ウマかったらそれでええ(いこおき)「やってもーたなぁ」
「あらら〜」
イコさんとおれの間には、よく見たらなんか盛ってあったんかな、とかろうじて判るくらいきれいな状態の平皿と、うっすらと醤油が残った小皿が2枚置いてある。
「いやー、魚屋のおっちゃんがゆうてはった通り、めちゃウマかったなぁ」
「ほんまですねぇ。新鮮やったし、確かにあれは火ぃ通すんもったいないわ」
今日は、ふたりでひたすらタコ焼きと明石焼き作って腹いっぱい食べよな、とイコさんが誘ってくれたので、帰りにイコさんの顔馴染みの魚屋さんへタコを買いに行った。
すると、気の良さそうな店長さんが嬉しそうに、ちょうど卸市場で獲りたての生タコを仕入れたところだと教えてくれた。
タイミングの良さに感謝しつつタコを買ったイコさんとおれに、店長さんだけでなく奥さんまで出てきて、生タコの処理の仕方とタコ刺しの切り方をそれはそれは丁寧に教えてくれたのだ。
料理好きでチャレンジ精神旺盛なイコさんが、はじめてのタコ刺しに挑むチャンスを逃す訳はなく、そしておれも「魚と違うて難しいわー」とか「新鮮すぎて切りにくいわ」とかあれこれ騒ぎながらタコを見事にさばくイコさんの包丁遣いを見ているのは楽しかったし、めったに食べられないタコ刺しは本当に美味しかった。
美味しかった、のだけれど。
「調子こいて全部タコ刺しにしてもーたから、タコ焼きも明石焼きもタコ無しやわ。ほんますまん」
「そんなん謝らんといてください。おれこそすんません。イコさんがさばいてくれはったタコ刺しめっちゃめちゃウマかったから、いっぱい食べてもーた」
「それはええねん。ウマそうに食べてくれて嬉しいし、実際ウマかったわ」
「ほんまに……」
タコ刺しは思い出すとうっとりしてしまうくらい美味しかったから、後悔はないけれど、イコさんはまだちょっとしょんぼりしている。
「隠岐に明石焼きつくったろ、思てタネようさん準備してもーてん。どないしょ」
冷蔵庫から取り出したのは、生ビールを注ぐときに使うジョッキよりふたまわり大きなカップの中で、なみなみと揺れる卵色の生地。
「え、やったぁ! めっちゃ嬉しいです。早速焼きましょ」
「いや、せやからタコないねんて」
「イコさん、冷蔵庫見せてもろてもええですか?」
「ええけど、大したもん入ってへんで」
イコさんちの冷蔵庫を開けると、ぎゅうぎゅうではないものの、それなりに色々なものが冷えていた。
「何個かもろてもええです?」
「ええで。好きなもん選び」
イコさんの許可をもらって、中を物色する。
「これと、これもええなぁ。わ、ちくわあるやないですか。天才ちゃいます?」
「冷蔵庫にちくわ残しといて、そないに褒められるとは思てへんかったわ」
4本入りのちくわの残り2本。かまぼこ半分。サラダチキンひとつ。焼豚の端っこ。ちりめんじゃこ。冷凍庫の粒コーン。
「うわ、ピザ用チーズもあるやん……! 最高すぎん?」
冷蔵庫から出させてもらったものをテーブルに並べると、イコさんがぱちくりと瞬きした。
「なぁ、もしかしてこれ全部、タコ焼き……やなくてタコなし焼きと明石焼きの具にするん?」
「そこはタコ焼きでええと思いますよ〜。実は、おれがちっこい頃、大きめに切ったタコ食べて喉詰まりかけたことあって」
「えっ 大変やん! だいじょうぶやったんか?」
「すぐ飲み込めたから何とかなりましたわ。ほんで、ちゃんと噛まんかったおれが悪いんやけど、しばらくタコはおあずけで、代わりにオカンが色々入れてくれたんです」
「そうなんや。せやけどほんまに色々やな。隠岐のオカンの愛情めっちゃ感じるわ」
「いやいや、ここに出させてもろたんはウマかったやつばっかりやけど、だんだんおもろなったオカンが漬もんとか昨日の残りの肉じゃがとか入れてくるようになって、よぉ何食べとるんか判らんくなりましたわ」
「隠岐のオカン、めっちゃおもろいやん……」
「まぁおもろいかおもんないかでゆうたら、おもろいほうちゃうかなぁ。うちのオカンのことはええんで、早よ焼きましょ」
「せやな。タコ刺しウマかったけど、腹はそない膨れんわな。ほんで隠岐、こん中でオススメどれ?」
「そら間違いなくちくわですわ」
「せやろな。ほなちくわからいこか」
「ちょっと鉄板の端っこで焼いて焦げ目付けてから入れてもええし、チーズと一緒に入れるんもめっちゃ好き」
「うわ、めっちゃウマそう」
「おれも腹減ってきたんで、いっぱいつくりましょね」