負けたくないけど(いこおき)「……っ、ぷ、はっ」
ぴったりとくっつけていた唇と擦り合わせていた舌をほどいて顔を逸らし、肺に空気を取り込んだ。
息苦しさで目元に滲む涙を手の甲で拭うと、イコさんの手に捕まえられた。
「ああ、こすったらあかんて。赤なっとるやん」
目元と耳は赤みを帯びているものの、少しも息を乱していないイコさんをじっと見つめる。
「ねぇイコさん、ほんまに息止めてます?」
「止めとるて。ちゅーしながら鼻で息よぉせん、てゆうとるやん」
「イコさんの肺活量、どないなっとるんです……?」
「体力測定ん時に水泳やらんか、て誘われたことあったわ」
おれの腰に回ったイコさんの腕は太く、多少体重を預けてもびくともしない。
小さい頃から刀を振って鍛えているから腕力だけでなく体幹も強いし、サッカーもやってたそうだから足腰もがっしりしている。
(強いとこだらけやん……。かっこええなぁ)
「確かに、イコさん泳ぐんも上手そうやわぁ」
「まあまあ泳げんことないけど、息継ぎ下手やねん」
「あはは、ちゅーとおんなじやないですか」
「ほんまやで。せやけど隠岐はちゅーしながらうまいこと息継ぎ出来るんやろ? 無理して息止めんでええで」
「や、イコさんが息止めてはるんやったら、おれも止めます」
「なんでそこで張り合おうとするん?」
背中をゆっくり撫でる手のひらが、あたたかくて気持ちいい。
胸をくっつけてゆるく抱き返すと、服越しでもイコさんの高い体温と心臓の拍動が感じられた。
「張り合うてるんやないんやけど、おんなじ条件でちゅーしたいし、負けたないんで」
「勝ち負け決めるとこちゃうやろ」
「せやけど、いっこくらいイコさんに勝ちたいんやもん」
「いっぱい勝っとるて。イケメンやしええ子やん」
「いやいや、イコさんのほうがかっこええやないですか。優しいし」
「そら嬉しいわ」
頬をすり寄せて甘えたら、ふっと笑いを含んだ息をこぼし、僅かに首を傾げてくれた。
(こーいう時、ちゅーしやすい角度にしてくれてはるし……)
引き寄せられるみたいに唇を合わせ、舌を差し入れたら軽く吸い付かれた。
「んぅっ……」
背筋に走った電流に似た気持ち良さに、びくりと身体が跳ねる。
知らないうちにおれの後頭部に添えられていた手に力が込められ、イコさんのキスからの逃げ道が完全に絶たれてしまっていることに気付いた。
(逃げへん、けど……っ)
イコさんの背中を抱いている手が、無意識にシャツを握りしめていた。
(あかん、あかんて、ほんまに)
イコさんがくれる息継ぎなしの深いキス、おれを抱く力強い腕、真っ直ぐに褒めてくれる低くて甘い声。
全部全部、くらくらするくらい気持ち良すぎて、たまらなくて。
(おればっかり気持ちええの、あかんやん……)
イコさんに負けたくないし、イコさんにはおれ以上に気持ち良くなって欲しい。
そう思う気持ちに偽りはないのに、おれは今日もまた、イコさんにとろとろにとろかされてしまった。