)「あ、水上先輩。あけましておめでとうです〜」
「おめでとさん」
イコさん率いる俺達生駒隊のメンバーは、三門の実家から通っている海を除いて、それぞれ年末年始にかけて帰省していた。
三が日も明け、三門に戻った俺が新年一発目の防衛任務の前に作戦室に向かうと、ちょうど隠岐と鉢合わせた。
「ほんで、年賀状ありがとうございました。おれ出してへんかったからびっくりしましたわぁ。ほんますんません」
「いや、たまたま余ったから出しただけやし、気ぃ遣わんでええで」
同級生やボーダーの知り合いとは、メッセージやメールで新年の挨拶をするのが習慣になっているので、毎年年賀状を出しているのは将棋の師匠と奨励会で世話になった人達だけだ。
年末に使う分だけコンビニで買っているのだが、今年は買った後に何名かから喪中の連絡をもらい余ってしまったため、生駒隊のメンバーにも出してみたのだ。
「ほんでね、もう直で渡したほうが早いわ、思ておれからの年賀状持ってきました。どーぞ」
「は? 何やねんお前、切手代ケチんなや」
「やー、お年賀ハガキなんで切手代込みなんですわ」
「せやったらポスト放り込むだけやないかい」
「せやけど、郵便屋さん通すより会うほうが早いし」
「ほんまお前、風情ないやっちゃな。ポストに届いとるんがええんやんけ」
まあまあ、と軽く笑う隠岐が差し出した年賀状を受け取る。
隠岐が言っていたとおり、それは切手代も込みの、いわゆるお年玉くじ付きの年賀ハガキだった。
今年の干支のイラストと新春を祝う言葉が印刷されていて、一見普通の年賀状に見える。見えるのだが。
「……なぁ、お前いつからこんな達筆になったん?」
イラストの横、黒々とした墨を使って筆で書かれた『本年も宜しくお願いいたします』の文字は、堂々としていて美しかった。
あまりにも見栄えが良かったので、これも印刷したものかと思ったくらいだ。
しかし、光を反射した時の質感が違う。
そして、この留めはねがしっかりした文字にはものすごく見覚えがあった、
ハガキを裏返して宛名のほうも改めて確認すると、同じ筆蹟で俺の住所氏名。そして左隅に、明らかに違う人物の手によって、ボールペンでちんまりと横書きにされた隠岐の住所氏名。
「へへー、かっこええでしょー」
「そらもう見惚れてしもたわ、やないわ! お前これイコさんに書いてもろたやろ?! 何やっとんねん?!」
ハガキで隠岐の前髪あたりを軽くしばくと、意外とすぱーんといい音がした。
「いたたた」
「痛い訳あるかい」
「やって、イコさんの字めっちゃかっこええやないですかぁ。先輩かて好きでしょ」
「そら好きやけど」
「年始にイコさんのとこ遊びに行った時、そういえば水上先輩からお年賀もろたからお返しせなあかんですよね、てゆうてたら、一緒に書こか、てハガキ1枚くれはったんで」
(いや新年早々京都までお邪魔しに行っとるんかいコイツ。帰省した時くらい家族団欒の邪魔したんなや……て言いたいとこやけど)
それはイコさんと隠岐の間のことなので、俺が口を挟むことではないし、そもそも家族公認で付き合ってるということなのだろう。
いつの間に、と思わなくもないが、イコさんはその辺とてもきちんとしているタイプなので、いずれかの帰省のタイミングで親と顔合わせをしたのかもしれない。
「ほんで?」
「イコさんがちゃんと墨磨って筆で書いてはるんめっちゃかっこよくて、もっといっぱい書いてるとこ見たなったし、水上先輩もおれのんよりイコさんの字のほうが絶対喜ばはるやないですか。せやから、これも書いてくださいてお願いしたんですわ」
「お前、ほんま……」
言っていることは間違ってない。間違ってないが、何か違う感が拭えない。
「あ、イコさんはその日の夜ポストへ出してはったから、そろそろ届くんちゃうかな」
「何で、お前はそん時出さへんかったん?」
「おれからも何か、先輩へメッセージ書いてから出そかなと思うてたんやけど、イコさんの字がめっちゃええから、その横になんか書くんもったいないわー、てなって」
「せやから差出人こんなにちまっこいんか……。ほんで、イコさんからもおんなじデザインの年賀状がうちのポストに届くんやな」
「おおー、先輩、今年も冴えてはるわぁ」
「やかまし。ほんで、どないやったん。イコさんち」
「お節とお雑煮ご馳走になったんやけど、お雑煮てほんまに家ごとにちゃいますよねぇ。イコさんちのお雑煮おれめっちゃ好きやわぁ」
にこにこと話す隠岐の頬は、心なしかふっくらと艶が増しているように思えた。
(イコさんちでもかわいがられて、ええもん食べさせてもろたんやろなぁ……)
このままでは、そう遠くない未来、ふたり連名で年賀状が届いたとしても何も不思議ではない。
その年賀状にもし隠岐の言葉がなかったら、その時は流石に突っ返してやろう、と、俺はひっそりと心に決めた。