みんなで遊ぼ(いこおき)「わー、キリンだー! すげーでっけー!!」
「海、走りなや転ぶで! ちょお待ち!」
追いかけるマリオの声を背に受けた海は、だいじょうぶっす、と叫びながら飛び跳ねるように駆けていった。
「あらら〜。海は元気やなぁ」
「あれにマリオが追いつくんキツイやろ。隠岐」
「おれ、今グラスホッパー持ってへんですよ」
「海かて持ってへんわ。早よ行かなどんどん逃げてまうで」
「えー。後輩使い荒ぁ……」
「ええから行けや。ほれ」
小さくなっていく明るい色の頭を指すと、しゃーないなぁ、とぼやいた隠岐が軽く駆け出した。
途中でマリオに追いつき、脱いだ上着を預けてまた走る。
「おーおー。若いなぁ」
「お前かてそない変わらんやろ」
「いやいや、受験生は体力落ちとるもんですわ」
「せやったかな?」
「イコさんは定期的に鍛えてはったから、例外っすね」
駆け出した海を追った隠岐、足を止めてそれを見送った後で自分を扇ぎながら木陰に入るマリオがいるほうを目指し、イコさんと歩く。
「せやけど、海が動物園でこんな喜ぶと思わんかったわ」
「俺らと遊びに行くゆうたら、飯食うてカラオケとかゲーセンてなりがちですもんね」
ボーダーでは、福利厚生とやらで三門市立の各施設の入場券を希望者に配布している。
俺達が今、生駒隊全員で遊びに来ている三門市立動物園もその対象だ。
意外と人気が高く毎回抽選になるのだが、今回は見事に海がペア券を勝ち取ってきた。
足りない分は割り勘して隊のみんなで行きたいっす、という海の提案を受け、5人の予定を合わせてここへやって来たのだ。
「せやな。にしても、ここ動物園やのにでっかい水族館とかプラネタリウムもあるんやな。びっくりしたわ」
「もともと警戒区域内にあったんを、こっちに移設したらしいっすよ」
「なるほどなぁ」
頷くイコさんの横顔をちらりと見る。
イコさんの強い目は、今は植え込みの向こうに隠れてしまって見えないはずの海と隠岐のほうを眺めていた。
「動物園は日中だけやけど、水族館とプラネタリウムがある建物は夜もやっとるそうですよ」
「そうなんや。ほな学校終わった後にも来れるやん」
「デートとかせんのです? そーいうとこで」
「ん? 俺、いや俺らか?」
「そーです。みんなで来たら今みたいにガチャガチャしてまうし、ふたりでおれんでしょ」
イコさんから明言された訳ではないのだが、イコさんと隠岐が付き合っているのはとっくに気付いている。
むしろ、隠岐なんかは俺に気付かれているのを知っていて、ぼやかして惚気てくるくらいだ。ほんましばいたろかあんボケ。いや都度しばいとるけど。
「んー。せやけど、みんなで来るんも賑やかで楽しいやん。水上は楽しない?」
「そら楽しいっすけど。イコさん、プラネタリウムでデートとか好きそうやなーと思うて」
「あ、判る? めっちゃええよなあ、星空見ながら手ぇ握ったり。なんかカップルシートとかあるらしいやん?」
俺を振り向いたイコさんの目が、楽しそうにきらきらしている。
「ほな連れてったったらええやないですか。遅い時間やったら人も少ないやろうし」
「いや実はな。誘おうかなと思うたことあんねん」
「え? そうなんすか」
「たまにはどっか出掛けよか、てゆうたら『イコさんちでご飯食べさせてもろて、ふたりでまったりしとるんがいっちゃん幸せやわぁ』てとろっとろのかわええ顔で言うねん。せやから、今はおうちデート満喫しよかな、って」
「あー、さいですか……」
「あとな。ふたりで遊びに行っとっても『この店マリオちゃん好きそうちゃう?』『これ水上にも食べさせたいわ』『今度みんなで来ましょ』て、いっつも自分らのこと話しとるから、最初っからみんなで行ったほうがええやん? やから、この先もみんなで遊ぶ気満々やで」
「いや、それは……ええんやけど」
「あ、ふたりでおる時間もちゃんとつくるつもりやで。気ぃ遣うてくれてありがとうな」
「や、遣うてへんから大丈夫ですわ」
「せやけど、ありがとう。ふたりぶんお礼言わせてな」
目元を緩ませるイコさんから、優しさと感謝が真っ直ぐに伝わる。というか突き刺さる。
「イコさんはともかく、隠岐に遣う気ぃは持ち合わせてへんので、ほんま気にせんでください」
話題を振ったのはこちらだけど、どうにもいたたまれなくなって、マリオの様子をみる振りをして目を逸らした。
「……え、なんで相手が隠岐やって知っとんの?」
「むしろ、なんでバレてへんと思てはったんです?」