◆四◆ まじない 街がイルミネーションに彩られ、そこかしこでクリスマスソングが流れ始めると、そわそわと浮かれた気分になってくる。中学の頃は何となく付き合っていた彼女と過ごしたけれど、それでもこんな心待ちにしなかった。
「え、クリスマス会したことないの、悟」
「うち、年末年始の準備で慌ただしいからな。キリスト教徒でもないし、他宗教の聖誕祭なんてやらない」
「ああ」
友だちとかは、の言葉は辛うじて飲み込んだ。そうか、学校だって通っていなかったとなれば、当然もそんな機会もある由もなく。
「それじゃあやってみる、クリスマス会」
「何するんだよ」
「クリスマスツリー飾ったり、チキンやケーキ食べたり、プレゼント交換したり」
きょとんとしていた表情が見る間に輝き始め、長い睫毛に縁どられた大きな瞳が光を帯びる。
「なにそれ、楽しそう」
身を乗り出して弾んだ声に、それじゃあ、クリスマス会をしようかと提案をした。
「それなら三人でやってみるかい」
「えっ、私も入ってるの」
我関せずで話に入ってこなかった硝子が、急に話を振られて驚いたように声を上げた。
「私、歌姫先輩と予定入れちゃったからパス」
「帰ってきてからでもいいよ」
だから参加してよと、存外に匂わせると、違わずこちらの意味を汲み取ったらしく、チキンはモス一択、それ以外は認めないと言うので、頷いて二つ返事で引き受けた。
「買い出しはしてくるから」
「もみの木が欲しいなら、俺、実家に声掛ければ」
「悟、ありがとう。クリスマスツリーは学校にあるみたいだから、それを借りればいいよ」
頼んでみたらと言わんばかりの硝子を目で牽制してやんわりと悟に断りを入れる。高校生のお遊びで使うような代物ではない、恐ろしく立派なものが届く可能性が非常に高い危険性をわかっているのだろう、手で隠した口元がにやりと笑っている。
「ふ――ん。 それじゃ、俺何するんだよ」
「私と一緒に買い出しに行こう。硝子に頼まれたモスチキンも予約しないと。ケーキは悟が好きなの選びなよ」
「おうっ。楽しみだな」
途端、サングラスの奥できらきらと瞬く星が輝き出したのを見て、ふたりで過ごしてみたかったかなという思いも、三人で過ごすクリスマス会にしてよかったと、自分の判断を褒め湛えながら声を立てずに笑った。
そして買い出しに出掛けた店で見掛けたのは、煌びやかな厚紙で作られた円錐型の帽子だった。てっぺんには金色のぼんぼん、淵にも金色のモールが取り付けられた赤と緑。ふたりでクリスマスカラー。
「何これ。 欲しい、被りたい」
「いいよ、買っていこう。でも被るだけじゃすまなくて、壊すといけないから、当日までやめておきなよ」
「え――」
威勢の良いブーイングにぽんぽんと頭を撫でて、帽子を各色二個ずつ買い物かごに入れた。
「壊すの前提で予備かよ」
「違うよ、要らないかもしれないけど硝子の分。歌姫先輩も一緒にって言ったら被りそうでしょ」
「俺とオマエでお揃いだな」
「そうだね」
曖昧に微笑みそうになり、慌てて顔の筋肉を総動員すれば、満面の笑みを浮かべられたらしい。目の前で得意げに頷く様子に、私には少しニュアンスが違うけれど、それは言わぬが花だ。いつの間にか芽生えた想いは日々勝手に貰っている肥料ですくすくと育ち、次々に花を咲かせては散っている。やがて実ることはあるのだろうかと自問し掛けては、そっと蓋をする日々は数ヶ月になる。
それ以外にもクリスマス仕様のカップやトレイ、煌びやかなモールなどの室内用の装飾品を悟がかごに入れていく。かごいっぱいでも会計の安さに驚き、まだ買おうとする悟の手を引いて店を後にした。
「楽しみだな」
「ふふ、よかった」
冬休みに入ったお掛けで朝から予定はないけれど、流石に夜からでしょと窘めた。それでもそわそわしている悟に、ブランチを食べたところで飾り付けをしようと誘うと、どこかで見たような顔で頷かれた。記憶を探れば先日買ったクリスマスカードの天使だったので、私も相当浮かれているのだろう。
袋から出した品々を床に並べながら、悟が赤い帽子を手に取り、ちらりとこちらを盗み見るように視線を流した。
「被りたいの」
「被っていい」
食い気味の返事に、よっぽど気になっていたんだと思うとかわいらしくて、ああ、そうだと思い付いた。
「悟、ベッドに腰掛けな」
「何」
「戴冠式みたいに被せてあげる」
「おっ、かっこいい」
飛び跳ねるようにベッドに走り寄り、ちょこんと大人しくベッドの端に腰を下ろして、上目遣いでこちらを伺う。星を宿したような蒼い瞳に吸い込まれそうになりながら、片手に帽子を携えてすぐ前に立つ。そのままふわりと被せるつもりでいたのだ。けれど、嬉しそうな表情にくらりと揺らめく。自然に左手を軽く肩に添え、身を屈めていた。
顔を近付け、たんぽぽの綿毛のような柔らかくふわりとした髪に唇を寄せ、旋毛にそっとキスを落とした。頭上にある私の表情は悟からは見えないし、私からも悟の顔を窺い知ることは出来ない。それでも僅かに揺らされた肩以外に身動ぎされることなく、大人しく私の口づけを受けとめている。瞬きほどの僅かな時を経て顔を上げて、今の出来事を覆い隠すように、両手で携えるように掲げ持ち、煌びやかな赤い三角帽子を恭しく頭に乗せた。
「ありがと」
「どういたしまして」
「帽子乗せる前のは何の合図」
知らないことを知りたがる、何の衒いもない普段通りの問いかけに、上がる心拍数を宥めすかし、咄嗟の思い付きが口をついて出た。
「楽しいクリスマス会が滞りなく出来ますように、その任に当たれますようにって言うおまじないだよ」
「まじない」
疑問形のおうむ返しに言い含めるようにゆっくりと、弱い冬の光りを受けて輝く帽子を見ながら苦肉の策である言い訳を続ける。
「私たちの地元だけかもしれないけど、周りの大人や先輩がやってくれたんだよね」
「ふ~ん。それじや、傑も座れよ」
弾んだ声と共に伸びてきた掌は腕を掴み、悟側に引かれてすぐ隣に腰を下ろすと、重みでベッドが軋んだ。代わりに立ち上がった悟が緑の帽子を手に持ったまま私の正面に立ち、僅かに大きな体を屈めると、左頬に少し冷えた掌が添えられたとわかるとすぐ、頭のてっぺんにあたたかなぬくもりを受けた。
「えっ」
視線だけで見上げると帽子よりもきらきらと輝かせた蒼い瞳が嬉しそうに煌めいていた。
「傑にもおまじないな」
緑の帽子にあわせたようにクリスマスカラーになった、赤く染まっている私の顔の言い訳は、思い浮かばない。
☆髪、頭 思慕