◆五◆ 好き クリスマスケーキにシャンメリー、ケンタのチキンをメインにデリバリーのデリカが所狭しと並んでいる。悠仁と恵が飾り付けたのか、壁や天井に星を始めとした色とりどりのポップな装飾がなされ、楽しげな雰囲気満載だ。
「先生も食べていけばいいのに」
当然だと言わんばかりに声を掛けてくれるのは優しい悠仁ならではで、当然嬉しくもあるけれど、それはそれで少々困る時もある。
「こういうのは学生だけの方が盛り上がるよ、ね、憂太」
「ええっと、でも先生も」
「気を遣うことないって。どうせこいつはさっさと帰りたいだけだろ」
同じく優しさの塊と言いたいところではあるけれど言い切れない乙骨が、助けを乞うように視線を向け小首を傾げて微笑むと、隣にいた真希に、冷ややかな視線と共にばっさりと切り捨てられた。それでも目の奥が笑っているので、僕たちふたりの様子を見慣れた彼女たちは、またかと呆れているだけだろう。憂太に頷いて貰う前に角が立つことなく帰れるからいいけれど。
「だろうな」
同意したパンダがいやらしい笑みを浮かべてほくそ笑んでいる横で、棘まで頷いたのを見届けて、恵はちらりと一瞥してそのまましれっと反らした。
「クリスマスだしね」
言い訳にもならない言葉を口にして、それでもそれは日本では浮かれていい免罪符のようにもなる。
「さっさと傑のトコ、帰りなって」
憂太を除いた二年組と野薔薇に追いやるように手を振られ、渋い顔の真希に決定打を投げられると、言い訳することもないかと、潔く学生たちを寮に残して、帰路に着くことにした。ひらひらと手を振って
「ハッピークリスマス」
と挨拶をして背を向けた。生徒たちのクリスマス会の部屋を後にするためドアを開けると、声を揃えたハッピークリスマスで送り出された。
「悟、おかえり」
靴を脱ぐ間にドアの音を聞きつけて、リビングから傑が出迎えてくれた。
「ただいま、傑」
瞬く星々の冷気を纏ったまま挨拶代わりに軽く唇をあわせてハグをすると、香ばしくもおいしそうな香りが傑からする。
「お疲れ。寒かったね。生徒たちはクリスマス会、私たちもオフって急な任務は大丈夫かい」
「伊地知たちからのクリスマスプレゼントだって。まあ、七海たちでどうしようもない案件が持ち上がったら仕方ないけど、滅多なことはないんじゃない。そのために事前に片付けられることは手を打ったし」
「ふふ。お陰でいいクリスマスだ」
「ほんとに家なんかでよかったの」
「家がよかった」
だって。
そう言いながら、背中に回されていた腕で腰を抱き寄せられた。
「人前じゃ、できないでしょ」
顔を寄せて耳に吐息が掛かる距離で囁く声は艶やかに潜められ、ぞわりと背中に甘い痺れが駆け上がる。零れた含み笑いが耳朶を擽り、肩を抱いていた左手で頬に触れられた。水に触れていたのか冷たい指に気を取られていると、今度は唇が降りてきた。啄むように何度も触れては離れ、離れては触れを繰り返し、戯れに悪戯に唇を食んでいく。外気に晒され冷えた唇が、傑のぬくもりを移すように温かくなり、触れ合う境目が曖昧となる。
うっすらと目を開けると漆黒の瞳は閉ざされて、瞳を通して漏れる感情を窺い知ることができなくて、それでも優しく重なる口づけに大切にされている実感と、時折舐める舌先から求められる喜びを噛み締める。ちゅっとワザとらしくリップ音を立て離れる唇を追うように身を寄せて、自分から接吻を仕掛けると、甘噛みされては逃げられる。
ふわふわと優しいキスは綿あめのように甘く儚くて、物足りなさに焦れた。握りしめたシャツを引き、もっとちゃんとキスして欲しいと薄く唇を開ければ、違わずその僅かな隙間から肉厚な塊が差し込まれた。迎えるように舌先を絡めると、逃げるように奥へと侵入し歯朶を撫で始めた。ぼやける狭い視界の端で、まだ余裕そうな傑の前髪がゆらりと揺れた。
ぴちゃり
乾燥した静かな玄関先に水気を帯びた音が響き、そこにくぐもった喘かな呻きが重なるまで、束の間だった。
「んっっ」
自分から発せられる鼻に掛かったとろり甘い声にも慣れた、とは言い難く、前後不覚になってしまえばいいけれどこんな玄関先で、挨拶の延長で高められれば居たたまれない。羞恥にきゅっと目を閉じると通常の視界は閉ざされ、途端、聴力が増した。
「はっあんっ」
唇の隙間から熱い吐息が零れ落ち、引き寄せたシャツに、傑に、縋り付く。それを合図にしたかのように頬に添えられていた掌が耳を塞いだ。 途端鮮明となったくちゅくちゅと頭に響く音は、情事のそれと変らず、ずくりと肚の奥が騒めきだす。
「はあっ」
少ない空気を求めて上がる息に傑の吐息も混ざり合い、肌寒い廊下に熱が広がっていく。煮詰めている途中のりんごジャムのように甘く酸っぱい味を感じられた。そんなに初々しくないのにな、なんて戸惑いつつも、その正体を掴もうと咥内を蹂躙するように蠢く舌先を捕まえた。俺だけ余裕がなくなっていくのが悔しくて反撃するように舌を絡めれば、覆い被さるように口づけが深くなる。
直接脳内に響く水音に、まるで挿入するかのような舌の動きに、甘噛みを繰り返す歯に、刺激され、高められ、揺蕩う金魚の尻尾のように揺らめく腰の動きが抑えきれず、骨抜きにされるってこういうことかと、身を以て実感させられた。
「っはあぁぁっっ」
足の力が抜けそうで腰に回した腕に力を込めたところで、ちゅっと可愛らしい音を立て併せた唇が解けていく。寂しさに追いそうになるけれど、足りない酸素を迎え入れる方を優先して、閉じていた目を開けた。目の前で黒曜石のような瞳が艶やかに煌めいて、吸い込まれそうになる。
「ごめんね、やりすぎちゃったかな」
「傑からおいしそうなごはんの匂いがしたのに、食べる前にシたくなっちゃうでしょ。折角クリスマスの準備してくれたのに」
「うん、まずはゆっくりごはんにしよう」
先ほどまでの艶めかしさは形を潜め、あたたかな陽だまりのようなぬくもりで包み込まれ頷きながら頷いた。隣り合ってくっついて、ぬくもりを共有しながらごはんを食べてたくさん笑って、セックスをして一緒に眠って、また一緒に過ごす一日の始まりの朝を迎えよう。
生徒たちと交わした言葉がじんわりと心に染み渡る。
ハッピークリスマス
ふたりだけで、一緒に過ごす、クリスマス
好きだよ、悟
傑、好き
その言葉が、その時間が、何よりも素敵なクリスマスプレゼント。